料理に若干の不安があるひと
手料理を食わせてくれ……そんな虫の良い頼みを聞いてくれたのが、デイリーポータルZウェブマスターの林さんと、ライターのきだてさん。
そして、食べさせてもらうだけでは申し訳ないので、ぼくも作ることにした。
左から、きだて、西村、林。大丈夫かなこれ
ライターのきだてさんは、ただイロモノ文房具を集めているだけのひとではない。記事を見ているとよくわかるが、手先が器用で、料理を作らせてもなかなかこなれたものを作るのだ。
つづいて、わたくしライター西村。料理はあまりしないのだが、レシピを見ればいちおう食べられるものは作れると自負はしている。
そして、デイリーポータルZウェブマスターの林さん。林さんは最近、家で料理をすることが多いという。たしかに、SNSでたまに林さんの料理の写真を見かけることがある。
ふだん、料理をどれだけ作っているのかはともかく「これ、店で出せるよー」ってほめてもらったことがある料理をみんなで作ってみんなで食べよう。そういう趣向である。
ガスコンロに火を付けるのがこわい
家庭科室みたいなキッチン
撮影は、コミュニティセンターの家庭科室みたいなところを借り切って行なった。建物が古いので、設備も年季が入ったものとなっている。
ガスコンロも、チャッカマンで着火するタイプで、とうぜん、ガスコンロに直に火をつけるなんてここ30年以上してないから勘所がわからずにオタオタしてしまう。
危険物取扱の免状持っていたので、ガス爆発の恐ろしさは知っている
さっと間に入って火をつけるきだてさん
手こずるぼくを見て、さっと間に入り着火してくれるきだてさん。ジェントルマンである。チャッカマン持ってるけど。
さて、まずはそれぞれ何を作るのか、材料をみせてもらった。まずはきだてさん。
きだてさんの材料、本格的だ! たのしみ!
きだてさんは、豚バラと干しイチヂク、そして赤ワイン。これは確実にうまい。材料みただけでわかる。豚バラと干しイチヂクの赤ワイン蒸しというらしい。今まで、2回作って、2回ともウケけたという。ぼくらも早くウケけたい。
つづいて、ぼくの材料はこちら。
西村の材料です、料理する気あるんか
てめえ、料理するきあるんかと、おしかりをいただきそうな感じで申し訳ないのだが、永谷園のお茶漬けである。いや、ナット昆布茶漬けと呼んでいただきたい。
でも、ナット昆布茶漬けほんとにおいしいんです。ナット昆布があるときの昼飯はずっとこれなんです。
妻に食べてもらって「これ店で出してもいいぐらいおいしいでしょう?」と聞いたところ「まあ、そうだね」と同意してもらえたので「店で出せるよ!」とほめられたということさせていただきたい。
なお「ナット昆布」に関しては、後ほどご説明差し上げますので、しばしお待ちいただきたい。
さて、デイリーポータルZウェブマスターの林さんはこちら。
めんつゆということはに煮付けか
めんつゆとしらたきとさといも、玉ねぎ、そしてちくわ。
林さんになに作るんですかときいたところ「肉とじゃがなしの肉じゃが」だという。「肉とじゃがなしの肉じゃが」……それってもはや料理というよりも哲学のテーマではないだろうか?
人はいったいなにをもって人たりえるのか? 意識がなくても心臓が動いていれば人なのか? みたいな。
とはいえ、もちろん「店で出せるよ!」と、ほめられた料理のはずだ。誰にどんなふうにほめられたのかきいてみた。
すると「言われたことはない」という。
「言われたことはないね」「趣旨……」
いや、いいんです。
いいんですよ、言われたことなくても。おいしいそうだし。林さんの「肉とじゃがなしの肉じゃが」は、ぼくらが最初に「店で出せるよ!」って言えばいいんです。まったく問題ない。
そう、言い聞かせて進めたい。
各自調理スタート
調理が始まった。すでに、2回も人にふるまったことがあるきだてさんの手際はよい。豚バラを炒めて、赤ワインで煮込む……。
肉を炒める、もうこのままでも食べたい
豚バラのかたまりがうまそうになっていく
まさに料理を目の当たりした思いである。「料理」とはこういうものだという料理っぷりである。
他方、ぼくと言えば、米をといで炊飯器にかけただけである。
申し訳ないけれど、これで調理はほぼ終了です
お茶漬けだって、料亭で出されるでしょう。立派な料理だ。と、いいたい。
そして、哲学を作る林さんは、玉ねぎを切っていた。
繊維と垂直だ
肉とじゃがのない肉じゃが、メインは玉ねぎ、しらたき、ちくわ、さといも。なんですよね。おいしそうじゃないですか。というと、林さんはボソッと
「これどうすりゃいいんですかね」とつぶやいた。
「え、どうするかって、そのめんつゆで煮込むんですよね?」
だいじょうぶだろうか。
たまねぎとしらたきがどっさり入った
それからしばらくすると、しらたきと玉ねぎがどっさり入った、肉とじゃがなし肉じゃがができつつあったので、とりあえず安心していいかもしれない。
古新聞を発見
料理ができるまでしばらく時間ができた。
この調理室、置いてある食器類は自由に使っていいのだが、部屋の後ろにあった備品の皿を包んでいる新聞がやたら古いことに気づいた。
古新聞も大好物なんです
古新聞も、寿司や焼肉ぐらい大好物であるので、ちょっと広げてみてみた。
広末涼子が早稲田受験したときのやつだ!
1998年……
おサイフいっぱいクイズQQQのQ……
1998年11月23日。偶然にも、撮影を行なった日は2016年11月23日。
なんとちょうど18年前。おもわず、こういうことってある? と、思ったが本当にどうでもいい偶然だな、これ。
料理が完成
さて、古新聞なんかを鑑賞するうちに、料理が完成した。
わざとらしく驚くぐらいうまそう
うまそうな小豆色になった
どうですかこれ
みためは完全に山賊のごちそうみたいだが、ほんのり甘い香りがするのだ。これは絶対うまい。
林さんの肉とじゃがの入ってない肉じゃがも完成した。
しらたきが、これでもかと入った肉とじゃがの入ってない肉じゃが
里芋とちくわのたいたん、うまそうですよ
林さんは、なぜか二品も完成させていた。みためもにおいも、ものすごくうまそうだ。
気合の入った料理が並ぶ中、ぼくのお茶漬けをまず食べてもらうことにした。
ぼくのお茶漬けは、調理は簡単だ
ご飯に、お茶漬けのもと、チューブのねり梅、そして「ナット昆布」である。
「ナット昆布」は、青森県で売られている乾燥昆布の粉末だ。
粉薬みたいな小分けの袋に入っている
袋の裏面の能書きがたまらない。「子供さんは大喜び」「皆んな つるつる うゝん うまい」「南極越冬隊食品として採用されております」など、不思議な魅力がある
お茶漬けに、このナット昆布をふりかけ、お湯をかければ完成である。
はい、できた
ナット昆布は、水分を含むと、とろみがでてくる。納豆が入っているわけではない。100%昆布である。
実食
そもそも、永谷園のお茶漬けのもとがうまいから、うまいのは当たり前なのだが、ナット昆布とねり梅というアクセントが利いている……。ということにしていただきたい。
林さんは「うまくて人んちの感じがする」という。
お茶漬けのもとを使ったのがまずかったのか、やはり人んち感があるのはみとめざるをえない。
ただ、普通のお茶漬けが380円、ナット昆布茶漬けが480円ぐらいならスナックのメニューであってもおかしくはない。ということにはなった。
どう評価していいのか政治的に難しい煮物
続いて試食したのは林さんの煮物二品。
煮物二品
みためのうまさは完璧である。はたして味はどうなのか。
いただきます
しらたきをひとつとりあげ、口に入れる……。
ここで、立場の説明をしておきたい。
煮物を作ってくれた林さんは、デイリーポータルZのウェブマスターだ。
そして、ぼくと、きだてさんは、デイリーポータルZから原稿の発注を受けて、原稿を納品しているフリーのライター。つまり、林さんは取引先であり、お得意様でもある。
この状況を端的に言い表すと、ぼくたちは、取引先のえらい人に、わざわざ手料理をふるまってもらった。という状況になっている。
もちろん、嘘はつきたくない。しかし、今後も継続的に業務を受注したいと考えるこちらの政治的な思惑から、さまざまな言葉を駆使して、本当のことをやんわり伝えたい。
おそらく、この葛藤は、ぼくだけでなく、きだてさんにもあったはずだ。
んー
そしてぼくが絞り出した言葉は「味濃い……」だった。
いや、食べられないほどしょっぱい! というわけではないのだ。ちゃんとおいしい。里芋なんかは味がちょうどいいのだ。
長野あたりの山村の郷土料理だといわれれば「なるほど」と納得してしまうラインである。
この状況で「ごはんが欲しくなる味、煮溶けた玉ねぎは完全にごはん用」と評したきだてさんは一枚上手というほかない。
そのあと、ぼくが「味濃いの好きだから」とか言いつくろっても、最初の「味濃い……」は完全に失言のような形になってしまった。
しらたきと煮崩れた玉ねぎは、豆腐にのせて480円なら、居酒屋のメニューにあってもいい、というところに落ち着いた。
コケティッシュな肉
ンマー
うまい。じんわりうまい。立場をわきまえたりしなくてもいい素直なうまさ。
ワインの酸味とイチジクの甘みがふんわりのこっており、肉のうまみがじんわりしみる。油っこさがワインの酸味とイチジクの甘さできにならない。
林さんは「食べたことがない味がする」という。たしかに豚肉に干しイチジク挟んでワインで煮るなんて、普通に生きてたら絶対やらない。
また、厚く切ってるからか、肉を噛んだ時のモリモリモリという独特の食感もおもしろい。
店でこれが1800円ぐらいで出てきたらめちゃめちゃお得だ。デパ地下なら、3切れぐらいパックされたものが500円とか売ってそうでもある。
検討の結果、イタリアンレストランで、パスタとサラダとこの肉のセットで2380円でお願いします。ということになった。
ひとに食べてもらうのはドキドキする
手料理をひとに食べてもらうのは、自分の感性が審判されるようでドキドキする。
しかし、自分がうまいとおもっているものをひとはどうおもうのか? という反応をみるのは、なんだか根源的な楽しさがあるような気がする。
文章や映像、音声はインターネットを介して他人に伝えることがたやすくなった。
しかし、味覚はそういうわけにはいかない。
たまにはこうやって集まって、手料理を食べてもらう機会はあったほうがいいかもしれない。