山形のラーメンが食べたくて、旅
先日、どうしても山形に行くしかなくなった。山形のラーメンが食べたくて我慢ならなくなったのだ。私の両親は東北の山形県出身で、父の仕事の都合で一家で東京に出てきたのだが、その後もことあるごとに山形に帰省していた。
一応、物心がついた時から東京で育ってきた私だが、お盆や正月に家族で山形に行くのが楽しみで仕方なかった。父方の実家にも母方の実家にも歳の近いいとこがいて一緒に遊んでくれたし、叔父や叔母、祖父や祖母も私に優しくしてくれた。
親戚たちのおかげで大好きになった山形だが、そこで食べるものもやけに美味しく感じられるのだった。昼間、よく近所の店からラーメンの出前を取ってみんなで食べた。私はラーメンの味をきちんと分析できるほどに詳しくはないが、そもそも水が美味しいからだろうか、麺もスープもすごく美味しく思えた(ちなみにその出前を取った店は特に評判とかではなく、ただ一番近所にある店で、それなのにさらっと普通に美味しいのだ)。
山形県民は他県に比べてもラーメン好きらしく、人口10万人当たりのラーメン店舗数が全国1位だという数字が出ていて、ラーメンに対して1年間にかけた外食費用を調べると山形市が全国1位だったのだという(2022年、2023年と2年連続で1位だったそう)。
そんな風にラーメン好きな人が多い県だからか、どこでラーメンを食べても美味しく思えて、しかも、醤油や味噌などもちろん味は店によって色々あるけど、なんとなく“山形っぽいラーメン”という統一感があるようにも感じられて(特に麺が好きだ)、私は山形のラーメンがたまに無性に食べたくなってしまうのだ。大阪や東京のラーメン専門店で食べるのとはまた違った、自分にとって心が落ち着く味わいというか。
とにかく、それで私は先日「もうどうしても山形のラーメンを食べないと無理」というような状態となり、新幹線に乗って北へ向かったのだった。
それに先駆けて「山形 ラーメン」などと検索して気持ちを高めていたのだが、山形県に色々あるラーメンの中でも、どうも米沢市のラーメンが今の自分の気持ちにしっくりくるように思えた。シンプルな見た目で、「これぞラーメン」という感じなのである。検索して美味しそうだなと思った店の多くに「〇〇食堂」と、食堂の名がついていたのが印象的だった。
頼りになる山形の友人に教わって
当日、新幹線で山形へ向かいながら、私は友人に連絡をした。その友人は米沢市からもほど近い高畠町に住んで蕎麦屋をやっているイザワさんという人で、かつてデイリーポータルZでサラミの記事を書いた時にも協力してくれた。
米沢市もイザワさんの住む高畠町も、山形の置賜地方という、県南部のエリアにくくられる地で、高畠町から米沢市までは車で20分ほどと近いため、イザワさんはよく米沢市にラーメンを食べに行くのだという。
私は新幹線に乗りながら、イザワさんに「米沢の食堂のラーメンが食べたくて今向かっているのですがイザワさんはどこのラーメンが好きですか?」と、急な質問を向けてみた。するとちょうど仕事が片付いたタイミングだったようで、「食堂系だったら、ここが好きです」という感じで色々おすすめを教えてくれた。
“食堂系”……後で聞けばこれはイザワさんがふと口にしただけで、特にそういうジャンルがあるわけではないらしいのだが、昔ながらの大衆食堂が好きな私にとっては胸が高鳴る響きである。そこで「はい!ぜひ食堂系に絞って教えて欲しいです!」と付け加え、イザワさんから教わった情報を参考にしつつ食べ歩くことにしたのである。
まず、食堂系ってどういうこと?
そもそも、ここでいう“食堂系”ってなんなんだという話なのだが、山形では、ラーメン専門店だけがラーメンを出すわけではないのである。ざるそばを出すような蕎麦屋や、カレーや親子丼を出すような大衆食堂にもラーメン(「中華そば」というメニュー名のところも多い)があって、まあそれは他県でもないことはないと思うのだが、そういう、非専門店のラーメンがやけに美味しくて、厚い支持を集めているのが山形の特徴なのだ。
専門店のラーメンも美味しいし、蕎麦屋で食べるラーメンも美味しくて、それとは別に大衆食堂で食べるラーメンがある。今回はその、食堂のラーメンばかりを“食堂系ラーメン”と呼んで、集中的に食べてみたいと思うのだ。
と、意気込んでおいてあれなのだが、私がその日、米沢駅に到着したのは夕方の16時近くだった。本当はお昼頃には着いていたかったのだが、出遅れた。そして、そんな時間になると、もうすでに営業を終了している食堂がほとんどなのだった。イザワさんがおすすめしてくれた食堂は、調べるとどこももうやっていなくて、駅前でしばし立ち尽くしてしまった。
駅前に「松月」という名の食堂があって、そこは夜まで営業しているようだったが、ちょうど昼営業後の休憩時間だった。しばらく我慢することにして米沢の街を散策する。
米沢は上杉謙信を祖とする米沢藩・上杉家の城下町として発展した地だ。
上杉謙信は毘沙門天を信仰していて、そこからとった「毘」の一字を旗印にしたということで、神社で売っているお守りにも「毘」の字が使われていた。
散策していたら、おそらく「ゴミを捨てないで」みたいなニュアンスで「毘」の一字が掲げてある一角があって、街の人のこの文字に対する思い入れを感じた。
美味しそうな店をいくつも見つけたり、米沢駅の西側を流れる最上川を眺めたりして過ごす。
やっと食べることのできた一杯目
だいぶ歩き、その日に泊るホテルにチェックインしたりして、ようやく夜が来た。駅前の「松月」に改めて向かうと、よかった、営業しているようだ。
メニューを見れば米沢牛を使った「牛肉ラーメン」が名物らしい一方、ざるそば、月見そば、かつ丼、親子丼、チャーハン、カレーうどんなどがあって、幅広い。しかしここは一番シンプルな「中華そば」を注文し、瓶ビールを飲みつつ待つ。
そして、運ばれてきたのがこちらである。
これだ!この感じ。醤油の色がそんなに濃くなくて、具材はオーソドックスでありつつ、これ以上ないバランス(厚めのチャーシューが2枚もあってうれしい)。
麺はこんな風にちぢれている。
そのモチモチした、柔らかな弾力を感じた瞬間、涙が出そうになった。うま……!
スープの醤油感はそんなに強くなく、ほわっと甘みを感じる。あくまであっさりした後味である。この繊細なスープの味を際立たせるためにこそ、中細のちぢれ麺が合わせてあるのかと思った。