早起きして岐阜へ
「くしはらヘボまつり」は午前8時頃には出品される巣が集まり、14時には閉会・完全撤収するというたいへん健康的なイベントである。近くに宿をとって前日泊などをせず、開会に間に合うように関西から向かうとなると、5時過ぎには家を出なければならない。しかも11月という、朝起きて布団から出るのがだんだん辛くなってくる時期に開催されるときている。
行こう行こうと思いつつ長年「今年はもういいや」となっていた理由はこれである。
今年は、ありがたいことに朝に強い友達が「行ってみたい」と言って強制的に連れ出してくれたおかげで実現することができた。自分一人では、死ぬまでネットの実況を見て歯噛みするだけだったに違いない。
串原小学校から今年の会場であるくしはら温泉ささゆりの湯までは、臨時のシャトルバスが運行されている。ここに着いたところで8時少し前だったけれど、シャトルバスの乗り場にはすでに何人も人がいて、バスを待っていた。
巣箱を積んだ軽トラがたくさん
会場横のスペースにはビニールハウスが設置されていて、その横は出品者の乗りつけた軽トラでひしめき合っていた。軽トラの荷台には、出品するヘボの巣が入った巣箱が載っている。外観の見分けがつかないくらいそっくりな白の軽トラの群れが、色も形もいろいろな巣箱を背中に積んで並んでとまっている姿は、一通りのネタをセットにした握り寿司のパックみたいだと思った。
感心したのが、少なからぬ巣箱が箱の面の一部をアクリル板などに置き換えることで中を観察できるようにされていたことだ。
普段見ることのできない蜂のお宅を覗き見することができて楽しいではないか。
到着早々におもしろい巣箱を見せられてキャーキャー騒いでいた我々だったけれど、中でも一番素敵だと思ったのが、苔やシダなどの植物を植えて箱庭のようにした巣箱だ。
写真を撮っていると、そばにいた製作者がいろいろ教えてくれた。
巣箱を苔や植物で飾りつけることで、ヘボが巣を作る山中の斜面の環境を再現してやろうとしたのだとか。ヘボも喜びそうである。ただ、こうすることで中のヘボがより大きな巣を作ってくれるような効果は……
ないとのことだった。そこについてはあくまで冷静だ。
興味深く話を伺う我々。そこへ、予想だにしないサプライズが。
なんと、ウェルカム・ドリンクならぬウェルカム・スズメバチが差し出されたのだった。ハチを食べたい人しか来ないイベントだからこそできるもてなしだ。
タッパーの中には、幼虫(イモムシ)から成虫になりかけの蛹までいろいろな成長段階のオオスズメバチが入っていた。一瞬悩んでから、できるだけ成虫に近いのをいただくことに。
噛むとしっかりとした弾力のある肉からジュワッとスープが溢れ出す。思わず「美味しい!」と声を上げた。「すごく美味しいですね、これ」タッパーを持つ製作者もうれしそうだ。
味の表現が難しいが、あえて言うなら「チキンとエビでとったスープに醤油を加えたもので煮込んだ栗」だろうか。虫の体とは思えないくらい実が詰まっていて食べ応えもあった。これはもはや珍味ではない。ごちそうだ!
今年はヘボが少ない
さて、朝早くからの活動と初っ端からのサプライズですでに気分が盛り上がっていたのだが、実のところヘボまつりはまだ始まってすらいなかったのだった。
午前9時頃に始まった開会式では、全国地蜂連合会の会長が挨拶をしておられた。地蜂とはクロスズメバチの俗称である。ヘボといい地蜂といい、愛される生き物には各自いろいろな呼び名をつけたくなるものなのかもしれない。
会長は「私もヘボを育てているのですが、山へ行っても今年はとにかくヘボがいない」と嘆いておられた。
ヘボの女王バチはオスと交尾をした後、たった一匹で巣作りを始める。巣作りと産卵を同時に進めることで、だんだんと仲間(働きバチ)が増え、巣も大きくなるのである。ヘボの巣を育てる上で、この始祖になる女王バチは野外で捕まえてくるほかにない。それが、今年は全然見つからないというのである。
その影響は巣の出品数に顕著に現れていて、昨年(2023年)に81あった巣の出品が今年(2024年)は52しかない。実に4割近い減少で、いかに今年がヘボ不作の年かということがわかろうというものだ。
ヘボ料理を楽しもう
開会式が終わってから、巣の取り出しが始まるまでまだ時間があるようだったので、会場を見て回ることにした。会場になっている広場の片方には本部席、そしてその反対側には屋台がいくつか出ていた。
味噌を塗った五平餅を炭火で焼く香ばしい香りが、煙とともに漂ってくる。もちろん買って食べてみた。
美味しいんだけど、うむ。
かなり奥ゆかしいというか、甘辛い味噌の味が強くて、仮にヘボが入っていなくても味はほとんど変わらないんだろうな、という気はした。
何事もステップを踏んで取り組むことが肝心だ。初めて日本食を食べる外国人にはいきなり鯖寿司など食べさせず、とんかつや焼き鳥などで様子を見るのが良策だろう。それと同じで、虫を食べることに馴染みのない人がまず「虫を食べた」という実績を解除するのに、このヘボ五平は最適だと思った。
ご飯の間からそのままの姿のヘボが出てきて少しドキッとするが、薄い味つけも相まってヘボの味をじっくり味わいたいならヘボ飯で間違いなし。幼虫から成虫までいろいろな成長段階のヘボが入っていて、幼虫はトロッとしたペースト状の豆のような味、成虫は殻付きの小エビみたいな味と食感がする。味のバリエーションを楽しみながら食べられるのはお得感がある。