特集 2024年12月12日

「くしはらヘボまつり」でヘボ(クロスズメバチ)を食べ、ヘボに刺され、そしてヘボを抜く

「へぼ」という気の抜けた名前をつけられた虫がいる。正式な和名はクロスズメバチといって、中部地方などではこれを「へぼ」と呼ぶのである。黒い体に薄黄色のストライプをまとった、かっこよくて美しい虫である。へぼは古くから山間部の貴重なタンパク源として食され、食糧事情が改善された現代でも珍味として人気がある。

岐阜県恵那市串原では、毎年11月にへぼのブリーダーが集まってその年に育てた巣のサイズを競うコンテストが開催される。ずっと前から気になっていたこの「くしはらヘボまつり」に、今年ついに行ってきた。

変わった生き物や珍妙な風習など、気がついたら絶えてなくなってしまっていそうなものたちを愛す。アルコールより糖分が好き。

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早起きして岐阜へ

「くしはらヘボまつり」は午前8時頃には出品される巣が集まり、14時には閉会・完全撤収するというたいへん健康的なイベントである。近くに宿をとって前日泊などをせず、開会に間に合うように関西から向かうとなると、5時過ぎには家を出なければならない。しかも11月という、朝起きて布団から出るのがだんだん辛くなってくる時期に開催されるときている。

行こう行こうと思いつつ長年「今年はもういいや」となっていた理由はこれである。

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日の出を拝みながら東へ。

今年は、ありがたいことに朝に強い友達が「行ってみたい」と言って強制的に連れ出してくれたおかげで実現することができた。自分一人では、死ぬまでネットの実況を見て歯噛みするだけだったに違いない。

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途中で見た荒ぶる矢作川が綺麗だった。
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早朝の道は空いていて思ったよりも早く着きそうだったから、喫茶店でモーニング。すでにメーターが振り切れんばかりに高まった旅情に、重たかった瞼がだんだん上がってくる。
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駐車場として開放されていたのは串原小学校だ。

串原小学校から今年の会場であるくしはら温泉ささゆりの湯までは、臨時のシャトルバスが運行されている。ここに着いたところで8時少し前だったけれど、シャトルバスの乗り場にはすでに何人も人がいて、バスを待っていた。

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無料の臨時シャトルバスが出る。結構な規模のイベントなのだ。
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そしてついに会場に到着!お祭りの喧騒がバスを降りるとすぐに伝わってきた。
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巣箱を積んだ軽トラがたくさん

会場横のスペースにはビニールハウスが設置されていて、その横は出品者の乗りつけた軽トラでひしめき合っていた。軽トラの荷台には、出品するヘボの巣が入った巣箱が載っている。外観の見分けがつかないくらいそっくりな白の軽トラの群れが、色も形もいろいろな巣箱を背中に積んで並んでとまっている姿は、一通りのネタをセットにした握り寿司のパックみたいだと思った。

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まだヘボは巣箱から出てきていないけれど、すでに蜂用の防護服を身につけている人もいた。
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四角いのやら八角形のやら、いろいろな巣箱があって見ていて飽きない。
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素焼きの鉢を使った巣箱まで!

感心したのが、少なからぬ巣箱が箱の面の一部をアクリル板などに置き換えることで中を観察できるようにされていたことだ。

普段見ることのできない蜂のお宅を覗き見することができて楽しいではないか。

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開閉式の窓の内側にオレンジ色の透明の板をセットした巣箱。
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中にはひしめくようにしてヘボが。
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白い軽トラはどれも同じで区別がつかないと言ったけれど、中にはこんなステッカーを貼った車もあった。名古屋大学にはヘボ倶楽部があるらしい。

到着早々におもしろい巣箱を見せられてキャーキャー騒いでいた我々だったけれど、中でも一番素敵だと思ったのが、苔やシダなどの植物を植えて箱庭のようにした巣箱だ。

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箱庭巣箱。巣箱自体がもはや作品と言っていいほどの凝りようだ。

写真を撮っていると、そばにいた製作者がいろいろ教えてくれた。

巣箱を苔や植物で飾りつけることで、ヘボが巣を作る山中の斜面の環境を再現してやろうとしたのだとか。ヘボも喜びそうである。ただ、こうすることで中のヘボがより大きな巣を作ってくれるような効果は……

ないとのことだった。そこについてはあくまで冷静だ。

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「初め女王蜂を入れておくんです」と言って見せてくれた箱。

興味深く話を伺う我々。そこへ、予想だにしないサプライズが。

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「これ、さっきもらったんだけど、オオスズメバチの煮たやつ。よかったらどうぞ」

なんと、ウェルカム・ドリンクならぬウェルカム・スズメバチが差し出されたのだった。ハチを食べたい人しか来ないイベントだからこそできるもてなしだ。

タッパーの中には、幼虫(イモムシ)から成虫になりかけの蛹までいろいろな成長段階のオオスズメバチが入っていた。一瞬悩んでから、できるだけ成虫に近いのをいただくことに。

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大きい!

噛むとしっかりとした弾力のある肉からジュワッとスープが溢れ出す。思わず「美味しい!」と声を上げた。「すごく美味しいですね、これ」タッパーを持つ製作者もうれしそうだ。

味の表現が難しいが、あえて言うなら「チキンとエビでとったスープに醤油を加えたもので煮込んだ栗」だろうか。虫の体とは思えないくらい実が詰まっていて食べ応えもあった。これはもはや珍味ではない。ごちそうだ!

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今年はヘボが少ない

さて、朝早くからの活動と初っ端からのサプライズですでに気分が盛り上がっていたのだが、実のところヘボまつりはまだ始まってすらいなかったのだった。

午前9時頃に始まった開会式では、全国地蜂連合会の会長が挨拶をしておられた。地蜂とはクロスズメバチの俗称である。ヘボといい地蜂といい、愛される生き物には各自いろいろな呼び名をつけたくなるものなのかもしれない。

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開会式とはいっても堅苦しさはない。本部になっている東屋の横でお話をする人がいて、広場にいる人たちがなんとなくそっちの方を向くというゆるいスタイルだ。

会長は「私もヘボを育てているのですが、山へ行っても今年はとにかくヘボがいない」と嘆いておられた。

ヘボの女王バチはオスと交尾をした後、たった一匹で巣作りを始める。巣作りと産卵を同時に進めることで、だんだんと仲間(働きバチ)が増え、巣も大きくなるのである。ヘボの巣を育てる上で、この始祖になる女王バチは野外で捕まえてくるほかにない。それが、今年は全然見つからないというのである。

その影響は巣の出品数に顕著に現れていて、昨年(2023年)に81あった巣の出品が今年(2024年)は52しかない。実に4割近い減少で、いかに今年がヘボ不作の年かということがわかろうというものだ。

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プログラムはこんな感じ。開会式が終わると、準備ができ次第、巣箱からの巣の取り出しと計量が始まる。
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ヘボはおとなしい蜂なので、こちらから刺激しない限り攻撃してくることはあまりないという。
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出品したヘボの巣は購入することも可能だ。購入希望者は、朝のうちに整理券をもらっておく。価格はキロ当たり1万円と、なかなかの高級品なのだ。
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ヘボ料理を楽しもう

開会式が終わってから、巣の取り出しが始まるまでまだ時間があるようだったので、会場を見て回ることにした。会場になっている広場の片方には本部席、そしてその反対側には屋台がいくつか出ていた。

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防護服も売っていた。ちょっとほしい。
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ヘボだけが昆虫食じゃない!とばかりに売り出されるイナゴやカイコの蛹。
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ひときわ長い列ができていると思ったら、
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くしはらヘボまつりの名物、ヘボ五平だ!
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大人気商品だけあって、どんどん焼かれて、次々売れていく。

味噌を塗った五平餅を炭火で焼く香ばしい香りが、煙とともに漂ってくる。もちろん買って食べてみた。

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思ったよりも大きい。表面に塗られた味噌に砕いたヘボが混ぜこまれていて、よくよく観察するとそれっぽいヘボの体のパーツが見て取れる。
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うん、美味しくて食べ応えがある。

美味しいんだけど、うむ。

かなり奥ゆかしいというか、甘辛い味噌の味が強くて、仮にヘボが入っていなくても味はほとんど変わらないんだろうな、という気はした。

何事もステップを踏んで取り組むことが肝心だ。初めて日本食を食べる外国人にはいきなり鯖寿司など食べさせず、とんかつや焼き鳥などで様子を見るのが良策だろう。それと同じで、虫を食べることに馴染みのない人がまず「虫を食べた」という実績を解除するのに、このヘボ五平は最適だと思った。

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隣で売られていたヘボ飯も買った。可愛いステッカーが貼ってある。
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ヘボ五平と打って変わって、手加減なし。

ご飯の間からそのままの姿のヘボが出てきて少しドキッとするが、薄い味つけも相まってヘボの味をじっくり味わいたいならヘボ飯で間違いなし。幼虫から成虫までいろいろな成長段階のヘボが入っていて、幼虫はトロッとしたペースト状の豆のような味、成虫は殻付きの小エビみたいな味と食感がする。味のバリエーションを楽しみながら食べられるのはお得感がある。

⏩ ついに巣箱の蓋が開く!

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