キリンケンタウロスになりたい
皆さまはケンタウロスのことはご存知かと思う。上半身がヒト、下半身がウマというギリシャ神話に登場する架空の種族だ。ウマがいるなら、下半身がキリンという亜種がいてもなんらおかしくないだろう。それがキリンケンタウロスだ。
THE BOOMは風になりたいと歌った。スピッツの草野マサムネは猫になりたいと歌った。
これはキリンケンタウロスになりたいと思った男の話。
背を高くするために考えた
時をさかのぼること1週間。キリンケンタウロスになるためにはどうすればいいか思案していた。キリンになるためには何せ高さが必要なのだ。
うーむ、キリンならではの、馬にはないその高さ…馬?そうか、竹馬だ!
竹馬に乗り、下半身に後脚をつけた胴体を巻きつける。これしかない。
というわけで早々にAmazonで竹馬を購入する。その値段7,180円。お届けに時間のかからない、大人でも乗れるやつはこれしかなかったのだ。めちゃくちゃ勇気を出して買った。
さてゴキゲンな竹馬を手に入れたはいいが何しろコイツに乗れなくては企画が成立しない。はやる気持ちで公園へ繰り出す。
大の大人が竹馬を練習するのは少し気恥ずかしい。ベンチで楽しげなカップルが、犬の散歩をする女性がこちらをチラチラ見ている気がする。
忘年会で隠し芸をするのだ、おれの課は竹馬に乗りながらDA PUMPのU.S.Aを踊るのだから…と無い記憶を作り出して平常心を取り戻す。
取り戻しました。
キリンの赤ちゃんが約2m。ならばそれを越える2.5m程度にはなりたい。すると竹馬の乗る部分を70〜80cmの高さに設定しなくてはならない。
70cmといえばカラーコーン(パイロン)と同じ高さだ。いざ不安定な状態で乗るとなるとそれなりの高さである。小学生のとき以来の竹馬、1週間程度の期間で乗りこなすことができるのか…?
乗れたので次に行きます。
下半身を作ろう
存外に15分ほどで竹馬の練習を終えることができたので続けてキリン部分を作っていく。
工作技術はないので素材には段ボールを選んだ。切りやすい、くっつけやすい、軽い、夢の素材だ。
布屋で絞り染めのような黄色い布を見つけ小躍りする。これで胴体を覆ったら次は後ろ脚を作っていこう。
四足歩行の動物の後脚のふくらみが好きなので、ここは譲れない愛着ポイントである。
なお、ほとんどの作業は”ボンドでくっつける””ガムテープで留める”から構成される。
家に帰るたび、床にキリンの下半身が横たわっている。そんな日常もあるのだ。
続けて、竹馬をキリンの前脚とするため、黄色のニーハイソックスを購入した。楽天からレディースファッションニュースが届くようになった。
竹馬にニーハイを履かせると感情が複雑になりすぎる。
他にも、毛糸でしっぽを作ったり、人間の手を作ったりなんだり。なんやかんやで過去最大規模の工作になってしまった。
モノが揃ったら最後に塗装をする。キリンをキリンたらしめる縁模様を無心で塗っていく。
さぁさぁいよいよ完成したぞ。キリンケンタウロスになろう、公園へ行こう。
平穏な日曜の公園に現れた半人半獣
というわけで竹馬やら下半身やらをひいこらと抱えて昼前の公園に訪れた。
公園で竹馬に乗るのも悪くないものだ。フリスビー、バドミントン、竹馬。なんら遜色ない。さぁ身体が温まったらさっそくキリンを身につけていこう。
「なんか登場人物が増えたぞ」とお思いだと思う。申し遅れたが、今回はライターのトルーさんに「見届け人」として駆けつけていただいたのだ。
内心とても不安だったのだ。一瞬でも冷静になると「キリンケンタウロスの魅力が伝わるだろうか」「この竹馬は今後どうしよう」と様々な不安たちがこの半人半獣を襲う。
誰かに見守ってもらいたい。そんな想いが心優しいトルーさんを呼び寄せた。キリンケンタウロスは一人でなるものではないのだ。
本当は黄色いズボンを買いたかったがなかなか見つからず、妥協案として余りの布を巻くことにした。居酒屋サファリという居酒屋があったら店員はきっとこんな格好をしてたろうと思う。
「なんかもっと登場人物が増えたぞ!」とお思いだろう。隣の女性はトルーさんの奥さんである。
なんと今回トルーさんに「30分もかからないので見守ってくれませんか」と声をかけたところ「じゃあ家族で見に行きます!」という力強い返事をいただいていたのだ。
さあ大変なことになった。聞けばお子さんは今月で1歳になると言う。そんなめでたいタイミングでいきなりキリンケンタウロスを見せつけられるのだ。
生誕→キリンケンタウロスを見る→1歳の誕生日
なのだ。感受性豊かな子に育てばいいが…決めた。おれは今日は、絶対にこの子を笑顔にするんだ。
そしてキリンケンタウロスは歩き始める
できたできた!あの、凝視すると、絶対に違うのはわかってるんですけど、こう、実際に動くと遠巻きには結構キリンキリンしてるんです。
いつもより70cm縦方向に移動した視界が新鮮だ。過去一番背の高いバスケットボール選手の身長が231cmらしい。それをひとまわり上回るいまの目線。なんて見晴らしがいいのだ。
ちなみに上着から見えている人間の手は段ボールで作ったダミーである。本当の手は黒い手袋をして竹馬を握りしめている。
キリンケンタウロス、歓声を浴びる
しばらく公園を悠然と歩いていると、想定外の事態が起きた。なんと園内の子どもに大人気だったのだ。
両手がふさがっているため手を振ることもできず「キリンだよー」と声で応じる。キリンではない、キリンケンタウロスなのだが、そんなことはいいのだ。うれしい。
5歳くらいの男の子がこちらを見上げながらキラキラした目で「おもしろーい!」と叫ぶ。世界中の人間がみんな5歳ならどんなにいいかと思った。大肯定時代の幕があけたのだ。
こんなに子どもにチヤホヤされることがあるのか、というくらい持て囃され、記事を書く前の時点でポーッとしてやりきった感に満たされてしまった。
だめだだめだ、半人半獣と言えども〆切は守らねばならない。
そんなことよりどうだろう、トルーさんのお子さんも興味を示してくれたろうか。
あと、途中からトルーさん一家がざわついているなと思ったら、
「散歩してたら偶然」らしい。そんな奇跡があるのか。親子3代の前でケンタウロスになった人なんてなかなかいないと思う。
いい情操教育になったなら良かった。
おれはついにキリンケンタウロスになることができた。2018年もいい年だった。
…と、ここまでが本編だったのだけど、編集部より「やたら満足そうだから"ケンタウロスになったおれ"の写真集ページ作ってもいいよ」との温かい言葉をもらったので、次ページ完全におまけの写真集をお送りします。
以下、キリンケンタウロス写真集
そんなわけで写真がたくさん撮れたのでおまけです。
公園が変な空気になったらどうしようと危惧していたけど、みんな優しかった。