日々、無数のナンが作られ、消費されていく。今回のK-1はその中で我々が出会う事ができた、ほんの一握りのナンの中で一番キリンに見えるナンを決める大会であった。またもたれる胃と按配よくやっていきながら、キリンさ自慢のナン達を世に送り出していきたい。

最近、ナンがキリンに見える。
おかげでナンがまた好きになりました。
その勢いで「K(キリンに見えるナン)-1」グランプリを開催した。
以前記事にしたが、インド料理店でカリーに添えられたナンを見た時、スターウォーズのミレニアム・ファルコン号のような薄っぺらさとでかさに驚愕した。かつてライターの大北さんがその魅惑のでかさを大いに談じている。
でかいナンをおいしくいただいていたのだが、歳を重ねるとそのでかさが私に牙を向いてきた。遠近感が出るほどのボリューム感とムンムン香るバターッシュなナン気に圧倒され、見るだけで膨満感がこみ上げ、つらくなってしまったのだ。
広大なインドからやって来た広大なナンは、この狭い国土の日本にはそぐわないのではないか。そんな事まで思い詰め、近年はナンを避け、ライスを注文するようになっていた。(本場のナンはこんなにでかくない事を知ったのは後の話)
私の肉体と精神はもう若返らないのだからナンとは今生の別れになると思っていたがそうではなかった。和解は意外なきっかけだった。
2018年の某日、立ち寄ったインド・ネパール料理店で同行者の注文したナンが突然炎のごとくキリンに見えたのだ。
もっとキリンに見えるナンがあるのではないか。
ナンと向き合うパッションがふたたびみなぎった。精神は若返る事ができるのだ。こうしてまたナンへと回帰した私はとにかくナンを記録した。
集結したナン達を見つめて、このキリン感を誰かに見せたいという虚栄心が発動された。
編集部の藤原さんとデイリーポータル Zのライター、北向ハナウタさんに声をかけた。
北向さんは当サイト随一のキリン愛好家で国内で希少なマサイキリンを追ったり、キリン研究者へ取材したり、突き抜けたところではいっそ半身をキリンにしてUMAになったり(説明しづらいな)とキリン愛を発信しまくっている。彼がキリンといったらそのナンはもうキリンだろう。
ただ見せるのも何なので私が遭遇した中からよりすぐりの7店7ナンを見て、M-1グランプリよろしく採点してもらい、一番キリンに見えるナンを決定しようじゃないかという事になった。K-1(キリンに見えるナン)グランプリである。
■エントリーNo.1:NEW-MINA(練馬)
基準点となるトップバッターは不利とも言われているがそれはあくまで漫才の世界、ナンではどうでるか。家の近所のインドカリー店で出会ったナンである。
ナンを乗せてみよう、熱かったらごめんね。
北向「トップバッターだから点のつけかたが難しいんですけれど、このナンでとにかく評価したいのはひたいの『角』の部分ですよ」
さすがの目利きである。そう、キリンにはわかりやすく伸びた頭上の2本の角の他に、額の部分にもう1本角があるのだ。
その「第三の角」を象徴するようにナンの額(おかしな言葉だな)に克明に記されたコゲを高く評価した。
しかし、好評ばかりではない。
藤原「キリンが一番キリンに見えますね(身も蓋もない事言うな)」
北向「元になってるキリンの顔が正面からなのでバランスでいうとナンが長すぎますね。上から見たアングルだともっとよかったかも」
気になる得点はいかに?
北向「トップバッターとしてはかなり高くつけましたね」
藤原「僕はちょっとおさえめにしました」
■エントリーNo.2 :ケララバワン(練馬)
つづいては盛り付けが印象的な練馬駅近くのお店である。
伊藤「これ分厚い木の器いいでしょう」
北向「器いいですねー」
藤原「器いいですね」
器が好評だったところで本題のキリンを見てみよう。
北向「あれ?これさっきのお店のですか?キリンに置くと印象が違いますね」
伊藤「器の存在感が結構あるんですよね。」
ここでナンを注文した時にふと考えた。キリンの顔は角度にもよるが実は茶色い部分が多い。という事はナンの裏側もキリンぽいのではないか。
北向「ていうか、これ撮るの恥しくなかったですか?」
伊藤「そうなんですよ、ナンを裏返して撮る人っていないんですよね」
さあ、採点いってみよう。
藤原「はじめのナン(NEW-MINA)にくらべて上のほう、つまり頭が茶色かったので高い評価にしました」
北向さんは得点を落としている。
北向「鼻の筋の通り方はいいなと思ったんですけど、やっぱり細長すぎて全体のバランスとしては及ばないかなと」
■エントリーNo.3: トマト(保谷)
北向「形はいいんですけど、白いなーというのが残念なところですね。さっき話で出たけど、思ったより茶色いぞキリンはっていう」
藤原「白いのは僕も気になりました。ただ茶色い部分が頭のほうにあるのを評価しました」
すごい、こんなわけのわからない審査なのにみんな評価に軸がちゃんと出てきている。
■エントリーNo.4サムラート(青山)
藤原「これはサドルですね(バッサリ)」
北向「これは迷ったんですけどねー...。頭骨っぽさはあるんですよね。それはそれで今までない感じで良かったんですが生きてるキリンには見えないかな」
■エントリーNo.5 :スパイス HUB(練馬)
このナンは私に葛藤をもたらした。
藤原「うーん......」
北向「なるほど、この起伏が」
北向「横顔でパッと見た時に、あ、おれが知ってるキリンだなって。鼻の穴っぽい焦げとか目のあたりの感じとか、下顎のカーブもいいですね。1番目のNEW-MINAと甲乙付け難かったので同点にしました」
藤原「ぼくも横顔はいいと思いましたが、1枚目のアングルが全然ピンとこなくて減点しました。横顔だけ見せてくれたら」
おれの迷いのせいですまない、スパイスHUBのナンよ......。
■エントリーNo.6: ターリー屋(青山)
先に出てきたサムラートと同じく、インドカレー店としてはかなり有名なターリー屋、これは写真が出てきた時点でざわめきが起こった。
藤原「ああ!」
北向「驚いたな、これは」
伊藤「運ばれて来た瞬間にときめきましたね」
藤原「やっぱり口があるのって奇跡ですよね。だってナンですよ」
北向「あっぱれですね。口も目もあるのがすごいし、斑点の感じもリアルで、もうなんか逆にナンっぽくないですよね。」
1回転して「ここまで来れるんだったらまつ毛も欲しかったなー」など高度すぎる不満が出てくるほどにキリンだった。感動をありがとう
■エントリーNo.7: ガネーシャガル(世田谷)
いよいよラストエントリー、ここで出会ったナンはこれまでとはまた違った切り口でエポックなものだった。
最初のナンのところでキリンの額の角の話が出てきた。
以前北向さんが取材したキリン研究者の郡司芽久さんの著書「キリン解剖記」(ナツメ社サイエンス)によれば、キリンの角は「皮骨」といって、ウシなどのように頭骨の一部が伸びたものではなく、皮膚の中で独自に作られた骨で、若い頃は頭の骨から独立して存在している(成長すると頭骨とくっついていく[癒合])。
このナンの上のタンドリーチキンの取って付けた感はまさに若いキリンの角のメタファーではないか。
北向「やはりキリンの角のようなタンドリーチキンは評価高いんですが、惜しいのは位置ですね。ちょっと角の位置としては前すぎるかなと。あとは土台のナンにもっとキリン感がほしかったです」
藤原「タンドリーチキンは位置も違うし、僕の中では加点の要素になりませんでした(バッサリ)、頭のほうにコゲがほしいですね」
全て得点が出そろったところで一覧を見てみよう。第1回?K-1グランプリの覇者は満場一致でターリー屋の横顔ナンであった。
日々、無数のナンが作られ、消費されていく。今回のK-1はその中で我々が出会う事ができた、ほんの一握りのナンの中で一番キリンに見えるナンを決める大会であった。またもたれる胃と按配よくやっていきながら、キリンさ自慢のナン達を世に送り出していきたい。
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