年末年始とくべつ企画 2019年12月31日

20mの電波望遠鏡とカリカリブラックホール ~新幹線の駅にひとり置き去り~

集団からはぐれるぞわぞわ感。

新幹線の駅で置き去りにされたい、というこの企画。心細いがワクワクする心境の中、岩手県の水沢江刺駅で置き去りにされることになった。

思惑通りしっかり途方に暮れたが「いいもの見たなー!」と思えた時間もあった。電波望遠鏡とカリカリブラックホールである。

 

※この記事は年末年始とくべつ企画「新幹線の駅でひとりだけ置き去りにされたい」の記事です。

1987年東京出身。会社員。ハンバーグやカレーやチキンライスなどが好物なので、舌が子供すぎやしないかと心配になるときがある。だがコーヒーはブラックでも飲める。動画インタビュー

前の記事:土曜のお便り 〜本当にある


まず、途方に暮れます

朝7時に東京駅に集められてくじを引き、10時半に水沢江刺(みずさわえさし)という駅で置き去りにされた。あっという間だった。

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窓からは、複雑な感情がうかがえる笑顔の皆さんが手を振っていた。そしてすごいスピードで次の駅へ行ってしまった。
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人が置き去りにされている面白さと、しかし自分もこれから置き去りにされる不安、でもそれが楽しそう、みたいな複雑な表情だった(写真は他の方が置き去りにされる時のものです)。
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新幹線が行ってしまう。
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なぜか振り返って写真を撮っていた。

これは知らない土地で置き去りにされて途方に暮れてみたい、という企画である。自ら狙って途方に暮れることなんてできるだろうかと思っていたが、しっかり暮れた。暮れに暮れた。

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ホームの窓から南部鉄器の像らしきものが見える。岩手県にいるみたいだ。

「岩手県にいるみたいだ」

新幹線の中では行き先のことを調べるのは禁止されていたので、それくらいの認識しかない。知らない土地で一人、分かっていることが「県」のみ。ぞわぞわする。

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岩手の郷土芸能、鹿踊りの装束が飾ってある。
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顔が怖い。
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すぐ横の壁が、分かるような分からないような飾り付けをされていた。

「どうしよう、何しようかな。」と思いながら改札を出ると、おそば屋さんがあったので吸い込まれるように食券を買った。

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気持ちが落ち着くかもしれない。
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山菜そば。思った通り、気持ちが落ち着いた。
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旅のノートを頼りにしよう

そばを食べて気持ちが落ち着いたところで「旅のノート」を見つけた。

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誰でも好きなことを書けるノート。これはいい、と思った。みんながここに何をしに来たか分かる。
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「←そこのめかぶラーメンがうまいです」

まず最初にこの書き込みに目がいった。あのそば屋で頼むべきはめかぶラーメンだったらしい。このノート、最初に見たかったな…!

めかぶラーメン、食べられるかな。いや、今お腹いっぱいだな…。とか思いながらノートを初めからじっくり見る。競馬場に来ました、という書き込みと、天文台にきました、という書き込みがいくつか見つかった。その他は、この駅から旅立つ人の意気込みだった。

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天文台来た方の充実してそうな書き込み。いいな。

競馬場と天文台、調べるとどちらも行けそうな距離にある。この2カ所に行こう。

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僕も書いた。謎めいた文章になってしまった。お祈りで終わってるところがなんか怖い。

すぐ上に「アメリカに行くぜ! 楽しみだぜ!」と書いてある。勢いが違う。いや、僕も数時間後には「水沢江刺に行ったぜ! 楽しかったぜ!」と言えるようになるぞ。がんばるぞ。

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競馬場へ向かうが、そのあと途方に暮れます

駅前にタクシーが停まっていたけど、街を歩きたい気持ちもあり、近くの競馬場までは歩いて行ってみることにする。

レースはやってないみたいだけど競馬場の施設を見学できたら嬉しい。馬がいたらなお良い。

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駅前には後藤新平がボーイスカウトの格好をしている像がある。
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すぐ近くに南部鉄器の博物館があったので寄る。
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怖い字。
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小さい三脚をカメラに付けて、一人で撮る。

南部鉄器の製造工程が紹介されていた。職人の模型がすごくリアルで、そのうちのいくつかは近づくと動き出したりする。この模型が一斉に襲いかかってきたら僕はもう終わりだなと思いながら頭をかがめて展示ゾーンを抜けた。

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そうだ、競馬場だ。競馬場へ行こう。
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30分ほど、こういう道を歩く。
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競馬場、本当にあるかな、という気持ちになってくる。
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知らない豆がなっていた。
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かつておみやげ屋さんだったらしき建物。

人に会わない。みんな車移動なのだ。早く馬に会いたいなと思う。

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競馬場に着き、ここで途方に暮れます

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やっと着いた。
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レースがない日は競馬場には入れない。

そうなのか。いや、まあそうか。そうかそうか。

勢いで来てしまったけど、冷静に考えたらそりゃそうなのだ。レースがない日は馬がコースをうろうろしていて、来た人はそれを見たりできる、そんな妄想を抱いていたがそんなわけないのだ。

置き去りにされた不安と高揚で、自分だけにひどく都合のいい競馬場の虚像を作り出していたのだ。

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食堂ダービー、行ってみたかったな。

ここでまた途方に暮れる。

あの「日」だって一日に一回しか暮れないっていうのに、僕はこの一時間ほどでもう二回暮れている。

レースがないのでバスが出ていない。でも、次の目的地の天文台まで歩くとかなりかかる。駅前のタクシーに乗っておくべきだったのだ。駅前に戻るのか。いや、あの道を歩いて戻るのはなんだか精神的に辛い。

道中でタクシーが見つかったり、いいバス停があるかもしれない。深く考えず天文台に向かって歩いてみることにする。

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壁に、地元の小学生が描いた馬の絵があった。みんなすごくいい絵を描く。これを見に来たということにしよう。
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途方に暮れながら北上川を見ます

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またこういう景色が続く。コンビニがあるとホッとする。
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大きな橋を渡って北上川を見る。

普段見ないスケールの川である。水面が複雑なうねり方をしている。

天文台に着けるかなーと思いながら川を見ていると、ヘルメットをして自転車に乗った小学生が「こんにちはー」と言って通り過ぎて行った。いい習慣である。見習いたい。少し元気が出た。

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またひたすら歩く。自販機の裏にただ「¥110」と書いてある。
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いいイラスト。
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いい像。

畑から段々町になってきた。

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競馬場から40分歩いて水沢という別の駅に来た。

ここでやっとタクシーが見つかって、天文台まで乗せてもらった。途方に暮れ終わった。

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やっと天文台に着く

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天文台はやっていた。やっている。やっているって最高。

水沢江刺に来て最初の「やっている」場所だ。やっているという事実に花束を送りたい。

ここには口径20メートルの電波望遠鏡というものがある。

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めちゃくちゃにでかい。

日本だとここの他に鹿児島の入来、石垣島、小笠原に同じ規模の電波望遠鏡があって、この4つをつないで観測することで直径2,300km相当の電波望遠鏡になるらしい。

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こんなイメージ。

今年4月に、史上初めてブラックホールの撮影に成功したというニュースがあったが、これも世界8ヶ所の電波望遠鏡をつないで観測した結果だったのだ。こっちはもう地球規模の望遠鏡になる。

これがどのくらいすごいのかというと、20マイクロ秒角という解像度、人間の視力の300万倍なんだと言う。せっかく例えてもらったところ申し訳ないが、すごすぎてピンとこない。

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真下まで見に行ける。

知らない駅で途方に暮れる気持ちは紛れたが、今度は宇宙のスケールを前に途方に暮れている。途方に暮れ終わったと思ったのに別のことで途方に暮れ、結果として途方に暮れ続けている。

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望遠鏡のふもとにブラックホールの顔はめパネルがある。
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なんでも顔はめにすりゃあいいってもんじゃないんだぞ、と思いながらまんまとやる。
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こちらは「ブラックホールから噴き出るジェット」の顔はめ。

僕には分からないが、天文台の方々の中で「ブラックホールの顔はめ作るんだったらジェットもなきゃ! ジェットは外せないでしょう、ジェットは!」ということになったのだと思う。

よく知らなくても「やっぱブラックホールはジェットっすよねー」と言っておけば、なんか分かってる感じになる。刺身を塩で食べるような感覚で語ろう。

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近くに、宇宙について学べる展示施設もある。
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「ブラックホールの撮影に成功した EHT JAPAN メンバーと記念撮影」というコーナーがあった。
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恐れ多くも、やった。

天文学会のスター達なのだろうなと思う。家に帰ってからゆっくり調べたら本当にすごい方々だったので、記念写真を撮れた喜びをじわじわ感じ始めている。

あとは展示をゆっくり見たり、天文学用のスーパーコンピューターもここにあって説明を読んだりしていた。

スーパーコンピューターの名前が「アテルイ」というのだけど、これが奥州市周辺に住んでいた蝦夷の族長の名前、阿弖流為から来ているとか、そういう説明を読んで「へぇ〜」と言っていた。

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緯度観測所、初代所長の木村榮(ひさし)記念館もある。

緯度観測をするのに「Z項」という要素が大事らしいのだが、それを1902年に発見した人である。発見の瞬間の様子がすごい臨場感で説明されていておもしろかった。

敷地内のコートでテニスをして、満足していつものイスに座って資料を読んだらなんだか違和感があり…、という感じだった。

もう途方には暮れていない

一通り展示を見て天文台をあとにした。

見るべきものを見た気になったので、もう途方には暮れていなかった。帰りの電車までまだ時間があるので街をうろうろしてみる。

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まちの駅水沢というところがあって、入る。
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遅くなってしまったけどお昼を食べる。
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おみやげコーナーにブラックホールをテーマにしたお菓子が詰め合わせになっていた。買う。

奥州ブラックホールプロジェクトという企画らしい。黒いドーナツとかかなーと思って開けてみる。

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ブラックホールクラシックショコラ、ブラックホールタルト。
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ブラックホールせんべい。

あ、なんでもありのやつだ、と思う。ブラックホールの撮影に成功したことに浮かれているのだ。いいぞ!

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そして「ブラック」要素が希薄なブラックホールせんべい。いいぞいいぞ!

調べたら、黒ごま一粒づつが、宇宙に無数に存在するブラックホールを表現しているらしい。せんべいに、スケールで圧倒された。

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見どころの多い黒豆味噌ブラックZ。
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そしてカリカリブラックホールだ。

「やったー!」と心の中でバンザイした。カリカリブラックホールである。食感のあるブラックホール。すごい浮かれようだ。パッケージの字面を見て、何度でも「ウソだろ」と思える。並みの浮かれ方じゃ思いつかないネーミングである。

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カリカリブラックホール、確かにブラックホールっぽい。

カリカリだった。パチパチした食感もあった。おいしかったのだけど、何より名前が振り切っていて良い。カリカリブラックホールだ。水沢江刺に来たらカリカリブラックホールを買おう。

楽しかったぜ!

そのうちに帰りの電車の時間になり、指定されてた仙台駅まで電車を乗り継いで向かった。

出足はつまずいたが、結局天文台を満喫していいおみやげも買えた。もちろん途方にも暮れたので、全体としてかなり充実した置き去り体験だった。

水沢駅から帰ったので最初の旅のノートの場所に行けなかったが、もし行けたら「水沢江刺で置き去りにされたぜ! 楽しかったぜ!」と加筆したい心境である。

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全部終わってもう一度見ると、いかに自分が怯えていたか分かる。

また合流できた喜び

合流する予定の仙台駅で新幹線を待っていたら、暖かい光の中で楽しそうに笑う皆さんが見えた。無事に帰ってこれて本当によかった。

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帰りの新幹線の車内から撮ってもらった、ホームで待つ僕たち。
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