マクセルの歴史を学びに行く
冒頭に書いた通り、マクセルと言えば、私はまずカセットテープを思い浮かべる。私は1979年生まれなのだが、家にCDラジカセがあって、近所のCDレンタルショップで最新のヒット曲をレンタルしては、カセットテープにダビングするのが子どもの頃から好きだった。
お小遣いをためてやっとたまに買えるCDよりもカセットテープの方が身近な音楽メディアで、好きな音楽を録音するためにたくさん買った。80年代~90年代にかけては複数のカセットテープのブランドが存在したが、マクセルはその中でも、ちょっと本格派な感じ(よくわからないけど音が良さそう、とか)がした。
後で詳しく説明するが、マクセルは乾電池を創業製品としてスタートし、磁気テープも製造。カセットテープをはじめとして、その後、VHSやCD-R、DVDなどの記録用メディアを作ってきた。私もそれらの製品のお世話になってきたので、生活の中でマクセルのロゴを頻繁に見かけていた気がする。とはいえ、最近ではあまり記録用メディアを買うこともなくなり、気づけばマクセルのロゴと縁遠い日々を送るようになっていた。
そんな中、冒頭の通り、マクセルの史料館的な「Maxell Technology Gallery」という施設が京都にあると聞いて、そこに行けばマクセルの歴史はもちろん、最近の動向についても知ることができそうだと思い、取材を申し込んでみたのであった。
先方はデイリーポータルZのことを知ってくださっていたそうで、ありがたいことに取材を受けてもらうことになった。「Maxell Technology Gallery」は一般公開されている施設ではなく、基本的には関係者のみに向けて公開されているそうで、なんとも光栄なことである。貴重な機会に緊張しつつ、施設のある京都府乙訓郡大山崎町へ向かう。
ちなみにそのあたりの土地に私は一度行ったことがある。「新幹線から見えたすき家でカレーを食べてみる」という記事の取材の時だった。
タイトルの通り、新幹線に乗っていて窓から見えた牛丼チェーン「すき家」の店舗に行ってみるという旅の記録なのだが、その時行った「すき家」と、「Maxell Technology Gallery」のあるマクセル京都本社の敷地がかなり近いのである。
今回、取材にあたり、JR長岡京駅の駅前から友人のおだ犬さん、逢根あまみさんご夫妻に車に乗せてもらうことになったのだが、取材の直前にコンビニに寄ることになって、それがまさにあの「すき家」の目の前だったので笑えた。
もう一つちなみに、取材前、少し早めに集合して、このあたりに詳しいお二人に連れていってもらった長岡京市の老舗喫茶店「フルール」がすごく素敵だった。古い喫茶店が好きな人たちの間でも有名なお店らしかった。
本棚のマンガの品揃えが魅力的で、この日は読む時間がなかったけど、ゆっくりしたかった。『特攻の拓』の1巻がなかったから、もしかしたらこの店内で誰かが読んでいるのかもしれなかった。
いよいよ「Maxell Technology Gallery」へ
余談が長くなってしまった。マクセルの話なのだ。約束の時間に受付へ向かう。今回「Maxell Technology Gallery」の内部を案内してくださったのは、マクセル株式会社の広報・IR部 で広報を担当していらっしゃる片峯美由紀さんである。
片峯さんは2002年にマクセル株式会社に入社され、2017年から広報の部門を担当されているという。マクセルの歴史を詳しく知ったのは入社後のことだが、「カセットテープは使ったことがある世代です」とのこと。
案内していただきながら、施設内を見ていく。ちなみにこの「Maxell Technology Gallery」、普段は来客や社内で打ち合わせをする際に利用したり、メディアからの取材に対応する場として使ったりするそうだが、施設そのものが取材されるのは今回が初めてとのこと。恐縮です。
コーポレートカラーだという「マクセルレッド」に染まった入り口を通って内部へ。施設内は「Innovation Lounge」「Analog Core Technologies」「Product History」の3つのエリアに分かれているとのこと。
最初に通してもらった「Innovation Lounge」は今のマクセルがどんな事業に取り組んでいるかがわかるエリアになっている。壁に大きく展開された企業沿革によると、1961年、日東電気工業株式会社(現 日東電工株式会社)から乾電池、磁気テープ部門が分離独立する形で「マクセル電気工業株式会社」が創業したそうで、この1961年が企業としてのスタートとなっている。1964年には社名が「日立マクセル株式会社」に改まり、長らく日立グループとして続いてきたが、2017年にはグループから独立し、今の社名は「マクセル株式会社」となっている。ちなみに今も使われているロゴは1970年に作られたものだという。
――私の世代はそうかもしれないのですが、マクセルというとカセットテープのイメージでした。
創業当時から磁気テープも製造していたのですが、当初は電池の方が比重が大きかったですね。いわゆるカセットテープは1966年に製造を開始しています。
――カセットテープってそんなに前からあるんですね……。ちなみに今のマクセルの事業はどんなものがメインなんでしょうか?
今はどちらかというとBtoBがメインになっております。創業製品である電池は今も製造していますが、産業向けの製品が中心です。家電量販店でもパックで売っていたりはしますが、こういったものが主です。
――見たことないサイズの電池がたくさんあります。これはどんな用途で使われているんですか?
腕時計や体温計で使われてきた歴史があります。そして今、力を入れているものの一つが、血糖値計用の電池です。血糖値を24時間連続で計測する医療機器があるのですが、そういった機器にも使われています。
――ああ、それは長持ちしないといけなそうですね。
そうですね。特に、信頼性が必要とされる分野です。あとは、こちらも現在の主力製品なのですが、自動車のタイヤに使われる空気圧のセンサー用の電池も作っています。耐熱性に優れたもので、マイナス40度から125度の温度範囲で使用できる電池です。
――タイヤの中にも電池が入っているんですね。
タイヤのバルブの部分についているセンサーの電池ですね。日本では法制化されていないのですが、タイヤのパンクによる事故を防ぐために、ヨーロッパやアメリカ、中国では法制化されていて、新車にはこのセンサーを必ずつけなくてはいけないんです。4つのタイヤのすべてに装着されていて、現在では、世界で約7割*のシェアを持っています。
*マクセル調べ
――なるほど。それこそ、耐久性が大事そうですね。
はい。熱が発生したり、加速度が2000Gもかかるというような状況で、長期間使用できる電池が求められています。これをクリアするのは技術的に高度なことなんです。
――なるほど。しかしこう、ここに並んでいるものは実際に見たことがないものばかりですね。
なかなか目にすることはないですよね(笑)私も最終製品は見たことがないものが多いです。この辺りの製品は半導体の部品を作るための部品で……表現がすごく難しいのですが(笑)チップを作る工程で使う治具と言いますか。
車載カメラ用のレンズユニットですとか、ヘッドランプ用のレンズも作っています。今の車で、バックする時に、アラウンドビューが表示されたりしますよね。そういった機能を実現するために使われるレンズですとか、前の車との距離が近くなったら警告が出るとか、センシングに使われるレンズなどですね。これらは、CDやDVDなどのピックアップレンズの技術が基になっています。
――ああ、そういう、技術の応用で今があるわけですよね。
はい。元をたどれば繋がっているのですが、今の製品のラインナップだけを見ていくと、マクセルがなんの会社なのか、わからなくなってしまうかもしれません(笑)
――たしかに。もうわからなくなってきています。とにかく、一つの技術がまた別のものに発展して、それがずっと続いてきたわけですね。
これは全固体電池というもので、今、話題の電池なんです。
電解液がない電池なんです。
――へー。古い電池って液漏れしたりしますけど、そういうことがないわけですか。
そうです。全部固体なので、液漏れもないですし、耐熱性も高いですし、寿命も長いという夢のような電池です。最近の電池でして、やっと量産できるようになってきたところです。開発中のものもあります。
――全固体電池か……知らない言葉が次々に(笑)
こちらの白い筒状のものは「塗布型セパレータ」で、車載用のリチウムイオン電池の中に入っているものです。手前にあるのは「EMC対策部材」という、またちょっとわかりにくいものなんですけど(笑)5Gとか6Gの通信を利用する上で発生するノイズを抑制するためのシートも作っています。黒っぽくみえるものはカセットテープにも使われていた磁性粉と呼ばれる素材が使われているためで、ここに並んでいる製品の中では一番カセットテープに近いものかなと思います。
――たしかに、なんだか質感が似ているような気がします。
このように、今当社で作っているものは、9割ほどが産業向けの製品なんです。量販店で皆さんに目にしていただけるのは、シェーバーやパック入りの電池などで、ほかの製品は機械や製品の中にあらかじめ組み込まれていたり、産業用途でつかわれているものばかりです。そういったこともありまして、若い方ですと、マクセルという社名自体をご存知ない方も多いようなんです。ですから、若年層向けのブランディングも強化している最中です。
――ああ、ロゴを見たり、社名を耳にする機会がないわけですもんね。そうか。