出逢いは築地場外市場
以前、当サイトの取材でお寿司屋さんに連れられて築地市場を見学させていただいたのだが、それが予想以上に楽しくて、以来ちょくちょくお邪魔させていただいている。
仕入れについて回ったあとは、場内で朝ご飯をガッツリと食べてから場外市場を一回りするのがいつもの定番なのだが、ある八百屋さんに並んだ見慣れぬ商品に目が釘付けとなった。
チョコパンかと思ったらトリュフである。トリュフチョコではなくて、きのこのトリュフだ。それが一山で税込み525円。
トリュフの適正価格というのがまったくわからないのだが、この525円というのはかなり安い気がする。中国産というのが若干気になるが、ちょっといい椎茸くらいの値段だ。
この機会を逃したら一生トリュフを買うこともないだろうと思い、料理法もよくわからないままに購入してみた。
やはりヨーロッパのトリュフとは少し違うらしい
さてここで問題となるのが、これは本当にトリュフなのかということだ。525円だし。
そんなときこそインターネット。ちょっと調べてみたら、ヨーロッパのトリュフは主にセイヨウショウロというキノコで、中国やインドなどで採れるトリュフは、イボセイヨウショウロという種類が多いらしい。セイヨウショウロにイボセイヨウショウロ、ショウロ界の「イボ」兄弟みたいなものだろうか。
もちろん種類が違えば味や香りも違うのだろうが、そういう違いはもう少しトリュフを理解してからということで、今日のところはこれをトリュフとして料理してみたい。
さてトリュフといえば、その高貴な香りが人を惑わすという。
恐る恐る鼻を近づけてその香りを嗅いでみると、なんだか高貴な腐葉土みたいな匂いがする。「高貴な」っていうのは相手がトリュフなので無理矢理つけてみたのだが。
ようするにカブトムシの幼虫が好きそうな土の匂いだ。椎茸の原木のような匂いもする。トリュフの香りは鮮度が命らしいので、このトリュフははるばる中国からの長旅で本来の匂いが消えてしまったのだろうか。あるいは私がトリュフの香りを理解していないために気がつかないだけなのか。鼻が高くないとわからないのか。
洗うべきか、洗わざるべきか
もしかしたら料理することで本来の香りが開花するかもしれない。とりあえずオムレツにでもして食べてみようと思うのだが、さてここで自分に対する問題です。トリュフっていうのは洗ってから食べるものなのでしょうか。あるいは皮をむくべきか。
このトリュフのまわりにはこげ茶色の粉が付着している。トリュフチョコであればこの粉はココアパウダーなので問題なしなのだが、これはキノコのほうのトリュフなので土だ。
土は食べたくないので洗った方がいいのだろうが、でもキノコの類は洗ったらいけないと家庭科の時間に習ったような気もする。水で洗ったら知識のある人には笑われやしないだろうか。トリュフ大爆笑。なんて。
洗うべきか、洗わざるべきか。
軽く手で擦りながら流水で洗うと、表面に付いていた土が水に溶けて流れていった。よかった、きっと洗って正解だ。きっときっと。
扱ったことのない食材ってなにをするにも迷いますね。
洗われて一回り小さくなったトリュフは、さすがはイボセイヨウショウロ。なんだかマツカサトカゲみたいな質感で、私が抱いていたトリュフのイメージよりもゴツゴツしている。イメージっていってもトリュフチョコだけど。
真っ二つに切ってみる
よく水気を拭いた時価80円のトリュフに包丁を当ててグッと力を入れると、サクッと小気味よい感じに刃が入っていく。硬さは生の栗くらいだろうか。素人がはんこを彫るのにちょうどいい硬さである。
そしてその切り口には外観からは想像できないような、大理石を思わせる見事な模様が広がっていた。トリュフの断面はマーブル模様。トリュフなのにマーブル。チョコ違いだ。
このマーブル模様がトリュフの仲間の特徴であるらしい。
まずはオムレツを作ろう
トリュフを使った料理といえば、確かオムレツが有名だった気がする。卵はトリュフに敬意を表してヨード卵光を買ってきた。
卵4つにトリュフ一つのスライスを加えて、軽く塩、こしょう。
生クリームを入れ忘れたのでちょっとボソボソした感じになってしまったが、なんとなくトリュフオムレツが完成。盛り付けた皿はフランス製。だいぶ前にもらったヤマザキの白いお皿だけど。
想像できない味に緊張しながら食べてみたのだが、プレーンオムレツにうっすら土っぽさが加わったかなという味がした。トリュフは熱を通すと硬くなる一方で、食感は乾いたスライスアーモンド。味はほぼなし。
困った。正直なところ、トリュフのおいしさがまったくわからない。
しかしここでやめるとトリュフに対する印象が悪いまま終わってしまうので、おいしいと感じるまで続けます。
スパゲッティに入れてみる
オムレツがだめならスパゲッティ。オリーブオイルをひいたフライパンでベーコンとトリュフを炒め、そこに茹でた麺を入れて塩、胡椒だけで味付けしてみた。
今度こそはと一口食べてみると、これがうまい。
やっぱりベーコンの脂をたっぷり吸わせたスパゲティっていうのはおいしい。これにキャベツの入ったスープでもあったらもうそれで今日の夕飯は充分。
そう、おいしいのはベーコン。トリュフ自体はなんだかパサパサしていて、ダシを取ったあとの厚切り鰹節みたいな感じ。気がつけばトリュフを除けながらスパゲティをすすっている自分がいる。このトリュフの堅い食感が麺と合わない。トリュフに火を通しすぎたようだ。
トリュフの問題なのか、私の問題なのか
トリュフが入ったことで味と香りに深みが増したような気もするのだが、ベーコンに負けて正直その効果がよくわからない。料理としては美味しいけれど、トリュフを味わうという意味では大失敗だった。
松茸の美味しさが西洋人にはなかなかわからないのと同じで、トリュフのありがたみは日本人の私には理解できないのだろうか。いや、私が購入したトリュフの香りが飛んでいたためかもしれない。
このままではダメだと再チャレンジするべく築地場外の八百屋にまた向かったのだが、「今シーズンのトリュフはもう終わったよ」といわれてしまった。くやしいのでフランスまで買いに行こうかと一瞬思ったが、八百屋のにいさんに事情を話し、ちょっといいトリュフが入荷されたら連絡してもらうことにした。
吉報を待つ間、外食時になるべくトリュフを食べるようにして、トリュフ理解力を高める努力をします。
とかいって結局二回しか食べなかったのだが、どっちもロッシーニ風ステーキ。日本でふつうに生活をしていると、トリュフ料理にはほとんど出会わない。
どちらも肉とフォアグラはおいしかったが、トリュフのありがたみについては未だわからず。
というのが昨シーズンの話
ここまでが実は昨冬の話で、ここからがこの冬の話。
ようやく八百屋さんから待望の電話がきたのだ。
マツタケの箱に入れられた中国産トリュフは1050円。微妙な値段である。ちょっといいやつだけあって去年に比べて倍の値段だが、マツタケよりはだいぶ安い。きっと中国人はトリュフを食べないのだと思う。
トリュフ料理が書かれた本を買ってみた
今回のトリュフ料理は前回のように我流ではなく、ちゃんとしたレシピを見ながらつくることにした。試行錯誤も楽しいが、やっぱり基本を押さえることも大切だ。
まずはネットで検索してみたのだが、トリュフのレシピを検索すると、「バレンタイン用手作りトリュフチョコはこれにキマリ!」みたいなのばかりが引っかかってイライラする。これではだめだとアマゾン(南米じゃないほう)で「南仏のトリュフをめぐる大冒険」というトリュフの食べ歩きガイドと思われる本を注文してみた。
でも届いたら小説だった。
受験用に歴史の問題集を注文したと思ったら、司馬遼太郎が届いた気分。
一応読んでみたら、主人公の男性がマフィアとトリュフの栽培方法が入ったカバンを奪い合うという冒険活劇だった。とりあえずヨーロッパでトリュフがどれだけ珍重されているかがわかったのでよしとする。
本を買いなおす
小説を読むことでトリュフに対する憧れがより強くなったのだが、残念ながら料理をする上ではあまり役立たなかったので、二度手間となったが別の本をまた注文してみた。今度は「キノコとトリュフ」という本だ。
これなら大丈夫だろうと届いた本をペラペラめくると、前半が料理レシピではなくてキノコ図鑑なので焦ったが、後半はちゃんとレシピだった。トリュフ料理も一品だけだが載っている。
前回悩んだトリュフの下処理方法もちゃんと載っており、柔らかいブラシで汚れを落とすか、必要であれば流水で洗ってもいいと書かれていた。
本当によかった。昨年からずーっと心に引っ掛かっていた「トリュフ水洗い」という行為がようやく許された気分である。無罪。「勝訴」って書いた半紙を手にしたい。別に誰かに責められていたというわけではないのだが。
今回のトリュフは土がそれほどついていなかったので、水洗いせずとも、柔らかい毛の新品歯ブラシで軽くこするだけで土はとれた。
さすがは値段が倍するトリュフ。今度のトリュフは前回のものに比べて明らかに香りが強い。しかもその香りは腐葉土臭の中にも菌類の延長線にある香りや熟成されたアルコールのような香りが混ざり、キノコで無理やり作った香水みたいな、とりあえず「なんか高そう」な香りである。この香りに豚が興奮するのもわかる気がする。
トリュフ料理、ふたたび
今回のトリュフ料理はレシピに沿ってなるべくそのまま作っただけなのだが、レシピってすごいですね。書いてある通りに作ると、いままで作ったことのない料理がそれっぽく作れてしまう。泳げるようになるまで丸一年かかった水泳とは大違いだ。バターと生クリームの量にびっくりしたけど。
自分で言うのもなんですが、どの料理もすばらしくおいしかった。そしてこれらすべての料理に共通することは、トリュフが入っていなくても料理として成り立つであろうということ。
かといってトリュフが不要なのかというと、決してそういう訳ではない。そのままでも美味しい料理にトリュフの香り、風味が加わることで、その味がさらにうまくなっているのだ。美味しい料理をさらにおいしくするのはけっこう難しいのに。
トリュフの味自体はやっぱりしけったアーモンドみたいなのだが、バターや生クリームと合わさったトリュフの香りは土っぽさがきれいに抜けて、私の鼻のボキャブラリーにはない「西洋人が考える高級な香り」になっている。
よくわからないけれどこれは高級なんだという説得力があるその香りから、トリュフが媚薬と信じられていた歴史、そして現在もヨーロッパで珍重される理由が分かった気がした。新小岩の畳の部屋で。
なんだ、やるじゃないかトリュフ。これでフランス人に「トリュフってうまいよね」っていわれても困らなくてすみそうだ。
ついでにフレンチトーストの蜂蜜漬けトリュフがけ
後日、トリュフを使ったデザートを知人に教わったので、あまったトリュフで試してみた。薄切りにしたトリュフを蜂蜜につけて二日ほど置き、それをフレンチトーストにたっぷりかけるという料理だ。
実はこれがどのトリュフ料理よりもうまかった。もともとフレンチトーストが好きというのもあるのだが、トリュフの香りが加わった蜂蜜のうまいこと。蜂蜜の味に奥行きがぐっとでて、安易な表現だが、まさしく「大人の味」になっている。
ただ、これは私が延々トリュフを食べ続けて、「トリュフ=うまい」という認識が生まれたあとに食べたからそう感じるのかもしれない。食べなれないものを美味しく感じるにはやっぱり慣れが必要なのだと思う。
にしてもこれはうまかった。
トリュフを採りに行きたい
今回食べたのはお小遣いで買える安い中国産のトリュフだったが、それでも「トリュフはいい香り」という認識を自分に植え付けることができた。レストランで高いお金を出して頼もうとまではさすがに思わないけれど、八百屋に千円くらいで売っていたら、年に一回くらい買うと思う。
しかしはるばる中国から輸入されたものでこの香りだ。さぞやとれたてのトリュフはいい香りなのだろう。中国のトリュフと同じものなら日本でも生えているらしいので、今度、犬か豚を連れて、トリュフ探しの旅に出てみようと思う。
どなたかトリュフが生えている場所をご存じの方がいましたら、そっと教えていただけると幸いです。