旅だった
旅のいいところだけを味わった旅だった。八宝菜のうずらだけを食べるようなことをしてよいのだ。
食べているあいだも自由さを感じていたが、帰り道は開放されたような気持ちになった。次は真夜中のサービスエリアに行ってトイレででっかい蛾を見るだけの旅をしたい。

旅の醍醐味はビジネスホテルの部屋で缶チューハイでつまみを食べることである。
窓の外にはひとけのない大通り。誰もいないのに信号が変わり、たまにうるさいバイクが通る。テレビの天気予報からは「浜通り」「胆振」「県北」など馴染みのない地域名が聞こえる。
そのときのつまみはなんといっても自動販売機のホットスナックだろう。
旅は距離ではなく、狭い部屋で食べる焼きおにぎりだ。
都内であのスナック自動販売機がある場所をネットで検索したがよくわからない。ニチレイフーズに
「わたくし、出張先で疲れた夜、御社のスナックを食べるのを楽しみにしております」
とエモめな文章で問い合わせたらすぐに返事が来た。念のためそのホテルに問い合わせたところ、あるという。我ながら慎重な行動だ。
ホットスナックが僕を待っている。
チェックインして部屋より先に自販機コーナーに直行した。
噂だけに聞いていた「台湾飯」がある…。実在したのか。
白のたまごっち、エアジョーダン、PS5を見るような気持ちになった。ハンバーガーセット、そういうのもあるのか…。これだけ強力なラインナップのなか、どこに焼きおにぎりを投入するかセットリストを考えるのも楽しい。それだけで1記事書ける。
だが、まずは近所のスーパー銭湯に行く。銭湯ですっきりしたいのではない。腹を減らして汗をかくためだ。スーパー銭湯はいつもすぐ出てきてしまうのだが、今回は1時間入った。(アンコールと思わせておいて、いきなり焼きおにぎりから始めて度肝を抜くのはどうだろう…)などセットリストを考えた。
出張に行くと夜は会食となる。一通り食べてから宿に戻り、もう少し飲みたいと思ったときに登場するのがホットスナックだ。浴衣姿でペタペタすげえ暑い自販機コーナーに行く。
うまいのだけど、もうごはんは食べてしまっているのでそんなに食べることはできない。それを残念に思っていた。
だが今回は違う。ディナーのメインがホットスナックなのだ。好きなだけ食べて良い。両替もしてきた。これが大人だ。
スーパー銭湯からホテルに戻る。部屋ではなく自販機コーナーに直行した(2時間ぶり2回目)。
ビジネスホテルでたまに丈がやたらと長いシャツがパジャマとして用意されていることがある(ズボンなし)。あの80年代まんがの「彼氏のシャツを着て『ぶかぶか~』って言ってる女の子」みたいな格好で別のおっさんと鉢合わせるのはこの待ち時間だ。
時間がかかること、熱々であることなどディテールを思い出す。同じ都市に2回目に行ったとき、空港から移動しながら「そうそう、こんなだった」と思い出すだろう。旅が始まるあの感じだ、これは。多摩だけど。
ホットスナックと双璧をなす旅情アイテムが製氷機だ。缶チューハイやビールに氷を入れて飲んで、飲み残しが翌朝、二層になっているのが旅。だんだん枕草子みたいな文章になってきた。
ビールは家から持ってきた。好きなビールでスナックを食べたかったからだ。大人は自由である。
まずは前菜にハンバーガーとしゃれてみよう。
しなしなになったバンズが最高だ。分厚い肉を挟んだ本格的なハンバーガーの世界もあれば、全体がホカホカになっているハンバーガーの世界もある。どっちが優れているということではなく、並列する世界なのだ。おれはどっちも好きだ!
パッション溢れて一人称が変わってしまった。
ハンバーガーからひき肉と玉ねぎの匂いがする。お惣菜っぽいというか、手作りのハンバーグだ。これは熱帯でも西洋でもなく和風だ。給食の気配もある。もっと言えば練馬風だ(実家)。
ハンバーガーはおにぎりぐらいの大きさなのであっという間に食べられてしまう。その名残惜しさ。でもすぐ食べた。次は台湾飯。
台湾飯はしっかり辛くてうまい。この「台湾」は台湾のごはんなのか、名古屋ローカルフードによく登場する「台湾」味なのは分からない。コピーとかオリジナルを越えて本物っぽい。
ふたりで眺めているのはホテルの向かいの知らない道路だ。ギャギャギャ・リリリ・ギギギと虫のサラウンドのなか、音のでかいバイクがたまに通る。街灯に照らされたワンボックスカーのグリルがぬらぬらと光る。
チキンと一緒に入ってたポテトは、冷めてからが本番という力強さだった。
最初に買った4箱はふたりで1時間足らずに食べてしまった。
ほぼ宇宙食である
さっき食べたハンバーガーセットの空き容器を皿代わりに使っているのも宇宙だ。たこ焼きは食感がモチのようでおもしろかった。
そして、これたまんねーなーおい、と思わずヤンキーになったのがホットドッグである。
コレは期待できますな!心の富井副部長が叫ぶ。
こいつらホットドッグ食べたことないのかよ、と思うような写真が残っていた(ソーセージ入ってるんだ~と言ってそう)。
驚いていたのはこのホットドッグのおやつとしてのちょうど良さだ。味とサイズが晩ごはんに響かない。夕方に食べるしょっぱいおやつとしてちょうどよい。
子どものころのしょっぱいおやつ、あれはいま思えばつまみだった。
あれだけ焼きおにぎりをどこに持ってくるかを悩んでいたにもかかわらず、写真を撮るのも忘れてパクパク食べてしまった。いつ食べたのかも覚えていない。
旅のいいところだけを味わった旅だった。八宝菜のうずらだけを食べるようなことをしてよいのだ。
食べているあいだも自由さを感じていたが、帰り道は開放されたような気持ちになった。次は真夜中のサービスエリアに行ってトイレででっかい蛾を見るだけの旅をしたい。
2020/10/3(土)12:00~17:00
2020/10/4(日)10:00~16:00
@東京ビッグサイト 西4ホール
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