黒豆だけでこの美味さ
瓶詰めの黒豆だけでもこれだけ美味しいんだから、店で食べる料理にはどれだけ繊細な技巧がこらされているんだろう。そんな風に期待が膨らむ美味しさでした。「瓢亭」で食事できるように、来年も頑張ります。
京都の南禅寺の近くに「瓢亭」という料理屋がある。
こういうところの食事代は実質的に定価があってないようなものだと思うけれど(※行ったことがないので想像です)、とにかく高級な店である。だがそんな「瓢亭」にも、定価で買えて、なおかつ私でも手の届きそうなものがあるのだ。
高級店で手の届く金額のものを見つけてくる特集です。全体の説明と心意気。
ブルガリのチョコにはどんぶりで食べたくなるクリームが入っている(まいしろ)
銀座久兵衛に太巻きの答えがあるのかもしれない(P.K.サンジュン)
谷崎潤一郎の小説にも出てくる料理屋「瓢亭」の黒豆はまるでシュークリームみたいに中がトロトロ(こーだい)
梅干し1粒400円の夢~紀州南高梅の五代庵~(唐沢むぎこ)
金谷ホテルに泊まらず、赤ワインだけ堪能する(とりもちうずら)
ショッピングモールで買ったヘネシーを飲む(西村まさゆき)
帝国ホテルのポテトサラダは正統派の高級感(べつやくれい)
「瓢亭」は長い歴史のある店だ。前身となる茶屋は400年ほど前にはすでにあったらしい。
谷崎潤一郎の小説『細雪』には、戦前の京阪神に暮らすセレブたちが「瓢亭」で食事するのを楽しみにする描写がある。
そんな「瓢亭」が、今も変わらず営業している。い、行ってみたい!!でも高い......。
ホームページに掲載された情報によると、朝粥のように1万円未満で楽しめるものもあるものの、真骨頂である懐石(夕食)は37,950円~(税・サービス料込)とある。まるで一月分の食費である。心を鬼にして節制すれば二カ月食いつなげるかもしれない。しかも「~」とあるから、これはあくまで下限値であり、実際はいくらかかるのかわからない。恐ろしい。
ただ、食事は無理だが、持ち帰り用の「おみやげ」ならなんとか手が出せる。いくつかある中から、今回は黒豆(2800円)をチョイスして、いつか、なにかの折に堪能できるかもしれない「瓢亭」の味の予行演習とすることにした。
「予約をしていない人はここから先に入らないでください。用のある人はここから声をかけてください」という看板があって、かろうじてここが入り口だとわかった。それくらいひっそりとしていた。「ひょっとして年末だからもう営業してない!?」と、企画の継続そのものが危ぶまれたくらいである。
ちなみに翌日からは店を閉めてお節料理作りに集中するとのことで、この日が年内最後の営業日だったらしい。ひんやりとした空気の中、土間の奥からはなにかを煮立てる良い香りが漂ってきていた。
「すいませーん」
声をかけて、出てきた女性に来意を告げ、無事に目当ての黒豆(2800円、商品名はぶどう豆)を購入することができた。売られている中で一番安いものではないけれど、もうすぐやってくるお正月の定番だし、なにより私は黒豆が好きなのだ。
呼ばれて出てきた女性はいったん奥に戻って在庫を確認して、次にお金を受け取って再び店内に戻り、最後に包んだ品物とおつりを持って出てくる。店内とこちらを合計3往復したわけで、そのゆったりとした成り行きに感心した。こういうスタイルの買い物もあるのかと、食べる前からすでに新鮮な体験をさせてもらった気分だった。もっとも食事をせずに買い物だけして帰る客というのがほとんどいないんだろうけど。
開けて味を見てみよう。
と、思ったら。
この後、手にゴム手袋をはめたらなんとか開きました。
黒豆の、塗れてツヤツヤした深い黒色が好きだ。本当に美しいと思う。たまに、黒いというより焦げ茶色に近いやつがあるけど、あれはだめだ。やはり黒豆は黒ければ黒いほどいい。「瓢亭」の黒豆は石炭のように真っ黒で、しかもパツンパツンに膨らんで表面にしわ一つない。食べる前から、これは期待が持てるぞ。
豆の皮はしっかりしているのに、その下に包まれた豆本体は歯がなくても食べられそうなくらい柔らかい。シュークリームみたいに、別々に用意した皮に注射器でペースト状の豆を注入したんじゃないかと錯覚するくらいだ。いやほんと、どうやって煮てるんだろう。
当然、豆には味がこれでもかというくらいしみている。それでも甘すぎず、豆の香ばしさやほんのりとした渋味がしっかりと味わえる上品な仕上がりになっているのが良い。
黒豆を美味しく、美しく煮るのはたいそう難しいと聞く。「瓢亭」の黒豆も、つるんとした見た目からは想像できないような技術と時間が注ぎ込まれているにちがいない。
内容量250g(そのうち豆は160g)で2800円は高いよなーと思っていた。でも一流の技の一端を体験できるのであればその価値はあるはずだ。
甘すぎない黒豆はいくらでも食べられるけれど、スナック菓子みたいにパクパク消費するのはもったいない。正月休みを通して長く楽しもうと思った(貧乏性とも言う)。
瓶詰めの黒豆だけでもこれだけ美味しいんだから、店で食べる料理にはどれだけ繊細な技巧がこらされているんだろう。そんな風に期待が膨らむ美味しさでした。「瓢亭」で食事できるように、来年も頑張ります。
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