このように紅茶をしっかりと楽しんだのだが、サイゼリヤでは組み合わせを間違えた。500円と安かったのでドリアのランチを頼んだのだが、 それについていた酸味のあるコールスローと紅茶が絶望的に合わなかったである。
やはり紅茶はデザートと一緒がいいようだ。最後まで当たり前のことしかいわない記事で恐縮である。
利用料を支払った中に使用権が含まれるのに、ほとんど使わないものが結構ある。その対象は人によって様々で、スーパー銭湯にある水風呂だったり、ラーメン屋の麺増量サービスだったり。私にとってはファミレスにある紅茶がそうだ。
ドリンクバーにあるティーバッグの紅茶、たぶん生涯で2回くらいしか飲んでない。せっかくの飲み放題、これを上手に利用すれば人生はもっと豊かになるのではと、詳しい人にコツを教わって実践してみた。ファミレス茶道だ。
ある日の午後、「行きつけのイタリアン」が枕詞のサイゼリヤで、ドリンクバーのコーヒーを飲もうとドリンクカウンターへ足を運んだのだが、そこで「紅茶のおいしいいれ方」という注意書きを見て驚いた。
なんと受け皿などでフタをしろと書かれていたのだ。え、そんな作法あるの?
ドリンクバーの紅茶をほとんど利用しないためか、こんな注意書きは初見である。ここに書かれた作り方が本当におすすめなのか、すでに一般的なのか、一体誰に聞けばいいんだろう。店員さんに聞くのはなんだか困らせそうな予感がする。
とりあえず久しぶりに紅茶を淹れてみたのだが、なんだか照れくさくて受け皿でフタはできなかった。蒸らす時間は測らなかったのだが、席に戻ってすぐ、もう色がついているからいいかとティーバッグを引き抜いてしまった。味の感想は特にない。
これじゃだめだ。
よしわかった、このティーバッグを作っている会社へ、紅茶の正しい淹れ方を聞きに行こう。
ということで、前置きが長くなったが三井農林株式会社へとやってきた次第である。
そろそろティーバッグの紅茶くらいはちゃんといれられる大人になりたいのですがと話を伺ったのは、日本紅茶協会認定ティーアドバイザーと日本茶インストラクターの肩書を持つ、三井農林の日比崇弘さんだ。
三井農林は多くのファミレスにティーバッグや茶葉を卸している会社で、一般向けにも日東紅茶のブランド名で販売をしている紅茶業界の大手企業である。
結論を先に書くと、受け皿でフタをするのは日比さんとしてもオススメできる方法だった。以下の点に気を付ければ、ファミレスのティーバッグでも美味しい紅茶が楽しめるとのこと。
紅茶を蒸らすのには沸騰した熱いお湯が適温で、なるべく温度が下がらないように抽出するのがコツ。ファミレスだとお湯の温度を上げることはできないが、フタをすることで温度の低下を防ぐとともに、湯気と一緒に蒸発してしまうアロマ(香りの成分)を封じ込める効果もある。
お湯の温度を下げないためには、カップを温めておくのも重要なので、先にお湯で温めて、そのお湯を捨ててから入れるとベスト。
抽出時間は、リーフのお茶であれば香りと味わいをしっかりお湯へと移すために、できれば2分半~3分くらい蒸らすのがおすすめ。ティーバッグは香りと味が早くでるようにつくられているので、1分~1分半で美味しく淹れることができる。入れっぱなしにしておくと好ましくない渋みが強く出てくるため、必ずティーバッグは取り出す。
サイゼリヤでは1分~1分半と書かれていたが、それぞれ茶葉の量や種類が違うので、それを目安のタイムとして理想の濃さを探すのも楽しみ方の一つ。また一緒にいただく食事やデザートに合わせて、お湯の量や抽出時間を変えたり、ミルクやレモン果汁でアレンジしたりと、様々な飲み方で活用できる。
これまで私は、カップラーメンを作る時にフタをせず、お湯を入れてから1分も待たずに、こんなもんだろと思いながら食べていたのと同じくらい、紅茶に対して無知かつ失礼だったのか。
私が育った家にも紅茶は一応存在したが、クリスマスにケーキを食べるときでも、黄色い包み紙のティーバッグ1つから2~3人分を当然のように振り絞っていたので、その時の紅茶くらい私の知識も興味も薄い。だからこそ日比さんの解説がストレートに染み入ってくる。以下はその一部である。
日本の緑茶、中国の烏龍茶、そして紅茶の大きな違いは、酸化発酵の程度。摘んですぐ蒸して発酵をさせないのが緑茶、少し発酵させてから熱を加えて酸化発酵を止めたのが烏龍茶、しっかりと発酵させて乾燥させたのが紅茶。発酵によって作られる独特の香りが好ましい渋みに乗ることで、紅茶独特の味が構成される。
お茶の木はカメリア・シネンシスというツバキの仲間。品種を大別すると、日本茶や中国茶は葉っぱが小さくタンニン(渋みとなる成分)の少ない中国種、紅茶は葉が大きめでタンニンも多いアッサム種で作られることが多い。
よく耳にするダージリンはインド北東部、ヒマラヤ山脈を背にした高地の地名。香りが高く、日本とドイツで特に好まれている。アッサムはダージリンのさらに東で、野生の紅茶の木が発見された場所でもある。距離的には近いけど、その味わいは全然違うとか。
ダージリンには春先に摘むファーストフラッシュ(一番摘み)と、セカンドフラッシュ(二番摘み)がある。前者は発酵が浅く、緑茶のような淡い色。後者は色が濃く、芳醇な香りと甘さ、好ましい渋みを持つ。ファーストフラッシュだから高級品という訳でもない。
一般的な知名度こそ低いものの、実は日本でとても親しまれている紅茶の一つがディンブラ。こちらも地名でスリランカ西部にある。我々は知らずにディンブラを飲んでいるのだ。スリランカ産の紅茶は、島の名前(セイロン島)からセイロンティーとも呼ばれる。
アールグレイは地名ではなく、人名でありフレーバー。イギリスのグレイ伯爵が中国を旅しているときに飲んだ正山小種(ラプサン・スーチョン)というお茶の香りが気に入って、自分の国で再現したものという説がある。中国の紅茶をベースにイタリアで探し当てたすっぱくて苦いベルガモットという柑橘から採った香りをつけたのがはじまりと言われている。ただし日比さんが本場で正山小種を飲んだところ、正露丸そっくりの香りがしたそうだ。
オレンジペコーは柑橘入りの紅茶ではなく、茶葉の大きさを表す規格的なもの。茶葉が大きなものからオレンジペコー(OP)、ブロークン・オレンジペコー(BOP)、ブロークン・オレンジペコー・ファニングス(BOPF)。その特性を理解して、使用目的によって使い分ける。茶葉が大きいほど抽出時間は長めにする。
砂糖やミルクを入れる場合は、紅茶が出来上がってから。先にお湯へ溶かしてしまうと、茶葉の成分が出にくくなってしまう。
ダージリンとアールグレイとオレンジペコーは、全くレイヤーの違う単語だったのだ。これらは知っている人からすれば当たり前のことばかりかもしれないが、私のような知らない人はまったく知らない。前にグルメ漫画で読んだ気もするけど全部忘れていた。
紅茶のことはよく知っていたとしても、コーヒー、ラーメン、お酒、寿司、アニメ、映画、カメラ、車など、ほら身近な存在でも自分が詳しくない世界はいくらでもあるだろう。たまには臆せず信頼できる人の話を伺うと、知らないことだらけでなんだかフワフワした気持ちになれる。世界は広い。
日比さんからたっぷりと話を伺い、今すぐにでも紅茶が飲みたくなったところで、同行いただいた編集部の古賀さんと近所のファミレスへと向かった。日比さんに伺った方法を早速試し、俺たちのファミレス茶道を完成させようではないか。
たまたま入店したガストの紅茶は、いつのまにかティーバッグではなく、茶葉から入れるシステムになっていて驚いた。
ティーバッグかと思ったら茶葉。嬉しいけど悩ましい誤算である。この店ではカップの受け皿でフタをさせてくれないようだ。
カレーのルーを選ぼうとしたらスパイスしか置いてなかったみたいな戸惑いが一瞬生まれたが、淹れ方はちゃんと書かれているから大丈夫だ。
目指すはこのオフィシャルとして書かれた淹れ方を超えた味。他にティーコーナーを使う人がいないことを確認しつつ、まず空のカップにお湯を注ぐ。
そう、カップを事前に温めるためだ!
この間に茶葉を選び、カップがしっかりと温まったところで、そのお湯を全部捨てる。
もったいないよね、ごめんなさいねと思いつつ、こういう所作がファミレス茶道っぽいなと興奮する。
茶葉をスプーンですくう。
山盛り一杯ってこれくらい?
さすがにちょっと多すぎ?
こんなに贅沢していいの!
専用の茶漉しに茶葉を入れ、織田信長に草鞋を差し出す木下藤吉郎ばりの気遣いで温めておいたカップにセットし、熱きお湯を注ぎこむ。
紅茶の味を決めるのは、お湯の温度と抽出時間。
フタをしたらすぐ、携帯のストップウォッチ機能でタイムを計る。
いつもだったら席に着いたところですぐ飲み始めるが、せっかちな自分とはもうサヨナラだ。心を落ち着けて口と鼻を紅茶用に整え、茶葉の頑張りを静かに見守る。
カップラーメンで待てる3分だ、紅茶で待てない訳はない。
3分経ったところで、静かに茶漉しを持ち上げる。スプーンで茶葉を押したりしてはダメだ。
余計なことはなにもせず、ただ最後の一滴がしたたり落ちるのを待つ。
きた、ゴールデンドロップ!
早速飲んでみると、これがしっかりと熱い。ファミレスの紅茶でここまで熱いのは初めてだと思う。カップを温めた意味は大きいな。
そして肝心の味と香りだが、さすがはエレガントを名乗るアールグレイを丁寧に入れただけあって、とても華やかで力強い……気がする。
ありがとう、グレイ伯爵。正露丸の香りじゃなくてよかったよ。
茶葉を使った紅茶も美味しかったけど、やっぱりティーバッグを使ったファミレス茶道をやりたいよねということで、わざわざ電車に乗って最寄りのサイゼリヤへとハシゴをした。
ここのドリンクバーの紅茶は、この前私が行った店と同じく、ちゃんとティーバッグだった。ちゃんとティーバッグってなんだ。
まずは我々の間ではもう常識となった美味しく飲むためのお作法、白湯でのカップ温めの儀を執り行う。
温めたカップの底にティーバッグを鎮座させ、お湯を注いだら素早く受け皿でフタをする。
今回の記事は、これがやりたかっただけといっても過言ではない。
素早くストップウォッチを稼働させ、あとは席まで運んで味と香りの抽出を待つばかり。
しかし、ここで受け皿をフタにするというコペルニクス的発想に、重大な問題が起きたのだ。
熱々のカップと逆向きにかぶせた受け皿という組み合わせ、これがものすごく持ち運びづらいのである。
他のお客さんもいるので、ここでボーっと待つ訳にもいかないだろう。仕方なく受け皿を本来の場所(カップの下)へと移して、肝心のフタを失った状態で席まで運んだ。
これでも紅茶自体は十分うまかったのだが、全く納得がいってない。俺は受け皿でフタがしたいんだ。
様々なシミュレーションをしながら後悔の残るダージリンを飲み干し、一つの答えが出たところでドリンクカウンターへと再び足を運ぶ。
俺の出した答えはこうだ。
本番用のお湯をカップへとそそぐ段階で、受け皿をカップの下にセットしておくのである。
そしてお湯が入ったところで、もう一枚の受け皿を取り出し、これをフタとしてかぶせるのだ。
贅沢にも受け皿を2枚使うという暴挙。洗い物担当の方、わがままをしてすみません。でもこれが一番安全で美味しいはずなんです。
二枚の受け皿で熱々のカップを挟むことで、熱を逃がすことなく、そして熱い部分を手で触れることなく、安全に席まで移動させることが可能になった。
人とすれ違う時などは、上のフタを軽く手で押さえてやれば、こぼすこともないだろう。なんだそれっていう視線のレイザービームが飛んでくるかもしれないが。
受け皿が一枚と二枚の安定感の差、持ち比べてみればはっきりわかるだろう。歴然だ。
ただこうやって持つと、上下をひっくり返して完成のような気がしてくるので危険である。プリンとかチャーハンじゃないんだから。
この所作はカップラーメンにお湯を入れた後、ヤカンを乗せてフタにするくらい理にかなっているよなと心の中で自画自賛しているうちに(さっきから例えが全部ラーメンだ)、ストップウォッチを見れば1分半が経過していた。
役目を終えたティーバッグを、お疲れさまの気持ちを込めて静かに持ち上げる。
ベストを尽くした紅茶を飲んでみると、すごく熱い。今までのどの紅茶よりも熱い。瞼が軽く痙攣するほどの熱さが嬉しい。熱すぎたら冷ませばいいが、冷めてしまった紅茶はもう熱くはならないのだから。
そしてダブル受け皿の恩恵は、紅茶の温度キープと運びやすさだけに留まらなかった。
そう、フタだった受け皿がティーバッグ置き場として役立ってくれたのである。
ファミレスでちゃんと楽しむ紅茶はおもしろい。茶葉の違いによる味の違いがわかるほど舌は鍛えられていないのだが、何も考えずに淹れたものよりは明らかに熱いし、なにより作法にのっとって入れるというゴッコ遊びに心が躍る。
次回ファミレスに行ったときは、ダブルティーバッグで濃い紅茶を入れ、それを氷で満たしたグラスにやさしく注いで作る、アイスティーにチャレンジしてみたいと思う。炭酸水で割ってもいいな。
このように紅茶をしっかりと楽しんだのだが、サイゼリヤでは組み合わせを間違えた。500円と安かったのでドリアのランチを頼んだのだが、 それについていた酸味のあるコールスローと紅茶が絶望的に合わなかったである。
やはり紅茶はデザートと一緒がいいようだ。最後まで当たり前のことしかいわない記事で恐縮である。
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