特集 2024年7月25日

異国で羊を買って、お世話になった学校に寄付をする

青いドームと黒い羊、途方に暮れる筆者

2024年のゴールデンウイーク。5年ぶり4度目のウズベキスタン旅行にいってきた。何度訪れてもこの国は、毎回毎回、新鮮かつ素晴らしい体験をもたらしてくれる。

今回は彼の地で、炎天下の裏路地、羊を連れてにっちもさっちもいかず立往生する。そういう素晴らしい経験をしてきた。

海外旅行とピクニック、あとビールが好き。なで肩が過ぎるので、サラリーマンのくせに側頭部と肩で受話器をホールドするやつができない。

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> 個人サイト つるんとしている

そろそろタダ飯のつけを払いたい

イスラム教の文化圏には「神学校」と呼ばれる宗教施設がある。名前の通り宗教教育を専門とする学校で、イスラム法学やアラビア語などを学ぶ。特に大きな学校では寄宿舎も備え、学生たちが寝食を共にしながら聖職者になるための修練を積むことができる。

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モスクに併設されていることも多い。なおキリスト教・ユダヤ教でも、同様の宗教教育をおこなう機関がある

中央アジアの国 ウズベキスタンにも街ごとに大きな神学校があるのだけど、縁あってそのうちの一つにはたいへん大きな借りがある。なんかめちゃくちゃタダ飯を食わしてもらっているのだ。

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羊と野菜の炊き込みご飯

どうしてそんなことになってしまったのか。始まりはほんの偶然であった。初めてウズベキスタンを旅行していたときに、旧市街地の路地裏をふらふらしていたら神学校の勝手口に迷い込んでしまった。石壁に囲まれた勝手口の中は厨房で、学生たちの昼ごはんを作っている真っ最中だった。

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これはまずいところに踏み入ってしまったと直感した

しかし実際には追い出されるどころか、手招きされて椅子と茶菓子をすすめられ、料理ができる一部始終を見せてくれた。当然のようにできた料理は食っていけということになるし、食後にはお茶と果物。狐につままれたような、釈然としないような心地で、次々にもてなしを受け続けた。

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昔話には浦島太郎や舌切り雀のように、意図せずに異界に迷い込んでしまうというメジャージャンルがある。知らない場所で訳も分からずもてなしをうけていたという点で、この経験はまさに異郷訪問モノで、石壁の向こう側にある隔絶された世界に、すっぽりとはまり込んだような時間であった。

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この思い出が鮮烈すぎて、1年後に吸い寄せられるように同じ場所を訪ねてみた。神学校の面々はこちらのことを覚えてくれていて、再訪を歓迎してくれた。校内を案内してあげよう、モスクでの授業を見せてあげよう、そしてもちろんこれも食えあれも食えと、前回にも増してもてなし攻撃をうけた。一介の旅行者に、なぜここまで親切をふりまけるのだろうか。 

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もしかすると入学希望者と思われていたのかもしれない

しかしである。彼らの気持ちは本当にありがたいものの、このまま恩を受けっぱなしというのはこちらの心の収支バランスがよくない。いつもごちそうしてもらってばかりというのは、フェアな関係ではないように思う。

困ったことに、彼らに何かお礼をさせてほしいと申し出ても、旅行者をもてなすのは当然のことだといってまったく聞く耳を持たないのだ。そこで4度目の旅行となる今回は少しアプローチを変えて、学校に「寄付」を申し出る作戦を練った。

 

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寄付の循環

実は神学校の運営は、かなりの範囲が寄付によってまかなわれている。寄付のバリエーションは日々の消耗品から建物の大規模修繕費用にいたるまで幅広く、食料品の寄進というのもポピュラーらしい。

つまりこれまでたくさんごちそうしてもらった料理も、元をたどれば誰かの寄付に行きつくというわけだ。これまで寄付のおかげでたらふく食わせてもらってきた身として、その恩の一部でも寄付によってお返しすることができれば、善意の循環に加わることができる。

そういえばはじめて神学校に厄介になったときにも、どこそこの偉いひとからだという触れ込みで、大きな「寄付」が四つ足で歩いてきたことがあった。

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ドドドッと足音を立てていきなり厨房に突入してきたので驚いた

これだ。羊を一頭まるごと寄付する。というのはどうだろうか。遊牧民文化をバックグラウンドにもつウズベキスタンにおいて、羊は最重要の食材。いろんな料理に使いやすいし、贈り物としてもインパクトがあって不足がない。”個数”があるものでもないので、学校関係者に広くいきわたりそうなところもいい。

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市民の台所、バザール。丸ごとの枝肉、臀部の脂肪(手前の白い塊)、皮を剝いだ頭部、ぐねぐねした何かの内臓。いろんな形状・部位が売られており”羊食文化”の水準の高さが伺える

我ながらなかなかいいアイデアである。どこで羊を手に入れるか。どうやってそれを運ぶのか。そもそも異教徒の寄付を受け付けてくれるのか。山積みの問題を脇においておけば、間違いなくいいアイデアである。

 

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家畜市場にいこう

外国で慣れない事業に取り組む場合、現地コーディネーターの力量が成否を分ける。実はその観点では、考えうる最高の人材をアサインすることに成功していた。神学校の卒業生で、聡明なウズベク人の青年。名前をベフという。

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まだ学生だったころのベフ

神学校の生徒たちは、応募倍率20倍とも言われる狭き門をくぐりぬけた俊英だ。加えてこれは宗教教育の賜物だろう、全員が素晴らしい人間性と道徳心を持ち合わせており、慈愛に満ちたエリート集団といった風情がある(現代日本でこれに相当するクラスタがあまり思い当たらない)。

ベフはそのなかでも、別格の存在だ。リーダーシップがあり先生からの信頼も厚い。頭の回転がずば抜けて早いうえ人の気持ちを汲むのもうまく、これまで何度も神学校との意思疎通を助けてくれた。今回の寄付のサポートも、もちろん快諾してくれている。

ベフとの約束の日。地方空港に降り立ち、送迎スペースで「タクシー?タクシー!」の大歓迎をうける。苦笑いしながら振り払っていたら、思いがけず、道の向こうにベフの姿が見えた。迎えは頼んでいない。気を利かせて車を回してくれていたのだ。

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日曜日の朝9時半だというのに。おまえというやつは

再会を喜びながら近況を報告しあう。彼は神学校を卒業後、私塾で英語を教える仕事をしているのだと教えてくれた。この敬虔なムスリムの青年は、とうぜん聖職者の道を歩むものだとばかり思っていたので、すこし意外に思った。

 

間をおいて、少し緊張しながら本題を切り出した。いやあ、ところで寄付の件なんだけど、どうだろうか。例えばなんだけど生きた羊をどーんと丸ごと寄付しちゃうみたいなのは。日本でちょっと調べたんだけど、家畜市場みたいなのがあるんでしょ?

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いやいや、もし可能だったらだよ?と予防線をガチガチに張っている

実はベフには羊を寄付する案は伝えていたが、それについて明確なリアクションがなかったので「すげえバカなことを言ってる」と思われてやしないか不安だったのだ。しかしベフはあっさりと「OK、それはいいと思うよ」といった。

「本当か?外国人がいきなり学校に羊なんて寄付できるのか?」
「大丈夫、心配いらない。今日はちょうど、市内で家畜の市場がたつ日だ。午前中しかやってないから、いまから行こう!」

なんと。週に一度の家畜市場が、この街に到着したまさに今日開催されている。なんたる幸運。手探りで羊を手配するのには当然時間がかかると思って5日間のスケジュールを確保していたのに、ほぼ最短距離で早くもゴールが見えてしまった。とんとん拍子とはまさにこのこと。勢いに任せて、さっそく市場に向ってもらう。

5年ぶりにウズベキスタンにやってきた。旧友に会えた。どうやら羊も手に入りそうだ。すべてが順調である。さっきまでの不安がさっと晴れて、自然に口角もあがる。

 

旅行好きのあいだでは、旅の醍醐味はトラブルにある、などとよく言われる。それは恐らく一つの真理だろう。確かに後から振り返って、楽しく思い出すのはトラブルのことばかりだ。でも物事がまさに狙いどおりに進行しようとしているなら、すんなりいくに越したことはない。

 

朝の光の中を、ベフのヒュンダイが唸りを上げる。前方の車を次々追い抜いて、バックミラーのかなたに置き去りにしていく。迎えにきてもらっておいて文句をいうわけでもないけど、この男、思いのほかハンドルさばきが鋭い。篤い宗教心と走る歓びは、両立できるのだと思うと可笑しかった。

市街地を離れてぼさぼさの荒野を眺めながら5分走り、ベフは路肩に車を止めた。

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「あー、今日の市はもう終わったみたいだね、惜しかった」

ベフが指さす先に、うっすらフェンスのようなものがみえる。本来であればこの距離からでも、そこに1000頭の羊たちがひしめいているのがわかるはずだという。

家畜市場が週に一度開かれるということは理論上、次に開かれるのは7日後である。そしてそのときにはおれはもう出国している。旅行の醍醐味が、ひたひたと近づいてくる足音がした。

 

⏩ この街に他人はいない

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