リモートでボヘミアン・ラプソディをやるには4人がぐっと寄り添わねばならない。その距離感は、コロナ禍以前のディスタンスよりもはるかに近いものだった。
どんなに分断されても、寄り添い生きていこうとする人々の意思の総和が、ボヘミアン・ラプソディーなのだ。さあ、Zoomを立ち上げ部屋の明かりを落とし、耳をすまそう。待機部屋に集まるあなたのクイーン達の靴音が聞こえるはずだ。ウィ・ウィル・ロック・ユー。

すっかりワーキングスタイルとして定着したリモートワーク。
いいですね、新しい生活ですね、ニューノーマルですね。しかし、我々はここで止まってはいけない。離れていながらも、矛盾や葛藤を抱えながらも、もっと寄り添っていかなければならないのだ。その答えがボヘミアン・ラプソディだ。
えっと、要するにみんなで集まってボヘミアン・ラプソディみたいにZoomしました(Fin)
新しい生活様式において、仕事のミーティングから飲み会まで、我々のコミュニケーションのインフラとしてすっかりおなじみになったZoom。このユーザーインターフェイスを目にした時、真っ先に連想したのがABBAだった。
「Take A Chance On Me(1978)」セックス・ピストルズのジョン・ライドンも大ファンのABBA。
「ダンシング・クイーン」など数々の名曲を生み出し、全世界のヒットチャートを席巻したスウェーデンの至宝バンドはすでにこのコロナ時代を見すえていたに違いない。
松本零士とのコラボで有名な大泉学園じゃなかったフランスのエレクトロ・デュオ、ダフトパンクもリモートワークみたいなのやってなかったっけ?というほのかな記憶があったが、アメリカのアカペラグループ「PENTATONIX」がダフトパンクをカバーしたものだった。
「Daft Punk(2013)」ビュー切替の生々しさとか、すごくZoom。
さらに浮かんだのが、ロック史上にその名を刻む伝説のバンド、クイーンの史上空前のヒット曲、「ボヘミアン・ラプソディ」である。
この不穏な始まり方といい、何から何までたまらない。
1975年にリリースされた4枚目のアルバム「オペラ座の夜」に収録、同年にシングルカットされた。ラジオでオンエアされるため3分程度がスタンダードとなっていたシングル曲を遥かに超える、6分もの長さでアカペラやオペラ、ハードロックパートが展開される叙情詩のようなこの曲は世界中で大ヒット、セカンドアルバム「クイーンⅡ」のジャケット写真の世界観で作られたプロモーションビデオは世界初のプロモーションビデオとも言われている。
冒頭のあまりにも有名なダイヤモンド形のフォーメーションがリモートワーク感あるけど、先に挙げた2作ほどではないかな.......と思ったが、すぐに自分の傲慢さを恥じた。
「ボヘミアン・ラプソディはややリモートワークっぽい」
なんなのよ、何目線よ。偉大なるクイーンだよ先方は。こっちが寄せてくのが礼儀ってもんだろうが、リモートワークのほうが。
リモートワークをボヘミアン・ラプソディっぽくしろよ。
というわけで(なにが)、自宅でボヘミアン・ラプソディのあの感じを出すにはどうすべきか考えた。まず必要なのは「闇」と降り注ぐ「光」だ。部屋を暗くして、上からライトを当ててみよう。
これで上を向いてカメラに映ればわりとボヘミアンなのではないか。
実際はライトの光で後ろの障子がうっすらと妖しく光り、暗視カメラをセットしたお化け屋敷みたいになったので真っ黒のバーチャル背景を配置した。
さらにクイーンにあって私にないもの、長髪のかつらを取り寄せた。ドラムのロジャー・テイラー(向かって右にいる人)のブロンドのつもりがだいぶわかりやすくパツキンなのが届いた。
基本的なメソッドはわかった、足りないのはメンバーだけだ。デイリーポータル Z編集部およびライターに声をかけた。家にいながら楽器すら弾かずにフレディ・マーキュリーやブライアン・メイ気分が味わえるなんて、お得な企画じゃないですか、一緒にやりませんか。リモートワークを変えるんです。
こうして結集した在宅クイーンのメンバーを自宅の照明設備で紹介しよう。()で囲っているのはほのかな後ろめたさの現れである。
■(フレディ・マーキュリー):トルー
DPZライター陣よりトルーさんをスカウト。近年公開した伝記映画「ボヘミアン・ラプソディ」でラミー・マレック演じるフレディを「なんかトルーっぽくないですか」と編集長の林さんが言っていた。それがずっと頭の片隅に残っていて、企画を思い立った時から彼に長髪のかつらをかぶせたいと思っていた。
■(ブライアン・メイ):林雄司
そのトルーを見出した林さんがブライアン・メイとして参加。父と共作でオールカスタムのギターを制作、「レッド・スペシャル」と呼ばれたそのギターの独特すぎる音色はフレディの艶やかなボーカルと共にクイーンのサウンドの象徴となった。もはや生ける伝説ともいうべき天才ギタリストにDPZの創始者がシンクロする。
■(ジョン・ディーコン):藤原浩一
我関せずという感じで佇まいながら工作員のように淡々とおもしろコンテンツを送り出す編集部の藤原さんはまさにベースのジョン・ディーコン。照明にアルミホイルを巻きつけて指向性をつけるという渋い工夫は彼の発案による。
各自の自宅にかつらを送りつけ、いよいよリモートボヘミアン・ラプソディが幕を開ける。次々に集まるメンバーの入室を許可しながら、これは現実の人生か、それともただの幻想なのかと考えていた。
で、撮れた絵がこれ。
「いや、これかなりボヘミアンじゃないですか?」
「今までで一番ボヘミアンですよ!」
「いいですね!」
歓喜の声がZoomにこだまする。無理はない、なにげにここに到達するまでに1時間かかったのだ。
リモートワークとはいえボヘミアン・ラプソディはメンバーがきゅっと寄り添っていなければならない。皆で中心に向かおうとするが鏡のように見える機能で左右がよくわからなかったり、一筋縄ではいかない。
生首が試行錯誤しながら真ん中に集まる動画です。
こうした困難を乗り越えてボヘミアンなリモートワークを手にしたメンバーたちの喜びの声を動画でもどうぞ。
藤原・伊藤は眼鏡を取ると何も見えないので代わりに林がスクリーンショットを撮って皆に送り、確認をする。
リモートワークの可能性は無限だ。
プロモーションビデオの中盤、オペラ調で掛け合いとなるパートではメンバーの数が増殖して画面を埋め尽くすシーンがある。
先ほどの4人のショットをコピーして増やし、さらに4人がそれぞれその画像をバーチャル背景に設定すれば......。
予想を超えたボヘミアン感に心の充足を得たものの、やはり心残りがあった。「本当はダイヤモンドフォーメーションでやりたいんですけど、これが限界ですかね......」
Zoomは画面が均等に4分割となるため、上下にブライアンとフレディ、左右にジョンとロジャーを配したダイヤモンドフォーメーションが組めないのだ。
もちろん、努力はしたのだが。
パソコンやカメラを動かして三脚が倒れたり、コーヒーの味がなんかよくわからなくなってきた。もうすぐ日付が変わる。
その時、うつむいて何やら考えていたブライアン林がカメラの前に一枚のメモを差し出した。
「ダイヤモンドになればいいわけですよね」
「あと5人、ダミーの参加者を作って空白の部分に黒い画面を入れればダイヤモンドにならないですかね」
ブライアン林の悪魔的な叡智を踊り出すようなテンションで実行する我ら。次々と入室するダミーの参加者に入室許可を与える。私はこれしかしていないが大事な仕事だ。在宅クイーンのリズム隊の腕の見せ所である。
画面の並びはホストが自由に変えられるので、並び替えて位置を調整すると間違いなく、我々はボヘミアン・ラプソナイズされていた。
ヤッター!本日2回目の歓喜の動画をどうぞ!
話している人が拡大表示される「スピーカービュー」と参加者がフラットに表示される「ギャラリービュー」のモードを交互に切替えればオペラパートでフレディが大映しになる掛け合いの再現も可能だ。
できる限りの絵作りをして収録を終えたのは夜中の1時、開始から約3時間が経過していた。「クイーン大事典(ダニエル・ロス著/迫田はつみ訳/シンコーミュージック・エンタテイメント」によれば、ボヘミアン・ラプソディのビデオ撮影に要した時間もやはり3時間程だったらしい。本家クイーンと同じ時間をかけて我々はスカスカなボヘミアン・ラプソディを、リモートワークで実現したのだ。
Zoomはもはやオンライン・コミュニケーションのその先の、オンライン・ボヘミアン・ラプソディツールとなった。数ある新しい生活様式の中でも、めっちゃ新しくないだろうか。
リモートでボヘミアン・ラプソディをやるには4人がぐっと寄り添わねばならない。その距離感は、コロナ禍以前のディスタンスよりもはるかに近いものだった。
どんなに分断されても、寄り添い生きていこうとする人々の意思の総和が、ボヘミアン・ラプソディーなのだ。さあ、Zoomを立ち上げ部屋の明かりを落とし、耳をすまそう。待機部屋に集まるあなたのクイーン達の靴音が聞こえるはずだ。ウィ・ウィル・ロック・ユー。
![]() |
||
▽デイリーポータルZトップへ | ||
![]() |
||
![]() |
▲デイリーポータルZトップへ | ![]() |