「しらせ」の風景印をもらいたいと思ったんです
しらせを見に行こうと思ったきっかけについてまず聞いてほしい。毎年、秋頃になると、南極観測船のしらせと、昭和基地内にある郵便局の分室で押して貰える風景印の郵頼の受付が始まる。(現在はもう終了しています)
風景印大好きなデイリーポータルZ(この記事とか、この記事とか……)なので、風景印とか郵頼といった言葉の説明はしなくても伝わるかな〜などと思ったものの、やっぱり不親切なので、ちょっと説明したい。
まず「風景印」とは郵便局で押してもらえる絵入りの特別な消印のことだ。これは局ごとに絵柄が違うのでコレクションする人も多い。
で「郵頼」は、その風景印を現地の郵便局へ行かずに押してもらう方法だ。
切手を貼った台紙やはがきを依頼状と返信用封筒とともに郵便局へ送ると、風景印を押して返送してもらうことができる。
南極観測船のしらせの船内や南極の昭和基地には、銀座郵便局の分室という体で郵便局が作られ、船内や基地内からの郵便物を取り扱っている。
この分室には風景印もあり、郵頼すればしらせに乗船しなくても、南極まで行かなくても風景印が押してもらえる……というわけだ。
しらせのはがきを買いに行った
さて、風景印の郵頼は、自前で用意した台紙に切手をはらないといけない。
せっかくなので、ここはしらせの昔の記念切手を使いたい。しかし、記念切手はうちにいっぱいあるけれど、台紙にする南極っぽい絵はがきがうちにはない。
風景印は、べつに白い紙の台紙でも構わないけれど、せっかく記念切手を使っているので、台紙もしらせとか昭和基地の絵葉書にしたいというのが人情というもの。
しらせや昭和基地の絵葉書なら、立川の極地研究所のミュージアムショップに行けばあるだろう……ということで、立川の極地研へ行った。
今どき、絵葉書なんて誰も買わないので、いろんな観光地に行ってもなかなか売ってなかったりするものだけど、ミュージアムショップは意外とあったりする。
しらせと昭和基地の絵葉書を数枚購入して、切手を貼り台紙を作る。
風景印は、現在の郵便料金の最低料金以上(はがきの85円)の切手が貼ってないと押印してもらえないので、昔の記念切手を使う場合は、複数枚貼って合計85円(以上)分にしなければいけない。
風景印が押された台紙が返送されるのはおそらく来年の4月ごろと思われる。たぶん、その頃はもうサクッと忘れちゃっている気もするが、もし、覚えていたら、その頃にここへ追記したいと思う。それまでしばらくお待ちください。
南極観測隊の話がめっぽうおもしろい
立川の極地研究所には「南極・北極科学館」という博物館がある。
北極と南極に関する展示を行っている博物館だが、ちょうど職員さんによる、展示物の解説が始まるというタイミングだったので、話を聞いてみた。
解説してくださった方は、南極ですでに複数回越冬したことがある方で、これがどの話もめちゃくちゃおもしろかった。
南極、北極に関することについて1時間20分ぐらい話をきいたのだが、とくに南極観測船「しらせ」に関するところだけ、紹介したい。
①「宗谷」は一度も昭和基地にたどり着けなかった
日本で南極観測が始まった1956年に観測隊を南極まで運んだ船は「宗谷」だったが、南極の分厚い氷を砕いて進むほどのパワーがなく、基地の手前20kmの地点までしか行くことができず。犬ぞりなどを使って物資を運んだ。
②「ふじ」は18回のうち、6回しか接岸できなかった
「宗谷」に代わって造られたのが「ふじ」で、この船から運行主体は海上保安庁から海上自衛隊になった。しかし、船はあたらしくなったものの、やはり氷を砕いて進むのはとても難しく、昭和基地間近まで接岸できたのは18回のうち、6回のみだった。
③氷に体当たりして進むのをラミングという
氷が分厚すぎて前に進めない場合は、いったん後退して、船自体の重みを利用して船体を使って体当たりして氷を破壊するラミングと呼ばれる進み方で進む。厚さが2m〜3mぐらいの氷に、何千回も体当たりをすることがあった。
④「しらせ」は、25回中24回、昭和基地への接岸に成功している
「ふじ」の次に造られた「しらせ」(1代目。現在運用されているしらせは2代目。名前は明治時代に南極探検を行った白瀬矗(しらせのぶ)に由来した白瀬氷河から命名)は、3万馬力あり、厚さ1.5mの海氷を連続して砕ける性能がある。25回の接岸でできなかったのはわずか1回。
⑤海上自衛隊が南極観測船の運行から撤退する
しらせは、海上自衛隊が運用する船なので、艦番号がついている。現在は5003だが、一代前のしらせは5002、その前のふじは5001だった。次に新しい艦ができると5004になるはずだが、海上自衛隊は5003以降は撤退するという話になっているので、おそらく5004はない。
⑥南極観測の予算の7割は、輸送費
南極観測の年間予算は60億円。その7割が、船を動かしたり、ヘリコプターを飛ばしたりするための輸送費。昭和基地に持っていく備蓄食料や燃料や人件費といったものよりも圧倒的に多い。
⑦接岸できないと、物資を持ち帰ることがある
15年ぐらい前、南極に向かう途中で厚さ3m〜5mの氷に阻まれて船が進まなくなったことがあった。本来は、燃料を直接ホースで送れるようになっているが、そのときはドラム缶に燃料を詰め直し、ヘリコプターで何往復もした。それでも運びきれなかった物資は日本に持ち帰ることになった。
南極観測船についてまったく何も知らなかったので、こういったエピソードでも鼻息荒く拝聴してしまった。

