都営地下鉄のこの路線図は、大江戸線の全線開通を機にリニューアルされたものですよね。
路線図好きふたりで話を聞きに行く
東京で地下鉄を運行している団体は、東京メトロと都営地下鉄のふたつが存在しているが、それぞれに違ったオフィシャルの路線図を使用している。
そのうち、都営地下鉄のオフィシャル路線図は、メトロのシュッとした感じに比べて、こちらに迫ってくるような迫力のある路線図だ。
そのうち、都営地下鉄のオフィシャル路線図は、メトロのシュッとした感じに比べて、こちらに迫ってくるような迫力のある路線図だ。
やっぱりどうしても大江戸線に目が行くよね
そして、なんといっても大江戸線の目立ち具合がすごい。否応なく、大江戸線の楕円形が目に入る。
四方八方へのびる地下鉄路線をたばねるように、楕円形の大江戸線を中心に据えることによって、安定感のある路線図となっている。
この路線図をデザインしたひとはいったいどんなひとなのか。路線図好きのライター、井上マサキさんと一緒に話を伺いに向かった。
四方八方へのびる地下鉄路線をたばねるように、楕円形の大江戸線を中心に据えることによって、安定感のある路線図となっている。
この路線図をデザインしたひとはいったいどんなひとなのか。路線図好きのライター、井上マサキさんと一緒に話を伺いに向かった。
都営地下鉄の路線図をデザインした大西さん
こちらが、あの路線図をデザインしたデザイナーの大西幹治さんだ。


そうですね。それまではこれをずっと使ってたんですね。
大江戸線全線開通以前の路線図

大江戸線の全通を機に路線図をリニューアルするということで、交通局でコンペが行われたんです。

コンペだったのか。

当時、取引していた業者から「作ってみない?」って言われて、作って、それが採用されたんです。

大西さんは、もともと鉄道関係のデザインはされてたんですか?

いえ、まったくしていなくて、子供向けのキャラクターグッズのデザインなどを主にしていたんですが、たまたま別の用事で行った取引先で、偶然、路線図のデザインコンペの相談をしてるところに出くわして「大西さんやってみます?」という流れで応募したんですよ。

えっ……ということは、もしかしたら、その偶然がなければ、あの路線図はもっと違ったものになっていた可能性も……ありますよね。

そうなんです。

大西さん自身は鉄道にそんなに興味があったわけではない?

いや、そんなことはなくて、私、愛媛県出身なんですが、父が伊予鉄道に勤めておりまして、鉄道は子供の頃から親しんでたのでむしろ好きなんですよ。今は弟が愛媛で電車の運転手をしていますよ。

おぉ、サラブレッドじゃないですか! お父さんが鉄道会社に勤めてるなんて、鉄道好きな子供にとってはうらやましすぎる家庭ですよ。

コンペのさいになにか指定はありましたか?

いや、まったく。なんの指定もなかったんですよ。

ということは、この大江戸線を楕円で表現するというのは大西さんのアイデアでこうデザインされたということですね。

そうですね。コンペに応募された作品のなかで、大江戸線をこういう楕円で表現したものは私以外なかったらしいですね。
大江戸線開通直前2000年の路線図

いちばん最初の路線図は大江戸線だけじゃなくて、南北線と三田線もまだ未完成ですね。

これ、大江戸線の内側にうっすら色がついてるのはなぜですか?

これは大江戸線の楕円を強調したくて、色を入れたんですが、後の改訂で、なくてもいいな、ということになって、色はとりました。
内側の薄い色はなくなった

たしかになくなってますね。
ようするにこの路線図って、大江戸線を丸く、まぁ楕円ですが、そう描くというところがポイントなんですよね。
ようするにこの路線図って、大江戸線を丸く、まぁ楕円ですが、そう描くというところがポイントなんですよね。

話を頂いたときから、丸にしようと決めてたんです。最初は正円とかも考えてたんですけども。正円はどうしても難しかったんです、やはりできなかった。

たしかに正円だと難しそう。

われわれ田舎者ですから、どうしても山手線の丸に憧れがあって、環状なら丸だろうと、作ってみたんですが話にならなくて。

正円にするとどの辺がおかしくなるんですか?

大手町から、門前仲町あたり、このあたりは路線が集中してて、どうしても濃くなるんですよ。
ギュッとしている都心部

その逆に飯田橋あたりなんかは薄くて、この疎密のばらつきのバランスをとるのが本当に難しかったんです。
すっきりしている

都心部の混み合ってるところは、銀座、新橋、日本橋なんかの駅名は斜めにぜざるをえなかったんですよ。ほんとはまっすぐにしたかったんですけど。

駅名が斜めなのはそういう理由からなんですね。
駅名が斜めなのは濃いから

昔の路線図とリニューアル後のものを見比べてみると、駅名が白枠の中に入っていますね。

それは、他の路線図をみて参考にしたはずです。そのほうが見やすいなと思ってそう変えたんです。

あと、これぐらい大胆に変えたほうがリニューアルした感じがでるかなと思って、こうしましたね。

昔の表現だと、ホームの位置関係がわかりやすいかわりに、ちょっと見づらいんですよね。それに比べてリニューアル後は、ホームの位置関係はわかりませんけれど、何駅で乗り換えができるかは一目瞭然なんです。正確性よりもわかりやすさを取ったわけですね。

駅名を白枠に入れるのはやはり日本独特というか、海外の路線図ではあまりないんですよね。

そうですね、海外だとアルファベットが横書きだからなんでしょうね。ただ、中途半端に縦書き、横書きができてしまうと、統一感を出すのが難しいですね。昔は英語バージョンも作ったんです。
英語バージョンだ

おぉ、英語バージョンだ。これは、みたこと無い。ちゃんと白枠の中にアルファベットで駅名が書いてありますね。
駅がデカイ

これは大変そうだ、飯田橋とか駅が大きくなってて、苦労の跡がうかがえますね……。

これけっこう気に入ってるんですけど、いまはもう使ってないです。おそらくなんですが、駅ナンバリングが始まって、これには駅ナンバリング入ってないので、それで使ってないのではと思います。

これ、最初のバージョンから、何回も改訂されてると思いますが、どんなところが変わりましたか?

変わったところは本当にいっぱいあって……例えば、空港。本来、空港は都営地下鉄の駅ではないので、あまり詳しく描いてなかったんですけど、やはり外国からの観光客が増えて、詳しく描きましょうということになって詳しくなったんです。
だんだん詳しくなる羽田空港

羽田空港は駅が増えてややこしいんですよね。

路線図的には、羽田の駅名はどれもやたら長くて、しかもそれぞれ違うので、字を入れるのにホント苦労しました。

2009年ごろの改訂がかなり大きなリニューアルでしたね。

副都心線ですかね。ぱっと見ただけだとそんなに変わってないような気がしますけど、見比べてみると、ぜんぜん違いますね。
副都心線のおかげで大改修

ぱっと目につくだけでも、新宿線の形が変わってますし、都電の駅も増えてます。

都電の駅は、副都心線の雑司が谷で都電の鬼子母神前と乗り換えできるようになったので、追加したんです。

飯田橋から四ツ谷にかけての南北線と有楽町線の形も大幅にかわってますね。

渋谷の位置もちょっと外側にずらして、駅を大きくしました。

そうか、3路線乗り入れになるから。

そうです、3路線になって、今までの大きさだと入らなくなっちゃったんです。このあたりはもうほぼ全てさわって(手を加えて)ますね。

ちゃんと、収まりよくなってるのが不思議ですね。あとから追加された路線なのに、もとからあったかのように自然に入ってる。

よくJRのホームに吊り下げてある広告の入った路線図なんかは、あとから地下鉄路線を足してるのがよくわかるやつありますけれど、これは自然に見えますね。

大江戸線の開通、三田線、南北線の延伸はわかってたので、それを見越してデザインしたんですが、副都心線は大変でしたね……。

細かい変更はけっこうされてますよね。

そうですね。たとえば新宿駅。これ、最初から見ていくと面白いですよ。
形がどんどん変わっていく

これって最新(2017年現在で使用されているもの)でも新宿駅はひょうたん形になってますよね。このひょうたん型、前から不思議だったんですよ。

これは、交通局からこういうふうに直してくれということで、修正した部分ですね。

都営新宿駅と新宿西口駅は共にJR新宿駅に連絡しているけれども、乗換駅ではないから、切符は精算しないとダメだよ……ということですね。

この部分、文章に書き起こして分かる人どれだけいるか、ちょっと不安ですけど。ちなみに、東京メトロの路線図でも、切り取り線みたいな破線が入ってますね。
都営新宿駅の表現は控えめ

どうでもいいけど、新宿のつく駅多すぎですね。

あと、三田線と半蔵門線の神保町と大手町間。
みやすさを優先

この部分、実際の線路の形に沿って半蔵門線と三田線が交差するように、最初は描いてたんです。でも、そこまで厳密に表現しなくてもいいかと気づいて、途中からは交差しないように描き直しました。

最初は正確に表現してたのを途中から変えたわけか。たしかに、地下を走ってるし、実際に乗る乗客にとっては交差していようがしていまいが関係ないですからね。

路線図は鉄道マニアだけが見るものではないから、そのへんのわかりやすさを優先するのはだいじですね。この部分を交差するように表現してる路線図は多いですね。メトロの路線図は交差してますから。

これ、トンネルの上下は実際には沿ってないですよね。

沿ってないですね。大江戸線が一番上になってますから。線も都営線の方をすこし太くしてますし。

これ、今流行りの言葉でいうと、まさに都営ファーストですね。

都営の路線図だから、まあ、当たり前ですよね。メトロの路線図も都営線は細くなってますから。

ところで、大西さんはこの路線図以外の路線図は作ってないんですか?

基本この路線図だけですが、電車内の扉の上にある細長い路線図ありますよね? あの路線図も私が特別に作ってます。

あの、細長いやつですよね?
これかー

これは、上下を縮めればいい。というわけにはいかないので、全部一から作り直しなんですよ。
しかも、三田線、浅草線、新宿線と大江戸線でサイズがちょっと違うんですね。
しかも、三田線、浅草線、新宿線と大江戸線でサイズがちょっと違うんですね。

大江戸線だけちょっとサイズが違うのか……。

車両のサイズが小さいから、それだけ路線図のスペースも小さくなるんです。

これ、横はまだしも天地が高さが絶望的に無いですね。めちゃめちゃ大変そう。

この路線図は上や下に路線を伸ばせないから、かなり苦労しました。

とくに都営線の電車は上下に伸びる路線が多いから……。

しかも、大江戸線を楕円で表現するって縛りを自分でやってるから、さらに難しくなってますね。

「ここをこうする」という、デザインの大きなテーマのようなものがひとつあるわけですね。

最初は、都営線はなるべくまっすぐ。とくに新宿線は横にまっすぐ引こうとしてたんです。

たしかに東西線とか新宿線は横にまっすぐ引きたくなりますよね。

でもやっぱり無理でした。新宿起点でまっすぐやると、大手町周辺を下にさげなきゃいけなくなってきつくなっちゃう。

大手町が下に来ちゃうのか。

大江戸線の楕円を優先すると、新宿線はまっすぐできない。

ただ、新宿線をまっすぐするか、大江戸線を楕円にするかだったら、大江戸線が楕円になってる方がわかりやすいですよ。
大江戸線という事件
大西さんの路線図を導入する前と後では、都営地下鉄の路線図がガラッと変わってるのがよく分かる。
それほど、都営地下鉄にとって、大江戸線の開通はかなり大きなインパクトのある「事件」だったのだろう。
ただ、われわれ利用者にとっては、地下を走る大江戸線は目に見えない。実際に乗る以外で目にする機会は、路線図をみるほかない。
さらに、大江戸線は都営地下鉄の路線の中では唯一、他社線との直通運転を行なっていないため、移動の手段として大江戸線を思い出して貰わなければ、乗ってもらえない。
大西さんは、その大江戸線を、楕円で示すことにより、大江戸線の存在感を高めた、ともいえる。
それほど、都営地下鉄にとって、大江戸線の開通はかなり大きなインパクトのある「事件」だったのだろう。
ただ、われわれ利用者にとっては、地下を走る大江戸線は目に見えない。実際に乗る以外で目にする機会は、路線図をみるほかない。
さらに、大江戸線は都営地下鉄の路線の中では唯一、他社線との直通運転を行なっていないため、移動の手段として大江戸線を思い出して貰わなければ、乗ってもらえない。
大西さんは、その大江戸線を、楕円で示すことにより、大江戸線の存在感を高めた、ともいえる。

