ナチュラルボーン食いしん坊で食オタク
ナチュラルボーン食いしん坊を自称するイナダさんは、和・洋・エスニック、ジャンルを問わず何にでも喰いつく生粋の“食オタク”。南インド料理専門店「エリックサウス」などでレシピ開発を行う傍ら、日々、未知の味を探究し続けている。
15年来のデイリーポータル Z読者であるというイナダさん。自身のフィールドである食への好奇心を刺激する記事から、食欲が1ミリも沸かない(が、読まずにはいられない)アリが栽培したキノコを食べる記事まで、これぞ!な6本を選んでくれた。
アメリカのデニーズが気になっていたのだ
読み始めたのは、わりと初期の頃だったと思います。2005年くらいかな。当時は「お昼休みに弁当を食べながら読むサイト」みたいなキャッチコピーがついていた気がします。まさに、お昼を食べながらニヤニヤ見てましたね。
その頃からずっと読み続けているのが、べつやくさんの記事です。どの記事も、読んでて心地いいんですよ。“どうでもよさ”がちょうどよくて。
そのなかで「アメリカのデニーズが気になっていたのだ」の記事に関しては、いつもと少し雰囲気が違う。なんだか妙に楽しそうなんですよね。『サザエさん』で、夏休みに一家で旅行する“非日常の回”みたいに、ちょっと浮き足立っているような特別感がある。
アメリカの食を素直に楽しんでいるところもいいですよね。ソーセージが焦げていたり、パンケーキの形がぐちゃぐちゃだったりする雑さに驚きつつも、それこそが魅力なんだと言い切っちゃう。かたい言葉で言うと、異文化をちゃんと尊重している。お気楽に書いているように見えて、決して対象を小馬鹿にしないから安心して読めるんですよ。
海外の食文化や珍しい料理のレポートって、他のメディアだとちょっと小馬鹿にしたり、いじったりする記事を見かけることも多いんです。「おもしろい記事」を書こうとすると、なぜかそうなっちゃんでしょうか。あるいは、プチ海原雄山みたいに上から目線で批判してみたり。
デイリーの場合は全然そういうのがない。ただただ純粋に楽しんでいる印象があります。
自動販売機のホットスナックを食べるためだけにホテルに泊まる
デイリーでたまに出てくる“旅情もの”記事の傑作だと思います。これ、ホテルから一歩も出てないんですよね。どこのホテルなのか、場所さえよく分からない。それなのに、これだけ旅情を味わえる記事は前代未聞だと思います。旅っていいな……って、じわっと涙ぐんじゃいましたから。
ただ、なんか良いな、うらやましいなって思うんですけど、「マネしよう」とまでは思わない。デイリーの記事全般に言えますけど、やりたいようなやりたくないようなギリギリのライン。それを、ライターの人が代わりにやってくれるんですよね。
だって、ホットスナックって小腹が減った時に1個だけ買うもので、こんなに大人買いする人いませんよ。自分が旅をする時はやっぱり現地の名物料理を食べたいし、これで腹を満たすのはもったいないって思っちゃいますから。代わりにやってくれてよかったです。
かたいプリンが大好きだ!
馬場さんは、僕の中でデイリーポータルZの4番バッター。ライター名が馬場さんだったら必ず読むし、タイトルに惹かれて読んだら馬場さんの記事だったことも多いです。たぶん、全記事コンプリートしてるんじゃないかな。
馬場さんって“食オタク”ですよね。「グルメ」というより、食オタク。僕もそうなので、とても共感します。馬場さんも飲み屋を経営されていますけど、僕も食の趣味が高じてプロになったようなものなので。
それに、馬場さんの記事を読むと、同じものに同じタイミングで惹かれているなって感じるんです。毎回、あなたは俺ですか?って思いますよ。
食オタクって、マイナーなものを世間が注目する“半歩前”くらいに見つけるんですよ。この「かたいプリンが大好きだ!」も2013年に記事が出て、馬場さんはそのあと3回くらい「かたいプリンシリーズ」を書いてますけど、ここ1〜2年でなめらか系以外のプリンもようやく世に出てきました。馬場さんは7年前からプリンに重りを乗せ続けて、かたいプリンの良さをアピールしてたわけだから、半歩前どころか、めちゃくちゃ先駆けてますよ。
「麹と塩と水で作る凄いうまい調味料」の記事をはじめ、「発酵」にのめり込んだのも早かったですよね。その後、『料理通信』や『dancyu』といったグルメ系雑誌が、馬場さんを追いかけるように特集記事を作っています。少し遅れて、時代が追いついてくるんです。僕ら食オタからしたら、馬場さんはヒーローですよ。僕らの代表として、オタク的に食を楽しむことの素晴らしさを代弁してくれている。
ハキリアリが栽培したキノコを強奪して食べる
平坂さんの記事は「巨大深海魚を釣って食べたら尻から油が!!」の記事から読み始めました。「5切れまで」という忠告を聞かずにガンガン食べちゃうことに驚いたんですけど、じつはこの記事以上に濃いのがいっぱいあって……。
なかでもダントツで意味が分からなかったのが「ハキリアリが栽培したキノコを強奪して食べる」です。アリが栽培したキノコだけじゃなくて、アリも食べてますよね。で、「アリのくせに酸っぱくない!」って興奮している。異常ですよね。変わったことをするライターさんが多いなかでも、ダントツのレベルだと思います。だから、平坂さんの記事は読み始める前にちょっと気合と覚悟がいります。また新作が出てしまった……。今回も濃そうだ。でも、読まずにはいられないっていう。
平坂さんの捕まえて食べる系の記事を読んでいると、「美味しそう、とはどういう感情なのか?」という哲学的な思索に入り込んでしまいます。魚の調理スキルはめちゃくちゃ高くて、一応“美味しそうに”作るじゃないですか。照り焼きにしてみたり。食べたいとは思わないのに、美味しそう。食欲ってなんなんだろうと思いますよ。
「ビリヤニって何ですか?」と詳しい3人に聞いてみた
「「ビリヤニって何ですか?」と詳しい3人に聞いてみた」は、憧れのデイリーポータルZに出られるという、思わぬ夢が叶った記事でした。僕もいつかデイリーのライターになりたいと思っていたから、お話をいただいた時は有頂天になりましたね。
ただ、自分が出てるとか関係なく、本当に良い記事です。ビリヤニを扱った記事で、これほどのものは他にないと思います。記事中にもありますけど、「ビリヤニ警察」と呼ばれるような人が発生するくらい、熱いファンがいるジャンルなんですよ。そもそもインド料理は“食オタク”の比率が高いですしね。
ビリヤニって定義がすごく広くて、インド人ですらどれが正解なのか分かっていないんです。だからこそ、浅い記事や下調べが甘い記事は叩かれやすい。でも、玉置さんの記事は常にニュートラルな立場で、様々なタイプのビリヤニを掘り下げている。かなり神経を使って、細やかに書かれたんだろうなと感じます。
あとは、何といっても記事のボリュームですよね。まとめ記事とかじゃない、ちゃんと起承転結がある文章で、こんなにボリュームが多いものを他に知りません。僕もたまに取材を受けますが、喋ったこと全部は載らないんですよ、普通は。でも、この記事は全部載ってました。あの日、2時間くらい話したんですけどね(笑)。質問が的確だったので、気付いたらめちゃくちゃ深いところまで喋っちゃった気がします。
だから、取材対象者から信頼されるのかもしれませんね。「奥能登で愛されている高級キノコ、コノミタケを採りたい」の記事でも、普通は誰にも教えないような高級キノコの場所を、なぜか玉置さんには教えてしまうという。
旅先のスーパーで買い物して、自炊する日々に憧れて
同じ玉置さんの記事で「旅先のスーパーで買い物して、自炊する日々に憧れて」も好きです。旅情ものの傑作ですね。男2人で佐渡に行き、観光もいっさいせずに黙々と過ごす。なのに、まさに旅情。
この記事も情報がパンパンです。変なローカルスーパーの名前、その土地の食材のこと、ちゃんと盛り込まれている。住民が利用するスーパーを回ることで、地元の人が何をどれくらい食べているのかが分かる。料理もさすがにこなれていて、どれも美味しそうです。地方の豊かな食文化を紹介する記事としても、お手本のような内容ですよね。
3日後に忘れるが、なんとなく血肉になっている記事たち
他にも「進化の順番で寿司を食べる」「なんでも松花堂弁当」「沖縄のCoCo壱番屋の外国人向けメニューがすごい」「唐揚げ何個食べた?レベルまで飲み代を厳密に割り勘する飲み会」「妻がナイススティックに対して真剣過ぎる」「沖縄パーラーミステリアスメニュー」など、ほんの一部だけを挙げるとこのあたりですかね。厳密に割り勘する飲み会は、参加したいって思いました。スズキナオさんとパリッコさんの飲み記事は、いつも楽しそうですよね。
今回、おすすめ記事をピックアップしながら思ったんです。本当にデイリーらしい記事っていうのは、読んだ3日後には忘れているようなやつなんじゃないかって。内容がないから忘れるとかじゃなくて、具体的には覚えてないけど、いつの間にか血肉になっているような感じ。一見、贅肉っぽいんですけどね(笑)。
あってもなくてもどっちでもいいような余分な知識の蓄積と、対象をディスることなく淡々と楽しむ姿勢は、デイリーを通じていつの間にか自分にも染みついているような気がします。今は僕もインターネットで記事を書く機会が増えたんですけど、そこで好きなことを素直に語り、自分を体現できているのはデイリーを読んできたおかげだと思います。