今回の旅は僕が千葉と聞いてまず行きたかったところから始めたい。
旅のみち連れがまさかの故障
レンタカーで千葉県に入ってから中古屋さんでCDを買って車のデッキに入れた。
北海道を取材したときに現地で買ったCDを聞きながら各地を巡ったら、その時聞いた曲が妙に印象に残ったのだ。帰ってから同じCDを聞きながら記事を書くと、細かいことまで思い出せるような気がした。あれからレンタカーで取材に行く時にはCDを用意するようにしている。
ところが、である。
なんとレンタカーのCDデッキが壊れていた。
何度入れてもセイ、ハロー!セイ、ハロー!のリズムで瞬時にCDが吐き出されてくる。
しかたなくFMラジオに合わせると高齢の方むけの人生相談番組みたいなのをやっていて、それはそれで聞き入ってしまったのだけど、最初から予定外である。そうこうしているうちに車はアクアラインを渡り、木更津市街を抜ける。
まずはチバニアン
千葉県は入った瞬間に千葉に来たな!とわかる。海と街の近さとか、道の感じとか山の感じなんかが、僕の住む神奈川とはぜんぜん違うのだ。
僕が千葉と聞いてまず行きたかった場所。それはチバニアンである。
チバニアン。
地球は何十万年ものあいだに磁極が行ったり来たりしているのだという。
千葉で見つかったある時代の地層からもそのことを読み取ることができた。これがひとつの決めてとなり、この時代を「チバニアン」と呼ぶことに決まったのだ。
もちろんこれは千葉県ローカルの話題ではなく、世界的に認められた名称で、つまりヨーロッパでも南アメリカでも、地学に詳しい人はこの時代を「チバニアン」と呼んでいるということだ。すごいぞ千葉。
ビジターセンターに車を停めたらチバニアンまでは歩いて10分ほどらしい。係の人とか誰もいないけど、途中には看板も出ているので迷うことはないだろう。
急な坂を下りきると養老川という眺めのいい川に行きつくので、この川をすこし上流に向かってさかのぼってほしい。
いまさらりと怖いこと言ったけど、すこしだけ川をさかのぼる必要があるのだ。
しばらく歩くと左手に崖が現れる。ここに見える地層が、77万年前から12.6万年前までの間を「チバニアン」と名付けさせた地層である。
素人が見ても正直それが何を表しているのかわからないけれど、これが何か重要な手がかりであることだけは調査の跡から見て取れる。しかもそれが何十万年も昔の話だっていうんだから熱い。こういうのをロマンというんだろう。
この地層は70万年も前からずっとここにあったのだ。それを思うと泣ける。
しばらく太古の地球に思いをはせていると、下流の方からおじさんがやってきた。
「どう?地層見える?」
どうやらおじさんも始めて見に来たようだった。
見えますよ、難しいことはわからないですが、すごいぞってことはわかりました。
「どうれ、ほう、こりゃすげえな。おーい、こっち、地層こっち」
おじさんに呼ばれて、下流からおかあさんも歩いてきた。地元にこういう地層が見つかってやっぱり誇らしいですか?と聞いたら「こりゃ雨が降ったらこらんねえな」と言っていた。
千葉に移り住んだ成功者に聞く
次は実際に千葉に住んでいるという意味でのチバニアンに話を聞きに行った。
デイリーポータルZでミニゲームを連載している荻原さん(通称オギー)である。オギーはゲームを作るかたわら、千葉に手に入れた土地に自分で小屋を作ったり畑を耕したりして暮らしている。
それはつまり「いっちょあがり」な人生ではないのか。悔しいので今までがまんしていたのだけれど、いい機会だと思い、会いに行ってきた。あわよくば成功のヒントを聞き出すのだ。
「いいところでしょう?こう見えて町からそんなに遠くないから便利なんですよね。これからウッドデッキを作って、工房みたいにものづくりができる環境を整えようかと思ってます。」
荻原さんは使い込まれた焚き火場に、近くから拾ってきた小枝と薪を入れて慣れた手つきで火を起こしてくれた。
いい。すごくいい。
実をいうと僕も数年前から知り合いの農家を手伝ったりしながら薄らぼんやりと(いつかこういう暮らしがしたいなあ)と思っていたのだ。天候不良とか人間関係とかコロナとか、いろいろあって僕の方の夢は暗礁に乗り上げたのだけれど。
数年前にこの土地を手に入れた荻原さんは、ほぼ経験ゼロから畑を作り小屋を建て、ソーラーパネルを屋根にのせた。トイレはまだない。
そんな憧れの生活をほとんど手中におさめた荻原さんである。次にやりたいことはあるのだろうか、話を聞いた。
「将来ですか。そんなの不安しかないに決まってるじゃないですか。」
ーーえ。
「不安ですよ、何したらいいかわかんないですから。新しいことをやろうとしてネットで検索しますよね。そうするとだいたいもう10年くらいやってる人が語ってる動画とか出てくるでしょう。そんなの見ちゃうと、今から始めて追いつけるわけがないんですよね。しかも僕にはとことん好きなことって特にないので。」
ーー好きなことがない?だって荻原さん、プログラミングとかゲーム作りとか10年以上か、それどころじゃないくらいのキャリアがあるじゃないですか。好きだから続けてるんでしょう。
「あれは仕事ですもん、好きだからってわけじゃないですよ。ほら、いかにも「好きなことして生きてます!」みたいな人いるじゃないですか。安藤さんとかそうですよね、なのにどうして僕のところとか聞きに来るんですか。将来に悩みのある人はそうやって革ジャンとか着ないですから。」
そんなことはない。僕だって予定していた畑を借りる計画がつぶれ、親が病気になり、買った株は下がり続けている。しかも今着てるのは革ジャンではなくビニールだから焚き火の火の粉が飛んだら穴が開く。
人それぞれに悩みがあり、不安があるのだ。
荻原さんと僕は同世代である。お互いに仕事をして結婚して、家族ができたり読者が増えたりして、つまり守るものがある程度できた頃だ。さあ次なにやったらいいんだっけ、となる時期なのかもしれない。
このあとしばらくお互いの不安を交換し合い、それでも不思議と気持ちが軽くなったところで日が暮れた。
真っ暗の山道をラジオ聞きながらのろのろと走っていると、服やらマスクからは焚き火の匂いがした。オギーは毎日この匂いなのだ。やっぱりそれは悪くないんじゃないか。
次は友だちにおすすめしてもらった千葉のスポットに行ってみたいと思う。