言葉はわからなくてもおもしろい
こちらが、その本だ。ほんとうに、ただただ、ひたすら路線図が載っている。
表紙からしてヤバイ。これ、世界地図のように見えるが、よくよくみてみると、実は、ロンドン地下鉄になっている! すげえ!
路線図界の鬼っ子、ニューヨークの地下鉄路線図も、最近のものだけではなく、古いものもカバー
まったく知らない町のまったく知らない地下鉄路線網を愛でる至福のとき
目次も路線図でかっこいい
解説はもちろん英語だが、そもそも、文章は読まなくても、路線図の絵としてのおもしろさやかっこよさはじゅうぶんに伝わってくる。
最高すぎる書籍。路線図を眺めるのが好きな人にとってはまさにバイブルである。
ここで、みなさまにうれしいお知らせ
実はこの『Transit Maps of the World』、一昨年に日本語版が出ている。
タイトルは『
世界の美しい地下鉄マップ』(ナショナルジオグラフィック社)となっており、内容はほぼ『Transit Maps of the World』を翻訳したものだが、いくつか路線図が差し替わっているものもある。
いずれにせよ、路線図好きが路線図を眺めるには本当によい本なのだ。
作者の人はどんな人なのか?
こんな素晴らしい本を作った、マーク・オーブンデンというひとはどんな人なんだろうか?
イギリスにも路線図マニアはたくさんいるのか? やっぱりロンドンの路線図に詳しいのか。いろいろと興味はつきない。
これはいちど会ってお話してみたい。
というわけで、『Transit Maps of the World』の著者・マーク・オーブンデンさんに、取材を申し込んだところ、快諾してもらえたので、ロンドンにやってきた。
工事中だった
あいにくビッグベンは修復工事中だったが、念願のロンドンの地下鉄には乗ることができた。
うん、狭いな
事前に「狭い」という噂だけは耳にしていたが、実際に乗ると本当に狭く、これがあの……となって笑ってしまう。
去年乗った中国の北京や上海の地下鉄は、どこも新しいので駅も広くて車両もでかいけれど、100年以上前に建設されたロンドンの地下鉄が狭いのは仕方がない。
乗っている人はみんなバリっとしたおしゃれな格好をしており、さすが太陽の沈まぬ国、イギリス連邦首都の地下鉄……とおもったが、車内でみかんをむいて食べてたりしてるひとがいたり、シートとシートの隙間にゴミがツッコんであったりして、なんとなく親近感はわいた。
ロンドンの地下鉄そのものについては、
こちらの記事をご覧いただくとして、路線図の話である。
交通博物館で待ち合わす
取材場所として指定された、コベント・ガーデンにあるロンドン交通博物館にやってきた。
おれのスキだらけのポーズが悔やまれるが、ここがロンドン交通博物館です
コベント・ガーデンは、もともと青果市場だった建物を改装したショッピングモールだ。ロンドン交通博物館は、その近くにある。
指定の時間よりすこし早めについたので、ミュージアムショップをみてみたのだが、これがことのほか血圧のアガる危険な場所だった。
コップ、Tシャツ、パスカードケース、枕、ボールペンにノート……とにかくありとあらゆるものがチューブマップ柄になっているのだ。
なんでもあるぞ、マップ柄のグッズ。気が狂いそう
ロンドンっ子、マップ柄、好きすぎではないか。まあ、ぼくも好きなんだけど。で、グッズはマップ柄だけにとどまらない。
チューブマップ柄のグッズがもりだくさん
駅名標がプリントされた子供用Tシャツ。なるほど「Angel」とか、ちょっとかわいい感じの言葉を入れて子供にこれを着させるのねー。と思ったら、本当に「Angel」という駅があるらしい。
アルファベットが印刷されたマグカップ
アルファベットが印刷されたマグカップ。別に地下鉄関係ないだろとお思いの方も多いかもしれないが、さにあらず。このアルファベットは、ロンドン市内のバスや地下鉄などの公共交通機関で使われる「Johnston」と呼ばれる書体である。つまりこれは、もじ鉄というやつだ。
何だこの柄は
このおしゃれな柄のクッション。地下鉄車両のシートの柄らしい。通訳をお願いしたロンドン在住の方が、「あー、これは地下鉄のシートの柄ですよ!」と感動してたので、多分そのとおりだとおもう。
とにかく、あの手この手でロンドン地下鉄のグッズを売りまくったろという強い意思は感じた。
ただのファンとしてサインをもらう
ロンドン交通博物館のミュージアムショップでワオワオやっていると、英国人のナイスガイに声をかけられた。マーク・オーブンデンさんだ。
いぇーい
ショップでウロウロしている日本人はぼくたちだけだったのですぐにわかったらしい。
左から西村、オーブンデンさん、いちばん右の女性は、通訳をお願いしたロンドン在住のかおるさん
さっそくだが、オーブンデンさんに色々と聞く前に、サインをお願いしてしまった。
わーい
やったー、サイン本になったぞ!
もともと地図が好きだった
さて、長い前フリはここまでにして、路線図についていろいろ話を聞いてみたい。
そもそも、オーブンデンさんはなぜ路線図に興味を持ったのか? そのきっかけを知りたい。
オーブンデンさん「私は小さい時にやんちゃだったんですよ、電車に乗っている時に落ち着かなかったので、そんなとき、親に『ほら、この地図をみてごごらん』と路線図を手渡されたときから、興味があったんでしょうね」
――子供時代の原体験ですね。
オーブンデンさん「はい、妹や弟と一緒に、電車に乗って移動するときに、親が路線図を差しながら『次はどこかなー』と聞くんです」
――クイズだ。ご両親は子供をあやすための方便のつもりだったでしょうけど、後の人生を左右したんだ。
オーブンデンさん「車で移動するときなんかも、道路マップ……古いやつですが、渡されて今はどこかなーと、聞かれること多かったですね。それでだんだん地図や路線図が好きになっていったんでしょうね。マサはどうですか?」
――ぼくも、路線図というか、そもそも地図自体が好きで……今考えると、家にあった親のお古の地図帳を見ながら、日本列島をチラシの裏に模写するのが大好きだったんです、で、地名から漢字を覚えたりして、それが原体験……なのかな。
オーブンデンさん「私もです、まったく同じですね!」
もともと地図が好きなんですね
路線図というものは、大きなカテゴリでいえば地図の仲間である。その地図に対する興味からどんどん広がって路線図にたどり着いた。そのプロセスはオーブンデンさんもぼくも同じであった。
こういう時に「シンパシーを感じる」という言葉を使うんだよな。まさに。
いちばん好きなのはキムさんの路線図
さて、オーブンデンさんの本には、世界各地の路線図が収録されているが、個人的にいちばん気に入っている路線図はあるだろうか?
オーブンデンさん「イエス、イエス、いろんな意味で好きなものはあるんですが……例えば、キム・ジハンさんの路線図がいちばんお気に入りですね」
――韓国のキム・ジハンさんの路線図、あの路線図はいいですよね。
これ、この路線図
オーブンデンさん「やはりバランスが美しいです、東京のあの複雑な路線図を、このような形に収めるというところが素晴らしいですね」
――キムさんは、
少し前に会いに行って話を聞いたんです。その時におっしゃってましたが、東京の路線図は日の丸をイメージしてデザインしたそうです。
オーブンデンさん「あぁー、なるほど……たしかキムさんがデザインしたニューヨークの地下鉄路線図はハートマークでしたね」
ニューヨークはハート型
――そうですね、キムさんは一年に一都市ずつ、テーマを決めて路線図を制作しているとおっしゃってました。
オーブンデンさん「たしか、雪の結晶のような路線図もありましたね。それはどこだかわかりますか?」
――あ、それは北海道ですね。あれも素晴らしい作品ですね。雪がたくさん降る北海道の島の形と、雪の結晶が似てたんです、偶然。
よくこんなの思いついたなーと、感心しかしない
オーブンデンさん「あー、なるほど、北海道はひし形をしてますね」
完全に路線図マニア同士の情報交換会になっている。ロンドンまできてすることかこれ、という気もするが、今しばらくお許しいただきたい。
地下鉄路線図界の問題児・ニューヨークはどうか?
どんどん質問していきたい。地下鉄路線図好きの間でも、わかりづらい路線図として、しばしば話題になる「ニューヨークの地下鉄路線図」はどうなのか。
オーブンデンさん「オフィシャルで今使われているものは、あまりできが良くないですね。アンオフィシャルの路線図で運行列車ごとに色分けしたものがありますが、それが分かりやすい。マサはニューヨークに行ったことありますか」
――いや、無いです。
オーブンデンさん「OK、ニューヨークに行くと、まず紙の路線図を貰えます、しかし、それを見るため広げるととても大きくなる。それを見ていると、観光客丸出しになってしまう、ニューヨークの観光地はかなり限定されていて狭い範囲(マンハッタン島の一部)だけで十分なのに紙はやたらデカイんです」
――なるほど、路線図だけではなく、紙のデザインも大雑把な感じなんですね。
列車の行き先ごとに停まる駅も違うので書き表すのがたいへん
メキシコシティもあまり良くない
オーブンデンさん「メキシコシティもあまり良くないですね、優秀な路線図は、中心部が拡大されて見やすくなっているんですが、メキシコシティは、線も歪んでいて整理されてません」
歪んでるメキシコシティ
――もう1つの方は路線が整理されてますね。駅ごとにシンボルマークも入ってますし。
オーブンデンさん「これはメキシコのマニアがデザインしたアンオフィシャルの路線図なんですよ」
――なるほど、非公式のものなんですね。日本にも勝手に路線図を作るのが趣味のひと、いっぱいいます。
路線図が好きな人たちは、日本だけでなく、世界中に居るらしいということがおぼろげながら見えてきた。なんだかたのもしくなってきたぞ。孤独じゃなかったのだ、路線図マニアは。
福岡のシンボルマークはよい
オーブンデンさん「シンボルマークといえば、福岡の路線図も良いですね」
シンボルマークがいちいちかわいいのだ
――たしかに、福岡の路線図もひと駅ごとにシンボルマークがついていますね。祇園駅のシンボルマークはかわいくて好きなんです。
祇園山笠のやつ
オーブンデンさん「シンボルマークのある路線図はとても珍しいです、メキシコシティと福岡の他には、ゴールドコーストの路線図がシンボルマークに近いものがあります」
イラストの路線図だ
オーブンデンさん「実際は、波のあるところを走るわけじゃないんですが、どこの駅になにがあるかをイラストで示したものですね」
地図から、少しずつ余計な情報を省いていき、内容を整理してデザインしたものが路線図であるけれど、このゴールドコーストの路線図は、形はもちろん、位置関係なども大胆に変わっている。しかし、路線図としての用は足りている。根本的な「路線図とはなんなのか?」ということを考えざるをえない。
貴重な路線図を見せてください
ところで、オーブンデンさんは、世界各国の路線図をいろいろと所有されているが、なかでも貴重なものを見せてくださるというので見せてもらった。
先ず見せてもらったのが、ロンドン地下鉄1925年の路線図。
いちばん古いものですね
これは……
――これは、ハリー・ベックさん以前のものですね……。すごい。
ハリー・ベック氏は、現在でも使われている地下鉄路線図の元となった路線図をデザインしたという路線図業界の中では手塚治虫に匹敵するレジェントの人物である。
元々、電気技師をしていたハリー・ベック氏が、電気回路をヒントにデザインしたのが、今の実際の地形を無視した地下鉄路線図のはしりである。
上に見せてもらった路線図は、実際の線路の線形にそって路線図がえがかれている、つまり、ハリー・ベック氏登場前のものなのだ。
続いて見せてもらった路線図がこちら。
先程の路線図とくらべてほしい、急にシュッとした
ハリー・ベック氏が1930年代にデザインしたものだ。
現在の地下鉄路線図のテイストがほぼ完成している。オーブンデンさんによると、この路線図の初版だと価値は1000ポンドほどになるという。日本円で15万円ほどだ。
ひーっ
すげえ、すげえけれども、頑張れば買えないこともない……。
そんなボーダーライン上の価値をもつハリー・ベック氏の路線図はさまざまな工夫を少しずつ加えられ、改良されて行く。
郊外がグラデーションとして表現されているもの
オーブンデンさん「これはグラデーションの印刷技術が、当時はとても難しかったと思いますが、ロンドン中心部を白く抜くことによってわかりやすくしていますね」
表現方法がコロコロかわる
オーブンデンさん「これは第二次大戦中の路線図ですが、乗り換え部分をリングの重なりで表現しているものはこれだけです。これもとてもめずらしい」
パリの路線図は電話帳っぽい
オーブンデンさん「こちらもぜひご覧いただきたい、昔のパリの路線図です」
古びた本が出てきた
路線図?
――これは、路線図というより、電話帳っぽいですが……。
オーブンデンさん「これは、どの駅で降りたら、なんという通りに近いのかが書いてある路線図なんです」
――あぁ、なるほど、通りの名前から最寄りの駅を検索できるんですね。
イギリス、フランスをはじめ、欧米などでは道路に通り名をつけて、その両側の建物にひとつずつ番号をふって住所としている。したがって、どんな小さな道にも必ず名前がついていて、通り名を頼りに地図を検索する場合はまず、その通りが地図の中のどのあたりにあるのかを見当つけなければいけない。
そのため、ヨーロッパの都市地図は膨大な量の通り名検索ページがついている。
日本だと、住所さえわかれば、座標をつめていく感覚で場所を特定することができるので大違いだ。
住居表示もストリート方式も、どっちがいいとか悪いではなく、どちらもそれぞれ長所と短所があるのだ。
つい住所の話になってしまったが、パリの路線図である。
パリのメトロも昔からカラフルだが、今とは色と路線が違う
東京の路線図、メトロと都営どっちがいい?
さて、最後に東京の地下鉄路線図についてちょっときいてみたい。
東京の地下鉄路線図は二種類ある。東京メトロ公式の路線図と、都営地下鉄公式の路線図だ。
メトロ公式路線図
都営地下鉄公式路線図
このふたつの路線図のうち、オーブンデンさんはどっちがお好みだろうか? 聞いてみた。
オーブンデンさん「そうですね……線が細いのはメトロの方がいいですが、まとまっていて見やすいのは都営地下鉄の方でしょうか。都営地下鉄の方が、スッキリして見やすいですね、メトロの方はちょっとゴチャゴチャした印象がありますね」
――なるほど、大江戸線が丸く描かれているので、スッキリしてみえるんでしょうね。私、この
都営地下鉄の路線図をデザインした方にインタビューをしたことがあります。
オーブンデンさん「オォ!」
――その方は、やはり大江戸線を丸く表現するのがものすごく難しかったといってました。
オーブンデンさん「そうでしょう……東京メトロの路線図は、このサークルライン(大江戸線)が見づらいですね、いちばんいいのはこのふたつのハイブリッドがいいですね」
――あぁ、東京の地下鉄は運営会社がふたつあって、料金もそれぞれ別料金なんです。東京メトロの方は、商売敵の都営地下鉄の路線を細くかくので、見づらいんですよ。都営地下鉄の方もメトロの路線は細くはなってるんですが、もともとが太いのでそんなに見づらくはないんですね……。
東京の事情をまったく知らない人の素直な指摘で、東京の地下鉄路線図の気づきにくかったところに気づけたようなきがする。人の意見ってだいじだ。
路線図で異文化交流
オーブンデンさんのインタビューでわかったのだが「好きなものが同じだけど、言葉や文化や考え方が違う外国人」と対話するのはめちゃめちゃおもしろい。
その発想は無かった。と感じるところもあれば、考えることは一緒だなあ。と感じることもあり、でも、好きなものが同じなので、安心して対話できる。脳みそを、もみほぐされるような対話ができて本当におもしろい。
確かにこれは、向こう(イギリス)の話ももっと聞きたい、となるし、逆にこちら(日本)のこともしっかり伝えなければという、誰にも頼まれてない責任感が勝手に芽生えてきそうだ。
オーブンデンさんを取材したその日の夜、たまたまオーブンデンさんが出演するテレビ番組が放送されていた。ロンドンの地下鉄で使われるアルファベットの書体についてのテレビ番組だった。オーブンデンさん、実は「もじ鉄」でもあるらしい。