ハキリアリ。キノコを栽培するために葉っぱを切り取って巣へ運ぶ。NHKのドキュメンタリーなんかで見たことがある人もいるのでは?
キノコを奪いにブラジルはサンパウロへ
驚くべき生態だが、それに関してとても気になることがある。
アリが栽培したキノコとは一体どんなものなのか。そして人間が食べても問題無いのだろうか。そして味は?
確かめるためにブラジルへ行ってきた。
向かったのはアマゾンのジャングル!
…ではなく、大都会サンパウロのど真ん中。
自然系のドキュメンタリーではアマゾンのジャングルに生息する生物として紹介されることが多いハキリアリだが、実は街中にも普通にいる。多少の緑さえあれば。
というわけで、やってきたのは南米最大の都市・サンパウロだ。
ビカビカに光る高層ビル群がものすごいアーバン感を出しているが、自然はわずかながら残っているのだ。
川は濁り、水面には大量のゴミと油が浮く。硫黄のような悪臭も。
だが、そんな臭くて汚い川沿いにもカピバラさんが棲んでいたりする。
その証拠にサンパウロにはカピバラだっている。さすがブラジル。
地球の裏側で温泉に浸かるカピバラもいれば、原産地でドブを泳ぐ同胞もいるのだ。
というわけで、ハキリアリを追い求めて訪れたのはハイウェイと一般道の脇に開けた小さな空き地。
ハイウェイそばの…
小さな芝生地帯。
街路樹も生えておる。トロピカルなやつが。
街路樹の根元に目を落とすと、チラチラと緑色の小さな欠片が行進している。
おおう、これぞ。
切った葉っぱをせっせと運ぶアリたち。これぞハキリアリ!ブラジルではまったく珍しい存在ではないようだ。
ハキリアリだ!テレビや本でよく見るやつだ!
わりとどこにでもいるとは聞いていたが、それにしても簡単に見つかってしまったな。
葉を運ぶハキリアリ。よく見るとボディーはトゲトゲ。仕事は農業だが、ファッションは意外とヘビメタ調である。
大荷物を背負っている割に動きが速い!行進を撮影するのも一苦労。葉だけでなく花びらを運んでいるものもいる。
アリたちを観察しつつ、追いかける。
彼らが運んでいるのは薄い木の葉の縁、下草のさきっぽ、花びらなどやわらかくてみずみずしい植物片ばかり。そういうものでないと、アリたちの小さなアゴでは切り取れないのだろう。
また、枯れているものは見当たらない。キノコを育てるには鮮度が重要らしい。
ハキリアリたちが毎日通る道はある程度決まっているようで
芝生を切り拓いたように綺麗な「道路」になっている。
ハキリアリの行列をたどっていくと、芝生のど真ん中にこんもりとそびえる小山に行きついた。
いくつものアリ専用道路の行きつく先には、明らかに不自然な土の山が。
ハキリアリの巣、いわゆるアリ塚だ。デカい。高さは数十センチ、直径は3メートルくらいある。
これがハキリアリの巣(兼キノコ農場)だ!アリ塚というやつか。…立派だ。
アリ塚の表面は枯れた草で覆われている。断熱材としての役割を果たしているのだろうか。
よほど栄養条件がいいのか、外側には雑草が茂っている。しかし、案の定というか軟らかい先端部は軒並み刈り取られている。間借りの家賃は体で払わないといけないらしい。
お土産渡して略奪開始
塚のあちこちに小さな穴が開いている。アリたちの出入り口だ。
これからこのアリ塚の一部を崩し、内部に育っているであろうキノコを強奪するのだが…。
さすがにちょっと申し訳ないので、お近づきのしるしとしてささやかなプレゼントを贈ろう。…まあ、そのへんの木に生えてた葉っぱなんだけど。
これからご自宅に「お邪魔する」わけなので、お土産として葉っぱをプレゼント。
通り道に置いてやると、たちまちアリが集まってきた。
縁を少しずつ切り取られ、巣へと運ばれていく。
見る見るうちに葉っぱは切り取られ、アリ塚の穴へと吸い込まれていく。
おお、お気に召してもらえたか。
じゃ、そろそろ略奪しますね~。
それではハキリアリさん、おじゃましまーす!
アリ塚へザクリとスコップを差し込む。すると内部から大量にアリが溢れ出し、スコップを伝って右手に咬みついてきた!
スコップを差し込むと…
たくさんのお出迎えが!こんなこと言う資格無いけど、痛い!咬まないで!しかたないけど!
チクチクと痛むが、我慢できないほどではない。毒針を持っているわけではなさそうだ。
というわけであまり気にせず作業を続行しよう。
意外にもあっさりキノコ確保!
二度ほどスコップを入れると、大きな空洞が現れた。なにやら灰色っぽいものが見えるが、実はこれこそが求めていたアレなのだ。
もう一掘りしたところで、大きな空洞に行き当たった。握りこぶしが四つくらい収まりそうだ。そして、その内部にはなにやら灰色の奇妙な物体が鎮座している。
これがハキリアリたちが丹精込めて育ててきたキノコなのだ。
怒り狂うアリたちを見ないふりして、さっそく取り出してみる。
ついにゲットしたハキリアリが栽培するキノコ。と言っても、ただの土にしか見えないが。
ついに確保したハキリアリのキノコ。だが、これはどう見てもマツタケやシメジのような傘型の、いわゆる「キノコらしいキノコ」の形ではない。
ああいうキノコらしいキノコというのは「子実体」と呼ばれるもので生殖、つまり胞子をまき散らすために存在する存在なのだ。植物で例えるとすれば果実に近いか。
ハキリアリが栽培している菌も子実体を作り出すことは一応可能らしいが、アリ塚でその姿を見ることはほぼ無いという。
スポンジ状に見えるが、触れると簡単に崩れてしまう。
ではこのスポンジのような土塊のようなものは何か。
これは菌糸とその培地(菌床)である。アリたちはこの白い菌糸を食べているのだ。
白い部分は菌糸体と呼ばれる部位で、ハキリアリたちはここを「収穫」して食べている。拡大してみると、細切れになった植物片が菌床となっていることがわかる。
…するってぇと、何かい?おいらはその菌糸を菌床ごと食おうとしてるってのかい?
うわ。分かっていたはずだけど、あらためて考えるとかなり無茶だな。どう見ても可食部じゃないもんな。分かってたけど。
この写真(T・斉藤さんの記事「
クワガタを飼ってた瓶からキノコが生えてきた」より)で言うと、僕がこれから食べるのは瓶の口から飛び出たキノコではなく、瓶の中身(菌糸が回ったおがくず)の方である。こう書くと無謀さというか望みの薄さが伝わるのではないか。
…だが待ってほしい。アリって甘いもの好きじゃん?甘いものっておいしいじゃん?おいしいものが好きってことはアリはグルメな生物なわけじゃん?だったらそのグルメな生物が栽培したキノコなんだから菌糸だろうとおいしいはずじゃん?というわけで、まだ味の良し悪しについての望みは断たれていない。
土の味、菌の香り
というか、味なんてマズくてもいいのだ。最初から期待していない。
僕はとにかく、「アリが栽培したキノコ」の味を知りたいだけなのだ。ハキリアリと同じものを食べてみたいだけなのだ。
というわけでいただきます!
ではハキリアリのみなさんに感謝して、いただきます!
栗ほどの大きさの塊をつまみ上げ、頬張る。
口腔から鼻へと抜けるキノコ臭、というか菌類特有の匂い。
咀嚼すると、ジャリジャリと音が立つ。舌の上に広がる、どこか懐かしい味。…おお、これは!…これは、土だな!ただの!
乾いた腐葉土の味(with菌糸風味)だ!
あー、菌くさい土だこれ…。
蒸してみても、独特の菌臭が加速しただけで相変わらず味は土。食べ物らしさは増さず。
うーん、わりと予想通りの味だった。
「実は砂糖みたいに甘い!さすがアリさん!」みたいな展開があれば面白いなと思っていたものの、得られた結果はとても現実的なものだった。
でもこれはこれでよし。「ハキリアリの栽培するキノコは味気ない。そして、彼らはその味気ない食事だけをひたすら自給自足で摂り続けるストイックなアリであるということが分かっただけでも十分な成果だ。
ハキリアリにお菓子を与えるとどうなる?
でも、本当の本当にキノコだけを食べているのだろうか?
実はどさくさに紛れて普通のアリと同じように甘いものも食べたりしてるんじゃないの?
…ということで実験してみることにした。ハキリアリの通り道にお菓子を置いてみよう。
こいつら本当に葉っぱばっかり集めてるなぁ…。甘いものとか興味ないのか。
試しに甘いお菓子(ポン菓子やおこしみたいなやつ)の欠片を進路に置いてみる。
あれ!?めちゃくちゃ集まってきてるじゃん!
進路上にお菓子を置くと、意外にも凄まじい勢いでハキリアリが集まってきた。しかも、みんなガジガジと積極的にかじりついている!
なんだよー、おまえらやっぱお菓子好きなんじゃん!
あれ…。なんか違う種類の小さいアリが混じり始めたぞ…。
…と思いきや、みんなすぐにお菓子から離れていく。おや、どうしたのかな…。
ハキリアリが減り始めると、今度は別種の小さなアリが集まり始めた。
そして、ついにハキリアリは完全にスルーを決め込んでしまった。それを尻目にどんどん集まってお菓子をむさぼる小さなアリたち。
最終的に小さい種類のアリだけになってしまった。ハキリアリはあくまで外敵だと思ってお菓子を攻撃していただけであって、決して食べ物だとは認識していなかったのだ。
ハキリアリたちが最初に勢いよく飛びかかってきたのは、単にお菓子を「進路に立ちふさがる敵」と判断しただけのことらしい。無害な物体であることを悟って別種のアリに所有権を譲り、スルーを決め込んだのだろう。
なお、ここで注目すべきはハキリアリとお菓子好きの小さなアリという二種類のアリが、お互いに喧嘩もせずに同じ場所で各々活動している点である。
普通、アリというのは別種同士がかち合えば必ず争いに発展する。同種であっても、巣が違えば熾烈な戦いが生じる。しかし、この二種は至って平和に共存している。これはおかしい。
もしかすると、彼らは食べるエサが全く重複しないので、互いに競争する必要が無いことを理解しているのかもしれない。
ハキリアリはアリのくせにすっぱくない!
二種類のアリの群れが一か所で共存しているという事実は、この取材を行う中で二番目に感動した発見だった。ちなみにキノコの味は三番目。では一番は何か?…それは「ハキリアリそのものの味」である。
…キノコしか食べない偏食アリ。キミ自身は一体どんな味なんだい?あっ、こいつツノまで生えてんだな。かっこいいな。
食性はその生物自体の味に反映される。と僕は思っている。となると、自家栽培のキノコだけを食べるハキリアリは、もしかするとそれ自身も他のアリとは一線を画した不思議な味がするのではないか。
そんな思いが頭をよぎり、試食してみることにしたのだ。
ハキリアリに対してさらに罪を重ねる。ごめんね。アリ自体もいただきます。
普通、アリという虫はすっぱいものなのである。どんなアリでもたいてい、独特の酸味があるのだ。
これはアリたちが護身用に持っている「蟻酸」という物質に由来するもので、ツムギアリなど特に酸味が強い種は薬味や香辛料として料理に用いられることもある。アリを潰してしまったときに感じる独特のにおいも、同じく蟻酸に由来する。
ところが、ハキリアリにはまったく酸味が感じられなかった。においも無い。まったくの無味無臭。これは体内にほとんど蟻酸が蓄えられていないことを示している。
こんなアリを食べたのは初めてだ。興奮した。
あっ…?味がしない!?アリなのに酸っぱくない!!
!これは個人的な推察だが、ひょっとするとハキリアリたちが食べているキノコには、蟻酸を作るうえで必要な物質が含まれていないのではないか。
そのために彼らは蟻酸を体内で生成することができないのかもしれない。
狩猟採集をやめ、農耕文化に染まったがゆえに武器を失ってしまったのかもしれない。
もしそうだとしたら…。とてもおもしろいよね!
最後にお礼とお詫びを兼ねて花を贈ろう。
喜々として花びらをちぎっては次々に巣へ運んでいく。ああ、かわいらしい。仲間が食われているっていうのに、巣からキノコを強奪されてるっていうのにのんきなもんだぜ。
ちなみに毒は無いようです
そんなわけで総括!「ハキリアリが栽培しているキノコは特に味はしません。菌床の腐植土の味しか感じません。そして、それを食べてるハキリアリたちも無味無臭です。あと、なんか彼らは他のアリと仲良さそうでした。」…といったところか。
味気ないものばかり食べているやつらは、自分自身も味気なくなってしまう。…これは人間にも同じことが言えるのかもしれない。
あと、なんやかんやで手のひらに山盛り一杯分以上は菌糸と菌床を食べてしまったが、その後も特に健康に異常は無い。つまり毒性は無さそうだと言える。…まあ、おそらく人類にとって有用な知識にはならないだろうが。
翌日も巣を見に行くと、もう掘り返した箇所が赤土と枯れ草で修繕されていた。すごい仕事の速さだ。