軽い冗談が自分の首を絞めるまで
メルメクスという会社が、見積り額から追加費用が発生したら全額返金、というあたらしい家族葬のサービスを提供している。今回はそのメルメクスとのコラボ企画なのである。


家族葬の、見積もりを、ください。

あたらしい見積もりサービス、ということで調べてみると、福島県に三森峠というのがあるじゃないか。いきおい企画書を作ってメルメクスの担当者森さんに持って行った。
「みつもり峠で見積もりを取ったら面白いんじゃないでしょうか。」
「いいですね!(メルメクス森)」
まあ軽い冗談というか、盛り上げ案である。こういうネタで場をなごませておいて本題に入るのだ。しかし本題の中にインパクトでこれに勝るものがなかったようで、このままこれに決まった。策に溺れる、というやつだ。
「みつもり峠で見積もりを取ったら面白いんじゃないでしょうか。」
「いいですね!(メルメクス森)」
まあ軽い冗談というか、盛り上げ案である。こういうネタで場をなごませておいて本題に入るのだ。しかし本題の中にインパクトでこれに勝るものがなかったようで、このままこれに決まった。策に溺れる、というやつだ。


おまえがわるい。

言い出したのおれだし、責任とって行ってくるか、三森峠。
と行き方を調べるためインターネットで検索したところ、おそるべき事実を知る。
みなさんもよかったら検索してみてほしい。まず何が出るだろうか。
三森峠、心霊スポット
である。もうだめだ。
と行き方を調べるためインターネットで検索したところ、おそるべき事実を知る。
みなさんもよかったら検索してみてほしい。まず何が出るだろうか。
三森峠、心霊スポット
である。もうだめだ。


お、おばけ……。

三森峠、有名な心霊スポットでした
ここ三森峠は数年前に廃道となっており、いまでは峠の入口部分と、お化けが出る、という噂だけが残った。
さらにいうとこの三森峠、「みつもりとうげ」ではなく「さんもりとうげ」だった。わーい。これは別案で行くしかないよね、お化けも怖いし。幸いなことに同じ福島県内に「三森山(みつもりやま)」というハイキングにもってこいの山があるらしいので、そちらで案を立て直してメルメクスに持って行った。
そうしたら担当の森さんは言うんだ。
「でも峠の方がいいんじゃないですかね。心霊スポットということで、弊社のサービスとも親和性が高いし。」
ここでいう「弊社のサービス」というのはメルメクスの家族葬である。まあ確かに親和性高い。
さらにいうとこの三森峠、「みつもりとうげ」ではなく「さんもりとうげ」だった。わーい。これは別案で行くしかないよね、お化けも怖いし。幸いなことに同じ福島県内に「三森山(みつもりやま)」というハイキングにもってこいの山があるらしいので、そちらで案を立て直してメルメクスに持って行った。
そうしたら担当の森さんは言うんだ。
「でも峠の方がいいんじゃないですかね。心霊スポットということで、弊社のサービスとも親和性が高いし。」
ここでいう「弊社のサービス」というのはメルメクスの家族葬である。まあ確かに親和性高い。


大切なのはあちらの世界との親和性の高さ。

というわけで僕はいま福島県の三森峠からメルメクスに電話して見積もりを取っているわけです。せめてみんなが返ってくる前にと、お盆より前に取材を決行させてもらったのが救いである。
もしもし、もしもーし。
もしもし、もしもーし。

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新幹線で民話の里へ
問題の三森峠は福島県郡山市にある。世間ではちょうどお盆休みにさしかかろうとしている頃だったので新幹線は満席だった。


新幹線でびゅーんと行けるから手軽です。

心霊スポットへの取材は日が高いうちにすべてを終わらせる必要がある。
峠まで行って登って見積もり取って、降りてくるまで、僕のみつもりでは最低4時間、へたすると6時間ほどかかると見ている。余裕を持って始発でやってきたのだけれど、高い木々が茂る山中の林道はほの暗く、しっとりとした湿度がまとわりついてくる。
峠まで行って登って見積もり取って、降りてくるまで、僕のみつもりでは最低4時間、へたすると6時間ほどかかると見ている。余裕を持って始発でやってきたのだけれど、高い木々が茂る山中の林道はほの暗く、しっとりとした湿度がまとわりついてくる。


三森峠へと向かう途中で見つけた看板。このあたりには埋蔵金伝説が残っているらしい。

このあたりに伝わる民話マップにも三森峠は載っていた。


いい絵だ。


あった、三森峠。

地図上、三森峠はすぐに見つけることができたのだけれど、気になるのは周辺の恐ろしさである。「餅と亡者」はきっと昔話かなにかだろう、それより「御霊櫃峠(ごれいびつとうげ)」がひっかかり、調べてみたらやはり心霊スポットだった。
他にもこのあたり、やばいくらいに怖い話が多い。
他にもこのあたり、やばいくらいに怖い話が多い。


沼には鬼が出るわ


梁の上には幽霊が出る。懐には女が入ってくる。

かんべんしてほしい。
前にもイベントの企画で墓場でビンゴ大会をやったことがあるのだけれど、撮影を終えて帰ってきた僕を見て、「見えちゃう」人がおびえていた、という話を聞いた。冗談が通じないのだ彼らには。
しかしここまで来たら取材せずに帰るわけにもいかないだろう。問題の三森峠はもうすぐそこである。
前にもイベントの企画で墓場でビンゴ大会をやったことがあるのだけれど、撮影を終えて帰ってきた僕を見て、「見えちゃう」人がおびえていた、という話を聞いた。冗談が通じないのだ彼らには。
しかしここまで来たら取材せずに帰るわけにもいかないだろう。問題の三森峠はもうすぐそこである。


はいここです。

三森峠は旧道の名称で、1992年に新しく三森トンネルが完成してからは人が通ることもなくなり、福島県による廃道化の工事も行われ、いまでは山の中になんとなく痕跡が残っているのみとなっているらしい。


トンネルができたおかげで怖い道を通らなくてすむようになったわけです。

しかしこの旧道の三森峠は入口の部分がまだ残っている。途中まで四輪駆動車ならば入っていけそうなくらい幅のあるしっかりとした道だった。


まっすぐ行くと新しくできたトンネル、左に入ると旧道、旧三森峠。


僕は左に入ります。

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君子ではないので、危うきに近づく
僕は山の中を走るトレイルランニングという競技にかぶれているので、山に入ること自体は正直さほど苦ではない。むしろうれしいくらいである。


ただしお化けは苦手なんだ。

ただ、お化けが本当に苦手なのだ。たまに家に一人になったときとか、冷蔵庫から出したペットボトルが温度差でベコッて鳴るだけで飛び上がる。
いつからこんなにお化けが怖くなったのかと考えてみたのだけれど、子どもの頃はそんなでもなかったような気がする。大人になってたくさんの人と会い、いろんな話を聞いて徐々に怖くなってきたのだ。
お化けの話をする人って怖がらせるように話を作りこんでくるだろう。あれいらないから結論だけ先に教えてほしいんだ。出たのか、出なかったのか。出なかったのならば安心して聞くし、出たんだったら席を外すから。
三森峠にもどる。
いつからこんなにお化けが怖くなったのかと考えてみたのだけれど、子どもの頃はそんなでもなかったような気がする。大人になってたくさんの人と会い、いろんな話を聞いて徐々に怖くなってきたのだ。
お化けの話をする人って怖がらせるように話を作りこんでくるだろう。あれいらないから結論だけ先に教えてほしいんだ。出たのか、出なかったのか。出なかったのならば安心して聞くし、出たんだったら席を外すから。
三森峠にもどる。


何かでかい動物の足跡。

三森峠は入って50メートルほどでぐっと右にカーブして、その後道らしきものがなくなった。森の入り口現世の出口である。
頭上を見るとトンボとか蜂なんかがぶんぶん羽音を鳴らしながら「ここはおれたちの領域だぞ」と主張している。地面にはところどころに掘り返された跡が。これはきっとイノシシかなにかだろう。
あまり深掘りするとまずい(お化け的な部分も)と思ったので、曲がる手前、まだ後方に入口が見えることを確認しながら見積もりをもらうべくメルメクスに電話してみた。ここだって十分に三森峠だからいいじゃんか。
頭上を見るとトンボとか蜂なんかがぶんぶん羽音を鳴らしながら「ここはおれたちの領域だぞ」と主張している。地面にはところどころに掘り返された跡が。これはきっとイノシシかなにかだろう。
あまり深掘りするとまずい(お化け的な部分も)と思ったので、曲がる手前、まだ後方に入口が見えることを確認しながら見積もりをもらうべくメルメクスに電話してみた。ここだって十分に三森峠だからいいじゃんか。


もしもし!森さん、もしもーし。

しかしここは山中、ほんらい人が来るような場所ではない。


したがって圏外。

すぐ下の県道沿いでは確かにつながっていた携帯が、三森峠の旧道に足を踏み入れた瞬間に圏外になった。そんなきっぱり切り分けなくてもいいのにと思う。霊の仕業じゃないことを祈る。
しかしここまで来てこれで終わるわけにもいかず、もう少し峠を進んでみることにした。すごい責任感の強い男である。
しかしここまで来てこれで終わるわけにもいかず、もう少し峠を進んでみることにした。すごい責任感の強い男である。


おそらく登山道を示す印。

道はすでにないが、たまに木にリボンが結んであったりペンキで印がつけられていたりするので、それを見落とさないよう、慎重に山道を登る。


わりと本気で急こう配。

顔の周りで飛び回る蚊の羽音を振り切ってしまうと、周りは急に静寂で満たされる。足音と遠くの方に鳥の鳴き声しかしない。茂みをかき分ける音がどこかに反射して少し遅れて返ってくる。ザッザッザッザ。僕がとまると少し遅れて足音も止まる。


静かだ。


神様、話し相手をください。

帰り道をぜったい見失わないよう、途中途中で写真を撮りながら歩いた。でもそんな心配も必要ないくらい、ピンクのリボンが道を示してくれた。


10メートル間隔くらいに結んであるので安心です。


先を見ると、このくらいの感覚で目印がある。

すべてのものが怖く見える
と、その時である。
取材班(ひとり)の目の前に大蛇が現れた!危ない!
取材班(ひとり)の目の前に大蛇が現れた!危ない!


と思ったら木。

これを見てもわかるように、お化けなんてしょせん人の想像力が作り出したものである。寝ぼけた人が見間違えたんである。


ここから先行くな、と言っている気がする倒木。


それを超えて峠を登る。

三森峠でみつもりをもらう
30分ほど登っただろうか。視界が開けることもなく、かといってこれ以上山が深くなるわけでもない。淡々と同じ景色が続く。GPSを見ると旧三森峠を外れつつ戻りつつ、なんとなく間違えずに進んでいることがわかる。
もうきっとずっとこんな感じなんだろう。ようするにここが三森峠なのだ。
こうなったらあとは見積もりを取るだけだ。終わったらラーメン食べて帰ろう。
メルメクスに電話した。
もうきっとずっとこんな感じなんだろう。ようするにここが三森峠なのだ。
こうなったらあとは見積もりを取るだけだ。終わったらラーメン食べて帰ろう。
メルメクスに電話した。


出てくれ、森さん、出てくれ!


圏外。


……。

携帯は依然として圏外だった。お化けのいない涼しいオフィスにいる担当営業橋本から「生きてますか」というメッセージが届いていたが腹が立ったので無視した。
その時である
その時である


後ろからものすごい気配がするのだ。

おそるおそる振り返ると


人がさかさまに埋まっていた。


ぎゃー。

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無事見積もりをもらう


もしもし、メルメクスの森さんですか。

安藤「もしもし、森さんですか。」
森「お疲れ様です、いま山ですか。」
森「お疲れ様です、いま山ですか。」


森さん。



「はい、あ、いえ。山から電話したんですが、電波がなくてですね、いま下山してかけています。」



「そうなんですね、少し残念です。」



「すみません。そんなことより森さん、家族葬のお見積りを頂きたいんですが。いや、だれが亡くなったわけでもないんですが、そういう企画なので今回。」



「そうでしたね、どういった式をご希望ですか。」



「たとえば一番シンプルなプランだとどうでしょう。シンプルだけどあとで化けて出られない程度にしっかりとしたプランを。」




「いいですね、ではそれで。」



「コンビニでお支払いもできます。」



「このへんコンビニないんですけど、それでいいです。」




「そんなことないですよ。でも明るいうちに帰りたい気持ちはあります。」

※実際にお見積りをもらうときには森さんにではなくコールセンターに電話してください。


猪苗代湖は電波も入るしいいところでした。

山の中、三森峠では携帯の電波が通じなかったため、山を下りてから森さんに電話をして見積もりをお願いした。そういう意味ではもはや三森峠でみつもりをもらったことにならないのではないか。
そんな思いもよぎったが、強い心で見て見ぬふりをした。なんならタイトルを「三森峠でみつもりを取ろうとした」に変えてもいいから、その代りもう一度心霊スポットに行くのだけは避けたい。
そんな思いもよぎったが、強い心で見て見ぬふりをした。なんならタイトルを「三森峠でみつもりを取ろうとした」に変えてもいいから、その代りもう一度心霊スポットに行くのだけは避けたい。



お化けはこわい

大人になってからお化けが怖いという話をすると、たいていの人はネタだと思って笑う。
ネタじゃないのだ。この取材で撮ってきた写真はへんなものが写りこんでいたら嫌だなと思って拡大せずに一斉にリサイズした、昼間に。
願わくば今回の取材で僕にお化け的な要素がついてきていないことを祈る。僕は悪くないんです、メルメクスの森さんはいい人なのでそっちに行くといいと思います。
ネタじゃないのだ。この取材で撮ってきた写真はへんなものが写りこんでいたら嫌だなと思って拡大せずに一斉にリサイズした、昼間に。
願わくば今回の取材で僕にお化け的な要素がついてきていないことを祈る。僕は悪くないんです、メルメクスの森さんはいい人なのでそっちに行くといいと思います。


心霊スポットとして名高い三森トンネルにて。ここでクラクションを鳴らすとやばいらしいので絶対に鳴らさなかった。



