八重山や屋久島にもクロギリスが!
というわけで今回はヤンバルクロギリスを紹介したが、実はよく似た昆虫が屋久島と八重山諸島にも分布している。
その名も前者がヤクシマクロギリス、後者がヤエヤマクロギリス。ド直球だ。
どちらもヤンバルクロギリスより少々小さいが、少しずつ風貌が異なりそれぞれに魅力がある。いつかその2種も現地へ観察に行きたいものだ。
いよいよ本格的に秋だ。
いかに沖縄といえど、日が落ちれば肌寒さを覚える。
南国の森からも生物たちの息遣いがいくらか聴こえづらくなってきたこの頃である。
だが、この季節の沖縄だからこそ出会える素敵な大型昆虫がいる。
その名も「ヤンバルクロギリス」だ。
ヤンバルクロギリスの生息地は世界でも沖縄本島にしか生息していない。
さらに言えば、その小さな沖縄本島の中でも北部エリアに広がる山林地帯、通称「やんばる」にしか分布しないというレアモノぶりである。
ある日、何かの拍子にやんばるの森が消えてしまったら、ヤンバルクロギリスは地球上から姿を消すことになる。極端な話だが。
ところで、こうしたある地域にしか分布していない生物のことを当該地域における「固有種」という。
やんばるといえば今年2021年には西表島や奄美諸島と併せてUNESCOが定めるところの世界自然遺産に認定されたことが記憶に新しい。その一因としてはその「固有種」が多数分布していることも挙げられる。
たとえばヤンバルクロギリス以外だとヤンバルクイナやヤンバルテナガコガネ、ハナサキガエルなどもやんばるの「固有種」である。
ヤンバルクイナとヤンバルテナガコガネといえば、近年になって国内で発見された新種の動物として特に有名だ。
前者は1981年に、後者は1984年に記載されたものだが、20世紀末にもなって鳥類や大型甲虫(なんならぶっちぎりで日本最大)の新種が日本国内で見つかるというのは驚くべき事態であり、生物学界隈の一大事件として今なお語りぐさとなっている。
……1995年。
1995年である。ヤンバルクロギリスが新種として記載されたのは、1995年のことなのである。
つい最近もつい最近。先日に解散したV6がデビューしたあの年だ。
テナガコガネやクイナよりも発見が遅い。
しかも、クロギリスだって日本産のコオロギやキリギリスの類の中では最大級の大きさを誇る特大種であり、それがあの岡田准一、坂本昌行らと同年まで日の目を見ずに未デビューであったのは驚くべきことであるはずだ。
なのに、当時から一部界隈を除いてはほとんど話題にはならなかった。クイナやコガネとの扱いの差ときたら!
まあ、あの年は阪神大震災とか地下鉄サリン事件とかいろいろあった年だし、ふつうの人は虫どころでなかったのかもしれないが。
いや、すごいんだよ?ヤンバルクロギリス。略してヤンクロ。ヤンクロまじカッケェから。
というわけで、記載から四半世紀が経った今こそ!小規模ながらこの新顔昆虫の良さを、小規模ながらフィーチャーしてみたい。
さて、冒頭で「秋の沖縄だからこそ」の虫だと述べたが、これはヤンバルクロギリスの特徴的な生態ゆえである。
ヤンクロは割と奥ゆかしい性質で、2年ほどもあるとされる幼虫期間を大きな樹木の洞などに潜んで暮らす。
それが成虫になると、秋頃に這い出して夜の林床や林道上をうろつき始めるのだ。年間を通じてこの季節だけ、手軽にやつらと会えるのだ。
とはいえ手軽なのはあくまで現代の話である。
肌寒い秋の夜のやんばる奥地なんて、近年になって林道が整備されるまでよほどのハードコア連中しか足を踏み入れられなかったであろうから、ヤンバルクロギリスの発見が遅れたのも納得のいく話である。
というわけで、今年も10月下旬にやんばるへ赴いた。
ヤンバルクロギリスの成虫は寿命が短く、11月に入ってさらに気温が落ちると徐々に姿を見せなくなるため、このタイミングが確実に観察するには最後のチャンスかもしれない。
探し方はシンプルで、林道を照らしながらライトひたすら歩くor車でゆっくりと流すのみ。
他の生きものたちを観察しながら気ままに散策していると、やがて前方でピョンと「何か」が跳ねるはずだ。
そう!それこそがヤンバルクロギリス!
体の色が黒いのでアスファルトや土の上にいると馴染んでしまいがちだが、6本の脚が靴下や手袋でも着けたように白く目立つため、動きさえしてくれれば見落とさずに済む。
同じくとび跳ねるカエル類とも紛らわしいが、カエルのように連続して一方向に跳ねることは少なく、一跳躍の距離も短いことで見分けがつく。
視界に捕捉したら、静かにゆっくりと近づき、腰を落とすと逃げられずに観察することができる。
この手の「跳ねる虫」にしてはこのヤンバルクロギリス、なかなか肝が据わっている印象だ。単に鈍いのかもしれないが。
堂々とした態度に似合って、その大きさたるや文句なしに立派である。頭の先からお尻までの長さは大きなものでは4センチを超え、日本産のコオロギやキリギリスの仲間だとトップクラスの大型種だ。
ところで、沖縄には他にもタイワンクツワムシという日本最大級のキリギリス類が分布しているが、こちらはとても立派な翅部分が多分に面積を稼いでいるのだ。お気づきの方もいるだろうが、その一方でヤンバルクロギリスは成虫であっても翅をもたない。
翅を除いた本体(?)部分のみを比較すると、ヤンバルクロギリスの圧勝である。
飛翔に用いる翅をもたないことも「世界でやんばるだけ!」という分布の狭さにいくらか関わっているのだろう。
さらに、翅がないことでボディーがむき出しになってしまっているため他の虫に比べてガードが甘いように見えるが、試しに触れてみるとそれは正しくないとわかる。
翅がない分、背面がカチカチに硬く仕上がっているのだ。つまみ上げてみると、その手触りには甲虫やテナガエビなどに通じるものを感じる。翅を捨てた分、外骨格を厚くできたのだろうか。よくできている。
だが、つまみ上げていると、指をたくましい後脚でバシバシ蹴られてしまう。これがなかなか痛い。
というのも、後脚には大きく鋭いトゲが生えているのである。脚のトゲ事態はこの手の虫には珍しくない特徴だが、ヤンバルクロギリスのそれはとりわけ強大なのだ。
だが、最大の武器はこのトゲではない。強力でいかついアゴこそがやつらのメインウェポンであろう。
ヤンバルクロギリスは雑食性で、昆虫や小動物をその大きなアゴで捕らえ、噛み切って捕食することもあるとされる。
当然、捕縛されればかみついて抵抗してくるわけだが、これがなかなか痛い。うっかり噛まれてしまうと、軽く叫び声が漏れる程度には痛いのだ。皮膚が弱い人は少量ながら出血することもある。
だが、その強面とその攻撃力もまたヤンバルクロギリスの「良さ」であることは間違いない。
ちなみに、翅をもたない本種をして「でっかいカマドウマ」と言い表す人も少なくないが、よくよく観察してみると、体型そのものはカマドウマにはさほど似ていない。
むしろコオロギとキリギリスの中間といった形態をしており、見れば見るほど「お前は誰だ…?」という思いに脳が満たされていく。
果たしてヤンバルクロギリスはコオロギの仲間なのか?キリギリスの仲間なのか?
…答えは「コロギス」の仲間である。
ふざけてんのか?と思われるかもしれないが、本当にコロギスというコオロギともキリギリスともつかない見た目の虫が存在しており、クロギリスの仲間は比較的その一群に近いものとされている。
細かく書くと
キリギリスはバッタ目キリギリス上科キリギリス科に、コオロギはバッタ目コオロギ上科コオロギ科に属す。
一方でヤンバルクロギリスはバッタ目コロギス上科クロギリス科に属す、という具合である。
まあ、ぶっちゃけそんなとこまで気にしなくてもいい。
今日のところは「沖縄のやんばるにはなんかデカくてカッコよくて強くてすごい虫がいて、デビュー年がV6と一緒」ってことだけ、なんとなく覚えてってくださいな。
動画もあるよ。動いてるヤンクロを見てみたい方はぜひ。
というわけで今回はヤンバルクロギリスを紹介したが、実はよく似た昆虫が屋久島と八重山諸島にも分布している。
その名も前者がヤクシマクロギリス、後者がヤエヤマクロギリス。ド直球だ。
どちらもヤンバルクロギリスより少々小さいが、少しずつ風貌が異なりそれぞれに魅力がある。いつかその2種も現地へ観察に行きたいものだ。
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