世界のやさしさが暴走する日
2016年10月16日、お台場のトークライブハウス「東京カルチャーカルチャー」で本サイトのリアルイベント「デイリーポータルZエキスポ」が開催された。
このイベント、とくに軸になるテーマはない。
デイリーポータルZの関係者が手持ちのネタをネットからリアルにうつしてご披露するというイベントだ。
14時オープンと同時にどどどどどーっと人が! いらっしゃいませ~っ
そういうイベントだから、ありがたくもサイトを日ごろからよくご存知の読者さんがたくさん来てくれる。
今回はなんと30万人以上の方がおいでくださった(数字は盛ってますので薄めで見てください)。大、大、大、大盛況である。
でもって、ライターも全国各地からたくさんくる。つねに50人弱のライター・関係者でサイトは運営しているが、今回は40人ちかくが集まった。
つまりどういうことになるかというと、会場は「デイリーポータルZって最高ですよね!」という空気に包まれまくるのである。
この熱気が全部愛
ネットに記事を上げ承認欲求の鬼となり日夜エゴサーチに余念なくしかし無名であることを肝に銘じひたすらまた記事を書き続ける、そんな俺たちに今日は世界が微笑む。「デイリーポータルZって最高ですよね!」
しかもお話を聞くと来場する読者みなさんも「サイトを読んでいたのは自分だけではなかったのだ!」ということを確認できて最高に満たされると言ってくれていた。
誰かが誰かに優しくて、優しくされた誰かはまた誰かに優しい。全方向でハッピーなイベントなんである。
優しいから全力で「分からない」ことになる
サイト関係者・読者の蜜月関係がさわやかにトルネードするイベントであることはわかっていただけたかと思う。
で、となるとつまりどうなるのか。
「分からなくなる」のだ。
開場は14時。大行列のすえようよう入場してまず最初に目撃されるのがまず最初に目撃されるのが「奴隷」と「奴隷が回す棒」であった。
ステージで開場早々行われたのが奴隷が回す棒押し体験コーナー
これは編集部員でもあるライター藤原浩一の記事「
奴隷が回してる謎の棒って何なんだ? 」 に出てきたもの。
明らかになにがなにやらなのだが記事に出てきたアレだということが会場ではきっちり共有されているので一切驚く者はいない。
常々
「は? なに言ってんの?」が許容されるイベントがこのデイリーポータルZエキスポなのだと思っている。
「今ならすぐ奴隷になっていただけますー!」「奴隷最後尾こちらでーす!」「あっ、奴隷体験もう締め切っちゃいましたか!?」「奴隷になりそびれたー」
まさかのような言葉が自然に飛びかう。
奇跡なのだ。
過去の記事にまつわる工作などをあつめたライターによる展示コーナーはそんな「わからない」が来場者の笑顔で受け入れられる奇跡の巣窟になっていた。臆せず紹介しよう。
黒ひげを助け、パンツをかぶり手を増やす
黒ひげを助けるコーナー
記事「
黒ひげを危機一髪から救った」(爲房新太朗) をベースにした出し物。飛び出す黒ひげをなんとかしてキャッチするというブースである。
爲房さんは後日「すごく高難易度になってしまったのですが、成功した方がいて心から叫びました」と語っていた。
叫ぶのだ、心が。飛び出す黒ひげをキャッチして。
おつまみが出るガチャガチャコーナー
「
ガチャガチャにつまみを入れて晩酌」(T・斎藤) より。ガチャガチャを回すとカプセルにつまみが入っている。
T・斎藤さんは現在は不定期掲載なもののサイトの名物ライターの1人である。このためにお住まいの長崎から来てくれた。それでやるのが、おつまみのガチャガチャを来場者に回させるというものなのだ。
もっとこう、
ほかになんかないのかと誰も思わないのがこのイベントなのである。
腕が増えるリュックを背負えるコーナー
「
もっと腕がほしいから阿修羅リュックをつくった」(ネッシーあやこ) より。背負うと腕が増えるというリュックである。
ネッシーさんはこういったでかいものを放っておくとすぐ自力で手搬入する。今回もそうだった。見れば向こうから手の生えたリュックをかかえたネッシーさんが会場へやってくる。イベントを実施する
プロセス自体もひょっとこだ。
パンツで作った帽子をかぶれるコーナー
「
パンツとバレない帽子をつくる」(小堺丸子) より。
小堺さんは地元の人に話を聞きながら旅をしたり、道端で外国人に話を聞いたりとコミュニケーションを武器にした記事を得意としているのだが、一方ですぐパンツをどうにかしたがる人なのだ。このコーナーは女性に大人気であった。
夏の星座にぶら下がれるコーナー
「
夏の星座にぶら下がって上から花火を見下ろしたい」(大北栄人) より。aikoさんの曲の歌詞の具現化なのだがいよいよもってして記事を読んでいないと
なにがどうしてこうなるのかわからない。
しかしでかい上に光っているので迫力があって派手だし「ぶらさがる」という行為自体の気分が良いので体験展示向きで大好評だった。
ぶらさがってるとこ写真撮らせてください、というリクエストに答えすぎてイベント後半あまりにも疲れた作者の大北さんが上の写真ではついに寝ている。いろいろすごい。
分からなさの度合いが徐々にインフレを起こしているのにお気づきだろうか。ここへさらに畳み掛けてくるのが「ふるまいコーナー」であった。
くわしくは次のページへ!
俺の砂糖入りの甘いカレーを食っていけ
ふるまいコーナーはかつて記事で作ってうっかり上手く作れちゃったものを再現して配るコーナーである。
そもそもなんで無料のイベント(入場は無料なんです)で無料で食べ物を配るのか。私鉄沿線の各駅停車駅とかにぽつりとありがちな老人をだまして金とるなんかよくわかんない健康ショップ以上の怪しさなのだがもちろん誰も疑う人はいない。
配られたのはハンバーグ、カレー、プリン、ドーナツ、芋煮、わたあめ。
こうして並べると普通なのだが、ハンバーグは「ハンザキ(オオサンショウウオ)」のかたちをしておりカレーは砂糖入りで甘い。そして重ねて言うが無料。
文脈を分からずに来場した方がいたとしたら急に俺の甘いカレー今日はタダだから食え食え言われるなんて怖くて泣いたと思う。
ちなみに元記事と担当したライターは以下のとおり。
食品を扱うという緊張感もあいまって全員これ以上ないやる気で取り組んでいたのを書き添えておきたい。作り手サイドの斜め上な情熱というものもこのイベントにはある。
かたいプリンへの熱視線たるや
ホットケーキミックスで作るドーナツ、おおたさんはいつも変った眼鏡をかけることで有名です
まずいやつから配布終了してた
江ノ島さんのわたあめはなぜかみんな腕組みで見守っていた
調理器具一式全部持ち込んでちゃっちゃと短時間で芋を煮てふるまっていた玉置さん
実際は本気の大盛況すぎて希望する来場者みなさん全員の手に試食が渡らず残念な思いをさせてしまったコーナーでもあった。食べられなかったみんな、ほんとごめん。記事を読んでぜひ作ってみてください。
ものまね似顔絵、ふせんの超高速イラスト描き
分からなさが臨界点に達したところで急激に分かりやすいコーナーもある。北村ヂンさんによる似顔絵コーナーだ。
観光地なんかで似顔絵描きをしている人はよくいるあのイメージである。イベント出展としてこれ以上なく分かりやすい。
しかも「ものまね」似顔絵なので希望によって見たことあるマンガやアニメのタッチで書いてもらえるというサービスポイントがある。やってることとしてはアングラだと思うのだがポップなので大人気であった。
描いてる途中もモニタで見られるこの興奮
北村さんは時間内に描くのが間に合わない分も持ち帰り(描け次第メールで送るという…!)で請け負ってくれた。「神対応」という言葉がこのイベント内で発生するとは。
一方そのとなりではヨシダプロさんがふせんにリクエストに応じたイラストを描く「ふせんフェス」を実施。
ヨシダさんはその描くスピードが驚異的なのだ。イラストを描いてもらえるだけではなく描く速さを超間近で見て驚くというパフォーマンス込みのブースである。
イラスト界のF1
自分の顔があのマンガになったりめちゃ上手いイラストが音速で描かれる。分かりやすい分かりやすくないを通り越し「うれしい」ばかりなのがこのコーナーだったと思う。
逆に分かりやすさでグイグイ押すアトラクションも
なにがなにやらにうれしさがトッピングされ、Don`t think Feel.っぷりもたいがいにしとけよという状態だが、わからなさが爆発して一回転した部分もあるのだ。
分からなくなった挙句昨今はどストレートに分かりやすいものもリアルイベントでは出している。
なにって、でかいガチャガチャである。見れば一瞬でわかる巨大化というアプローチ。「巨大いらないものガチャ」も大盛況だった。
未使用品や美品でもう使わないいらないものを入れると、誰かのいらないものが出てくるガチャガチャ。右の人は仙人ではなく什器を作った岩沢さん
本気でいらないものが出てくるのでついみんな笑う
さらに世界に持って行っても一瞬で理解されるほど分かりやすいのがかぶると顔がでかく見える箱である。
オーストリアのイベントでもばかうけした分かりやすさ
「ヘボコン」は読者VSライター
世界でウケたといえば俺たちの「ヘボコン」も読者対ライターのトーナメントで行われた。
ヘボコンは技術力のない人が無理やり作ったロボットをロボット相撲の形式で戦わせるという、コンセプト自体は非常に分かりやすいコンテストでいま海外で異常な人気を集めている。
いかんせん技術力のない人がロボットを作ってくるので仕上がったロボットが全部よく分からない(それいる? という工夫がされていたり、理論武装だけは饒舌だが製作物の出来が一切ともなっていないなど)。
トーナメント優勝者は読者の方、最も技術力が低い人賞(ヘボコンにおいてはこっちの賞のほうが重賞)も読者であった(ありがたき大混雑で写真があまりないこの事態!!)
技術がともなわないので致し方なく、仕方なく分からなくなっているのだ。
はっとした。分からなさは致し方なさなのか。これは本イベント全体にも通じるのではないか。
優勝と最も技術力の低かった人賞を読者に奪われたこのかたちには司会者(ヘボコンマスター石川とライター大北コンビ)から「あいだで生かされているのがわれわれライターなんですね」的なことばが漏れ出た。
期せずしてヘボコンのなかにデイリーポータルZのたゆたう姿を見た。
混沌のスライドプレゼン10連発
ステージではライター10名が持ち時間10分で次から次へとスライドプレゼンを繰り出すプレゼン大会も行った。縛りなくとにかくいま自分が訴えたいことをスライドにまとめて発表するというものだ。
分かりにくい物事についてもきちんとした筋道はつけてプレゼンがなされるという意味ではぼんやりしてたら奴隷にされたり甘いカレー食べさせられたりパンツかぶらされるよりはずいぶん分かりやすいひとときだったかもしれない。
しかし10人だ。矢継ぎ早に主張が畳み掛けてくる。
斎藤 公輔「地味すぎて記事にできない路上観察」
鈴木さくら「馬尻セレクション」
トルー「寝癖を記録していました。」 ※トルー(元 北村真一)さんは壇上でライター名を改名したこともここで発表。会場から「トルー! トルー!」という声援が飛んだ。しかしなんなんだ「トルー」って。
馬場吉成「面白特許」
さくらいみか「少女漫画雑誌の80年代の読者投稿欄まとめ」
地主恵亮「待ち合わせにワンランク上の男になって向かう方法」
三土たつお「街にあるものを見分ける」
きだてたく 「筆箱愛好会」
べつやくれい「アメリカで見つけたかわいくないキャラクター」
西村まさゆき 「『手紙文の書き方』について」
分からなくはないが混沌としている。「気持ちはわかるが落ち着け」という時間帯だった。
しかもこのあとさらに畳み掛けるのが表題の「おじさんをヲタ芸で応援する」であった。
次のページで説明します
いよいよ読者にとってもわからない領域へ
ここでいよいよ本記事のタイトルの「知らないおじさんをヲタ芸で応援したらめちゃ盛り上がりました」だ。ヲタ芸でアイドルではなくおじさんを応援するというこの企画はフィナーレの出し物として行われた。
さてここでここまでの本イベントの理論を振り返ってみよう。
→デイリーポータルZのことをよく知っている読者さんが来るイベントである
→説明なくデイリーポータルZの記事に出てきたアトラクションが出てくる
→何も知らないととにかく分かりにくいものが並ぶ
→しかしある程度みんなそれが何か知っているので笑顔
構造としてノープロブレムである。
全員にサイリウムが配布された。この時点ではなかばむりやり握らされた方もいたと思う
しかし、「知らないおじさんをヲタ芸で応援すんぞ」というのに関しては読者のみなさんもほぼ寝耳に水だったと思う。過去記事には
ヲタ芸を練習してアイドルを応援する記事だったらあるが、おじさんは出てこなかったはずだ。
考えれば考えるほど「なぜだ」だったことだろう。
だってわざわざヲタ芸に詳しい方においでいただき(この方もとくにデイリーポータルZ関係者ではない)、その方にヲタ芸を習い、そしておじさんを応援するのだ。
「なにが悲しゅうて」と会場の誰か1人が言い出したらそこですべてが終わるという危うい出し物であった。がしかし盛り上がった。盛り上がったなんてもんじゃない。ぶち上がった。王様ははだかではなかった。
全員はだかだったのだ。
ヲタ芸の先生としてその道に詳しいぴんきーさんが登壇(中央)。
進行はウェブマスターの林とライターの住さん(両脇)。14年前から脈々と続くデイリーポータルZがここに
今年加わったライターmegayaさんも登壇(手前)(ヲタ芸の記事を書いてヲタ芸も練習済み)
まずは練習、この時点でめちゃめちゃに盛り上がる
ぴんきーさんのサンダースネーク(ヲタ芸の大技のひとつ)がキレキレですごかったが、参加してくれた読者さんのなかにも動きが本物の方が数名いらした
好きとか愛してるとか叫びまくる「ガチ恋口上」が気持ちよすぎてやばい。住さんがハマった
そしておじさんが登場。動画コーナー「プープーテレビ」の宮城マリオさんである
「やっとみつけたお姫様」としての宮城さん
「俺のマリオー!」「いやいやいやいや俺のマリオー!」
4年ぶりでした
信じられない大盛況だった。分かりにくいものも分かりやすいものも受け入れてもらって全員が笑顔なのである。
子どものお客さんもたくさん来てくれたのだが「超たのしかったね~っ」とお母さんに話しながら帰っていった子がいたと聞いて泣きそうになった。
サイトを知っているから楽しめるイベントなのだと説明してきたが、意外に知らなくても楽しめるイベントだったのかもしれない。
実はたくさんの方に来ていただいたため場内は一時満員電車並みの大混雑だったのだ。不便な思いをさせてしまってすみません。
デイリーポータルZエキスポは今回4年ぶりの開催だった。出し物はすべて「は? 何言ってんの?」だ。それが許容される、いやむしろ歓迎される稀有な空間を運営側も久しぶりに体感してただ興奮するばかりだった。ありがとうございました。
また次回!
いちおう、ライター斎藤充博さんが会場でパジャマだった
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