特集 2020年1月17日

「あ、こいつできる」って見られたい(デジタルリマスター版)

ギターが弾けるようになりたい、絵がうまくなりたい、足が速くなりたい。いろんなことをできるようになりたい。だけど努力はしたくない。

できるように見えるだけでいい。

さりげないしぐさで「あ、このひとできる!」って思われたい。実際にできるかどうかなんてどうでもいい。人の目にどう映っているかが大切だ。形から入って形から出よう。

4つのジャンルで「お、こいつできる」「あ、慣れてる」と思ってもらえそうなしぐさを聞いてまわってきました。

※2008年6月に掲載された記事の写真画像を大きくして再掲載しました。

1971年東京生まれ。デイリーポータルZウェブマスター。主にインターネットと世田谷区で活動。
編著書は「死ぬかと思った」(アスペクト)など。イカの沖漬けが世界一うまい食べものだと思ってる。(動画インタビュー)

前の記事:二戸に行くなら田中舘先生を知っておけ~新幹線でひとり置き去り

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慣れてないならさわらない(ギター編)

永遠のモテアイテム、ギター。僕も高校生のころ友人からギターを譲ってもらったが1週間でやめた。弦を押さえる指が痛かったのだ。そんな軟弱な僕でもしぐさだけはマスターしたい。

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ギター部門の講師 宮城剛さん

講師は宮城剛さん。宮城さんはエアギターで有名になってしまったが、ほんもののギターもとてもうまい。芸大の音楽学科を卒業である(そう見えないところもすごい)。ギターのうまそうな持ち方を聞いてみた。

「ネックを持ったり構えるとと素人っぽさが出てしまうので、持たないのがいいと思います。両手をギターからはなして、腕を組んだり、腰に手を当てたり。」

なにも言われずに僕がギターを持ったのが写真1である。ネックの持ち方がまったくだめらしい。

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写真1) なにも考えないでもったところ

アドバイスをふまえたポーズが写真2である。確かにうまそうに見える(少なくとも僕には)。

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写真2) できるひとっぽいしぐさ

「ネックの根元をつかむのもうまそうに見えます」

これは写真3である。

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写真3) ラフな持ち方もできる人っぽさただよう
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スタンドがあればスタンドに、なかったらこのように置く
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だめな置き方(チューニングがくるう)

もし触らなくてはいけなくなったら

うまく見せようと構えない。むしろ触るな。禅問答のようだが、もしギターに触らなくてはいけなくなったらどうしたらいいだろう。ピックの持ちかただけでもマスターしたい。

「ピックの持ち方はいろいろあってどれがうまいと一概に言えないんですよ。指で弾くのはどうでしょう。『あ、そういう人なんだ』って思ってくれるかもしれないですね」

指で弾くというのは歯ブラシを使わずに指で歯磨きをするようなワイルドさがある。うまそうだ。

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親指でしゃりしゃりとギターを弾く。うまそうだ。

「弾かずにポーズの写真だけだったら、左手はできるだけ開いて、右手の人差し指をネックに当てる。タッピングができる人みたいに見えます」

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タッピングできる人みたいに見える。笑顔もすごい。

ギターマガジンの表紙みたいになった。タッピングがよくわかってないのだが、こういうの見たことある。

どう言ったら分かってるように聞こえるだろう

これ以上ギターに触っていると弾けないのがばれてしまう。ギターについてわかった風の言葉遣いなどないだろうか。手先ではなく口先でのソリューションだ。

「ギターの音色について話すと分かってる風に聞こえますよ」

音色なんて言われてもよく分からない。

「いや、思いついたことのあとに『なので、いい』ってつければいいですよ。『耳に痛いところが、いい』とか『音が大きくて、いい』とか。」

それなら僕もできそうだ。

「すごいジャンプだ、とかパフォーマンスをほめるよりも音をほめると音楽性について踏み込んでる感じがします」

宮城さんは音楽関係の仕事をしているので著名アーティストに会うこともある。そのときの大事な処世術を聞いてしまった気がするのだが(そして書いていいのか迷うが)、せっかくの叡智を披露してくれた宮城さんに感謝して「思いついたこと+いい」を多用してゆきたい。

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これは慣れてない人の弾き方ですが、キンクスというバンドがこういう弾き方をしてたので、そのファンにはものすごく分かってる人に思われるかも、とのこと。

うまく見せる方法・ギターまとめ

・ギターをかけてもギターに触らない
・ピックは持たない
・ポーズをとるときは左手をできるだけ開く
・音について思いついたことに「いい」とつけてほめる

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肩にかけるとうまく見える(カメラ編)

カメラ編の講師は当サイトライターでもある大山顕さん。ジャンクション、団地と写真集を立て続けに出版し、もはや写真家と言ってもいいのではないか(話の流れ上、そういうことにしたい)。4×5という大判のカメラを使う大山さんに今回の企画意図を説明してみた。

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カメラ編は大山顕さんに話を聞きました

「うーん、あるかなあ。肩にかけるとかかな。首にかけるのがほんとは撮りやすかったりするんだけど。肩にかけるときはレンズ内側で」

むかし八二一(ハニハジメ)さんに聞いたときもそういっていた。肩掛け&レンズ内側だ。レンズを内側にするのはレンズを保護するためだそうだ。

「レンズキャップをしない、というのもあるかも。スナップを撮る人はキャップを外す動作がもったいないから」

レンズキャップをしない場合はフィルター(レンズの前にくっつける保護用ガラス)必須である。

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ストラップを腕にぐるぐる巻きにして持つのが大山流。これもうまそうに見える。真似しよう。

「いまのカメラはオートフォーカスだからレンズ触らなくていいんだけど、フォーカスリング触ってるとそれっぽいかも。あと、ファインダーのぞくときに、のぞいてないほうの目もあけておくこと」

試しに大山さんにファインダーのぞいてないほうの目を閉じてもらって構えてもらった。そのとたん、家族旅行で写真を撮るお母さんみたいになった。これはこれで懐かしいが上手に見せたいという趣旨からは外れる。両目をあけよう。

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縦で構えてフォーカスリングを触るだけで上手そうだ
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片目を閉じて写真を撮るだけでお母さんテイストに
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三脚じゃなくてあえて一脚というのもありかも

写真を見たときになんと言えばいいか

そして写真についても口先のテクニックをおさえておきたい。分かってる風の表現はないのだろうか。

「いや、ピントとか露出と言うとつっこまれて分かってないのがばれてしまうので、曖昧なことを言うのがいいですよ。『甘い写真だなー』とか『写真が踊ってるよね』とか」

おお、それっぽく聞こえる。懐かしい写真、とかもありだろうか。

「いや、もっと写真から離れた、関係ない形容詞のほうがいいですよ」

早足な写真とか?(横を通り過ぎた人が早足だった)

「あ、それいい。そういう感じで」

え、いいの? 「早足な写真」がなにを差すのか自分でも分からないが、たしかに雰囲気出ている。しかも否定も肯定もしようがない表現である。

「ただし、『ねむい』はコントラストが浅い写真のことを言う言葉としてあるものなので、それは使わないほうがいいです」

意外なところに落とし穴だ。NGワード、ねむい。「ねむい写真」ってうっかり言ってしまいそうだった。危ない危ない。ねむくないねむくない。

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うまく見えるコンパクトカメラの構えかたは難しいです。

うまく見せる方法・カメラまとめ

・レンズを内側にして肩にかける
・レンズキャップをしない
・両目をあける
・ふつう写真には使わない言葉+「な写真」と言う

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変わった形に鉛筆を削る(絵画編)

絵画編は当サイト土曜日に連載しているべつやくれいさん。中・高・大と美術系の学校に通っていた。中・高・大といったら10年間である。そのべつやくさんにスケッチがうまく見える動きを聞いた。

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べつやくさんにスケッチがうまく見えるしぐさを聞きます

「まずは鉛筆の削りかたはこう」

といって不器用な子どもが削ったみたいな鉛筆をとり出した。鉛筆を横に持つのでこの削りかたが便利なんだそうだ。こんな持ちかた学校では教わらなかった(僕が聞いてなかっただけかもしれないけど)。

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かわった鉛筆を変わった持ち方で

「描くものとスケッチブック、自分の3つが一直線になるようにすると描きやすいです」

だめな例として振り返りつつ絵を描いている(下の写真1~2参照)。全身から漂うだめオーラ。こうならないように注意したい。そしてさらにアドバイス。

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写真1) 描くものとスケッチブック、自分が一直線になるように
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写真2) ねじれてると描きにくいし、慣れてなさそう

「鉛筆で描くものの長さを測るとき、腕をまっすぐにするとうまい人に見える。腕を曲げてると大きさが正しくわからないから。」(下の写真3~4参照)

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写真3) 鉛筆で描くものの大きさをつかむ
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写真4) 腕を曲げてると鉛筆が気になってる人みたいに

逆さにして眺めろ

慣れてる人は鉛筆ではなく自転車のスポークを使うそうだ。スケッチにスポークなんて、地震が来て枕持って飛び出すぐらいのおっちょこちょいに見えるがそうではないのだ。

「ときどき描いた絵を遠くから見たり、逆さに見るのも上手そうに見えるかもね」

イーゼルで描いてるときは自分が離れる。ないときはスケッチブックを離す。逆さにすると描いたもののゆがみが分かるそうだ。うまく見える、じゃなくてうっかりほんとのテクニックになってないだろうか。

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離して見るのもそれっぽく見える
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ひっくり返すのもいいそうだ。

「木炭でデッサンするときは消しゴム用にパンを使うんだけど、書き始めてすぐにそれを食べてるのも下手に見える」

それはわかりやすい。ちなみにべつやくさんは「たべてた」そうだ。

「へーへー、ほほー」で絵を見る

こんどは美術館などでの絵の見かた。分かってる風の動きはあるのだろうか。

「遠くから『へー』『へー』って感じで見て、近くによって『ほほー』と筆づかいを見る」

「へーへー、ほほー」の動きとおぼえることにした。

「いや、『へーへー』 『ほほー』 って実際に口に出してる人はいないのであくまでニュアンスで。湿度を測る装置とか、隅っこに座ってる女性の膝掛けの模様に興味を持つのもアウト」

当サイト的にはそういう隅っこにしか興味をもたないのだが、絵が分かっているようには見えないらしい。気が利いてるように聞こえる感想のいいかたとかあるのだろうか。

「絵の感想はあまりいいあったりしなかった。巨匠って言われる人はたいてい死んでるから気にせずなにを言ってもいいと思う」

前ページの音楽、写真はうっかりライブや個展でアーティストの前で感想を言わなければならない状況になるが、ルノアールでその状況はあり得ないのだ。イタコでも使わない限り。

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べつやくさんが鉛筆を入れていたケース。「できればなめねこじゃないほうがうまく見えます」とのこと。

うまく見せる方法・スケッチまとめ

・鉛筆は変わった形に削る
・腕を伸ばして鉛筆を描きたいものの前にかざす
・パンは食べない
・へーへーほーで絵を見る

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いよいよスポーツの世界へ

スポーツができるように見せたい。僕の30年来のころからの願いである。なかなか運動神経がいい知り合いがいなかったが、そうだ編集部の安藤さんがいた。この記事でも並外れた筋力を見せていたり、フルマラソンも走る猛者である。

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半ズボンの僕(右)よりもジーンズの安藤さん(左)のほうが運動しそうな雰囲気があるのはなぜでだろう

できる人が軽く流して走ってるみたいに見せる方法を聞いた。

「まずはストレッチかな」

と言ってやってくれたストレッチが変わっている。脚をクロスして体を前に倒す。ふくらはぎが伸びるらしい。自分ではできていたつもりだが、いま写真を見てみると安藤さんと全然違う。

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できるひとのストレッチ。ふくらはぎが伸びる
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やってるつもり

乳首に絆創膏はる

走り方である。まず地面にかかとから接地して、足の裏すべてをくっつける。かかとから離して、最後につま先が離れる。

「足の裏をべたっとつけて走ってると『お、慣れてる』って思いますよ。それから、背筋は伸ばして走る」

短距離の早い人のイメージ(つま先だけつける、前傾姿勢)とは違うようだ。そして安藤さんから衝撃のアドバイス。

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かかとから接地するとうまい人に。

「マラソン走る人は乳首に絆創膏貼るんですよ。40キロも走ると服と乳首が擦れちゃって痛いから」

しかも2枚使ってばってんにするのがいいらしい。スポーツへの憧れがアブノーマルな姿でやってきた。どきどきしながら絆創膏を貼った。

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乳首に絆創膏はってください
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なんでもやりますよ

「本気の人はもっと短いパンツはいてますよ」

というアドバイスのもと、半ズボンをまくり上げたがブルマみたいになった。小雨だった雨も徐々に激しくなり、大粒の雨になってきた。うまく見えるつもりが徐々におもしろになってきてないだろうか。僕はうまい人に見えてるのだろうか。

「見えますよ。雨の中で走ってるというのが相当本気っぽいですよ。ふつう休むじゃないですか」

ということなので目標は達成できたといっても過言ではないだろう。ブルマ、乳首絆創膏、ずぶ濡れ。相当本気である。どっち方面に本気なのか分からないが。

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あいつできる…という声が聞こえる

うまく見せる方法・ランニングまとめ

・足をべたっとつける
・背筋を伸ばす
・乳首に絆創膏
・雨でも走れ


もっといろんなものをうまくなりたい(うまいように見られたい)

今回の取材で僕はギターがうまくて写真も上手、スケッチもたしなむ上に走るのも速い(ように見える)スーパーな人間になった。4つのアビリティである。どれも表層だけど。

これから制覇したいジャンルとしては、傘でゴルフやってるんだけどものすごく上手そう、英語しゃべれそうなうなずき、砲丸投げやってそう、木場で角材に乗れそう、酒の味が分かってそうな飲みかた、などの型だけをマスターしたい。

教えてもらいたいんだけどあてがないので教えてくれる人がいたらメールでお知らせください。根気がないくせにすぐに結果を求める僕がお伺いします。

ーーー

2020.1.17追記

はい、ここから11年後の林です。
努力せずにそれっぽいと思われたい姿勢はまったく変わってません。
取材したときに見た宮城さんの職場(今はやめてフリーです)が潜水艦の中みたいだったのでおまけの写真に載せておきます。
右で背中を向けてアイス食べているのは北村ヂンさんです。当時2人は同僚でした。

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魔窟みたいな職場
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