タカラガイ探し、楽しかった。真っ暗な磯を歩き回って、キラリと怪しく光るお宝を見つけ出すという行為そのものが魅力的で、なんだかRPGの世界みたいだ。
私の中のアウトドア年中行事に、そっと加えさせていただこうと思う。
貝マニアの案内で、生きたタカラガイを採りにいってきた。南国のお土産物でよく売られている、あのピカピカした丸っこい貝である。
これまで潮干狩りや磯釣りの現場では見たことがなかったので、あのかっこいい貝は沖縄あたりまで行かないと生息していないものだと思っていたが、探し方次第では意外と関東あたりの磯でも採れるのだ。
十数年前、千葉の博物館でタカラガイという貝の存在を知り、心がときめいたことをよく覚えている。その丸くてツヤツヤした外観はもちろんなのだが、「〇〇ダカラ」という意味深なネーミングに魅かれたのだ。
オトメダカラ、アケボノダカラ、ヤワハダダカラ、ニッポンダカラ、サクライダカラなどなど。相田みつをの「人間だもの」に通じる、物語を感じさせる良き名前じゃないか。
もちろん「〇〇ダカラ」という名前は「宝貝」からきたもので、「~だから」と理由を述べている訳ではない。それでも「ハラダカラ」という名前を見れば、今なら巨人軍の監督みたいな貝なんだろうなと思ってしまう。
いつかは採ってみたいなと思いつつも、どうしても食べるための貝を優先してしまい、そのまま後回しにして生きてきた。標本を作る趣味はないのである。
だが最近になって知り合った貝マニアの甲斐さんから、近々タカラガイを採りにいくという話を聞き、あの日の気持ちが蘇って連れてきてもらったのだ。
ということで、真冬の真夜中にやってきたのは関東某所の穏やかな磯。なぜわざわざ夜中なのかというと、潮が引く時間に合わせてきたから。冬は夜にこそ潮が引くのである。
さらに多くの貝は夜行性なので、昼間は岩の隙間などに潜んでいるやつも出てくるため、昼の干潮よりも見つけやすい。そしてわざわざ冬に来る理由は、関東だとこの時期じゃないと成長したタカラガイを見つけられないため。その理由は後ほど判明する。
冬の磯なんてそりゃもう寒くて辛いだろうと覚悟してきたのだが、この日は意外と温かい上に、まったくの無風で波もない絶好の貝日和。不安定な磯を歩き回っていると、うっすら汗をかくほどだった。
さてこの広くて真っ暗な磯で、タカラガイはどうやって探せばいいのだろうか。
「タカラガイは輝きが違います。見ればわかりますから大丈夫です。さあ、がんばって探してください!」
ええと、見ればわかるってどのレベルだろうの話だろうか。目ができていない素人でもわかるのかなと不安を覚えつつも、とりあえず甲斐さんとはぐれないようにしながら探してみるしかないのだが、それどころじゃないのだ。
あー、だめだ。夜の磯が楽しすぎて、タカラガイ探しにまったく集中できない。ましてや今日は一年で一番潮が引く時期であり、普段は海の中に沈んでいる場所に立っているのだ。
海のない埼玉県育ちの私にとって、この空間は深海6500メートルの世界と変わらない程に現実味のない別世界なのである。あるいは宇宙。しかも息ができるし、手を伸ばせば触り放題なのだ。
何時間でもいられる幸せな空間だが、あと1時間ちょいで魔法が溶ける(潮が満ちる)磯のシンデレラ。履いている靴はスパイクブーツだが。
潮が引いて幸せが満ちた磯へとやってきてから10分ほど経過したところで、どうやら先行していた甲斐さんが目的のタカラガイを見つけたようだ。
おー、すごい。この丸っこくてツヤツヤしている姿は確かにタカラガイだ。博物館でみた展示物よりもずっとキラキラしている。
甲斐さんがタカラガイを見つけてくれたことで、ようやく私にもやる気スイッチが入った。磯の愉快な生物観察はとりあえず後回し。ヘッドライトと懐中電灯のライト兄弟で岩の隙間や潮だまりを照らして、タカラガイの光沢を探し出す。
しばらくして、水中に異質な輝きを見つけた。
先程のオミナエシダカラとはだいぶ雰囲気の違う、ブラックオパールのような怪しい輝き。これが私のファーストタカラガイなのか。なんというか、お宝っぽさがすごい。
甲斐さんを呼んで確認してもらうと、ハナマルユキという味噌っぽい名前のようだ。まぎれもなくタカラガイの一種だが、名前にダカラがつかなくてちょっと悲しい(ハナマルユキダカラと呼ぶ場合もある)。でも花丸あげちゃうんだから。
意外と冷たくない海水に防水のカメラをつっこんで撮影した画像を確認すると、モジャモジャしたイソギンチャクのようなものの上に貝がいるように見えたが、これは別の生き物ではなく、タカラガイの持つ外套膜とのこと。水中で外套(オーバーコート)を着ているのだ。
海中からそっと持ち上げると、ニュルリと外套膜は殻の中に吸い込まれた。すごい、これが生きているタカラガイなのか。ちょっと気取ったイメージのあったタカラガイだが、実はカタツムリとかタニシっぽくて、なんだか親しみやすい存在だ。会ってみると印象が変わるタイプのやつなんだな。
こうしてタカラガイの存在に目が慣れてくると、次々に見つかるようになった。遊びとしてはキノコ狩りとよく似ているが、食べる前提ではないので、より純粋な宝探しだ。
お宝といっても、宝石のように社会の中で価値があるという訳でもないところが、また素晴らしい。お金で計算する必要のない価値だけど、見つければ間違いなく気分が高揚する。珍しい王冠とかギザ10みたいなもんだ。
甲斐さんは子供の頃に、父親の実家があった山口県の海でタカラガイを知り、お母さんは見つけられたのに自分だけが探せなくて、そこからハマって現在に至るそうだ。沖縄などに遠征することも多いとか。
確かにタカラガイ探しは一生の趣味になりそうな奥深さを感じる。遠征して発見する喜び、種類を覚える楽しみ、そして思い出と一緒に貝殻をコレクションする満足感があるのだろう。
サザエなど磯にいる貝はだいたいゴツゴツしているが、タカラガイだけがツルツルピカピカしている理由は、貝殻からビローンと出ている外套膜のおかげのようだ。
海中でリラックスしてる(と思われる)タカラガイは、柔かい身を守るべき存在である固い殻を、あろうことか柔らかい身(外套膜)で包んで、固い殻を覆っているのである。そっちを守ってどうする。
ちょっとまて、タカラガイ。柔かいお肉が丸だしって、一体君はなにをしたいんだ。それじゃせっかく背負った殻の意味がなくないか。
いや、わかるよ。おそらく外套膜は、周囲に溶け込むための隠れ蓑なのだろう。ほら、そういう忍法があるじゃないですか。
そしていざとなった時に外套膜をスッとしまいこんで、硬い殻で防御するという生存方法なのだろう。隠している殻がかっこいい模様なのは……きっとオシャレなんだろうな。
ちなみに同じ磯に棲むアメフラシも貝の仲間なのだが、こちらは進化の過程で貝殻に隠れるという技を放棄して、体内に小さくなった殻を隠し、裸一貫で生きる道を選んだ。
こうして外套膜を持つタカラガイの生態を知ったことで、アメフラシも貝の仲間だということが、ようやく納得できた気がする。
タカラガイを見つけるという目的は十分に果たしたが、もっと違う種類だったり、できれば大きな個体を拾ってみたい。
夢中になりっぱなしで探していると、思わずこの夢から覚めそうになるほど大きなタカラガイを発見した。
私がリスで今までのタカラガイがドングリだとすれば、これはクルミといえるスケール感。そして模様も今までと違う。なんというか小宇宙(コスモ)を感じる柄じゃないか。
ハイテンションで甲斐さんに名前を聞くと、その答えと同時に意外な言葉が飛び込んできた。
「立派なホシキヌタですね。これくらい大きければ、そこそこ食べごたえがありますよ!」
え、食べていいの!
さっきからタカラガイが食べられるかすごく気になっていたんだけど、バードウォッチングにきて「あの鳥はうまいですか?」って聞いたら嫌われるのと同じで、食べる話はタブーなのかと思っていたら。
「タカラガイは肝がうまいんですよ。殻を割らないと身がとれないから、普通のマニアは食べないんですけど、 僕が体系的に調査してまとめてしまおう的なこと試みてます。逆に殻を標本にする場合は、身を腐らせないといけないから食べられないんです」
なるほど、タカラガイは殻を残すか、身を食べるか、究極の二択なのか。貝殻を宝物にしたい想いと、この味を確かめてみたい気持ちがせめぎ合うね。
干潮時刻が近づくまでは、潮が引いていくのに合わせてできるだけ沖側を探し、満ちはじめる少し前からは、体力的にも厳しくなってきたので安全圏まで戻って岸寄りの磯を探す。
タカラガイは探す場所によって見つかる種類が違うそうで、ここでもまた新たな発見がたくさんあった。
「これは色が黄色だからキイロダカラ。おや、FDですね」
「FDはフレッシュデッドの略。新鮮な死殻。死んでから間がなく、きれいな状態で殻だけが残ったものです。これだと中身を腐らせる必要がないので、標本にするなら一番楽です」
フレッシュデッド……。今日ここにこなかったら、一生知らなかった単語だと思う。そしてフレッシュデッドが落ちているのには、ちょっと切ない理由があった。
「死滅回遊ってわかりますか?タカラガイは本来ならもう少し暖かい海にいる貝で、ここのは幼生のとき黒潮に乗ってやってきたものなんです。関東の寒さでは冬を越せないから、生きたタカラガイ探しはそろそろ終了。ビーチコーミングでタカラガイの貝殻を探すなら、FDが増えていくこれからの時期がベストです」
なんというか、情報量の多い話である。だからこそタカラガイがまだ小さい春や夏ではなく、こんな真冬に探しに来たのだ。
そうか、ここのタカラガイはもうすぐ凍死してしまうのか。あー。
「ほら、まだ小さいタカラガイがありました。こうやって成長の途中を見ると、タカラガイも巻貝の仲間だっていうのがわかりますよ」
なるほど、確かに小さいやつは巻貝っぽい形をしている。ここから成長していくと、あのタカラガイの形になっていくのか。なんだか成長というよりは進化の過程みたいだ。
そんなこんなで十二分の成果を上げて、怪我もなくタカラガイ探しは無事終了。
しばらく静かに観察をして、必要な分だけをありがたく持ち帰らせていただいた。ちなみに密漁となるような貝類は一切とっていないですよ。
このように夜の磯はとても楽しかったのだが、足元は不安定だし、濡れた磯は滑りまくるし、転ぶと絶対に痛そうだし、危険生物も山盛りいるし(こっちから仕掛けなければ害はないですが)、場所によってはオコゼとかイモガイやヒョウモンダコもいる。
やっぱり安易にお薦めできる場所ではないということの再確認もした。
満月に見守られながら磯から帰宅する途中、タカラガイをどうするのが正解なのか、ずっと考えていた。飾るか、食べるか、自分で決める二択だ。
とりあえず一番大きなホシキヌタを眺めてみる。食べるとしたらまずこれなのだが、大きいからこそ殻を残したいという想いも強い。ここが食料の乏しい無人島であるならば、迷わずこの殻を割って食べるのだが。自分の中で様々な価値観がせめぎ合う。
しばらく眺めていたら、ツノを出して歩きはじめた。うっ、かわいい。
うーん、こうやって眺めていても仕方がない。生きたまま飼える訳でもないので、甲斐さんに聞いた方法で、大きいタカラガイは食べてみよう。ごめん。
タカラガイの身を取り出すには、まず10分ほど茹でるか蒸すかして、身を固めてやるのが良いそうだ。
この段階で身を取り出せれば殻を割らなくて済むんだけどなーと試してみたが、やっぱりどうやってもダメそうだ。
ここまできたら仕方ないと覚悟を決めて、まな板の上でマイナスドライバーを押し当てる。
ゆっくりと体重を乗せていくと、バキッという鈍い衝撃が伝わってきた。
そしてタカラガイの中身がむき出しになると、豚の尻尾みたいにくるんとした肝があらわれた。おお、確かにこれは巻貝だ。
さて肝心の味だが、タカラガイの肉部分はどれもいわゆる小型の巻貝の味でうまかった。そして肉以上だと評判の肝だが、ほろ苦くて美味しいやつと、ちょっと舌にビリビリする違和感を覚えて吐き出してしまったもの(たぶんホシキヌタ)があった。
巻貝はその種類によって内臓が食べられないものがあるので、私が怖がり過ぎている部分もあるのだが、安易に食べるのはちょっと不安かなというのが正直なところ。
タカラガイは採るのも調理するのも手間がかかるので、わざわざ食べる必要はないと思うけど、それでも貴重な経験ができてよかった。わざわざ味の調査をしている甲斐さん、すごいな。
さて食べるのはこれくらいにして、残りは標本にしてみようと思う。
甲斐さんの話によれば、土に埋めたり薬品を使ったりする方法だと、せっかくの美しい貝殻が変質してしまうのでご法度だ。
まずタカラガイを冷凍してから、ビニール袋に密閉して(猛烈に臭くなるから)、常温で一日放置して中身を腐らせる。
翌日、どれだけ臭いんだろうとドキドキしながら袋を開けたのだが、ちょっと磯臭い程度で、全然許容範囲だった。なんならこの匂いで酒が飲める。
どうやら外気温が冷蔵庫並に寒すぎて、ちっとも腐ってくれなかったようだ。
こりゃいかんとそのまま外に2日間放置。寒すぎるとはわかっていても、やっぱり家の中には置きたくないじゃないですか。
匂いは相変わらず程々だが、話が進まないのでやっていこう。
貝の隙間に針などを入れて、中身をグリグリとできるだけ引っ掻きだす。
そんなに臭くないから大丈夫かなと手袋をしなかったのだが、作業が終わるころには指先がそれなりに臭くなっていた。
もちろんこれだけでは中身を取り出しきれないので、さらに水圧を使って掃除をする。
具体的にはホースから勢いよく水を出して流したり、注射器型のスポイトに水を入れて水鉄砲の要領で、中に残っている肉や内臓を押し出すのだ。
洗って、干して、洗って、干してと繰り返し、匂いがなくなったと自分で思えたらできあがり。マニアがFDをありがたがる気持ちがよくわかる面倒くささだった。
タカラガイの模様やツヤは、時間と共にどうしても薄くなってしまうそうで、私の貝も生きている状態とはちょっと違っているように見えた。なんというか生気がないのだ。
でも私の劣化だってもう止められない。見えるところに置いておいて、一緒に朽ちていこうじゃないかという気になった。
ちなみにある友人は、こうして処理したタカラガイを大切な貴金属と一緒に保管していたのだが、残念ながら洗い方が甘かったようで、全部が腐敗臭に包まれてしまったそうだ。
タカラガイ探し、楽しかった。真っ暗な磯を歩き回って、キラリと怪しく光るお宝を見つけ出すという行為そのものが魅力的で、なんだかRPGの世界みたいだ。
私の中のアウトドア年中行事に、そっと加えさせていただこうと思う。
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