特集 2023年11月17日

そろそろ学んでおきたい、盆栽の楽しみ方

立派な木に見えるけど、実は高さ数十センチの盆栽。このスケール感の秘密を学びに来ました。

ここ数年「そろそろ始めないと…!」と軽い焦燥感を持って見てたのが、盆栽だ。

だってほら、漫画やアニメではそこそこいい年をしたおじいさんはほぼ例外なく盆栽をやっていて、しかも楽しそうなのだ。そうか、歳を取ると盆栽が楽しくなるのか。じゃあいい年になって来た自分もやるべきでは。という感じの流れで。

とはいえ現時点では、どう始めたらいいのかという手がかりもなく、正味のところ盆栽の楽しみ方もあんまり分かってない。学ぼう。

1973年京都生まれ。色物文具愛好家、文具ライター。小学生の頃、勉強も運動も見た目も普通の人間がクラスでちやほやされるにはどうすれば良いかを考え抜いた結果「面白い文具を自慢する」という結論に辿り着き、そのまま今に至る。(動画インタビュー)

前の記事:引っ越しの片付けは文房具でなんとかしたい

> 個人サイト イロブン Twitter:tech_k

我々はまず盆栽の正面を知るべきだった!

もちろんネットで「盆栽 始め方」みたいなの検索すればチョチョイのチョイなのは分かってる。

なんだけど、せっかくならちゃんと見本となるような盆栽の実物を見て、どこがどう鑑賞ポイントなのか、盆栽のどこにエモがあるのか……といった部分を知っておきたいじゃないか。

ラッキーなことに、先月の記事でも書いた通り、僕がこの秋に引っ越してきたのはさいたま市大宮の近く。大宮といえば、世界初の公立の盆栽美術館がある場所なのだ。

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道路標識にも盆栽のイラストが。

もともとは、造園業が盛んな東京・千駄木に住んでいた盆栽業者の人らが関東大震災で被災し、盆栽栽培に適した赤土(関東ローム層だ!)で水と空気のきれいなところ、という条件を満たした土地としてドカッと移住してきたのが、“大宮盆栽村”と呼ばれる場所だ。

ちなみにその周辺の現在地名はさいたま市北区盆栽町。ちゃんとした正式な住所にも「盆栽」が残ってるのが面白い。

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こちらが「さいたま市大宮盆栽美術館」。すごい盆栽がいっぱい見られるらしい。
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館内ギャラリーはこんな感じ。取材時は日本盆栽作家協会の作家展を開催中(現在は終了)

その盆栽町のすぐ近くにあるのが、先にも述べた通り公営の「さいたま市大宮盆栽美術館」である。なるほど、言われてみるまではあまり意識してなかったが、盆栽=美術なのか。

ここには明光商会の創業者である髙木禮二氏の旧コレクションをはじめ、数多くの盆栽が展示されているとのこと。それなら、自分が見本としたい盆栽も絶対にあるはずだ。

ということで取材をお願いしたところ、対応してくださったのがキュレーターの田口文哉さん。

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大学で教鞭も執っているという田口さん。語り口は優しいが盆栽への熱量がわりと強火。

きだて「まず盆栽の見方というか、そもそも盆栽ってどう見たら面白いんですか?」

田口「そうですね、最初に知って欲しいのが盆栽の正面と裏です」

最初に知っておくレベルの基礎からいきなりの初耳情報である。正面と裏があるんですか、盆栽。

田口「盆栽を作るときに決めることなんですが、その木の最も見栄えがする方向を正面にして、鉢に植え付けます」

うーん、とは言われましても。見栄えとか感覚的すぎて捉えどころが難しいぞ。

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館内の展示パネルより。この写真の盆栽はどちらが正面でしょうか?

田口「そうですね、判断のポイントとしてはこのパネルの写真を見比べてください。右のは枝葉で幹が隠れてますが、対して左の方は下枝がちょっと開いていて木の幹が見えていますよね。木の幹が見えている方が盆栽の正面になるんです」

盆栽は木の幹の形を見せたいんだから、それが分かりやすく見えている側が正面というわけだ。

そういうことなら盆栽は正面から見るべきだし、きちんと正面を把握するのが重要なのも理解できる。なるほど。

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樹齢500年の名木「千代の松」。なるほどこっちが正面だって分かる!

田口「葉は剪定できるし、枝も針金をかけて育てれば動きが変えられるんですが、幹は手が加えられない。なので、苗木の段階からよく見て、幹の模様(曲がり具合などの表情)が一番よく見える向きを正面にする。あとはそれに伴って枝葉を調えていくのが盆栽というわけです」

おおー。盆栽を始める上での指標になりそうな話が出てきたぞ。

田口「ちなみにですが、植木職人さんにとっては右の写真が正面なんです。葉っぱがよく見える方がいいじゃねぇかって」

同じように植物を育てる仕事なのに、立場の違いだけで植物の表と裏が真逆になるなんてことがあるのか。

それもまた興味深いところではあるが、いまは盆栽側の立場でさらにお話を聞いていこう。

幹がよく見える側を見つけて「こっちが正面かな?」と見当をつけたら、次は横に回ってみるべき、とのこと。

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正面を確認する方法をもうひとつ。この位置からだと普通に盆栽が立ってるように見えるけど…

きだて「あれっ、幹とか枝が正面側に傾いてます?」

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横から見るとこんな感じ。明らかに傾いてる。

正面からだとそうは見えないが、横から見ると盆栽の幹や枝にあきらかに角度が付いている。

これは正面から撮った写真を見ていただけでは絶対に分からなかったやつだ。

田口「枝を左右に開いて幹を見せつつ「ようこそ」と、正面に向かってお辞儀している感じといいますか。だいたいの盆栽はこれで正面と裏が分かると思います」

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盆栽は下から見ると巨木

ひとまず正面が分かるようになっただけでも、盆栽に対する解像度は一段上がったように思う。

ただちょっと意味が分からないのが、盆栽がお辞儀をしているという部分だ。

枝葉が開いて幹を見せているのは、もちろん幹の模様を見せるためのものだ。そこは分かる。だけどお辞儀してるのにはなにか意味があるんだろうか。

田口「そこで次のポイントなんですが、盆栽はぜひ下から見て欲しいんです。というか、盆栽は下から見ないと楽しみが1/3ぐらいしか伝わらないと思ってます」

きだて「え、そんなに。下から見る楽しみの比率、だいぶデカいですね」

田口さん曰く、盆栽を見るときはとにかくしゃがんで見てください、と。

じゃあ実際にやってみるべきだろう。じゃあ、さっき傾いてたやつを下から見上げると……

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幹はひょろっと細いのに、やたらと立派な木に見えてきた!

きだて「おおお…なんか迫力出た!」

視点を下げることで一気にスケール感がおかしくなって、たかだか高さ数十センチの盆栽が立派な木に見えてきた。この変化はちょっとすごいぞマジで!

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前から見るといかにも盆栽。「あら、小ぶりでかわいい木だわ」ぐらいなのに…
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下から見るとすっごい巨木。幹の迫力が強い。
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ヒノキの盆栽もこの角度からはミニチュア感があるけど…
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見上げると遠近感が強調されて、デカい!

田口「先ほどは枝を広げてお辞儀しているという話をしましたが、下から見ることで、そこに包み込まれているような視覚効果が得られるわけです」

そうか、枝や幹が正面側に張り出していることで、下から見ている自分があたかも広い木陰(=大樹の下)にいるような錯覚を起こさせるという仕組みなのか。

盆栽というのはもともと「風景を切り取った自然木のジオラマ」という立ち位置だと思うんだけど、そこにスケール感を強調する工夫が施されていることで、単なるジオラマ以上の迫力を感じさせることができるのだ。

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松の盆栽。前からだと枝振りまではよく分からないけど…
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下から見ると枝が花火のようにパッと広がってて、めちゃくちゃ見応えがある。

さらにそこからの発展系というか、下から見ることを前提に作られた枝振りなんてのまであるんだから、これは確かに下から見ないと丸損と言えるだろう。

盆栽は下から。これはもう必ず憶えて帰ろうな。

あと、気になってる人がいるかもだけど、土の上に乗ってる白い袋はお茶用のパックに肥料を入れたものとのこと。肥料をダイレクトに土に撒くよりじんわり吸収させられて良いらしい。

⏩ 次ページに続きます

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