特集 2018年10月5日

「お稲荷さん」って結局どんな神様なんですか

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東京の街を歩いているとかなり高い確率で「お稲荷さん」に遭遇する。

それは大きい神社に限らず、祠(ほこら)のような小さいものや、人の家にある神社、それにデパートの屋上などでも祀られているのを見ることができる。でも、そんなお稲荷さん。私たちの生活にかなり身近な神様なのに、どんな神様なのかというのは実際知らないような気がする。

お稲荷さんってなんだろう……。
生まれも育ちも横浜。大人げない大人を目指し、日夜くだらないことを考えています。ちぷたそ名義でも活動しています。(動画インタビュー

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稲荷社の本宮は京都にある伏見稲荷大社だ。稲荷社というもの自体は全国に2万近くもあるうえ、神職さんがいないような小さな社や祠などもあるので、街で目にする神社で多いのは稲荷社ではないだろうか。
東京では街中で小さなお稲荷さんをよく見かける
東京では街中で小さなお稲荷さんをよく見かける
しかし「お稲荷さん」という神様がいるわけではなく、稲荷社で祀られている神様のほとんどはウカノミタマノカミという農耕や食物を司る神様である。現在では商売繁盛の神としても親しまれている。

ちなみにこのウカノミタマノカミ、古い文献ではおじいさんの姿で描かれているものも少なくないそう。

数多くあるお稲荷さんモチーフの作品の影響か、私は何故か女神のイメージが強かった。稲荷は神仏習合で仏教の荼枳尼天(ダキニテン)と習合しており、そちらでは白狐に乗る天女の姿で表されたりするので女神のイメージはあながち間違いではないらしい。
こちらは荼枳尼天を祀る、豊川稲荷(東京別院)
こちらは荼枳尼天を祀る、豊川稲荷(東京別院)
お稲荷さん、いろんな側面があるのでもう既によくわからなくなっているが、とりあえず現段階では京都に本宮があって、神様の遣いは狐(神狐)で、農耕や商売繁盛の神様で、日本にたくさんある神社なんだということだけ理解してくれていたらOKだ

國學院大學へ

國學院大學 渋谷キャンパス
國學院大學 渋谷キャンパス
お稲荷さんとはなんなのかという疑問を抱えて訪れたのは、東京・渋谷にある國學院大學。國學院大學渋谷キャンパスには、将来神職に就きたい学生が多く通う神道文化学部があり、博物館も併設されている。
國學院大學研究開発推進機構日本文化研究所・平藤喜久子教授
國學院大學研究開発推進機構日本文化研究所・平藤喜久子教授
話を伺うことができたのは、國學院大學・平藤喜久子教授。専門は神話学で日本と世界の神話に関する研究や、古今東西の神の描かれ方についての研究を行っている方だ。では、身近なようであまり知らない「お稲荷さん」について聞いていく。

お稲荷さんは「よくわからない」!?

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――今日はよろしくお願いいたします。単刀直入に聞きますが、お稲荷さんって一体どんな神様なんでしょうか。

平藤教授:「お稲荷さんがどういう神様か」というのをどこからお話ししていいか難しいのは、つまり“よくわからない”んですよね。

――よくわからない……!?

平藤教授:こんなにあちこちに社があるのに、「人気の割によくわからない」と言えるかもしれません。というのも、例えば天照大御神という神様であれば古事記や日本書紀といった日本の神話の中に出てくるので神話を絡めてお話ししやすいのですが「お稲荷さん」という神様は出てこないんですよ。

――「お稲荷さん」は神話には出てこない神様なんですね。
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平藤教授:そうです。神話には出てきませんが稲荷社という今の伏見稲荷大社の起源となった社の始まりの話は古い文献に書いてあります。大金持ちがお餅を的にして矢を射ようとして遊んでいたら、その餅が白い鳥になり飛んでいってしまった。それを追いかけて行ったところ、白い鳥が降り立ったところから稲が生えていた。それですごいことが起こった、悪いことをしてしまったと神社を建てたのが稲荷社にまつわる古い伝承です。
稲荷の伝承イメージ(画:井口エリ)
稲荷の伝承イメージ(画:井口エリ)
――大金持ち何やってんの~~~!?

平藤教授:その謂れから稲が成った、「稲成り」で「稲荷」になったと考えられています。そうした成り立ちからきているので、どんな神様かと問われたら“作物の実りに関わることを願われてきた神様”ということになりますね。でも、その「お稲荷さん」自体が何かした、主人公のはなしがあるわけではないのでそういう意味では「よくわからない」のです。
ウカノミタマノカミ。平藤教授監修・『イラストでまるわかり! 日本の神様 ご利益事典</a>』より
ウカノミタマノカミ。平藤教授監修・『イラストでまるわかり! 日本の神様 ご利益事典』より
――ということは、現在のウカノミタマノカミはもしかして……後から?

平藤教授:そうです、まずは稲荷社ができて。今はどこの神社でも御祭神はどの神様かがはっきりしていますけど、古い時代にはご祭神がはっきりしないこともよくあります。後の時代になって「稲荷の神様は神話に出てくるウカノミタマノカミのことだ」となり現在に至ります。民間信仰の中で出てきた神様って、稲荷に限らず後で古事記や日本書記の神様と結びつけられていくことが多いです。

稲荷社は何故全国に広まったか

平藤教授:稲荷が広まった経緯に関しても独特なところがあるんですよ。もともとは古事記や日本書記にも出てこない、地方のいち社だったわけで、でもそれが全国に広まったというのも面白いんですよね。

――確かに。どんな経緯でお稲荷さんは全国に羽ばたいたんですか?

平藤教授:ひとつ考えられるのは、京都駅の南のほうに弘法大師とゆかりの深い、東寺という名で知られる教王護国寺という真言宗本山の古いお寺があります。弘法大師がそのお寺を託されたのは平安時代のはじめのころですけど、その時に守り神としてお稲荷さんをそこにお祀りしました。なので、稲荷は真言宗と関係が深かったんですね。それで、空海の教えが広まってあちこちに彼の関連のお寺ができる時にお稲荷さんもセットで広まっているんです。それがお稲荷さんが全国に広がる第一歩です。
真言宗のお寺は稲荷と関係が深い説(写真は真言宗大覚寺派田谷山定泉寺境内にあった弘法大師像)
真言宗のお寺は稲荷と関係が深い説(写真は真言宗大覚寺派田谷山定泉寺境内にあった弘法大師像)
――ええーー!? 確かに、お寺の境内とか目の前にある小さい神社って大抵お稲荷さんかも……!

平藤教授:特に真言宗はその場合が多いと思います。


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東京にお稲荷さんが多い理由

工場の片隅にもお稲荷さん
工場の片隅にもお稲荷さん
――江戸時代には「お稲荷さん」は定着したんですか?

平藤教授:平安時代のはじめぐらいからお寺を中心とした感じで広まっていって全国展開していく足がかりができたのですが、元は稲作の神様や農業関係の神様として広まったわけですよね。でも広まっていくうちに農業をしていないところにも広まっていきます。そうすると、主な人々の暮らしの仕方によって神様のご利益も加わってくるんです。江戸でお稲荷さんが展開するにあたっては稲作ではなく、商売繁昌の神様として広まりました

――私は実は農耕の神よりも商売繁盛のイメージの方が強かったです。

平藤教授:場所によりますね。農業が盛んな地方では、お稲荷さんは農耕の神様のイメージの方が強いんじゃないでしょうか。江戸では商業が盛んなので商売繁昌のイメージで爆発的にお稲荷さんが広まりました。江戸時代多かったものとして「伊勢屋稲荷に犬の糞」という言葉があります。伊勢屋さんという名前のお店がどこを見てもあったし、お稲荷さんと犬の糞もどこ見てもあって……。つまり東京にお稲荷さんが多いというのは、江戸時代に流行ったからです

民家の小さい神社でも稲荷が多い理由

五反田でマンションの敷地内に祀られていたお稲荷さん
五反田でマンションの敷地内に祀られていたお稲荷さん
――江戸時代に爆発的に増えたのがそのまま残ってきているから東京には稲荷神社が多いんですね。思ったんですけど、民家にある小さな神社、あれもお稲荷さんが多いですよね。

平藤教授:民家にある小さな神社は、家の敷地の中にお祀りする神様ということで「邸内社」(ていないしゃ)といいます。家で神様をお祀りするってなった時に、やっぱりいつの時代も、どんな家族構成だとしても商売繁盛は普遍的に願えるんですよね。みんな「一生食べ物に困らないで生活したい」ですから。例えば縁結びだとどうしても個人個人の恋愛を願うイメージなので、家族でお祀りする神社とはまた違う気がします。

――そう考えると、やっぱり家で祀る神様としてもお稲荷さんは適しているんですねー。

平藤教授:家族の繁栄とかにも繋がりますしね。繁栄には子孫が生まれるということも含まれるけど、生まれたら育てなければならない。育てるにはやはりお金がかかります。そうするとお稲荷さんは邸内社としてぴったりだったんですよね。その邸内社も、だいたいは新しく作るのではなく、ずっと前からそのお家でお祀りしてきたものだと思います。

――おうちで祀る神様というと神棚かなと思いますけど、言ってみれば家の中の神社は神棚のアップグレード版みたいなもの……?
東銀座駅の歌舞伎稲荷。東京では駅にも稲荷神社が存在する
東銀座駅の歌舞伎稲荷。東京では駅にも稲荷神社が存在する
平藤教授:基本的にはそういうものだと思います。あとは企業が自分の会社にお祀りする神様もお稲荷さんが多いですね。それはやはり商売繁昌で、街中で見ることができるのも面白いですよね。歌舞伎座や銀座の街に多く祀られているのもお稲荷さんです。

「稲荷=狐」なのは何故

そもそも何故稲荷が狐なのか知らない……
そもそも何故稲荷が狐なのか知らない……
――これも気になっていたことなんですけど、稲荷=狐ですよね。そもそも稲荷社の神様の使いが狐になったのは何故なんでしょうか。

平藤教授:たまに「稲荷=狐の神様」だと誤認されている方がいらっしゃいますけど、狐は神様ではなく神使(しんし)といって、神様の使いですね。それでどうして狐になったのかという話ですが、何故狐なのか、いつからなったのかというはっきりした理由はわかりません。

――お稲荷さんといえば、めちゃくちゃ狐のイメージなのに、理由ははっきりとはわかっていない……!

平藤教授:でも、恐らくこうであろうという説はいくつかあります。ひとつは稲の神様なので、狐のしっぽが稲の束に似ているというのがあります。色もそうだし、フサフサしている感じ。あとは稲作の神様ということは田んぼの神様ですよね。田の神というのは春に田んぼにやってきて、秋収穫が終わると山に帰ると言われています。
都内で見かけた“田の神さま”
都内で見かけた“田の神さま”
平藤教授:狐は春先に山から出てくるんですね。なので、神様より早く春の訪れとともに田に出てきて、“神様を先導するような動物”と考えられて稲荷の神様と結びついたんじゃないかと言われています。もちろんこの2つだけでは無いかもしれないし正解はわからないんですけど、そういう説もあると考えていただければ。

――ちょっと意外だったんですけど、田んぼにとって狐は良い動物なんですね。益獣というか。

平藤教授:そうですね。田んぼを荒らす鳥やネズミを追い払ってくれると言われているので。もちろんそういう働きをする動物は狐だけじゃないのですが、田んぼにとっては良いイメージもあります。

狐はちょっと怖い?

狐は人を化かす? ※画像はイメージです
狐は人を化かす? ※画像はイメージです
――お稲荷さんというか狐って、実はちょっと怖いイメージもありました。「人を化かす」というし「狐憑き」とか……こっくりさんもそうですよね。もともとは田んぼを守るみたいな感じだったのに、狐自体が後の時代で「化かす→ちょっと怖い」イメージとも混ざってしまったのかもしれないですよね。

平藤教授:今私達って狐をほとんど見ることがないわけですよね。でも昔はもっと狐ってほんと身近な動物だったと思うんです。やっぱり身近な動物だからこそ、悪いイメージもあればいいイメージでお祀りされたりもする。蛇は苦手という方でも、蛇の持つ金運アップのイメージを期待して蛇柄の財布を使うという人もいるわけです。以前『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか 』という本を読みまして、この本がまた面白い本なんですけど、それには「人間にとってキツネが遠い存在になっていくのは高度成長期頃からで、そのことが化かされたという話が聞かれなくなったことと関わる」というようなことが書いてありました。

――『平成たぬき合戦ぽんぽこ』だ!

平藤教授:思い出しましたね。ちょうどその話の頃なんです。都市が開発されて、森が住宅地に全部変わっていく中で狐とか狸が住める場所がどんどん減っていって私たちの暮らしから狐や狸が見えなくなった。それが高度成長期以前は、人は狐に騙されていたらしいんです

――遠野物語とかでも人間、化かされまくってますよね。

平藤教授:不思議なことがあった時に、「狐に化かされた」みたいな言い方を今はあまりしないんじゃないですかね。でも以前はそういう言い方がありました。でもそれも50年、60年ぐらいの話ですからそんなに遠い昔の話ではないんですよね。

――では人間が化かされなくなったのはここ50年60年くらい……。

平藤教授:そうなりますよね。

狐と狸

狸を祀っている神社もあるにはある(柳森神社境内の福寿社「お狸さん」)
狸を祀っている神社もあるにはある(柳森神社境内の福寿社「お狸さん」)
――狐は見たことないんですけど、めちゃくちゃ都市部に住んでいるのですが狸はいまだにたまーに見ます。狸も「人を化かす」と言われていたくらいだから、力のある動物だと思われていたと思うんですけどね。

平藤教授:狸も、信楽焼きの置物になっていますからね。あれは商売繁盛の意味で店先に置かれる縁起ものです。

――狸ももっと祀られていい気がするんですよね。身近な動物な割に、狸を祀っている神社はそんなにないんですよね。

平藤教授:するとやっぱり、狐はお稲荷さんと結びついたというのが大きかったんじゃないですかね。

――そこで狸と狐の差がついちゃったのか……! 狸ももっと頑張ってほしい。

お稲荷さんが掲げている正一位とは何か

この赤いのぼりも「稲荷神社」のイメージが強い
この赤いのぼりも「稲荷神社」のイメージが強い
――あとは、稲荷神社がたまに掲げている「正一位」というのぼりについて。稲荷神社以外では見たことないんですよね。あと「正二位」とかも見たことない。これって全てのお稲荷さんが正一位という解釈でいいんですか?

平藤教授:そうですね。「すべてのお稲荷さん」というのはつまり、どこの稲荷神社でも祀られている神様は共通するわけですよね。正一位というのは、かつては神様に位があったんです。今はそういうものを与えるところそのものがありませんが、昔は朝廷が神様の位を決めていて、「お稲荷さん」は神様たちの位の中でも1番上である正一位の位をもらっていたんですよね。ちなみに正二位の神様ももちろんいます。けど、正二位をわざわざアピールする必要があるかと考えると……。

――確かに、正二位だとアピールしなくていいかってなりますね。
赤いのぼりに朱の鳥居、願いが叶ったお礼として鳥居を奉納した千本鳥居に……お稲荷さんは良く目立つ
赤いのぼりに朱の鳥居、願いが叶ったお礼として鳥居を奉納した千本鳥居に……お稲荷さんは良く目立つ
平藤教授:お稲荷さんって、すごい神様であることをアピールするため正一位を掲げているんです。かつてはほとんどの神様に位があったんですね。おいなりさんは一般に人気だし、神社としては正一位をアピールしたいので。でものぼりを立てているのは祠とか商店街の中の小さな神社とかの方が実は多いんじゃないかなって思っているんですけど。

――思い返してみると正一位をアピールしてるのってお稲荷さんぐらいですね。お稲荷さん、鳥居も朱だし赤いのぼりも目立つので印象に強く残るし、数も多いし改めて身近な存在なんだなぁと。これからもお稲荷さんには注目してみよう。

お稲荷さんがより身近になった

取材って毎回知らないことを知る喜びがあるのだけど、今回は特に知る喜びが大きかった。知っているようで知らないお稲荷さん、とても面白かった……! お稲荷さんでこれだけ面白いとなると他の神様についても気になってくる……。
なんて喜んでいたのだが、話を聞いた後に街中で、ウカノミタマノカミとも荼枳尼天とも違う「最上位経王大菩薩を祀るお稲荷さん」を発見してしまった……まだまだ知らないことだらけだし、お稲荷さんひとつでも奥が深い。まだまだ知る喜びがたくさんあるな。

今回取材協力いただいた平藤先生は神宮館より出ている『イラストでまるわかり! 日本の神様 ご利益事典』という本の監修もしている。こちらの本は、普通に読んでもイラストたくさんで神様とご利益がわかりやすく、日本の神様に興味があったらより楽しむことができる本になっている。


■取材協力:國學院大學 研究開発推進機構日本文化研究所 平藤喜久子教授

株式会社 神宮館
住所:東京都台東区東上野1-1-4
TEL:03-3831-1638
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