やってきた新しいミシン
ミシンがないと困るので、新しいミシンを買った。
お店の人の「これを買えば一生もんだよ」という言葉に押されて
結構いいのを選び、2台合わせて33万円くらいした。
まさかの人生で一番高い買物額を更新してしまった。
まだ愛着はわかないが、このミシンも、簡単に手放せないくらいに大事な存在になるのだろうか。
とりあえず性能は素晴らしいので、日々感動しながら使っている。
小学生の頃サンタさんにもらった家庭用ミシンが、ついに壊れた。
もう使えないが、子ども時代の色々な思い出がつまっていて、なかなか捨てられない。
このミシンと最後の思い出づくりに、旅行に行くことにした。
家の中しか見たことがない家庭用ミシンに、家庭以外の風景を見せてあげたい。
小学生から使い続けているミシンが、ついに壊れた。
一ヶ月前から、縫う時に「ガシャッ、ガシャッ」という異常な音がするようになっていたが、ちょっとした反抗期みたいなものだろうと、特に気にしていなかった。
音はうるさいけど、問題なく縫えているし、時間ができたら修理に出そうかな〜、と思っていたのだが、ある日静かに動かなくなった。
ミシンの後ろに書いてあった修理センターに電話したら、全く関係ないおじさんにつながった。修理サービスの会社がなくなっていたのだ。
どうしよう……。
いろいろ探した結果、近くのミシン屋さんに家に来て診てもらうことになった。
「あ〜〜……、これはもうダメだね」
「えっ!?? もうなおりませんか」
「なおらないね。一体何を縫ったのよ……」
「……エイです」
どうやら、合皮が縫えないミシンだったらしい。
そんな無理させてたなんて……。ごめん、ミシン……。
「どうします? このミシンこちらで処分しましょうか?」
「え……!!いや! いいです!」
とっさにそう言っていた。
このミシンは小学生のとき、サンタさんにもらったものだ。
おそらく3〜5万くらいするものだと思われる。小学生のプレゼントにしては、かなり高額だ。
我が家に届くサンタさんからのプレゼントは、なぜかふせんで一言メッセージが貼り付けられていることがあった。
長年共に過ごしてきたため、急に捨てるには、心の準備ができてなかった。
広い玄関か、床の間があればがオブジェとして飾るのだが、我が家では狭い通路に置くしかない。
しばらくそのまま置いてあったのだが、夜中に電気をつけずに歩いていたら、ミシンの角に足を強打した。
やっぱり手放すしかないのか……。でも……!!
……よし!最後に一緒に旅行にいこう!
家から出たことのない、このミシンに、外の世界を見せてあげよう!
忘れられない思い出を作ってから、さよならを言うのだ。
ということで、大阪に来ました。
家の一室にずっとこもっていたミシンが、いきなり外の世界にでたことは、ヘレンケラーの「ウォーター!」ぐらいの衝撃なのではないか。
道を間違えて、海を渡らなければ目的地につかないルートになってしまったため、急遽舟に乗ることになった。
重い。ダンベルを持ち上げる感覚だ。
歩いていると、一人のおじさんに
「それは何を表現しとん?」
と聞かれた。
特に何も表現していなかったのだが、おそらくミシンを連れている理由を聞きたいのだろうと思ったので、一応東京から来た経緯を話した。
それを聞いて、おじさんが
「東京の人はぶっ飛んでるわぁ」
と、ぼそっとつぶやいたので、おじさんの中の東京の人のイメージをゆがめてしまったのではないかと少し気にした。
でも、なぜか話が盛り上がり、気づけば20分くらい立ち話をしていた。
最後に
「この辺でおすすめの場所ありますか」
と聞いたら、
「ケンタッキーやな」
と言われた。
……そこは東京でも行けるので、海遊館に行くことにした。
まるで現代アートのように見える気もするが、気のせいかもしれない。
メッセージ性がありそうでなさそうな空間。
大阪にいったら絶対に海遊館に行こうと決めていたので、ミシンと一緒に来られてうれしい。
自然っぽいところにも連れて行きたかったので、公園内の木々の間にミシンを連れて行った。
チーム分けであぶれた人の哀愁を感じる。全然周りになじめていない。
かわいそうなので、早めに退散しよう。
万博公園駅にはストリートピアノが置いてあった。
普段なら勇気が出なくて絶対無理だけど、ミシンとの思い出作りのために、ちょっと弾いてみようかな……、という気になった。
私が楽譜なしでちゃんと弾ける曲は久石譲の「Summer」(サビだけ)なので、20秒くらいで終わるけど、一曲ミシンに捧げるつもりで弾いてみよう。
ミシンに背中を押され、ピアノ へと向かった。
ミシンと一緒に行う最初で最後のストリートパフォーマンス。
このミシンと次の夏を迎えることはないのだ。
他のお客さんが、後ろの方で、
「あれミシンやろ」「何でや」「誰かつっこんだ方がええんちゃうん?」
という声があちこちから聞こえてきて、少しざわついていたが、結局誰もつっこんでくる人はいなかった。
お気に入りのぬいぐるみ とお出かけして写真を撮る「ぬい撮り」をしている人たちをよく見かけるが、お気に入りの家電とお出かけして写真を撮る、「家電撮り」は周りを少しざわざわさせてしまうようだ。
意外とちょっとした段差が多い。
みんながミシンを連れて歩けば、相当バリアフリーな街に改善できるのではないか。
短い旅だが、ミシンと大阪を堪能できた2日間であった。
思い出づくりのための旅だったが、より愛着が増してしまった気もする。
最後は自分の手で、集積所に持ち込むことにした。
「どうぞ〜こちらにお持ちください〜」
と声をかけられ、ついに別れのときがきた。
「じゃあ回収するので、この箱にいれてください〜」
この瞬間にドナドナの曲が流れたら泣いていたかもしれない。
ミシンを連れてさっていく集積所の人の後ろ姿を、見えなくなるまでずっと見ていた。
ミシンがないと困るので、新しいミシンを買った。
お店の人の「これを買えば一生もんだよ」という言葉に押されて
結構いいのを選び、2台合わせて33万円くらいした。
まさかの人生で一番高い買物額を更新してしまった。
まだ愛着はわかないが、このミシンも、簡単に手放せないくらいに大事な存在になるのだろうか。
とりあえず性能は素晴らしいので、日々感動しながら使っている。
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