小出し記事「佐世保ハンバーガー日記」
ライター:山本千尋
第一回:甘いマヨネーズと厚切りチーズには夢がある「ヒカリ」
第二回:ミートソースとクリームチーズなんて、ずるいよ「エスアンドケイ」
第三回:日本一長いアーケード街でハンバーガーを「マクドナルド」編
第四回:思い出と立地と味のローカルっぷり「Stamina本舗 Kaya本店」編
第五回:良い意味で突き放してくるアメリカンな味「ブルースカイ」編
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この日はやたらとソワソワしていた。連作の映画をボーッと観たかと思えば普段は観ない子ども向け動画を子と一緒になって超真剣に観たり、とにかく落ち着かなかった。
父を「ブルースカイ」に誘ったのである。
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栄町に長年店を構える「ブルースカイ」。年季の入ったネオン灯が素敵。
1953年創業、佐世保の中でも古い歴史を持つハンバーガー店「ブルースカイ」。佐世保バーガーの草分け的存在と呼ばれる店だ。夜8時から深夜2時までの営業スタイルは長年崩すことなく、店頭のネオンは夜の街に輝き続けている。
父は以前常連だったらしく、仕事帰りや飲み会の度に足繫く通っていたという。せっかくなので、一緒に行ってみようと考えた。久しぶりの外食へのお誘い。しかも二人でだ。どう誘えばいいのかわからず、電話では照れるのでLINEを開き、何度か文章を打ち直し、ようやく送信した。
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平静を装ったつもりだったが、精一杯の佐世保弁がとてもぎこちない。「っちゃん」ってこんなシーンでたぶん言わない。そして1日遅れて返ってきた返事が生玉ねぎが大丈夫かの確認だった。ちなみに父の就寝時間は夜9時ぐらい。
既読がついて1日経ったので、いろいろと逡巡しているのだろうかと思ったが杞憂だった。生玉ねぎは大丈夫だ。わたしは胃の強さには自信があるがメンタルは弱い。
夜8時、父と何を話そうかと考えながら市街地まで車を走らせた。
ほぼアメリカなスタバ
待ち合わせ時間より少し早く着いてしまった。少し夜の街を散策する。
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コロナ禍で人影はまばらだが、以前と比べると外国人の姿が増えたように思う。外出規制が少し緩くなったのだろうか。
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ケバブの店にも外国人。佐世保の静かな夜の街には英語が飛び交っていた。
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寄り道をしながら合流地点へ。
父がいた。
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「おぉ、きてくれてありがとね」
と声を掛ける。
父は「おお」と返事をするなり、「8時になったばっかいね。開いとるっちゃろか」とブルースカイの営業を心配していたが、目の前ではばっちり店のネオン灯が光っていた。
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父の上着を見て「今日は少し寒いね」とお天気の話題を降ろうとしたが、仕事の話と父の自宅で待っている義母の話をササッとされた。まだ店に入っていないぞ。
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「こんばんはー、どうも」
マスク姿だからか、久しぶりだからか、父は少しよそよそしい声で入店した。
「佐世保バーガー」然とはせず
5〜6人は座れそうなカウンター席が店の奥に伸びている。
「いらっしゃい。奥からつめて。」とカウンター越しに立つ女性の店主が素に近い声色で言う。その姿は、色々な地元民から伺っていた通り、佐世保バーガー然とした観光客ウェルカムな雰囲気とは一線を画すものだ。何かの小説で読んだ、主人公が海外旅行先で入った地元人だらけのバーの描写を思い出す。
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手書きのメニュー表を見て、意外とバリエーション豊富なことに驚き、目線を上下せわしなく動かす。
沈黙に耐え切れずおすすめを父に尋ねると、「チーズエッグバーガーの美味しかよ!」と返ってきた。よし、わたしそれにする。父は?と聞くと、義母へのお土産含め、テイクアウトすると言う。
「アンタはせっかくやけんここで食べていかんね」
えぇ、一緒に食べたかったのに。なぜそうなる。と思いつつ、娘の急な呼び出しに就寝間際に馳せ参じてくれたことを思うと仕方ない気もしてしまった。
水は奥から、バーガーは目の前から
オーダーを受け、店主は奥の厨房へ身を引っ込め、ペットボトルに入った天然水をドクドクとグラスに注いでカウンターにトンと置いた。
「あなたもいります?」と投げかけられ、テイクアウトで構えていた父はデカい声で「はっ!ああ、いります!」とうっかりな調子で答えていた。
店主が父に水の入ったコップを渡したので、今度はバーガーを作りに奥に行くのかなと思いきやカウンター下の隅の方でジュージューと焼き始めた。ここからは音しか聞こえないが、パティとバンズを焼き始めているのだろう。小さく流れるテレビの音と、肉が焼ける音、カチャカチャと調理器具がぶつかる音だけが店内に響く。
焼き上がりまでまだ時間があったのか、店主が目線をテレビに移した。父と店主は「ためしてガッテン」を観ながら「そうかぁ、豆腐はニガリが大事かったいねぇ…」と声を漏らした。
バーガーが焼けるまでまだ少し時間があった。父は、仕事や結婚で市外に住むわたしの妹たちのことを話していた。いつも孫(わたしの子)の話ばかりしかしないのに、この日は家族のことをよく話していた。おお、向き合ってるなぁ、という気がした。
店主が、焼けたバンズとパティが乗ったお皿をどんとカウンターに置いた。そして目の前で、レタスや生玉ねぎ、トマトをすすすとリズミカルに重ねていく。ケチャップをかけ、ペッパーをサッと振りかけたあと、溶けたチーズが乗ったバンズをむぎゅっと頂点に置いた。完成である。
分厚くしっかりと年輪を刻んだ店主の手を間近に見る。それはふかふかなバンズと似ていた。そういえば、佐世保のハンバーガー店で作り手の手をこんなに間近にみることってないな。
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バーガーの食べ方の洗礼を受ける
「それ、違う。逆。」
手を添えると真っ先に突っ込まれた。持ち方が違うそうだ。
一番上に見えているのは底の部分。そこに両手の親指を添えて残りの指を下のバンズに回し、ガッチリと掴んでくるっと起こす。上島竜兵の「くるりんぱ」の「くる」までのイメージだ。
「指が開いてる。具材が落ちないように、下の方をしっかり持って」と店主からのレクチャーを受ける。
「そうそう。」
やっと持ち方が安定すると、店主が微笑んだ。おお、うれしい。綾波レイが一瞬よぎった。嬉しかったので、父に一枚記念に撮ってもらった。スマホを横にしてくれ、と伝えるのを忘れていた。
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具材がこぼれないように必死にかぶりつく。焼きたてのパティがとてもジューシーだ。しかし、みずみずしい野菜ゾーンに突入してからが本領発揮している。それぞれの具材が長所を出しつつ、こびていない。良い意味で突き放してくる、アメリカンな味だ。声高らかに「パティが、バンズが・・」と述べるのがとても野暮なことのように思える。言葉はいらないのだ。けれど、思ったことは伝えねばと思い、店主に「美味しいです。」と伝えた。店主は「そうですか。」と応えた。
わたしに応えるように父が「美味しかろ」と笑う。わたしたちが幼い頃、よく飲み会帰りに買ってきてくれていたらしいのだが、わたしはその味を覚えていなかった。当時のわたしは、父に「美味しい」と言えてたのだろうか。
父が、おもむろにマスクをはずし「ご無沙汰しとっです。覚えてますか?」と店主に話し掛けた。店主は「えぇ、覚えてますよ」と穏やかに言った。そしてテレビに視線を移し、「酸素カプセルって、良いらしかね」とぽつりと言った。
わたしが食事を終えたので、テイクアウト用の袋を受け取って店を出た。
「また来ます」と親子ばらばらに店主に声を掛けて。
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「じゃあまた」と、父と別れてから駐車場へ戻る。車のキーを開け扉に手を掛けたとき、ふと、さっき父が話した「お義母さん」のことを考えた。違和感がずっと抜けなかったのだ。
あれってもしや「お義母さん」じゃなくて、離婚した「お母さん」のことだったのでは。そういえば父は以前、母をブルースカイによく連れて行ってたと聞いていたし。そうかー、なるほど、なるほど!
それが分かると同時に笑いがこみあげ、マスクで口が隠れているのをいいことに「あー、なるほどなるほど」を繰り返す。謎解きに成功したかのような達成感に浸る。
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父にはもちろん伝えなくても良いことだが、わたしの母は生玉ねぎが苦手であった。
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フワッとしたバンズ、パティ、フレッシュでやや厚切りの生玉ねぎとトマトでさっぱりとした味わい。味付けはケチャップとブラックペッパー、マヨネーズと至ってシンプル。逆さに持ってクルッとひっくり返して食べるのがブルースカイ流だ。具材がこぼれ落ちないように、指をギュッと揃えるのをお忘れなく。汁はOK。
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第一回:甘いマヨネーズと厚切りチーズには夢がある「ヒカリ」
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