料理は底なし沼
同じローストビーフでも調理方法によってここまで違うのか。今回、それぞれの調理家電の特徴が見えて面白かった。
記事の後半で参考にしたCooking for Geeksという本は500ページ近くもあるのだが、今回調べるのに使ったのはほんの数ページである。料理の世界は底なし沼であり、私はまだ沼の表面に片足を突っ込んだだけだ。次は鴨のコンフィを作りたい。鴨肉、そもそもどこに売っているんだ…。
低温調理、圧力鍋 、 エアーオーブン。自宅に3種類の調理家電があるのだが、いずれもメーカー公式のレシピサイトにローストビーフが載っている。結局どれで作ればいいのか。実際に作って比較した。
夫婦ともども調理家電オタクである。誕生日のたびに調理家電が増え、気づけば自宅のキッチンは調理家電でいっぱいだ。
中でも、低温調理器のBONIQ(ボニーク)、電気圧力鍋のsiroca(シロカ)、エアーオーブンのrécolte(レコルト)のいずれでもローストビーフが作れるようだ。
こうなると「ローストビーフが食べたい!」となったときに結局どれで作ればいいのか迷ってしまう。調理家電オタクならではの悩みである。実際に作って比較した。
今回扱う調理家電を紹介する。 まずは大本命、低温調理のボニークだ。
続いて、電気圧力鍋のシロカだ。(実はシロカというメーカーは他の家電も出しているのですが、この記事でのシロカは電気圧力鍋のことを指します。)
3つ目はエアーオーブンのrécolte(レコルト)である。
調理家電は以上の3つだが、実はフライパンだけでもがんばればローストビーフを作れるようなのでいちおう参戦してもらう。
いざ調理。ボニーク、シロカ、レコルト、フライパンの4種類の方法で同時にローストビーフを作る。
レシピはそれぞれの調理家電のメーカー公式サイトのものを基本としつつ、味付けや焼き方をそろえるよう配慮した。レシピによる違いではなく調理家電による違いを見たいからだ。
ここまで淡々と調理過程をお伝えしてきたが、どうしても言っておきたいのがとてつもないマルチタスクで大変だったということだ。 同時に4種類の調理である。しかも全部同じタイミングで完成するように逆算しながらの調理である。
いよいよ食べ比べの時間だ。この時をどれほど待ちわびたことか。
低温調理器具のボニークで作ったローストビーフ、うま~!!肉がやわらかいしうまみも凝縮されている。お店で食べるローストビーフと遜色ない。低温調理、おそるべし…!
続いて電気圧力鍋のシロカで作ったローストビーフだが、まあまあやわらかいが若干パサついた感じがあった。
エアーオーブンのレコルトで作ったローストビーフには肉肉しさがあり噛み切りにくいが、これはこれでありかもしれない。
いっぽう、フライパンのみで作ったローストビーフはかたくてパサパサしていた。世の中そんなに甘くない。
こうしてみると低温調理のボニークが今回の中ではいちばんおいしかったのだが、欠点もある。ものすごく時間がかかるということだ。そのあたりも考慮して比較表にまとめる。
肉のくさみについて言うと、完成直後の試食では、ボニークとレコルトではくさみが無かったのに対し、シロカとフライパンではくさみがあった。
ボニークのローストビーフのレシピでは最後に焼くため、その際にくさみも飛んだものと思われる。レコルトは熱風でくさみが飛んだのかもしれない。
逆にシロカは密閉状態なのでくさみの逃げ道がなかったものと思われる。フライパンのみの調理も最後の方はふたをしており密閉だ。ただし、どちらも一晩冷蔵庫に入れておいたらだいぶましになった。
注:本題の調理器具別比較はここまで。ここからは興味のある人向けのマニアックな説明です。
低温調理のローストビーフはどうしてこんなにおいしいんだろう。フライパンでやるとどうしてパサパサになったんだろう。実際に料理してみると様々な疑問がわいてくるものだ。
結論から言うと、ローストビーフにおいて大事なのは温度のコントロールで、低温調理は温度のコントロールが得意だからうまい。逆にフライパンは温度のコントロールがうまくできないからパサパサになった。
じゃあなぜ温度のコントロールが大事かと言うと、タンパク質の変性をコントロールできるからだ。肉がかたくなったりパサついているように感じるのには、肉の中のタンパク質の変性が関係している。タンパク質に熱を加えるとタンパク質の構造が変わる。これが変性である。
で、タンパク質にもいろいろな種類があるのだが、特に大事なものが2つある。 ミオシンとアクチンである。そして「変性したミオシンはおいしいが、変性したアクチンはまずい」という格言がある。
ありがたいことにミオシンの変性温度が50℃でアクチンの変性温度が66℃である。ミオシンを変性させアクチンを変性させないためには、この間を狙えばよい。
低温調理だと簡単に温度を狙い撃てるが、フライパンではそうはいかない。
ちなみに、この16℃の間ならどこでもいいのかというとそうでもない。まず安全面で言うと、温度は高い方が食中毒菌が死にやすくなる。実際には厳密な基準がある。
こんな感じで安全に食べるために必要な温度と時間の関係の表が載っているので、これを参考に温度と時間を決定する。この数値をミスると最悪死ぬので気を付けよう。あと調理時の衛生管理も大事。
変性についてさらに言うと、実はミオシンとアクチンのほかにコラーゲンというタンパク質の変性も重要で、コラーゲンの変性は55℃からゆっくり始まる。変性するとおいしくなる。
なので、今回は58℃ 3時間40分だったが、もっと時間を延ばして24時間とかにするとコラーゲンの変性効果も得られてさらにおいしくなったはずだ。今度試したい。
圧力鍋はどういう原理なんだろう。実は、圧力鍋は水の沸点を高くすることができる。通常、水は100℃で沸騰して水蒸気になってしまうが、高圧だと例えば120℃の水を存在させることが可能になる。
このおかげで圧力鍋では短時間でコラーゲンを分解させることができる。でもアクチンは変性してしまうので結局パサついてしまった。
ここからわかるように熱伝導の均一性も大事だ。低温調理だと湯煎で長時間かけて熱を伝えるので肉全体が均等に温まるのだが、圧力鍋では高温で短時間のためムラができてしまった。
――全体的に理屈っぽくなったので以前シロカで作った紅茶豚の写真を最後に載せておきます。
同じローストビーフでも調理方法によってここまで違うのか。今回、それぞれの調理家電の特徴が見えて面白かった。
記事の後半で参考にしたCooking for Geeksという本は500ページ近くもあるのだが、今回調べるのに使ったのはほんの数ページである。料理の世界は底なし沼であり、私はまだ沼の表面に片足を突っ込んだだけだ。次は鴨のコンフィを作りたい。鴨肉、そもそもどこに売っているんだ…。
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