鳴子温泉の「農民の家」に泊まろう
源泉掛け流しの温泉に浸かって、全力でゆったりしてやるぞ! とやってきたのは、こけしで有名な宮城県の鳴子温泉。
時間がだいぶ遡るのだが、昨年の9月におこなわれた全国こけし祭りというイベントに参加するためにこの地を訪れ(
こちらの記事参照)、せっかくのチャンスだから自炊宿での湯治をしようと、二泊三日で「農民の家」という宿に泊まったのである。
少し前の記録となるが、公開が数年ずれたとしても大きな問題のない悠久の時が流れる場所なので、そこは安心していただきたい。
湯治するそー! 自炊するぞー!
ふらりふらりと鳴子温泉の街並みを散策し、駅から少し離れた閑静な場所にある農民の家へと向かう。
こけし好きの聖地、鳴子温泉。
地図によると、温泉街のメインストリートを下って、線路を越えた先にあるらしい。
しばらく進むと、病院か大学かと思われる規模の建物が目に入った。場所的にはあれが農民の家である。農民の家とは、藁ぶき屋根の古民家宿ではないのだ。
事前にホームページをチェックしていたので知ってはいたが、これほどまでに名前と建物の外観が一致しない宿も珍しい。
あの中央の建物が農民の家。
さらに近づくと、建物の全体が見えてきた。
さっきの場所から見えていたのはほんの一部であり、写真に写りきらない程の広さであることに呆然とする。
農民の家、ものすごい大家族だな。
ここに写っているのが全体の右半分。
左側にもずっと続いているのである。
合成の微妙なパノラマ写真でよければご覧ください。
農協直営の宿だから農民の家
別の部屋に泊まった友人夫婦の話だと、農民の家とは宮城県の農業協同組合(JA)が経営する宿で、組合員である農家の方々が疲れを癒しにくる場所とのこと。雪が積もる農閑期こそがハイシーズンなのだろう。
JAの直営ではあるが、組合員以外でも泊まることができる。全国こけし祭りという鳴子の一大イベントが行われる週末でも、ご覧の規模なので直前の予約で問題なく部屋がとれた。
入り口からは想像の出来ない規模の巨大旅館なのだ。
部屋は料理がでてくる旅館タイプと、自分で作る自炊タイプがあり、また建物の古さで料金が変わってくるシステム。
私が泊まった東館という古い自炊部屋は、非組合員で一名一泊4350円。このリーズナブルな金額で、館内にある4つの温泉に入り放題なのである。
ただしシーツなどは別料金。ゆとりってなんだろう。
建て増しを重ねて、ドラクエの中盤戦にでてくるダンジョンくらい複雑になった館内図。
おじさん、おばさんが喜びそうな催事が月に何本も用意されており、長期滞在者でも飽きることのない施設となっている。
最低でも1~2週間はここに滞在して、広い館内を町内のように把握し、イベントで出会うお客さんと顔見知りになってこそ、農民の家の湯治と呼べるのだろう。二泊三日なんてカラスの行水だ。
大衆演劇の一座が館内で公演をしたり、カラオケやゴルフの大会も開かれているらしい。
これぞ農民のパラダイスという、レジャーの詰まった予定表。
ぜひ覚えておきたい農民の家音頭。
こちらで聴けます。
館内になんでもあるぞ
長期滞在が可能な湯治宿だけあって、館内の施設は、一歩も外へ出なくて暮らせるほどに充実している。すばらしきガラパゴス進化。
売店ではお土産の饅頭やこけしだけではなく、自炊客用に食料品や日用品が、ちょっとした商店くらいに並べられている心強さだ。
溜まった仕事を持ち込んで長逗留をしたくなるが、Wi-Fiの電波は飛んでいないのが玉に傷だが、たまにはネットを忘れて頭を休ませろということか。
公民館みたいなロビー。スポーツ新聞を読むのに最適なスペースだ。
旅館の中とは思えない規模の本格的な売店。
自炊宿に食品が充実した売店、まさに鬼に金棒の組み合わせだ。
オリジナルラベルのワンカップがかわいいぞ。
温泉街にいる人が着てそうな彩度の高い服もしっかり販売中。
一曲200円でカラオケが歌える「いこい」。次はここで「みちのく一人旅」でも歌いたい。
館内には食堂もあり、自炊に飽きたら外食だって可能だ。
ちょっとレトロだがアミューズメントも充実している。
風呂上りのホールインワンはいかが?
この宿の中だけで完結する、ここだけの日常を繰り返すゆったりとした日々。すばらしいったらありゃしない。
たとえばその年の農作業を終え、雪が積もり出したころに夫婦でチェックインするとしよう。
買い物をして、自炊して、温泉に入って、さっさと寝る。たまにカラオケをしたり、ゲーセンにいったり。
そしてこの宿をチェックアウトすると、春が訪れているのである。
棟の間には中庭があり、園芸を楽しむことだって可能だ。
四畳半の部屋がかわいらしい
このように施設が素晴らしいのだから、当然客室も最高だった。
私が泊まった東館の部屋は、キッチン付きの四畳半。これが風呂なしトイレ共用の木造安アパート気分を味わえる物件なのだ。実際は広々とした温泉付きなのだが。
そんな雰囲気をわざわざ味わいたくないという人もいるかもしれないが、私は味わいたいのである。
これぞ泊まれる昭和のテーマパーク。ここで高橋留美子先生の「めぞん一刻」を読んで、主人公になりきるのもいいだろう。あの管理人さんはいないけど。
この廊下の雰囲気を楽しめる人なら、ぜひ泊まってみていただきたい。
夜はちょっと怖いかも。
自炊宿として文句のつけようがない、シンプルな室内空間。
必要最低限が揃ったコンパクトなキッチン。
ありがたいことに食器類も完備されている。
10円玉を入れて使うガスコンロの味わい深さよ。
集金箱にフタが無いので、入れた10円を何度でも使える親切設計。
寝っころがった状態で電気を消せるヒモ付きの照明。実家か!
お茶を入れようとしたら茶葉がなかった。さすが自炊宿である。
ちょっと新しい平成館は団地っぽい
東館が木造アパート風であるならば、友人夫婦が泊まった平成館(ちょっと高い)は、新婚夫婦にぴったりの団地風だった。平成といっても昭和の香りが色濃く残る、初期も初期の平成である。
こちらもまた味わい深く、友人夫婦のキャラクターと相まって、酔っぱらって先輩の家に泊めてもらったダメな後輩ごっこを楽しませていただいた。
モダンな香りのする平成館の廊下。
台所とリビングが仕切られた高級仕様。「先輩、おじゃまします!」
完全に宿ではなく人の家だな。「おう、ゆっくりしていけよ」
こちらのガスコンロも10円玉永久ループ方式になっている。
掃除の行き届いた6畳の和室。「いまご飯の用意するからちょっとまっててー」
ここで毎日ヘルシーなご飯をいただいた。「なんにもないけど、おかわりしていってね!」
伝わりにくいだろうか、このおもしろさ。
コスプレみたいに別人になりきるのともちょっと違う、いつかの自分を演じる「ごっこ」遊び。過去の自分が選ばなかった道の先にあるパラレルワールド。
この人の家に上がり込んでご飯を食べるプレイが気に入って、結局自分の部屋では一度も料理をしなかった。なんのための自炊宿なんだか。
もちろん温泉だった素晴らしい
ここまで一般的でない部分ばかり褒めてしまったが、一番の魅力はなんといっても温泉だろう。
館内にはそれぞれ源泉の違う4つの温泉があり、何度でも飽きることなく楽しむことができる。そのうち2つは混浴だが、女性専用時間も設定されている。
温泉の写真は撮ってないので想像しよう。
どの温泉も素晴らしいかったが、特に私が気に入ったのは炭酸泉。混浴だからという訳ではなくて、その温度が珍しいのである。
なんと27.5度というぬるま湯とすらいえない低い温度で、それを加温せず湯船に満たしているのだ。温泉というか泉である。
この無色透明でフワフワと湯の花が揺らめく水風呂で体を清め、同じ浴室内にある乳白色の程よい温泉(こちらは源泉が86度と熱すぎるため加水している)にドブン。ほら最高だ。
冷たい温泉という今まで知らなかった爽快さ。
一人でこの炭酸泉に浸かっていたら、脱衣場からキャピキャピとした声が聞こえてきた。明らかに声が若い。
どうしよう、この時間は混浴なんだよなと焦っていると、ピチピチの若者が5人ほど入ってきて、狭い湯船はギュウギュウとなった。
どうやら相撲部の若者だったようだ。
そういえば神社で奉納相撲をやっていたな。
自炊方式の湯治宿に泊まったのは今回がはじめてだったので、この農民の宿が標準的なものなのかさっぱりわからないが、思っていた以上にリラックスできる楽しい場所だった。
今の私には二泊三日くらいがちょうど良いけれど、湯治を老後の楽しみにとっておくのはもったいないので、今後も積極的にのんびりしていきたいと思う。