推し手は古賀、聞き手としてウェブマスターの林さんと、編集部の安藤さんにおつきあいいただいております。では、どうぞ!
ネガティブをネガティブなままポップに描く
推しポイント
冒頭一文に忘れられない強さがある。共感が一切ないというタイプのキャッチーが成立するのかとおどろかされた。
ウェブ記事の執筆姿勢としてポジティブが圧倒的優勢のいま、地肩の強さでネガティブをネガティブなままポップに描く佐伯さんの才能が示される1本。
古賀:
本文冒頭、まず大前提として、「腹が減って、だからどうした。という感情がある」って書いてあって。
古賀:
食べ物の記事はふつう食べることが好きで、とか、あれが食べたい、これが食べたいっていう気持ちからはじまることが多いはずなんです。でもこの記事は、食べることに後ろ向きなグルメガイドなんですよね。
「腹が減って、だからどうした」って共感が得づらい発想じゃないですか。共感がないのがキャッチーであることに私はびっくりして。 空腹に対して、アンサーが「食べる」じゃないんですよね、佐伯さんは。
安藤:
「だからどうした」なんだ。
古賀:
感情が意外というか、態度がすごくユニークで、自分のそういうところに気づくのは本当に大事だよなと。
林:
うんうん。
古賀:
デイリーポータルは態度の面白み、みたいなものをずっと提示してると思うんですよ。人は油断すると感情を既定の文脈に頼って表現するけど、実感ってかなりユニークなものなんですよね。
安藤:
ただの美味しかったレトルトおかゆトップテンじゃない。なるほどなるほど。
林:
全部、あと全員がポジティブってことないですもんね。
古賀:
そうなんですよね。忘れがちですよね。
林:
そうですよねえ。
古賀:
みんな選ぶ感情がポジティブにかなり寄ってて。確かにネガティブを描くことは難しい。でも、佐伯さんはそれができる。
安藤:
卑屈でもないネガティブですよね。
林:
これが書ける人がいたらサイトは全然これからもずっと安泰ですよ。ネガティブは偽ると書けないですからね。
安藤:
ビジネスネガティブじゃない生粋のネガティブなんだ。なるほどな。
タブーを侵すという種類の企画性
推しポイント
「まるごと食べる」というとくべつ企画のなかの1本。
江ノ島くんに依頼したら、「本来は人にわけるものの代名詞であるおみやげを、全部ひとりで食べる」という、言ってみればタブーを侵すという切り口を打ち出してきた。企画のハックであり食への野心を感じた。
ほんものの食いしん坊そのものを濃く抽出した記事だった。
安藤:
この記事に悩んだんだよな。僕もこれ大好きです。
古賀:
これがすごいのは、「丸ごと食べる」っていう企画の中の1本だってところなんです。
江ノ島くんに依頼したら、本来人に分けるものの代名詞であるお土産を全部1人で食べたいと言い出した。
安藤:
そう、人にあげたくないって言ったんですよ。
古賀:
タブーを犯す方向で企画を攻めてきたわけです。ただ丸ごと食べるじゃない、人の分まで食べるんだ、俺はずっと食べたかったんだって。本物の食いしん坊であるところを見せてくれたんですよ。
林:
この記事おもしろかった。仙台まで行かなくても書けるっちゃあ書けるんだよね。それに後半、明らかに多すぎて飽きてる。
古賀:
1箱5個の売ってんのに、たくさん食べたいから、今日は人の分まで食べられるからって16個入り買って飽きる。ここに人間がいますよね。
林:
交換の文化をまだ知らない人間ですね。
古賀:
とくべつ企画は「丸ごと食べる」です! って企画のミットを構えた時に投げられた豪速の変化球ですよね。想像を変な角度で超えてきた。
短い数分の、スローモーションのような濃密
推しポイント
マイメロに会った、その短い数分だけスローモーションになったように感情も文字量も濃密になるのがいい。
人間は一定の時間を流れるように生きているのではない、時間が絶対的な概念ではないことがこんなにも伝わる。
古賀:
この記事はハーモニーランドに行った日の1日のことを、時系列で精密に書いてるんです。
林:
途中で犬がいたり、牛がいたりね。
古賀:
そうそう。で、そんななかで、マイメロディに会った数秒が濃密に書いてある。時間の流れがそこだけ違うんですよ。
林:
ジャンプ漫画だ。数秒のことで1話描く。
古賀:
時間が絶対的な概念ではないことがびしびし伝わります。
安藤:
時間というのは相対的なものですね。
古賀:
窪田さんは宗教の世界の人だから、その世界観が文章に冴えわたって広がっていて、単純にそこにマイメロディが自然に合致していて、そこもいい。
インドでは敬意を表すために、相手の目の前にひざまずいて足元の塵をいただいて自分の頭に乗せるという風習があると本で読んだことがある。
それを反射的に実践していた。
生活のうえでつかんだ機微をレポートする
推しポイント
ベローチェなのになんで朝並んでるんだろう?
こういう生活のちょっとした気づきを、エッセイではなく企画記事、レポート記事として紹介できるのはデイリーポータルZならではだと思う。表現方法そのものがここにある。タイトルを「レナードの朝」にしたのが石井さんらしい。
古賀:
こういう生活の機微をエッセイじゃなくレポート記事として落とし込めるっていうのはデイリーポータルZならではですよね。そして謎にタイトルが「レナードの朝」みたい。
安藤:
そうそうそう。
林:
被ってんの、「ー」だけですもんね。
古賀:
行列に対する気持ちの高まりが文章化されているのもさすがです。ちょっとした気になりがひとりの中で時間をかけて着実に育っていく、というのはすごく個人的で文学的な体験だと思うんですよ。
林:
なんでも記事になるんですよね。
失ったものの大きさゆえに切実にやりきった
推しポイント
「コロナ禍で失われ時間を取り戻す」は、2023年に私たちに等しく訪れた青春でした。
それを、失ったものの大きさゆえに切実にやりきった日の記録。取戻しぶりがほんとうに頼もしい。(もちろん悔しさは残れども)人はこんなにしっかりと失ったものを取り戻すことはちょっとできないですよね。
勉学に対するてらいない積極性もすごくよかった。
古賀:
2023年はコロナ禍で失われた時間を取り戻すっていう、多くの人が一斉に迎えた青春でした。
安藤:
そうですね
古賀:
それをまさに象徴した記事でしたは悔しい思いはもちろん詰まっているけれど、ものすごくさわやかで。
古賀:
あと、私がとにかく勉強がきらいな若者だったから、唐沢さんの、留学とか研究とか、学問へのまじりっけのないポジティブな感情が興味深くって。
林:
古賀さんの留学へのネガティブさすごいですもんね。早く帰りたくてカレンダーに×印付けてたって刑務所みたいな話ありましたもんね。
古賀:
ははは。そうそう、ルームメイトに英語のできなさを叱られに叱られました。だからこの記事は本当に心があらわれました。