一周とはなにか
さて、一周とはなにか。何をもって一周とするのか。という話をしたい。今からいうことはぼくが勝手に考えた勝手な定義なので、興味ない人はこの部分は飛ばしてもらってもかまわない。
世界一周といったばあい、いろいろな定義があるらしいが、おおむね「ぐるっとまわってなるべく同じ道を通らずに出発地点に戻る」というのが基本らしい。
ウィキペディアをみると世界一周もいろんな定義があるけれど、どれも一筆書きで出発地点に戻るのは共通している。というかウィキペディアは「世界一周」でひと項目あるのがすごい。
さて、世界みたいに球体でないものの一周とはどう定義すればいいのか。
以前一周した台湾は、鉄道が島内をぐるっと回っているので「一周した」というのがわかりやすかった。
次に一周したのが千葉県だ。これはもう再三再四言っているので、みなさま耳にタコかもしれないが、千葉県は本体が島で構成される北海道と沖縄を除いて、県境と海岸線に沿って一周できる唯一の県だ。
で、こないだは日本最小の市・埼玉県蕨市も一周した。
これらの一周は、いずれも「なるべく海岸線や境界線の近くをたどり、一筆書きでスタート地点に戻る」という形をとっている。
海岸線や境界線で歩けない場所は仕方ないので「なるべく」である。とはいえ、その移動した軌跡をGPSログデータでみ返すと「一周したな〜」という感慨とともに当時の記憶が蘇ってきてたのしい。
千葉県を一周したときのログデータなぞを今見返すと、道を間違えた場所や、うっかり行きそびれたところまでありありと思い出すことができる。
⋯⋯というわけなので、GPSのログをとりつつ沖縄本島を一周しようと思う。3日で。
1日目
沖縄本島を一周するにあたっての足は、今回はバイクでサクッと巡ることにした。
今回、沖縄一周に使える日数は3日。この間、原付二種のスクーターを借りることにした。
1日目に宿泊していた沖縄県庁近くの宿を朝6時ごろに出発。そこから、波上宮まで移動。
一応、アリバイとしての自撮り写真を撮影。海沿いの道に近くてわかりやすいランドマークなのでこちらを選んだが特に意図はない。
沖縄ではちょっと珍しい神道の神社だ。3日後ここに帰ってくるまでの安全祈願をして、さっさと出発する。
今回の一周は、無理をしない範囲でなるべく海岸沿いの道を走りつつ、時計回りに本島を一周する予定だが、あまり詳細なスケジュールを決めていない。が、大雑把にこれぐらいで行けたらいいなぐらいの気持ちでいる。とりあえず、1日目は名護の宿しかまだ予約していない。
那覇から国道58号線に沿ってひたすら北上、ただ、そのまま58号に沿っていては海岸線から離れるところもあるので適宜、岬などによりつつさらに北上。名護まで行ったら、頑張って本部半島をぐるっとまわって一気に辺戸岬まで目指す。そして、やんばるの山道を南下して、いったん名護に戻って1日目おわり。
2日目は名護から太平洋側に戻って、さらに南下。うるま市の橋でつながっている島に全部行って、2日目終わり。
3日目は本島の最南端の自治体、糸満市をグルっと回って那覇に戻る。これで3日。完璧じゃないか。
しかしこれが、机上の空論ということが後ほどわかるのだが、それは後ほど。
那覇は、那覇市とそれに隣接する自治体の人口をあわせただけで57万人ぐらいの人口があって、そこだけで鳥取県とほぼ同じ規模なのでほんとうに大都会だ。国道沿いの風景も堂々としたものがある。
国道沿いの風景は本土とあまり変わらない風景だな。などと思いつつ、チラッと見かけた横断幕を撮影するためにバイクを引き返す。
「暴走族家に帰って寝てちょうだい」とのこと。今こうやって写真を見返すと、別に面白いってわけでもなかったなと思う。これが沖縄の言葉で書いてあったりなんかしたらもっと良かったが。
このあと、この調子でひたすら走るだけなので、あとで記事を執筆するさいに特に書くこともなくなるかもしれないという焦りから引き返したというのが正直なところだ。
さて、どうしようかな、なんて思いながらしばらく走っていると、南国っぽい木が並ぶだだっ広い場所にさしかかる。
嘉手納基地の滑走路の先を通っている部分だ。嘉手納基地って地図で見ると本当にデカい。那覇空港とほぼ同じぐらいの広さがある。目算だが。
これも、バイクを引き返して撮ってみたものの、今思うと別にそんなに面白がることもないか⋯⋯という写真だ。読み方は「なみひら」らしい。
そうこうするうちに読谷村の残波岬にたどり着く。残波岬には、真っ白い灯台と、知らない人の像があった。
銅像は、泰期の銅像だ。
泰期だって今、みなさまご存知みたいな感じで言ったけれど、ここで見かけるまでぼくはしらなかった。
もうしわけない。ただ、解説文を読んだらどんな人かだいたいわかった。
泰期は、むかし沖縄が3つの王国に分かれていた頃(14世紀・日本でいうと鎌倉時代)沖縄の真ん中あたりを治めていた中山王の察度という人の弟だ。
琉球の王朝は明や清に進貢使を送って貿易を行っていたのは有名だけど、この泰期は正式な進貢使として中国にわたった最初の人ということらしい。だから、西側(中国の方)を指さしているというわけだ。なるほど。
さて、残波岬のさきっぽは押さえた。ボヤボヤしている暇はない。次の目的地の万座毛に向かう。
本当に浅学でお恥ずかしいところだが、万座毛については、万座毛というフレーズだけ知っており、どういう観光地なのかをまったく知らずに来た。
すると、かなり立派な建物に、外国人の観光客のひとたちが大挙して押し寄せており、面食らってしまった。
この先に何があるのか⋯⋯期待しつつ、入場料を支払って向かう。
万座毛とは、万人を座するに足る毛という意味がある。ということをいきなり解説される。毛。毛とは? と訝しながらさらに進むと目の前が大きく開けた。
でた! 「あー、これか!」だ。見たことある。これか! 琉球石灰岩の切り立った崖の風景が有名な場所だ。これが万座毛ってことか、と、ひとりで勝手に納得。
パンフレットを見ると「毛は原っぱのことだよ!」と親切に書いてあった。なるほど。
勉強せずに観光地に行くと、たまにこういうことがあるのでおもしろい。
⋯⋯などと、のんびり観光なぞしているうちに時間はすでに12時を過ぎている。6時から走って6時間でこれだ。日没後はなるべく走りたくないので、あと6時間ほどで名護市を超え、沖縄最北端の辺戸岬に行ってさらに名護市まで戻って来なければいけない。
間に合うんかこれ。
と、おもいつつ、バイクを走らす。
那覇から50キロ移動するだけで、6時間もかかっている。なぜなら、途中でたっぷり観光してしまうから。上では書かなかったけれど、道中で見かけた沖縄式のでっかい墓に興奮して、わざわざ回り道してまで写真を撮りながら走ったりしていたので、なおさらだ。
あと、沖縄そばを食ったりとか。
ここは辺戸岬まで行くのは諦めて、名護の宿で早く寝て、明朝早起きでぐるっと行ったろう。ということで、1日目は名護までで終了することにした。

