罵詈雑言辞典
奥山 益朗編 東京堂出版
罵る言葉がたくさん載っている辞典。
「馬鹿」や「こざかしい」といった一般的なものから「権高」(人を見下して傲慢なさま p.111)「表六玉」(愚か者・間抜けな人を嘲る言葉 p.270)など聞き慣れないものまで載っていて、なんというか、ストレートに言うとすげえおもしろい。
なかでも心の印画紙に焼き付けたいと思うのはいま使われなくなった悪い言葉である。
相手を冷やかし罵る言葉。同義の「おひゃる」に「かす」をつけたもの
「あんまり田舎者を馬鹿にして、おひゃらかすもんではない」(p.67)
いつか使いたいと思う反面、いつか言われたら気づかないだろうなという不安もある。
着物の着方のだらしないさま、また振る舞いのだらしない人を罵る言葉。江戸時代からの言葉で、明治・大正時代には使ったが、着物起きる人が減ってから、言葉も消えつつある。
「ロングスカートは、あのぞろっぺえなのが頂けない」
「どうして京子だけが、両親のどちらにも似ずぞろっぺいなのだろう。」(有吉佐和子「恍惚の人」昭和47)
江戸っ子っぽい語感の罵倒語。最近の流行りのビッグサイズはかなりぞろっぺえである。「両親のどちらにも似ずぞろっぺい」という例文に昭和みを感じる。
ぱらぱらめくっていて気づいたのが酔っ払いを罵る言葉のバリエーションの多さだ。
だりむくれ
酔って正体をなくし、へまをしたり、くどくど戯言を言う人を罵る言葉。「だりむくり」とも言う。ぞんざいな江戸語。
「酔っ払って何処へ帰るのか分からないらしい。だりむくれもいい所だ。(p.182)
とっちり頓馬
酒に酔ってぐでんぐでんになった馬鹿者を罵る言葉。(p.211)
「酒に酔ってぐでんぐでんになった馬鹿者」と解説の時点で罵倒語である。
とろっぺき
泥酔してぐでんぐでんになること。また、そのような人を罵る言葉でもある。(p.216)
どろんけん
へべれけに酔っ払うことで、オランダ語のドロンケン(dronken)である。幕末から明治初年に使われた言葉だろう。(p.217)
とろっぺきでトロツキーみたいだなと思ったら、どろんけんは本当にオランダ語だった。ビアバッシュなどと今も外国語で言いたがるが100年前の人も同じだったらしい。分かるよ100年前の人!
当て字・当て読み漢字表現辞典
笹原 宏之著 三省堂
本気を「まじ」、麦酒を「ビール」などイレギュラーな読みを当てはめている言葉を集めた辞典。出典は最近のマンガや小説、歌など身近なものばかりである。
でも「卑弥呼」も「大和」ももとの日本語の音に漢字を当てはめているわけであって、日本語は全部当て字と見る立場もある、と巻末の解説に書いてあった。夜露死苦も4649も6487も伝統的な日本語なのだ。
つれ p.489
伴茶夢 喫茶店名〔斎賀秀夫「あて字の考現学」(「日本語学」1994年4月)
英語や若者言葉の当て字はまあまあ想像がつくし、そんなにバリエーションも少ない。
無限なのは「ひと」「こと」などの一般的な言葉である。文脈に合わせてさまざまな漢字が当てられている。
それなりの努力はやってんだ〔二ノ宮知子「のだめカンタービレ4」2002〕
不幸
てめーの不幸しか見えてねえ……〔さとうふみや「金田一少年の事件簿 7」(金成陽三郎 1994)〕
あの女の夫の上に〔米川正夫訳「ドフトーエフスキィ全集6 罪と罰」1960〕
男
愛する男の役に立ちたい〔高橋留美子「めぞん一刻10」1986〕
男女
小桜照美「みちのくの男女」(児島英三郎)2010
孫
というのを聞いた孫もあるだろうし、〔井上ひさし「私家版 日本語文法」1981〕
女の猫にはちょっときついかな?〔猫十字社「小さな茶会」2000〕
他
他を信用して死にたいと思っている〔夏目漱石「こころ」1914〕
男でも女でも孫でも「ひと」である。そしてサピエンスを超えて猫まで「ひと」になった。哺乳類なら概ね「ひと」であろう。
夏目漱石が100年前に他と書いて概念になっているのはかっこいい。
ではドンペリ片手に紹介するのは本日最後の一冊。
役割語小辞典
金水敏 編 研究社
「おれ」「~ぜ」は男、「わし」「~じゃ」は老人、など特定の人物像と結びついている言葉づかい(役割語)を集めている辞典。
おもしろいのは役割が九州「~でごわす」や、軍隊「~であります」だけではなく、ロボット「ワタシハ~」などのフィクションまで網羅していること。
うち
関西弁で一人称を表す代名詞として、女性に多く用いられる。(中略)1990年代後半には、〈ギャル語〉の一人称の一つとしても用いられた。
例)マンガGALS! ①(藤井みほな)〔1999〕「(渋谷のギャル)とうちらが最初にチェキったんだからここはうちらのナワバリなんだよ!!」
(p.26)
いつからかギャルの一人称は「うち」だなと思ったがもう20年前からうちだったのだ。
自分
(前略)主語としても使える一人称や二人称の代名詞としての用法がある。
ポピュラーカルチャーの作品中では、軍隊的な組織、運動会系サークルの用例が中心となる。(〈若者ことば〉)。
刑事ドラマ『西部警察』の主人公。大門圭介(渡哲也が演じる)が「自分」を使うことで有名。
(p.103)
高校生のころ、教育実習に来た大学生が自己紹介で「自分は~」と言ったのを覚えている。もちろん体育の教育実習だった。
ぼく
主に男性が用いる一人称代名詞。
未成年の女性が「ぼく」を用いることは現実でもときどき見られる現象だが、マンガ・アニメなどでは、手塚治虫『リボンの騎士』の「サファイア姫」の例が早い(p.166)
われわれ
一人称の代名詞「われ(我この複数形。「わたしたち」と同意だが、独特の硬い語感を持つ。(〈宇宙人語〉)(p.211)
妻の実家では「我々はそろそろ帰るとするか」などと一般的に使っていたそうだが、我々と言っている友人が宇宙人のようだと揶揄されているのを見て『そうか、うちは宇宙人だったのか…』と気づいたそうである。
さて、わちきの辞書連載もタイトルにうっかり「へんな」とつけたであるからして、版元の人に見つかると怖いばってん、次も読むぜよ。(役割語の濫用)
ライター:林雄司
第1回:英語 迷信・俗信事典、日本俗信事典 動物編、通知表ポジティブ所見辞典
第2回:罵詈雑言辞典、当て字・当て読み漢字表現辞典、役割語小辞典
第3回:世界遊戯法大全、珍説愚説辞典
第4回:刑事弁護人のための隠語・俗語・実務用語辞典、女子大生から見た老人語辞典、異名・ニックネーム辞典
第5回:社会ユーモア・モダン語辞典、句読点、記号・符号活用辞典。、おいしさの表現辞典