特集 2022年4月26日

晴れた日にはトカゲ釣りを

釣られちまった哀しみに。

私は魚釣りが苦手だ。

釣れるまで待っている時間を飽きずにやり過ごすのが難しい。なにより「見えてる魚は釣れない」ので何も見えない水面にひたすら糸をたらさなければならない。ひょっとして水面の下にはなにもいないんじゃないの?という虚無的な思考に引きずり込まれそうになる。

そんな悩み、トカゲ釣りなら不要です!

変わった生き物や珍妙な風習など、気がついたら絶えてなくなってしまっていそうなものたちを愛す。アルコールより糖分が好き。

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1年越しに実現したトカゲ釣り

「誰かトカゲ釣りしたい人いませんか?できれば関西在住者で」
編集部の石川さんがグループチャットに投稿した提案に、面白そうなので手を挙げた。2021年の初夏のことである。

神戸在住のどうぶつ科学コミュニケーターであり、爬虫類や両生類に造詣の深い大渕希郷(おおぶち まさと)さんが教えてくれるという。

折しも世間はコロナ禍の真っただ中であり、しかもトカゲは暑すぎても寒すぎても釣られてくれないということで、いろいろなタイミングを擦り合わせているうちに1年もたってしまったのだが、ともかく2022年の4月になってようやく待望のトカゲ釣りが実現したのである。

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まだ4月なので、雲が出て気温が下がるとトカゲが出てこない。

トカゲ釣りは普通の住宅地でもできるので、私が大渕さん宅まで出向いて教えてもらうことになった。

駅から大渕さん宅に向かう途中、空がへそを曲げて曇り始めたりしないかと気が気ではなかった。さっきも少し書いたが、トカゲは暑すぎても寒すぎてもダメ、雨が降ってももちろんダメ、朝日の後に出てきて夕日の前に寝てしまうという、童謡『南の島のハメハメハ大王』の一族のような生活をしている。

うらやましいことだが、それに合わせなければならない側はたまったものではない。

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どうぶつ科学コミュニケーターの大渕希郷(おおぶち まさと)さん。

ご自宅に着いて挨拶が済むと、大渕さんは
「せっかくなんで、飼育してるやつらも見ていってください」
と言って家にあげてくださった。

飼育部屋の中は、ところ狭しと飼育用のケースが置かれていて、まるで動物園にある爬虫類館をミニチュア版にしたようだった。生き物は好きだが世話は苦手な私は、「餌やりだけで日が暮れそうだなあ」などと途方に暮れるような思いをしながら、一つ一つ説明してくださるのを感心して聞いていた。

上の写真で大渕さんが持っているのは、サバンナモニターというアフリカ産のオオトカゲである。

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舌をぺろぺろ出し入れするサバンナモニター。
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もしかして、それも釣ったんですか?
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いや、これは爬虫類ショップで入手しました。でも、海外に行った時もトカゲ釣りをすることはありますよ。
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バリ島でトカゲ釣りをする大渕さん。竿の先に10センチほどの糸をつけ、糸の先に餌をつけたら仕掛けは完成だ。最低限の装備でできるので海外でもやりやすいのだそう。ちなみに事前のオンラインでのレクチャーで見せてもらったトカゲ釣りの動画はこちら
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トカゲ釣りは、竿になる棒と糸と餌さえあればできるシンプルな捕獲方法なので、トカゲ全般に通用しますし、その気になればトカゲだけじゃなくてヤモリやカエルも釣れます。ただ、タイでミズオオトカゲを釣ろうとした時だけは無理でしたね。餌を食べさせるところまではうまくいったけど、引っ張っても動かなくて。
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綱引きで負けちゃったわけだ。

ミズオオトカゲといえば、大きいもので2.5mほどにもなる超大型のトカゲだ。もし釣れてしまったらどうするつもりだったんだろう?と心配にならなくもないが、挑戦してしまうところに爬虫類・両生類熱の高さがうかがえるというものだ。ちなみに、そのときはNHKの『ダーウィンが来た!』のミズオオトカゲ回を収録する仕事の一環として挑戦したらしい。

専門学校で講義をしたり、テレビ番組の動物コーナーに出演したりとなにかと顔の広い大渕さん。自宅の動物たちの中には外来種問題の関係でデリケートな扱いが求められるものや、事情があって持ち込まれたのを引き取ったものもいるのだとか。
授業や出前教室などで生きた教材として活躍してくれているそうだ。地球生態系のことはもちろん、最期まで飼うことの大切さも説いている。

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たとえばこれは、ミシシッピニオイガメ。最近、ペットとして人気になってきたカメだが、そのぶん捨てられたり、脱走したりして外来種問題になるのではないかと危惧されている。実際、専門学校の生徒が川で拾ってきたことも。そういったことを、本物を使って解説するために飼育している。
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エサとして売られていたこのワラジムシ。実は、植物防疫法で輸入規制されている種類で、その場合、研究目的などでない限り輸入ができない。しかし、この種類に限っては、すでに外来種として定着している種類でもあるため事情が異なる。植物防疫所に問い合わせたところ、「本種に関しては、餌として全て消費してください」と言われたのだそう。そんな話も授業などでしているそうだ。
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壁にはカブトガニの殻が。むかし、海外のレストランで食べた、残りの殻を申請をして持ち帰ったのだそう。右下のへドラは大渕さんの一番好きな怪獣。

トカゲは古い石積みの壁を好む

説明もそこそこにトカゲ釣りに向かう。

トカゲ釣りは魚釣りと違って見えている獲物を釣り上げる。つまり、まずは釣るトカゲを見つけなければならないのだ。住宅地に点在するトカゲスポットをひたすら案内してもらいながら、物色していく。

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「こういうボロい石積みの壁によくいるんですよ」

本州で普通に見られるトカゲ類はニホントカゲとニホンカナヘビ、ニホンヤモリの3種類。カナヘビは藪や草地に好んで住むので、今回のメインターゲットはニホントカゲだ。

尻尾が青くきらめいているおしゃれなあいつである(もっとも尻尾が青いのは幼体だけで大人になるともっと地味な色になってしまうのだが)。

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ニホントカゲ的、優良物件。

大渕さんいわく、ニホントカゲが好む壁とはつまり古くてボロい壁のことらしい。

もう少し細かく言うと、

・ひび割れや崩落などによって適度に身を隠す隙間が生じ
・その隙間に土や埃なんかがたまっていて、内部は適度な湿度があり
・ついでに多少植物が生えたりしているとベスト

とのことだった。敵から隠れる場所が必要なのと、爬虫類の卵が孵化するには適度な湿り気がないといけないためである。

そんなわけで、我々二人は
「ここなんかいい感じに古いですね」
「こっちも、ボロくて水まで漏れてますよ。いいですね」
などと失礼な評価を下しながら、延々とぼろい壁巡りを始めたのだった。

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こういう、植え込みみたいになっているところも要注目だ。
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ニホントカゲ的、「これはない」物件。真新しくてきれいだが、トカゲが入れるような隙間はない。つまり、古い物件が取り壊されて新しく立て直されるとニホントカゲの生息地は減ってしまうことになる。
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ただし、こういうパイプの奥とかで休んでいることもないわけではないらしい。
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ヤモリはこういうパイプに棲みついたり、産卵したりすることがある。これはトカゲ探し中に見つけたヤモリの卵の抜け殻。
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いかに他人に怪しまれないで採集するかが大事

住宅地の石壁をしげしげと観察していると、やはりどうしたって気になるのが住人や通行人の目線である。それについては大渕さんも同じなようで、トカゲ釣りで、というか生き物採集全般で一番気になるのは他人の目であるというような話になった。

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不審者扱いされた話に花が咲く。
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子供と一緒に来るときはいいんですけど、大人が一人でうろうろしてると怪しまれることがありますね。
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大渕さんはこの近所に住んでるわけですから、旅の恥はかき捨て的な割り切り方をするわけにもいきませんもんね。
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そうなんですよ。しかも、下着泥棒の手口に釣り竿を使って物干しの下着を盗むというのがあるらしくって。トカゲ釣りの装備がまさにそんな感じじゃないですか。
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それは......職務質問されたらかなり長引きそうですね。
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トカゲ釣りの装備。大渕さんが大学院で師事した先生にもらった(トカゲ釣りもその先生に教わった)伸縮式の釣り竿と、捕獲したトカゲを入れておくための洗濯ネット。怪しさがド直球すぎて笑ってしまう。
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アフリカではライフル?を持った軍人に職質されたこともありますよ。私の大学院の先生なんかもっとすごくて、東南アジアでトカゲ釣りをしていたらやはり現地の警察に呼び止められたんですが、「自分は中国人の薬師で漢方に使うトカゲを集めているんだ」と言って難を逃れたそうです。
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その言い訳で通るんだ......。
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いや、実は、本当に、クスシサンドスキンクというトカゲもいるくらいですから。薬に使うというのは想像以上にあるあるなのかもしれません。

トカゲの天敵は猫。そしてついにトカゲ現る。 

なかなかトカゲが見つからないので、話題もどうしてトカゲがいないのかという方向に移っていく。

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なかなか見つかりませんね。気温はいいはずなのに。
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天気がいいと猫の動きが活発になるから、ここはたまたまさっき猫が通った…とかかもしれないですね。。
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確かに、猫が多いですね。トカゲ以外の小動物も食べちゃうだろうし、やっぱり外飼い猫や野良猫はよくないですね。
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猫が多い。
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まったくです。

余談ですけど、うちの庭にも猫がうんちをしていくことがあってね。何とかしたいとネコ研究者の学生に相談したら「昔動物園で働いてたのでしたら、つてで、トラのうんちを貰ってきて置かれたらどうですか(笑)。猛獣の臭いを警戒して寄ってこなくなりますよ」ってアドバイスされたんです。

(※大渕さんは動物園の飼育員をしていた過去がある)

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猫にうんちをさせないために、トラのうんちを?
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本末転倒ですよね。あ、でも猫は好きですよ。
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ふふ、僕も猫は大好きです。
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そんなことを言っていたら、トカゲが現れた。
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あ、いました!

静かに。下がってください。

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わかるでしょうか?
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ここ!
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拡大。壁の穴から上半身だけ出している。よく気がつくなあ。

トカゲには快適な場所を探して移動中の移動モードと餌を探している探索モード、日光浴をしているモードがあり、餌にひかれて釣られてくれるのは探索モードや日光浴のときである。

この個体は明らかに日光浴中だという大渕さんの見立てを信じて、静かに急いで準備をする。

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釣り竿を伸ばして
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脅かさないようにそーっと近づけて
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トカゲの鼻先に餌を置いてやる。
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意図した場所に餌を置くのがなかなか難しいですね。軽いからぴょんぴょん跳ねちゃって......。
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最初は難しいかもしれません。おもりをつけてやりやすくする方法もあるんですけど、慣れるととくに不都合はないので今のやり方に落ち着いています。

ぴょんぴょん跳ねる餌の虫に不自然さを感じ取ったのか、トカゲは穴に引っ込んでしまった。嗚呼! 

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「今度は私がやってみましょう」と、外れた餌をつけなおす大渕さん。
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竿の持ち方の年季が違う。
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トカゲの前に餌をピタッと据える。なるほど、竿の先を地面につけてしまえば、手元が多少震えても餌がぴょんぴょん跳ねたりしないのだな。
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パクリ
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うおおおお!

釣り上げられるトカゲ。歓声を上げる我々。

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うわ、釣れた!
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よっしゃ!

しかし、次の瞬間トカゲは餌を加えていた口をパっと離し、一目散に壁の穴に逃げ込んでいったのだった。

一瞬の出来事にあっけにとられる私。しかし、大渕さんはあくまでも冷静だ。撮影を意識してゆっくり釣り上げたため、逃げられたのだという。でも、悔しそう。

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「こういうこともありますね」と悔しがりつつも冷静な大渕さん。

トカゲを発見してから逃げられるまで、5分もたっていない。結果はどうあれ、短時間の内に勝負がつくのはありがたいことだ。

ところで、読者のみなさんは写真に登場する大渕さんの服が緑になったり青になったりすることに気がついただろうか?つまり、初回はトカゲが出てこずボウズだったので、別の日に再度出直したわけである。

ここからさらに出直すのはたいへんだから、なんとしても今日成功させたい。意見が一致したので、我々はさらにトカゲを求めて住宅地を奥へ進むことになった。

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そして、ついに釣り上げる

山の斜面に立ったアパートの基礎の部分の壁がいい感じなのでじっくり探索してみたところ、トカゲが見つかった。しかも、なんと3匹も!

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目移りするのを抑えつつ、壁面に張り付いている一番釣りやすそうなトカゲに的を絞る。
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今度こそはと、慎重に餌を近づける。
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パクリ
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釣れた!
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すかさず手元に寄せて捕まえる。もう逃がさないぞ!

ただトカゲを釣り上げたというだけなのに、この興奮ときたらどうだろう。思わず「うおおおお!やった!釣れた、釣れたよ!」と叫んでしまった。路上で。

トカゲは、手の中でバタバタと死に物狂いで暴れて脱出しようとしていた。思っていたよりもはるかに力が強いので驚いた。本気で噛みつかれたらこちらが負けそうである。

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この状況でも餌を口から離さない。その貪欲さよ。
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「トカゲってこんなにかっこよかったのか」手元でじっくり見て、思わずそうつぶやいてしまった。
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首回りや腹が赤くなっているのは、婚姻色といって繁殖期のオスに独特のカラーリングである。
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尻尾は千切れていた。

トカゲの尻尾切りは有名だが、尻尾が簡単に切れるのは主に幼体で、大人になるにつれてよほどのことがない限り切れることはなくなるのだという。

私が釣り上げたこの個体は立派に大きく成長した正真正銘の大人のオスだが、それでも尻尾はない。きっと、ネコほか捕食者とのすさまじい戦いなり危機なりを切り抜けてきたに違いない。勲章の一つも授けてねぎらってやりたいと思った。

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大渕さんも1匹釣り上げた。

この場所にトカゲが多い理由は、道を挟んだ向かい側に畑があって餌になる昆虫が豊富なことや、さえぎる建物がない西向きの壁は日当たりがよく、春先にはちょうどよい温度になっていることが考えられる。夏だと逆に暑すぎるのでいないかもしれないとのこと。

人間の住居に例えるなら、「設備よし、日当たりよし、1階はスーパーマーケット」といったところだろうか。さぞかし入居希望者が多いに違いない。

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舌をペロっと出したところ。かわいいね。

なんと、大渕さんの捕まえたトカゲも大人のオスで尻尾がなかった。

「あんたたち、切り離せる尻尾がないならもう少し慎重に生きたほうがいいんじゃ......大丈夫なの?」と老婆心をおこしそうになるが、大渕さんいわく尻尾をなくしたトカゲの方が再生させるために餌をよく食べるらしい。成体のトカゲは、尾に栄養を蓄えるのでなおさらだ。

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繁殖期のオス同士、そこはかとなく緊張感がある。

捕獲したトカゲは、飼育するもよし、逃がすもよしである。今回捕まえた2匹は、飼育してみたい欲望を抑えて、もと居た場所に逃がすことにした。条件のよい場所で奔放に生きているトカゲたちをケースに閉じ込めてしまうのは、なんとなく気の毒な気がしたのである。

※釣ったトカゲを逃がす場合は元いた場所に逃がしましょう。飼育する場合は責任をもって終生飼育しましょう。


トカゲ釣りは面白い

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これは少し前に大渕さんが釣り上げたという尻尾が健在な個体。ただし、見る人が見たらわかるそうだが、これは再生した尾らしい。


トカゲ釣りを成功させるにはいろいろな条件を考慮しなければならないけれど、いざ目の前に現れたトカゲを釣り上げる段になると、金魚すくいやヨーヨー釣りのような無邪気な面白さがあった。奥が深いが最後の一押しは単純、というのが、この遊びの魅力なのだ。

とりあえず、次は青い尻尾が美しい幼体のニホントカゲを手元で観察してみたいので、再度トライしてみようと思う。

取材協力

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大渕希郷(おおぶち まさと)
1982年神戸市生まれ。京都大学大学院・動物学教室で疋田努教授のもと爬虫類・両生類を研究。単位取得退学後は上野動物園・両生爬虫類館の飼育展示員、日本科学未来館・科学コミュニケーター、京都大学 野生動物研究センター特定助教と日本モンキーセンター キュレーター兼任を経て、現在は世界初の“どうぶつ科学コミュニケーター”としてフリーランスで活動中。書籍の執筆からテレビ出演、各種講演まで、活動の場は多岐にわたる。
個人HP:http://m-ohbuchi.com/
所属事務所(ワオ・エージェンシー)プロフィールページ:https://agency.wao.ne.jp/talent/t_019.html

 

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