小出し記事 2021年6月9日

10年前の池袋を歩く その2 〜サンシャイン通りで不易流行を追う

Google Mapを使って10年前の池袋を歩くこの企画。

20年前でも、30年前でも、100年前でもなく、10年前というのが絶妙なのだ。微妙に変わっているようで、微妙に変わっていない。そんな、記憶の間を行き来していく。

1997年生まれ。大学院で教育学を勉強しつつ、チェーン店やテーマパーク、街の噂について書いてます。教育関係の記事についても書きたいと思っているが今まで書いてきた記事との接点が見つからなくて途方に暮れている。

前の記事:ビックカメラの数字が違う~10年前の池袋を歩く その1

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サンシャイン通りはどうなっているか

池袋最大の繁華街サンシャイン60通り。池袋のランドマーク「サンシャインシティ」に向かって伸びる通りだ。10年前から変わっているだろうか。

大黒屋のデカイ看板は(2013年ストリートビュー)、

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セクシーな女性に。看板がそのまま塗り変わっている(2021年筆者撮影)

これぐらいだと、まだ大きい変化で、中には目を凝らさないと分からないような変化もある。

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麻雀カボは(2021年筆者撮影)

「麻雀リオ」だった。マイナーチェンジ(2014年ストリートビュー)

さらには、かつての看板の記憶が亡霊のように残る場所もある。

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ボディ・アロマ・足ツボと並ぶ看板は(2021年筆者撮影)

かつて、コミック・雑誌・同人誌・DVDと似たように配列されていた。似たリズム感を感じる。こういうリズム感招く亡霊がここに巣食っているとしか思えない(2015年ストリートビュー)

変わりすぎる、あまりにも変わりすぎる

歩いていると、木材で入り口が塞がれた場所があった。なにかの店が閉店したのだろうか。

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ここ

この間、ここを通った時、なんかあったよな、と思いつつGoogle Mapを開いてみる。すると、ケンタッキーがあったのだ。10年前もケンタッキーがあった。

ありました(2013年ストリートビュー)

そして驚くべきことに、この散歩に行ってから数日後、再度この地を訪れると、なんとここはメガネ屋に変わっていた。

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変わっていた(2021年5月筆者撮影)

早すぎる身代わりだ。もはや、10年スパンですら荒すぎるほどの激しい変転を見せている。

私たちが見た木材で入り口が塞がれているこの店の姿は、歴史の中で一瞬しか姿を表さなかったのだ。

池袋は変わりすぎる、あまりにも変わりすぎて、10年という網の目すらすり抜けていく。

不易流行を追って

しかし、変化ばかり追っていると、どうにもこういうことを考える

「変化しないものはないだろうか」

江戸の俳諧師・松尾芭蕉はかつて「奥の細道」の旅を経て「不易流行」を唱えた。つまり、世の中には変わるものと変わらないものがあるということだ。
池袋にも不易流行はないだろうか。

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例えば、この寿司屋はどうだろう(2021年筆者撮影)

お、変わってなさそう(2009年ストリートビュー)

しかし、よくみて欲しい。

昔はどれでも一皿136円だったのが、現在は「130円より」になっている。微妙に変化しているのだ。
看板はほぼ同じなのに、細かい部分だけ変わっていた。

やはり、変化しないものはないのだろうか。

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ここはあまり変わっていないのではないか。みくに小路。戦後闇市の名残で誕生した横丁だ。趣しかない

入り口がかなり違った。昔ながらに見える横丁でさえ、変わっているのだ。なんということだろうか(2009年ストリートビュー)

やはり、池袋のすべては変化していくのだろうか。
池袋の変化しない部分はあるだろうか。

ここにきて、この散歩の目的は一つに定まったのである。

「池袋の変化しない部分を探そう」


次回は、池袋最大の再開発地帯・豊島区役所周辺を歩きます!

 れんさい企画「10年前の池袋を歩く」 

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