懐かしい自動販売機がめちゃくちゃあるぞ
相模原市の「中古タイヤ市場」にやってきた。
懐かしい自動販売機がずらりと並ぶので、ひとまず見てほしい。
うどんそば自販機。これを見たことがある人、そしてこの機械に懐かしさを感じる人はどれぐらいいるだろうか。
ぼくが子供のころ、今から40年ほど前に家族で大阪まで行くさいによく立ち寄った勝央サービスエリア(岡山県)にこの自販機が置いてあり、ぼくは必ずうどんをねだって買ってもらっていた。
田舎の子供だったぼくは、機械からあたたかいうどんが出てくることに、とんでもないスタイリッシュなアーバンを感じ、信じがたいほどの衝撃を受けた。それほどまでに印象に残る自販機だった。
子供のころに食べて以来、自動販売機でうどんやそばを買う機会がなかなかなかった。
さっそく、買って食べてみたい。
お金を投入し、ボタンを押す。「出来上がりまで◯秒」のニキシー管のカウントダウンが進み、30秒ほどで下の取り出し口から天ぷらそばが出てきた。
自動販売機でめん類を買うのは実に40年ぶりだ。
そば。そばだ。40年前の記憶がしっかりと蘇る。薄暗いサービスエリアでフニャフニャのプラスチックの器に入ったうどんを、ベンチに座ってすする子供のころの自分の姿を思い出す。
みなさん、駅の立ち食いそばの味を思い出してください。それを、機械がいっしょうけんめいマネして作った。そんな味です。
生麺タイプのそばとしては満足できる味だ。うまいとか、まずいといった評価軸で評価すると、もちろん微妙なものであるけれど、まぎれもなくそばだった。
『日本懐かし自販機大全』(タツミムック)によると、このうどんそば自販機は、富士電機めん類自動調理販売機といい、1975(昭和50)年から1995(平成7)年まで20年に渡って製造されたという。
中はどうなってんの
ここで、自販機内でそばが調理されるシーンを見せてもらえることになった。
真ん中の螺旋状のストッカーに、あらかじめ調製された具とめんが入ったプラスチック容器が並んでいる。
お金を投入すると、右下の湯切りケースに容器がひとつ移動し、熱湯が注入され湯切りされるのだが、その湯切り方法がすごい。
器が高速回転し、遠心力によって湯が切られる。
遠心力で湯切りしたあとは、上に備え付けられたタンクからめんつゆがドボドボ注がれ、完成する。この間20数秒ほど。
本来は、湯切りのボックスはステンレスの板で囲われているため、湯が周りに飛び散ることはないが、それにしても、豪快だ。
中身を見せてもらった富士電機製のうどんそば自販機は、湯切りが遠心力によるものだったが、もう一つの川鉄製の自動販売機に関しては、湯切りの仕組みは器を傾けるタイプもあるという。
それにしても、遠心力のインパクトの強さである。
ぼくが、40年前にスタイリッシュなアーバンを感じたうどんそば自販機。調理の半分ぐらいは人力であったし、湯切りの仕組みはかなりの力技であることが判明した。
力技の自販機は他にも
中身を見ると力技がすごい自販機はまだある。ポップコーンの自動販売機だ。
お金を入れると、数分でできたてのポップコーンが出てくるということになっている。これも特別に中を見せてもらうことになった。
上の写真を見てほしい。真ん中に鎮座するのは、普通のコンビニとかに置いてあるような、電子レンジだ。それがベルトで固定してある。
料金が投入されると「ポップコーンの製造を開始します」の音声と共に、軽快な音楽が流れ、中では電子レンジの中にポップコーンが投入され、スイッチが押される。
つまり、この自動販売機は「料金が投入されたら、ポップコーンを電子レンジに入れてスイッチを押し、完成したら電子レンジを傾けて取り出し口に落とす」というからくり箱である。
内部で、ポップコーンを作る高度なピタゴラスイッチをやっているようなものだ。
中古タイヤ市場の斉藤社長は、このポップコーン自販機をヤフオクで購入した。
購入時は動かなかったが、斉藤社長が修理し、稼働するようにしてここに置いている。
気がついたら、レトロ自動販売機が100台にもなった
最初に自動販売機を置いたのはいつ頃だったのか、斉藤社長によると「6年前、2017年ごろですね」とのこと。
意外と最近で驚いた。
去年あたりから各種メディアに取り上げられ、かなり知名度をあげた。最近はYouTuberが動画のネタにするため、たくさんやってくるようになった。
こういったレトロ自動販売機は、ドライバー向けに設置されている、ドライブインのようなところによく置いてあるイメージだが、中古タイヤ市場はなぜこんなにもたくさんの自販機を置いているのか。
斉藤社長「もともと古い自動販売機が好きで、(稼働するしないに関わらず)買うのが趣味だったんです」
いくら趣味とはいえ、ヤフオクで壊れた自動販売機を買うというのもなかなか普通の感覚では理解し難い、でも、趣味なら仕方ない。
最初は買ってもほったらかしにしていた自動販売機だが、稼働するように修理して置いたところ、みんな喜んでひとが来はじめた。
趣味が昂じて置き始めるようになったレトロ自動販売機。最初は5、6台だったのが、これ目当てで来るひとが増え、自販機の数もあれよあれよというまにふえた。
それまでタイヤを展示していた場所を片付けて縮小し、空いたスペースに自販機が置かれ、今では100台近くあるという。
斉藤社長、いちおう本業はタイヤの販売である。
機械は動くけれど、売るものが無くなっていく問題
うどんそば自販機は、めんや具を調理場でひとが調製し、専用のプラスチックの丼に入れて、自動販売機にセットする。
このときに使う専用のプラスチックの丼は、まだ製造をしているので、今でもなんとか自動販売機でうどんやそばを販売することができる。
しかし、商品の製造が中止になってしまい、自販機は動くのに売るものが無くなってしまった……というパターンもある。
ペプシコーラの瓶自動販売機。これは、ペプシが瓶製品の製造をつい最近にやめてしまったので、商品の補充をすることができず、現在は売切れ状態だ。
一方、瓶のコーラは今でも製造を行っているので、まだ購入が可能だ。
ちなみに、斉藤社長によると、いちばんの売れ筋は、先ほどのポップコーン、瓶のコーラ、かき氷らしい。売れ筋のラインナップだけをみると完全に縁日の屋台だ。
特に瓶のコーラは補充しても補充してもすぐに売切れになってしまうほどよく売れる。そのため、酒屋さんでは対応できないということになり、コカコーラが直接納入してくれるようになった。瓶のコーラだけ異常に売れる亜空間が相模原に出現している。
閑話休題。自販機は動くのに、中身の商品が無くなっているのは、瓶だけではない。缶も、昔のスチール缶でよくあった細長い250mlのタイプが少なくなっており、ものによっては売切れのまま。という自販機も少なくない。
この「機械は動くのに、売る商品が無い」というのは結構深刻なようだ。
特別に売ってもらっている
こちらのみそ汁の自販機は、顆粒の味噌の素をコップに入れ、熱湯を注ぐ。というシンプルな自販機だ。
この自販機で使う顆粒の味噌は、もともと作っていたメーカーが無くなっていたうえ、最近は顆粒の味噌はあまり製造しているところがない。しかし、大手みそメーカーの協力により、顆粒の味噌が手に入るようになったため、現在でも販売できているという。
自動販売機が動くかどうかという以外に、この「補充すべき商品があるのか、ないのか問題」は、数年前のパソコンやスマホが、電源は入るのに、OSが古いままなのでちゃんと動かない話に似ている。
自動販売機の機械は、古くても修理できるが、補充する中身に関しては、流通のしくみや社会情勢による部分も大きく、いくら斉藤社長ががんばってもなかなか難しいところがあるのは、いかんともしがたい。
文化を保存することの難しさ
以前、タイヤを売っていた頃は、おじさんばかりだったお客が、自動販売機を置いてからは、家族連れ、中高校生など、子供など、客層がガラリと変わったという。
土日祝日などの休みの日には、中古タイヤ市場の駐車場を、自家用車がぐるりと取り囲むほどの盛況ぶりだという。
私たちのように、子供の頃に見たことがある。という懐かしさで訪れるひともおおいかもしれないが、中高生や子供は、純粋に自動販売機からそばやラーメンが出てくるのがおもしろいのかもしれない。
これは、消費生活のひとつのかたちとして、文化的価値があるといえる。
現在、めん類の自動販売機は、ただたんにカップめんを売っているものがおおい。このように、調理されためんが出てくるものは、調理の手間もかかるため、少なくなりつつある。
中古タイヤ市場がすごいのは、このような自動販売機を保存するにも、稼働する状態で保存してあるところだ。
美術品などと違って、社会活動と密接につながっているものは、稼働状態で保存することがとても大変であるということはよくわかった。