無意味を紐解いて得られたもの
入り口は「無意味な鉄道旅」というオリジナルの退廃的行為であったが、掘り下げていくうちに「ノーラッチ」という言葉に出会い、ルートをロジカルに作れるようになったり、特例を知れたりで色々面白かった。掘り下げるのって大事だなぁ。あと詳しい人に聞いて検索ワードをゲットするのも大事。
今回は首都圏鉄道網でルートを考えたが、他のエリアでも「無意味な鉄道旅」ができるのか気になる。きっとできるんだろうなあ。
JR武蔵小杉駅から羽沢横浜国大に行き、途中で一度も改札を出ることなく東急武蔵小杉駅に帰ってくる。無意味な鉄道旅であるが、紐解くと奥の深い鉄道事情が見えてきた。
2019年に相鉄・JR直通線が開通し、JR武蔵小杉駅から相鉄羽沢横浜国大駅に行けるようになった。さらに2023年には相鉄・東急新横浜線が開通し、東急武蔵小杉駅からも相鉄羽沢横浜国大駅に行けるようになった。
ということは、JR武蔵小杉駅から東急武蔵小杉駅に行けるのである。「何がしたいの?」とかは聞かないでほしい。これは単純な興味の話だ。
実際にやってみた。
しばらくの間長いトンネル。真っ暗な世界が続く。
乗車してから約15分。ついた。羽沢横浜国大駅だ。
ところで羽沢横浜国大駅周辺に何があるのか気になる方もいるだろう。その場合は当サイトライター江ノ島さんのこちらの記事をご覧いただきたい。デイリーポータルZは鉄道まわりにめっぽう強い。
しかし、今回の私は改札を出ないのでやきそば丼は食べられない。私には使命がある。改札を出ずに、一筆書きで武蔵小杉駅に戻るのだ。JRではなく東急の。無意味な鉄道旅なのにいっちょまえにストイックだ。
とにかく、戻るぞ、武蔵小杉駅に。ただし先発の新宿行の電車はJR線直通なので乗ってはいけない。JR武蔵小杉駅から乗ってJR武蔵小杉で降りるのは不正乗車だ。次発の川越市行の電車に乗って東急武蔵小杉駅で降りるのが正解。
少し時間に余裕があるので、路線図を見てみよう。
ここから乗るのは2023年開業の相鉄東急新横浜線。羽沢横浜国大を出発し、新横浜、新綱島、日吉の順に停車する。そして日吉から武蔵小杉まではおなじみの東横線である。まぁとにかく、乗ってたら着く。
途中の新綱島駅は新しい駅だ。開業当時の様子は当サイトライターべつやくさんがレポートしている。ちなみに、新綱島駅ができる前、この場所は綱島ラジウム温泉東京園だった。こちらも当サイトとの相性がよく、2回記事になっている(記事①、記事②)。たいへん名残惜しい。
……と、思い出に浸っているうちに戻ってきた。武蔵小杉駅だ。
改札でエラーがでないか不安だったが、問題なく通れた。
以上が、武蔵小杉駅で乗って武蔵小杉駅で降りる、「無意味な鉄道旅」である。60分かけて843円払い、途中で一度も改札を出ることなく、同じ名前の駅に戻ってくる。時間とお金をかけて座標がちょっと移動しただけ。
改めて言うが、コストパフォーマンスもタイムパフォーマンスも最悪の行いである。無意味というか、むしろマイナスである。景色が楽しめればいいのだが、残念ながら道中のほとんどがトンネルか地下なのでそれも期待できない。「家を追い出されたときのひまつぶし」ぐらいしか意味を見いだせない。
それでも、昔の記事を読み返したり、路線図を眺めたりしてなんだかんだ楽しかったのも事実である。あえて無意味な環境に身を置くというのも、たまにはいいものだ。
ここからは第2部。
今回は武蔵小杉駅を発着駅とする「無意味な鉄道旅」をしたが、ほかの駅・他のルートでもできるのだろうか。深堀したい。(さんざん「無意味な鉄道旅」と言ってきたのにさらに深堀するのかよ!と思ったそこのあなた。あなたは物事を合理的に考えることができる素晴らしい思考の持ち主です。きっとビジネスシーンで大活躍かと思います。)
私の考えた「無意味な鉄道旅」は以下の①②③④を満たす鉄道旅である。
「無意味な鉄道旅」の定義
①ある駅から改札に入り、別会社の同名の駅から改札に出る
②出発と到着の2つの駅が改札内でつながっていない
③途中で改札を出てはならない
④鉄道利用ルールを守る (各社の旅客運送契約に違反しない)
例えば、渋谷駅から山手線に乗って、一周して渋谷駅で降りるケースは①の「別会社」の部分を満たしていない。そしてこれはJRの旅客営業規則に違反しているので、④も満たしていない。
また、「無意味な鉄道旅」は、首都圏内を大回りして隣の駅に帰ってくるような「大回り旅」ともちがう。大回り旅は、一筆書きなど一定の条件を満たせばルール違反ではないが、出発と到着が同名の駅でないので①を満たさない。
じゃあ武蔵小杉駅~羽沢横浜国大駅~武蔵小杉駅以外で、どのようなケースなら「無意味な鉄道旅」を実現できるだろう。パッと思い浮かぶものが1つある。新木場~大崎~新木場だ。
先ほどの武蔵小杉駅の事例と違って乗り換え回数が2回となってしまうが、それでも「無意味な鉄道旅」の成立条件をすべて満たしている。
この「無意味な鉄道旅」の成立条件をもう少し論理的に整理したい。
まず、別会社の同名の駅が存在する必要がある。JRの武蔵小杉駅、東急の武蔵小杉駅のように。しかしこれは、主要駅であれば簡単に満たすことができる。例えば、渋谷駅を運営する鉄道会社にはJR、東急、京王、東京メトロがある。このような駅が出発・到着の候補となる。
ただし、東急の渋谷駅と東京メトロ半蔵門線・副都心線の渋谷駅は改札内でつながっているので、②の「出発と帰着の2つの駅が改札内でつながっていない」を満たさないので注意。
しかし、このような駅こそが重要なのだ。複数の鉄道会社の路線を改札内でつなぐジョイントの役割を果たす。
これで、ようやく見えてきた。「無意味な鉄道旅」の成立条件は以下のA~Cすべてを満たすことだ。
「無意味な鉄道旅」の成立条件
A:改札内でつながっていない、別会社の同名の駅のペアが存在する
B:複数の会社の路線を改札内でつなぐ駅が存在する
C:Aの2つの駅からそれぞれ、Bの駅へ途中で改札を出ずに行ける
こうなれば、あとはAの条件を満たす駅とBの条件を満たす駅をひたすら探して、それらがCの条件を満たすかをチェックすればよい。でもAの条件を満たす駅はたくさんあってきりがないので、まずはBから考えよう。つまり、大崎駅のような、ジョイントの駅を探すのだ。
自分は鉄道に全然詳しくないので、正直、ジョイントの駅を網羅的に探す方法がわからない。当サイトライターで「たのしい路線図」の著者のひとりでもある西村まさゆきさんに話を聞く。
筆者:……ていう感じで、『無意味な鉄道旅』のルートを探しているんですが、どうしたら見つかりますかね
西村:なるほどね。ノーラッチっていうやつだね
筆者:ノーラッチですか…?
(~スマホで調べる~)
筆者:なるほど、途中で改札を出ずに異なる鉄道会社を利用できることをそう呼ぶんですね。ありがとうございます!
素人の調査には限界がある。なぜなら、調査するためのワードがわからないからだ。しかし、西村さんに相談したところ、一撃で「ノーラッチ」という言葉をもらえた。このワードを手掛かりに調べることで、自分で続きを調べることができるようになった。このように素人が調査に行き詰まったときに、「詳しい人に相談して検索ワードをゲットする」はすごく有効的な方法だ。身近に詳しい人がいてよかった~。
私の探している「複数の会社の路線を改札内でつなぐ駅」はノーラッチ駅と言う。
「ノーラッチ」で調べたところ、ノーラッチマトリクスという興味深い画像にたどり着いた。たま(tama200x)さん作成の図で、首都圏内のノーラッチ駅を整理してくださっている。
この図だけで一晩中酒が飲めるぐらい非常に興味深い。首都圏内の多くの鉄道会社の路線がどこかしらのノーラッチ駅によってつながっている。極端な話、秩父から箱根湯本まで途中で一度も改札を出ずに行けるのだ。世の中には「ノーラッチ旅」という趣味があるらしい。全然知らなかった。
このノーラッチマトリクスを使えば、「無意味な鉄道旅」のルートを簡単に考えることができる。
「無意味な鉄道旅」のルートを考えるには、「別会社の同名の駅のペア」をこの図の複数の四角から思い浮かべればよい。試しに1回考えてみる。
筆者:小田急の下北沢駅から京王の下北沢駅に行けそうです
西村:Suicaならできそうね
筆者:でも実際の乗り換えを考慮するとなかなか大変そうです
筆者:逆に、乗り換え1回のみの「無意味な鉄道旅」はあまり無いかもしれないですね。私は武蔵小杉駅~羽沢横浜国大駅~武蔵小杉駅しか思い浮かばないです
(ここでの「乗り換え」とは「電車から降りて別の電車に乗る」を指します。直通はノーカウントです。)
西村:池袋駅から西武池袋線で練馬駅に行って、副都心線で池袋駅に帰ってくるのはどうかな。有楽町線直通のやつで行けないかな
筆者:おお、いいですね!
このように、いろんな条件をつけて頭の中で「無意味な鉄道旅」のルートを作るのがめちゃくちゃ楽しい。
筆者:北千住なんか、すごいことになってますね
西村:東京メトロ綾瀬駅~北千住駅~JR綾瀬駅はどうかしら。綾瀬駅の改札が一緒になっちゃうか
筆者:そうですね。でも、調べたところ、北千住駅~綾瀬駅の区間って面白いんですね。JR乗車券が購入できないそうです
西村:あそこって、なんか特例らしくて、説明なんべん聞いても理解できないんだよね
北千住駅~綾瀬駅の区間は、JR常磐線と東京メトロ千代田線の両方が通っているが、この区間の運行は東京メトロが管理しているので、東京メトロの運賃になるらしい。ややこしい~!でもこういうのをもっと知りたい。
入り口は「無意味な鉄道旅」というオリジナルの退廃的行為であったが、掘り下げていくうちに「ノーラッチ」という言葉に出会い、ルートをロジカルに作れるようになったり、特例を知れたりで色々面白かった。掘り下げるのって大事だなぁ。あと詳しい人に聞いて検索ワードをゲットするのも大事。
今回は首都圏鉄道網でルートを考えたが、他のエリアでも「無意味な鉄道旅」ができるのか気になる。きっとできるんだろうなあ。
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