美味なるものにはドラマがあった
すっかりシャウエッセンに染まり、口の中も肉汁がエアで貯まっているような取材だった。
別れ際に比恵島さんが「弊社には石窯工房やチキチキボーンもありますので……」と切り出し、「石窯工房!」「チキチキボーン!」ってまた興奮してしまった。
取材協力:日本ハム
「シャウエッセン」とは、ドイツ語で観劇を表す「シャウ(schau)」と、食卓を表す「エッセン(essen)」をあわせた合成語である。
そうだったのか。
常に身近にある存在でも、知らないことばかりだ。いや、常に身近にいるからこそ、安心してしまい、知ろうとしてこなかったのかもしれない。
シャウエッセンのことを、僕はよく知らなかった。例えば、平成の人気ナンバー1商品だったことを。
昨年末にこんな記事が出ていた。
平成の人気商品NO.1はシャウエッセン 令和は?|MONO TRENDY|NIKKEI STYLE
記事によれば、食品や日用品など約265万品目の販売データ(日経POS情報)を分析したところ、全商品分野のなかで、平成の30年間で一番売れたのが「シャウエッセン ポークあらびきウインナー」だったという。
ちなみに2位は「スーパードライ 350ミリリットル×6」。1位がウインナーで、2位がビール。販売データの中に小さなドイツ。
確かに、シャウエッセンはずっと僕たちの身近にあった。母が作るお弁当に入っていたし、成人してからはビールと共にあった。
でも改めて考えると、シャウエッセンのことをよく知らない。例えば冒頭のネーミングの話だって、調べて初めてわかったことだ。
これは一度、ちゃんと聞いたほうがいいだろう。日本ハムを訪ねた。
誘惑に抗いながら、シャウエッセンの「そもそも」から聞いていこう。
シャウエッセンが発売されたのは1985年。35年前のこと。当時のウインナーといえば、お弁当向けの赤いウインナー。よくタコの形で入っていたあれだ。
そこに日本ハムは「本場ドイツに負けないウインナーを作ろう」と開発に着手する。開発の背景に「成田空港の完成」もあった。
比恵島:
海外に行く人が増えて、食の本格化も進むだろうと。ドイツに何度も開発メンバーを派遣して、本場のウインナーを研究したと聞いています。
ウインナーはヒツジの腸(羊腸)に肉を詰めるが、当時は人工の羊腸を用いたり、そもそも皮が無かったりした。
しかしドイツのウインナーに用いられているのは天然の羊腸。そして調理はボイルするのが一般的だった。これだ!
ただ、ドイツのウインナーはビールのお供なので、ちょっと塩気がある。日本はご飯のお供にしたい。そこで味は日本向けにアレンジした。そのひとつが「水あめ」。
比恵島:
日本人は甘みを旨味と感じるところがあるので、隠し味に粉末状の水あめを入れています。味は発売以来35年間、全く変わっていません。
年月を経て味を調整しているのかと思ったら、昭和から平成をまたにかけ、令和に至る35年間ずっと変わっていなかった。
同時に我々も35年間「うまい〜」と食べ続けているわけで、開発者の先見の明のさることながら、我々の味覚も子どものころから変わっていないといえるだろう。
さて、こうして満を持して発売されたシャウエッセン。だが、最初は全然売れなかったという。
お弁当に入れる赤いウインナーに比べ、シャウエッセンは本格路線。お値段も若干お高めになってしまう。スーパーに並べても「ウインナー」としか見てもらえないので、スルーされちゃう。
これはヤバい。一回食べてもらえたらわかるのに。そこで全面に押し出したのが「パリッ」とした歯ごたえ。
天然の羊腸で作られたシャウエッセンは、ボイルすると皮が張り詰めて、噛んだときに「パリッ!」と音がする。これを味わってもらいたい。
比恵島:
「美味なるものには音がある」というキャッチコピーを打ち出して、店頭の試食でシャウエッセンを丸々1本提供したんです。「ファーストパリッ」がやっぱり大事なので。
「美味なるものには音がある」、あったあった!CMで久保田利伸が陽気な仲間たちとパリッって食べてたっけ。
1本を大盤振る舞いした試食作戦は大成功。シャウエッセンは初年度100億円を売り上げ、その年のヒット商品番付にも載る。
そうなったらこっちのものである。全国の工場でわんさか生産だ。ということは、どの工場で作ったシャウエッセンでも、あの「パリッ」を保たねばならない。
比恵島:
工場には「パリッ」を測定する機械があって、弾力をチェックしています。温度や湿度によって日々条件が変わるため、実際に食べて品質を確かめる「官能検査」も毎日行われているんです。
「パリッ」は皮が固いだけではダメ。中身がパンパンに詰まって、はじめてあの「パリッ」が生まれるという。
毎日シャウエッセンを食べる仕事なんてうらやましい!と、のんきなことを思ったが、大変な役割なのだ。
さて、シャウエッセンは次の年に260億円を売り上げ、あとは35年間右肩上がりで売上が伸びていく。不況の影響もなかった。そんな景気のいい話があるのか。
ところが、直近では売り上げが伸び悩んでいたという。
原因のひとつは「ユーザの高齢化」。
発売当時からシャウエッセンを買い続けていた方々が、一緒に年を重ねていったのだ。今やシャウエッセンユーザの約50%以上が50代以上だそう。
毎日お弁当を作るお母さんたちは、少しでも安いウインナーを買いがち。となると本格派のシャウエッセンには不利だ。まるで発売当初の課題をなぞるかのように。
2019年、実はシャウエッセンは大きな転換期を迎えていた……!
考えられない挑戦のひとつが「レンチンの解禁」である。公式に「レンジで加熱していいよ」と打ち出したのだ。当時ネットニュースにもなったので、記憶にある人もいるだろう。
というか、それまで電子レンジによる加熱を推奨していなかったことに逆に驚く。
比恵島:
社内に「シャウエッセンはこういうもの」「ボイルがお勧めなんだから焼きはダメ」という声が根強くて、電子レンジ解禁にもかなり反発があったんです。レンジにかけると皮が破れて肉汁が出てしまう、それでは「パリッ」が守れないと。
35年間トップブランドで走り続けたシャウエッセンである。当時関わった人が偉くなったりするだろうし、「シャウエッセンはワシが育てた」みたいな人も多いだろう。二次会あたりで「ドイツに視察に行った時はさぁ〜」みたいな昔話もするだろう。
でもやっぱり、単身世帯の増加とか、女性の社会進出とか、時代は移り変わっている。忙しいなかでレンチンするニーズは確かにある。
レンチン反対派の声を沈めるために、改革推進派はレンチンのテストを何百回も繰り返した。シャウエッセンをレンジに入れたり出したりした。そうして緻密な計算を経て、最適な時間を割り出した。
そうなったら反対派も「うむ」って言うしかない。
こうして2019年、シャウエッセンは「手のひらを返します」というキャッチコピーと共に、レンチンを解禁する。社内の反応はどうだったのだろうか。
比恵島:
今ではもう、めっきりレンジです(笑)
勢いに乗って、関連商品も生み出した。発売以来初めてとなる新テイスト「ホットチリ味」「チェダー&カマンベール味」を発売。
シャウエッセンの中身で作ったミートローフは、ネットで「悪魔の食べ物」とバズった。
さまざまな戦略が功を奏し、今年度は売り上げが700億円まで伸びる見込みだという。
ずっと右肩上がりだったのに、まだ伸びしろがある。そんな景気のいい話があるのか(2回目)
2019年にはもうひとつ改革がある。「シャウエッセン公式Twitterアカウントの開設」だ。
実は昨年末、Twitterでシャウエッセンがちょっとバズった。
12月29日放送の『明石家さんまの爆笑!ご長寿グランプリ2019』(TBS系列)でのこと。98歳のおばあちゃんが、玉音放送に泣く24歳の自分にビデオレターを送るというコーナーがあった。おばあちゃんはカメラに向かって言う。
戦争で何もかも取り上げられ、ずっとお腹を空かせたまま、必死に耐えてきたのに。
悔しいねぇ。
でももう泣くのはお止めなさい。終戦から40年経った1985年。
あなたを幸せにしてくれる食べ物と出会いますよ。
……シャウエッセン。
楽しみに待ってなさ〜い
終戦とシャウエッセンのギャップに、スタジオは大爆笑。動画のキャプチャがたくさんリツイートされ、シャウエッセン公式Twitterにも反響がきた。
比恵島:
放送は全く知らなかったんです。オンタイムで見ていた部内のものから、「ちょっとこれ!」ってLINEが回ってきて。Twitterにも「シャウエッセン送ってあげて!」みたいなリプライがすごく来て、ありがかったですね……。
ちなみにネットではYouTubeにもシャウエッセンの波が来てるという。「パリッ」という音が心地良いと、ASMR(脳がゾワゾワする心地良い音)の動画があがっているのだ。
シャウエッセンができた35年前、ネットは普及していなかった。なんだか時代が追いついてきた感じがある。久保田利伸にも教えてあげたい。
そして時は2020年である。
昨年の改革に引き続き、今年も仕掛けていくという。2/20にはシャウエッセンの中身で作ったベーコン風の新商品、「べーコロン」を発売するのだとか。
平成の30年間ずっと人気商品ってすごいですね、と聞きにきたら、令和になって劇的に変わるところだったシャウエッセン。
発売から35年ということは、シャウエッセンより若い社員が日本ハムに入ってきているはずだ。
シャウエッセンで育った「シャウエッセン・チルドレン」たちが、次世代を担うタイミングでもあるのだろう。
比恵島:
平成ナンバーワンと聞いたときも非常に盛り上がったんです。発売当時の先輩たちが作り上げてきた結果であり、それを引き継いでいかないといけないね、と。
比恵島さんは「我々もこんなにやっちゃっていいのかなって」と笑いながら、「逆に今じゃなきゃできないなって」と言うのだった。
すっかりシャウエッセンに染まり、口の中も肉汁がエアで貯まっているような取材だった。
別れ際に比恵島さんが「弊社には石窯工房やチキチキボーンもありますので……」と切り出し、「石窯工房!」「チキチキボーン!」ってまた興奮してしまった。
取材協力:日本ハム
▽デイリーポータルZトップへ | ||
▲デイリーポータルZトップへ | バックナンバーいちらんへ |