また合流できた喜び
合流する予定の仙台駅で新幹線を待っていたら、暖かい光の中で楽しそうに笑う皆さんが見えた。無事に帰ってこれて本当によかった。
新幹線の駅で置き去りにされたい、というこの企画。心細いがワクワクする心境の中、岩手県の水沢江刺駅で置き去りにされることになった。
思惑通りしっかり途方に暮れたが「いいもの見たなー!」と思えた時間もあった。電波望遠鏡とカリカリブラックホールである。
※この記事は年末年始とくべつ企画「新幹線の駅でひとりだけ置き去りにされたい」の記事です。
朝7時に東京駅に集められてくじを引き、10時半に水沢江刺(みずさわえさし)という駅で置き去りにされた。あっという間だった。
これは知らない土地で置き去りにされて途方に暮れてみたい、という企画である。自ら狙って途方に暮れることなんてできるだろうかと思っていたが、しっかり暮れた。暮れに暮れた。
「岩手県にいるみたいだ」
新幹線の中では行き先のことを調べるのは禁止されていたので、それくらいの認識しかない。知らない土地で一人、分かっていることが「県」のみ。ぞわぞわする。
「どうしよう、何しようかな。」と思いながら改札を出ると、おそば屋さんがあったので吸い込まれるように食券を買った。
そばを食べて気持ちが落ち着いたところで「旅のノート」を見つけた。
まず最初にこの書き込みに目がいった。あのそば屋で頼むべきはめかぶラーメンだったらしい。このノート、最初に見たかったな…!
めかぶラーメン、食べられるかな。いや、今お腹いっぱいだな…。とか思いながらノートを初めからじっくり見る。競馬場に来ました、という書き込みと、天文台にきました、という書き込みがいくつか見つかった。その他は、この駅から旅立つ人の意気込みだった。
競馬場と天文台、調べるとどちらも行けそうな距離にある。この2カ所に行こう。
すぐ上に「アメリカに行くぜ! 楽しみだぜ!」と書いてある。勢いが違う。いや、僕も数時間後には「水沢江刺に行ったぜ! 楽しかったぜ!」と言えるようになるぞ。がんばるぞ。
駅前にタクシーが停まっていたけど、街を歩きたい気持ちもあり、近くの競馬場までは歩いて行ってみることにする。
レースはやってないみたいだけど競馬場の施設を見学できたら嬉しい。馬がいたらなお良い。
南部鉄器の製造工程が紹介されていた。職人の模型がすごくリアルで、そのうちのいくつかは近づくと動き出したりする。この模型が一斉に襲いかかってきたら僕はもう終わりだなと思いながら頭をかがめて展示ゾーンを抜けた。
人に会わない。みんな車移動なのだ。早く馬に会いたいなと思う。
そうなのか。いや、まあそうか。そうかそうか。
勢いで来てしまったけど、冷静に考えたらそりゃそうなのだ。レースがない日は馬がコースをうろうろしていて、来た人はそれを見たりできる、そんな妄想を抱いていたがそんなわけないのだ。
置き去りにされた不安と高揚で、自分だけにひどく都合のいい競馬場の虚像を作り出していたのだ。
ここでまた途方に暮れる。
あの「日」だって一日に一回しか暮れないっていうのに、僕はこの一時間ほどでもう二回暮れている。
レースがないのでバスが出ていない。でも、次の目的地の天文台まで歩くとかなりかかる。駅前のタクシーに乗っておくべきだったのだ。駅前に戻るのか。いや、あの道を歩いて戻るのはなんだか精神的に辛い。
道中でタクシーが見つかったり、いいバス停があるかもしれない。深く考えず天文台に向かって歩いてみることにする。
普段見ないスケールの川である。水面が複雑なうねり方をしている。
天文台に着けるかなーと思いながら川を見ていると、ヘルメットをして自転車に乗った小学生が「こんにちはー」と言って通り過ぎて行った。いい習慣である。見習いたい。少し元気が出た。
畑から段々町になってきた。
ここでやっとタクシーが見つかって、天文台まで乗せてもらった。途方に暮れ終わった。
水沢江刺に来て最初の「やっている」場所だ。やっているという事実に花束を送りたい。
ここには口径20メートルの電波望遠鏡というものがある。
日本だとここの他に鹿児島の入来、石垣島、小笠原に同じ規模の電波望遠鏡があって、この4つをつないで観測することで直径2,300km相当の電波望遠鏡になるらしい。
今年4月に、史上初めてブラックホールの撮影に成功したというニュースがあったが、これも世界8ヶ所の電波望遠鏡をつないで観測した結果だったのだ。こっちはもう地球規模の望遠鏡になる。
これがどのくらいすごいのかというと、20マイクロ秒角という解像度、人間の視力の300万倍なんだと言う。せっかく例えてもらったところ申し訳ないが、すごすぎてピンとこない。
知らない駅で途方に暮れる気持ちは紛れたが、今度は宇宙のスケールを前に途方に暮れている。途方に暮れ終わったと思ったのに別のことで途方に暮れ、結果として途方に暮れ続けている。
僕には分からないが、天文台の方々の中で「ブラックホールの顔はめ作るんだったらジェットもなきゃ! ジェットは外せないでしょう、ジェットは!」ということになったのだと思う。
よく知らなくても「やっぱブラックホールはジェットっすよねー」と言っておけば、なんか分かってる感じになる。刺身を塩で食べるような感覚で語ろう。
天文学会のスター達なのだろうなと思う。家に帰ってからゆっくり調べたら本当にすごい方々だったので、記念写真を撮れた喜びをじわじわ感じ始めている。
あとは展示をゆっくり見たり、天文学用のスーパーコンピューターもここにあって説明を読んだりしていた。
スーパーコンピューターの名前が「アテルイ」というのだけど、これが奥州市周辺に住んでいた蝦夷の族長の名前、阿弖流為から来ているとか、そういう説明を読んで「へぇ〜」と言っていた。
緯度観測をするのに「Z項」という要素が大事らしいのだが、それを1902年に発見した人である。発見の瞬間の様子がすごい臨場感で説明されていておもしろかった。
敷地内のコートでテニスをして、満足していつものイスに座って資料を読んだらなんだか違和感があり…、という感じだった。
一通り展示を見て天文台をあとにした。
見るべきものを見た気になったので、もう途方には暮れていなかった。帰りの電車までまだ時間があるので街をうろうろしてみる。
奥州ブラックホールプロジェクトという企画らしい。黒いドーナツとかかなーと思って開けてみる。
あ、なんでもありのやつだ、と思う。ブラックホールの撮影に成功したことに浮かれているのだ。いいぞ!
調べたら、黒ごま一粒づつが、宇宙に無数に存在するブラックホールを表現しているらしい。せんべいに、スケールで圧倒された。
「やったー!」と心の中でバンザイした。カリカリブラックホールである。食感のあるブラックホール。すごい浮かれようだ。パッケージの字面を見て、何度でも「ウソだろ」と思える。並みの浮かれ方じゃ思いつかないネーミングである。
カリカリだった。パチパチした食感もあった。おいしかったのだけど、何より名前が振り切っていて良い。カリカリブラックホールだ。水沢江刺に来たらカリカリブラックホールを買おう。
そのうちに帰りの電車の時間になり、指定されてた仙台駅まで電車を乗り継いで向かった。
出足はつまずいたが、結局天文台を満喫していいおみやげも買えた。もちろん途方にも暮れたので、全体としてかなり充実した置き去り体験だった。
水沢駅から帰ったので最初の旅のノートの場所に行けなかったが、もし行けたら「水沢江刺で置き去りにされたぜ! 楽しかったぜ!」と加筆したい心境である。
合流する予定の仙台駅で新幹線を待っていたら、暖かい光の中で楽しそうに笑う皆さんが見えた。無事に帰ってこれて本当によかった。
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