ミロを凍らせたレシピもあるぞ
取材後、ネスレバランスレシピを眺めていたら、「“ミロ”クラッシュ」というレシピを見つけた。
作り方は簡単。「ミロ」を温かい牛乳で溶き、粗熱を取って、製氷皿で冷やす。できあがり。
……これ、僕が子どものころ「チョコレートにならないかな」と試したやつとほぼ同じじゃないか……!
「ミロ」の輪廻がここでも回っている。未来永劫我々は「ミロ」を飲み続けてしまうのかもしれない。
取材協力:ネスレ日本株式会社
昨年末、スーパーから「ミロ」が消えた。
我が家は毎朝子どもたちが「ミロ」を飲んでいるのだ。困った。別のスーパーにもない。コンビニやドラッグストアも回った。全然なかった。
ミロの不在は、「ミロ」そのものについて思いを馳せる時間でもあった。そういえば「ミロ」って何でできてるんだろう。子どものころは瓶で売っていた気もする……。
この機会に、「ミロ」についていろいろ聞いてみよう。
子どものころ、「”ミロ”を冷やしたらチョコレートになるのでは?」と思って実験したことがある。
濃いめの「ミロ」をグラスの底に作り、ワクワクしながら冷蔵庫にしまった。翌朝。それはただの冷えた「ミロ」だった。チョコレートにはならないんですね。
小川さん:
ならないですね(笑)
そう答えてくれたのは、ネスレ日本株式会社 コーポレートアフェアーズ統括部 メディアリレーションズ室の小川直子さんだ(かっこいい部署名)。
小川さん:
「ミロ」は大麦の麦芽から抽出した「麦芽エキス」を主成分とした飲料です。お子さまでも毎日美味しく飲んでいただけるように、ココアで味付けをしています。
原材料にココアが含まれているが、あくまでメインは麦芽エキス。「ココア味の麦芽飲料」である。
ということは、ココア味でない「ミロ」も作ろうと思えば作れるのでは……と、思ったが、それはもはや「ミロ」ではない。
わざわざ「ミロ」のアイデンティティを崩壊させるところだった。
さて、ところでなぜ麦芽エキスなのか。
しかも、なぜそれを子どもに飲んでもらうのか。
その答えは、「ミロ」の誕生までさかのぼる。時は1934年。第一次世界大戦後に起こった大恐慌に、世界中の経済が混乱していたころ。
「ミロ」生誕の地・オーストラリアも例外ではなかった。
小川さん:
世界的な恐慌の煽りを受け、オーストラリアの子どもたちも貧しい食事と低栄養に苦しんでいました。
そこで、ネスレ オーストラリアの科学者であるトーマス・メインが、子どもたちの栄養を補う食品として開発したのが「ミロ」なんです。
そんな意義深い飲み物を僕はチョコレートにしようとしていたのか。
それはともかく、この当時から「子どもの成長のための飲み物」というコンセプトは変わっていないそう。粉状の製品を水や牛乳で溶かして飲む、というのもそのまま。
小川さん:
「ミロ」というネーミングも当時からそのままです。紀元前6世紀ごろに活躍した、古代ギリシャのレスリング選手「Milon(ミロン)」に由来しています。
「強い子になってほしい」という願いが込められたネーミングだが、調べてみるとミロンは数々の伝説を残している。「強すぎる」のだ。
腕力もエピソードもめちゃくちゃ強い。「強い子の”ミロ”」の起源が、ここまでクセの強い子だったとは、誰が想像しただろう。
ミロンは、クロトンのミロン(Milo of Croton)として絵画や彫刻が残っているが、そのほとんどが「木に手が挟まって動けなくなったところを獣に襲われる」シーン。かわいそう。画像はシャルル・フランソワ・ユタン作(シカゴ美術館所蔵・パブリックドメイン)
さて、オーストラリアで生まれた「ミロ」が日本にやってきたのは、1973年(昭和48年)のこと。
家計をオイルショックが襲い、地方がツチノコ騒動に沸き、子どもたちがドリフに夢中だった時代に、「ミロ」は満を持して上陸した。
小川さん:
発売当時のパッケージがこちらですね。当時は瓶入りでした。光に弱い栄養素があったので、遮光性の高い茶色の瓶にしていたんです。
発売当時からブランドカラーは緑だし、「MILO」のロゴも変わってないんですね。白くてシュシュッとしたやつが後ろにあって。
小川さん:
そうですね。ロゴの背景はオーストラリア大陸の形なんですよ。
え!? この形、オーストラリアなんですか!!
取材中めちゃくちゃ声に出して驚いてしまったが先を急ごう。
時は流れ、保存に関する技術も向上し、2000年代以降はジッパー付きの包装になった。
そこで気になるのはやっぱりあの「パッケージでスポーツしている人」である。
小川さん:
食事だけでなく、身体を動かして元気に過ごしてほしい、というのもブランドコンセプトとしてあるんです。
この部分、他の国の製品だと違う競技だったりするんですよ。その国々で人気のあるスポーツや時代に合わせて絵柄を採用しています。
そうなのだ、「ミロ」を売っているのは日本だけではない。
世界30ヶ国以上で販売され、特に人気があるのはアジア地域だそう。子どもだけでなく、大人も日常的に飲んでいるという。
小川さん:
マレーシアやシンガポールでは「国民的飲み物」になっていますね。缶や紙パックに入った飲料もありますし、シリアルやアイスクリームにもなっています。マクドナルドでもコーヒーに並んでミロがあるんですよ。
ビックマックとポテトとミロのセットが頼めちゃう。ファンタの位置にいる「ミロ」、いちど現地で見てみたい。
ところで、「ミロ」を作るときに分量を気にしたことはあるだろうか。
なんとなくスプーンですくって、牛乳をドバー、くらいのざっくり感で作っている人も多いだろう。多いんじゃないかな。多いよね(自分と同じ仲間を探す目)。
実はパッケージには「大さじすりきり2杯に牛乳150ml」としっかり書いてあるのだけど、小川さんは「お客様相談室やSNS上で『どのくらいが適量なのかわからない』という声もありまして」と言う。
小川さん:
そこで、2020年9月に新しく「スティックタイプ」を出しました。1杯分がスティックに入ってまして、これに牛乳150mlを注げば適量の「ミロ」ができあがります。
開封してみて驚いたのだけど、1杯分の袋が大きい。一般的なスティックコーヒーの2杯くらいの幅がある。
あれ、これひょっとして、思っていた以上に「正確な分量”ミロ”」は濃いんじゃないだろうか……?
うちの娘にも飲ませてみたところ、「底のほうに残ったやつをずっと飲んでいる感じ」と言われてしまった。ごめんね。それが正しい分量みたい。
ということは……。我が家の「ミロ」では、想定されている栄養が摂れてなかったということになりますか……?
小川さん:
厳密にはそうなりますが……。濃さにも好みがありますし、一杯一杯厳密に計量していただかなくても大丈夫です(笑)。スティックタイプなら計量の手間が省けますよ、ということで。
「メーカー推奨の味」の濃さにうろたえてしまったが、そういえばこの「味」や「中身」って、日本での販売開始から今まで変わっていたりするのだろうか?
小川さん:
基本的なコンセプトは変えていませんが、栄養素は時代に合わせた形で調整しています。日本で販売されている「ミロ」の栄養成分は、5年ごとに改訂される厚生労働省の「日本人の食事摂取基準」も参考にしながら作られています。
基準が変われば「日本人の子どもに必要な栄養」も変わる。そして「ミロ」も変わるのだ。「子どものため」というコンセプトはずっとブレていない。
しかし、その「子どものため」が、逆に危機感にもつながっていたという。少子高齢化だ。
子どもの数が減ってしまったら、単純に売上が減っちゃう。どうしよう。
小川さん:
「ミロ」を飲んで育った世代が、ちょうど子育て世代でもあるんです。そこに着目して、かなり以前から「親子飲用」を推奨していました。
「ミロ」に含まれる鉄・カルシウム・ビタミンDは食事だけでは摂りづらいので、大人にもオススメなんですね。そこをずっとプロモーションしていたんです。そうしたら……。
2020年夏。思ってもない方向から、とんでもないビックウェーブが来た。SNSを発端に、若い女性のあいだで「ミロ」がバズったのだ。
2020年7月、「”ミロ”を飲み始めてから朝起きられるようになった」「貧血が軽くなった」というツイートが若い女性を中心に拡散された。
「ミロ」には鉄が一杯あたり3.2g含まれていて、これが「女性が不足しがちな量を補える」と話題になったのだ。
得体の知れない健康食品ではなく、「ミロ」という誰しも馴染みのある食品だったため、「久しぶりに飲んでみよ」といった再評価の波も到来。「#ミロ活」というハッシュタグまで生まれた。
このブーム、ネスレさんが仕掛けたわけではないという。
小川さん:
率直に言うとびっくりしました。「#ミロ活」も弊社が作った言葉ではないんですよ。最初は「話題になってるね」と喜んでいたんですが、想定をはるかに超えてきてしまって……。
思いもよらぬブームで、店頭からどんどん「ミロ」が消え去っていく。
9月末には主力の240g袋タイプが一時販売休止に。11月16日に販売再開をするも、約半月後の12月8日にはスティックタイプを含めた全製品の販売休止を決める。
小川さん:
11月には十分な量を用意して販売を再開したつもりだったんですが、前年比7倍を超えるペースの想定を遥かに超えるご注文が続いたんです。急増した需要に対応できる在庫をしっかり確保するため、2021年2月末まで販売休止としました。
一方そのころ、シンガポールでは。
小川さん:
実は日本向けの「ミロ」は、中身の粉末をシンガポールの工場で生産しています。それを輸入し、日本の工場でパッケージへの詰め替えを行っているんです。「ミロ」を増産するには、シンガポールの生産体制を整えなくてはなりませんでした。
シンガポールの工場では、いろんな国向けの「ミロ」が作られている。日本向け「ミロ」が日本の栄養基準に沿って作られているように、各国で「ミロ」の中身は異なるので、製造ラインも別々だ。
ということは、日本向けの「ミロ」を増やしたかったら、他の国向け「ミロ」の人たちに「オラに製造ラインを分けてくれ!」とお願いしないといけない……!
小川さん:
なるべく多くの日本向けの「ミロ」を製造していただけるよう、調整しました。また、国内でも詰め替え・充填をする協力工場を増やしまして、なんとか在庫を確保しました。
3月1日の販売再開後、供給は安定しているという。なにより。
僕がスーパーを回って「ミロ」を訪ね歩いていたころ、海を越えた先では「ミロ」の増産に駆け回っている人がいた。働く人に思いを馳せよう。
まだ気になることがある。ネスレの公式レシピサイト「ネスレ バランスレシピ」では、さまざまな「”ミロ”のアレンジレシピ」が掲載されているのだ。
この開発はどなたが……?
小川さん:
管理栄養士の資格を持った社員がいまして、その人間が監修しています。現在56種類の「ミロ」メニューがありまして、はじめは「牛乳の代わりに豆乳を使う」といった飲み方のアレンジからスタートしていただければ。
小川さん曰く「”ミロ”はヨーグルトと混ぜるとラッシーみたいなる」そう。オススメは朝食でもたまに作る「“ミロ”パンケーキ」。
小川さん:
フレンチトーストやパンケーキを作るときに、「ミロ」を大さじ1~2杯入れると簡単に「ミロ」味になりますよ。粉末なので、ココアの代わりに使ってもらえればお菓子作りにも使いやすいです。
オーストラリアで「子どものために」と生まれた「ミロ」。少子化になるぞどうしよう、親御さんも飲んでもらえませんかと心配していたら、思わぬかたちで若い世代に届いた。
その世代が親になって、その子どもがまた「ミロ」を飲んで……となったら、ずっと「ミロ」ループが回ってしまう。もう安泰ではないか。
小川さん:
弊社の思いとしても、一過性のブームで終わらずに、定着してもらえることを願っています。「ミロ」の良さを改めて知っていただいたので、ぜひ今後も続けて飲んでいただきたいですね。
取材後、ネスレバランスレシピを眺めていたら、「“ミロ”クラッシュ」というレシピを見つけた。
作り方は簡単。「ミロ」を温かい牛乳で溶き、粗熱を取って、製氷皿で冷やす。できあがり。
……これ、僕が子どものころ「チョコレートにならないかな」と試したやつとほぼ同じじゃないか……!
「ミロ」の輪廻がここでも回っている。未来永劫我々は「ミロ」を飲み続けてしまうのかもしれない。
取材協力:ネスレ日本株式会社
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