れんさい企画「小出し記事」 2020年8月18日

へんな辞典を紹介します その2

一冊電子化してしまいました

辞典類のいいところは一項目が短いところだ。

どこから読んでも、どこでやめてもいい、ななめ読み上等である。

図書目録のような楽しさがある。

就職活動のとき、出版社に履歴書を送って、御社の図書目録を愛読しています!と書いたらなんの返事もなかった。そりゃそうですよね。

ということで今回も3冊の辞典を紹介するでヤンス!

前回までのあらすじ
家にある辞典類を紹介することにした林。1回に3冊とりあげることにしたが本棚を数えたらそんなに多くなかったので次回からそっと2冊にしたいと思っている。

1971年東京生まれ。デイリーポータルZウェブマスター。主にインターネットと世田谷区で活動。
編著書は「死ぬかと思った」(アスペクト)など。イカの沖漬けが世界一うまい食べものだと思ってる。(動画インタビュー)

前の記事:へんな辞典を紹介します その1

> 個人サイト webやぎの目

罵詈雑言辞典

奥山 益朗編  東京堂出版 

罵る言葉がたくさん載っている辞典。

「馬鹿」や「こざかしい」といった一般的なものから「権高」(人を見下して傲慢なさま p.111)「表六玉」(愚か者・間抜けな人を嘲る言葉 p.270)など聞き慣れないものまで載っていて、なんというか、ストレートに言うとすげえおもしろい。

なかでも心の印画紙に焼き付けたいと思うのはいま使われなくなった悪い言葉である。

おひゃらかす
相手を冷やかし罵る言葉。同義の「おひゃる」に「かす」をつけたもの
「あんまり田舎者を馬鹿にして、おひゃらかすもんではない」(p.67)

いつか使いたいと思う反面、いつか言われたら気づかないだろうなという不安もある。

ぞろっぺえ
着物の着方のだらしないさま、また振る舞いのだらしない人を罵る言葉。江戸時代からの言葉で、明治・大正時代には使ったが、着物起きる人が減ってから、言葉も消えつつある。

「ロングスカートは、あのぞろっぺえなのが頂けない」
「どうして京子だけが、両親のどちらにも似ずぞろっぺいなのだろう。」(有吉佐和子「恍惚の人」昭和47)
(p.175)

江戸っ子っぽい語感の罵倒語。最近の流行りのビッグサイズはかなりぞろっぺえである。「両親のどちらにも似ずぞろっぺい」という例文に昭和みを感じる。

ぱらぱらめくっていて気づいたのが酔っ払いを罵る言葉のバリエーションの多さだ。

だりむくれ
酔って正体をなくし、へまをしたり、くどくど戯言を言う人を罵る言葉。「だりむくり」とも言う。ぞんざいな江戸語。
「酔っ払って何処へ帰るのか分からないらしい。だりむくれもいい所だ。(p.182)

とっちり頓馬
酒に酔ってぐでんぐでんになった馬鹿者を罵る言葉。(p.211)

「酒に酔ってぐでんぐでんになった馬鹿者」と解説の時点で罵倒語である。

とろっぺき
泥酔してぐでんぐでんになること。また、そのような人を罵る言葉でもある。(p.216)

どろんけん
へべれけに酔っ払うことで、オランダ語のドロンケン(dronken)である。幕末から明治初年に使われた言葉だろう。(p.217)

とろっぺきでトロツキーみたいだなと思ったら、どろんけんは本当にオランダ語だった。ビアバッシュなどと今も外国語で言いたがるが100年前の人も同じだったらしい。分かるよ100年前の人!

当て字・当て読み漢字表現辞典

笹原 宏之著  三省堂

本気を「まじ」、麦酒を「ビール」などイレギュラーな読みを当てはめている言葉を集めた辞典。出典は最近のマンガや小説、歌など身近なものばかりである。

でも「卑弥呼」も「大和」ももとの日本語の音に漢字を当てはめているわけであって、日本語は全部当て字と見る立場もある、と巻末の解説に書いてあった。夜露死苦ヨロシク4649ヨロシク6487ムシバナシも伝統的な日本語なのだ。

がちんこ p.175
この真向がちんこ勝負〔「週刊少年マガジン」2004年48号(STAY GOLD)〕

つれ p.489 
同伴つれの男〔松本清張「点と線」1958〕
 
ハンサム p.631
伴茶夢ハンサム 喫茶店名〔斎賀秀夫「あて字の考現学」(「日本語学」1994年4月)

英語や若者言葉の当て字はまあまあ想像がつくし、そんなにバリエーションも少ない。

無限なのは「ひと」「こと」などの一般的な言葉である。文脈に合わせてさまざまな漢字が当てられている。

こと
 
努力
それなりの努力ことはやってんだ〔二ノ宮知子「のだめカンタービレ4」2002〕
不幸
てめーの不幸ことしか見えてねえ……〔さとうふみや「金田一少年の事件簿 7」(金成陽三郎 1994)〕
ひと
 

あのひとの夫の上に〔米川正夫訳「ドフトーエフスキィ全集6 罪と罰」1960〕

愛するひとの役に立ちたい〔高橋留美子「めぞん一刻10」1986〕
男女
小桜照美「みちのくの男女ひと」(児島英三郎)2010

というのを聞いたひともあるだろうし、〔井上ひさし「私家版 日本語文法」1981〕

女のひとにはちょっときついかな?〔猫十字社「小さな茶会」2000〕

ひとを信用して死にたいと思っている〔夏目漱石「こころ」1914〕

 男でも女でも孫でも「ひと」である。そしてサピエンスを超えて猫まで「ひと」になった。哺乳類なら概ね「ひと」であろう。
夏目漱石が100年前に他と書いて概念になっているのはかっこいい。 

ではドンペリストロングゼロ片手に紹介するのは本日最後の一冊。

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役割語小辞典 

金水敏 編  研究社

「おれ」「~ぜ」は男、「わし」「~じゃ」は老人、など特定の人物像と結びついている言葉づかい(役割語)を集めている辞典。

おもしろいのは役割が九州「~でごわす」や、軍隊「~であります」だけではなく、ロボット「ワタシハ~」などのフィクションまで網羅していること。

うち

関西弁で一人称を表す代名詞として、女性に多く用いられる。(中略)1990年代後半には、〈ギャル語〉の一人称の一つとしても用いられた。

例)マンガGALS! ①(藤井みほな)〔1999〕「(渋谷のギャル)とうちらが最初にチェキったんだからここはうちらのナワバリなんだよ!!」
(p.26)

いつからかギャルの一人称は「うち」だなと思ったがもう20年前からうちだったのだ。

自分

(前略)主語としても使える一人称や二人称の代名詞としての用法がある。
ポピュラーカルチャーの作品中では、軍隊的な組織、運動会系サークルの用例が中心となる。(〈若者ことば〉)。
刑事ドラマ『西部警察』の主人公。大門圭介(渡哲也が演じる)が「自分」を使うことで有名。
(p.103)

高校生のころ、教育実習に来た大学生が自己紹介で「自分は~」と言ったのを覚えている。もちろん体育の教育実習だった。

ぼく
主に男性が用いる一人称代名詞。
未成年の女性が「ぼく」を用いることは現実でもときどき見られる現象だが、マンガ・アニメなどでは、手塚治虫『リボンの騎士』の「サファイア姫」の例が早い(p.166)

われわれ
一人称の代名詞「われ(我この複数形。「わたしたち」と同意だが、独特の硬い語感を持つ。(〈宇宙人語〉)(p.211)

 妻の実家では「我々はそろそろ帰るとするか」などと一般的に使っていたそうだが、我々と言っている友人が宇宙人のようだと揶揄されているのを見て『そうか、うちは宇宙人だったのか…』と気づいたそうである。

さて、わちきの辞書連載もタイトルにうっかり「へんな」とつけたであるからして、版元の人に見つかると怖いばってん、次も読むぜよ。(役割語の濫用)

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