8インチのフロッピー、売ってます
時代の流れとともにかわりゆく記録メディア。しかし時代から引退したともいえるメディアをいまも市場に流通させ続けている会社がある。
今回わけあって古い記録メディアをたくさん集める必要があり(イベントでプレゼントするためでして、詳しくは後述しますね)調べるなかで「
フラッシュストア」というネットショップが異様な品揃えであることに気づいたのだ。
なんと5インチのフロッピーディスクの新品を平然と売っている(あとで分かったのだが秋葉原の実店舗には8インチのフロッピーもあった)。
「フラッシュストア」のレガシーメディア(一般的に使われなくなった記録媒体)取り扱いページ。かっこいい
この「フラッシュストア」を運営する株式会社磁気研究所は1979年(私と同い年だ)の創業。以来37年にわたって記録メディアを専門に扱ってきたという。
ちょっとまて1979年というとパソコン以前、いわゆるマイコンの時代じゃないか。まさに記録メディア戦国時代の生き証人ともいえる会社だ。
勇んでインタビューをお願いするとご快諾いただけたのだった。
記録メディア、さいしょは紙に穴を開けていた
磁気研究所さんのオフィスへ。左から斉藤邦之社長、フラッシュストアを運営する斉藤清泰さん、技術室の平松室長
古いメディアの話が聞ける!
聞きたいことは山ほどあるが、取り扱ったメディアは100種類を越えるというからどこから聞いていいかわからない。
もごもごしていると平松室長がどえらく古いところから話を切り出してくださった。
平松室長「むかしは事務所でデータを保管するというときは、紙のカードに穴をあけてやってたんですね」
斉藤社長「IBMの“80欄カード”っていうのがあったね」
うわ、パンチカードだ! パンチカードの話から始まった……!
(この記事、マニアックに書こうと思うと大変なことになりますので以下、気になる部分がありましたらなにとぞ各自検索してください。いわゆる沼ですよねこれ!)
斉藤社長「あとは、IBMが8インチのフロッピーを出す前に大型コンピュータで使用してたのが磁気テープ、オープンリールですよね。あれが当時のデジタルのはしりなんですね。50年くらい前まではすべてそうでしたね」
フロッピー 8→5→3.5
平松室長「当時は事務所レベルでデータを扱うって言ったら紙に穴あける、そういうクラシックなものだったんですよね。それをデジタルに変えなくちゃいけないっていって最初にできたのがフロッピーディスクで。8インチの。ちょうど40年くらい前に私も東京で作ってたんですよ」
その8インチのフロッピーも磁気研究所さんの実店舗「記録メディア館」で奥の方に陳列されていた
平松室長「フロッピーはいわゆる磁気記録ですよね。磁気で記録をする。で、それがちょうどカード千何百枚が1枚のフロッピーディスクに入るっていうのがすごく画期的だったんですね。
8インチのフロッピーが誕生した、ちょうどその頃うちの会社が誕生したというかんじですね(平松室長は創業時を知るメンバー)」
こちらは5インチのもの(こちらは 日本仮想化技術 木下さんからのご提供。ここから先、今回の企画のために提供してもらったメディアの写真も出てきます)
3.5インチと比べるとこのようなサイズ感。あと薄っぺらい
平松室長「8インチはIBM、アメリカの技術で。5インチもそうなんですけれども。3.5インチからソニーが日本で初めて作って」
いわゆる「フロッピー」というのはこの3.5インチフロッピーを指すのでは。開発したの、ソニーだったんだ…
記録メディア史上最大のヒットがフロッピー
3.5インチのフロッピーまで時代がおりてくると90年代後半からコンピュータに触れてきた私にも知ってるやつが出た! という心持ちだ。
この3.5インチフロッピーは登場が1980年だという。というとかなりメディアとしての寿命は長かったのか。
斉藤社長「史上最高のヒット商品ですよね。レンジが長かった。フロッピー以降は何が、というとなかなか…。
当時はIBMが採用しないと誰も見向きもしないという市場で。巨人ですからIBMが。巨人が採用しないと世界の標準にはなれないんですね。
そういう意味でMOのような日本の商品は発想な良いんでしょうけれども世界の規格にはならなかったですね」
MO(今泉さんご提供)は容量の多さと、あと分厚いのが頼もしかった
こちらはエムブイシステムズ 水越さんご提供の未開封のMO、パッケージが桃という唐突さがかわいい
日本仮想化技術 木下さんからのご提供のPDはMOに押されて姿を消したメディア。スライドさせると中にCDが入ってた。わ~
全世界のこころをひとつに…
斉藤社長「アメリカからはZIPとかJAZとかも出てきましたよね。いろんなもんが出てきました。しかしまあ記録媒体というのは全世界が時計の針のようでなければいけないんで。世界中で一緒の企画で使わなければ意味がないんですね」
確かにMOもZIPもJAZも、分からないながらに使っていて「なんかメディアとして今後生き続けるのか不安」みたいな感じはあった。
いわゆるビデオ戦争、VHS 対 ベータがこのころまだ記憶に新しかったというのもあるかもしれない。
完全に余談ですが、ここで編集部橋田提供のVHSテープをごらんにいれますね(注目は「レディスゴルフ倶楽部」の「倶楽部」の部分のフォントの不必要な怖さ)
斉藤社長のいう全世界が一緒になって…というのは記録メディアだけの話ではなく「規格」全般の話でもあろう。もしかしてここ祈るところだろうか。
もうマイクロUSBの差込口にミニUSBの端子差してがびーんってなりたくないんです神様!
さて、MOくらいの時代になると円盤系、特にCD-Rが急に幅を利かせ始めた印象だ。
そのあたりはどうなんでしょう。
お店で天井ちかくに積まれていたのはデータカートリッジ
ビットコストで圧倒したCD-R
斉藤社長「外部記憶媒体というのはビットあたりのコストが安くなくちゃいけないというのがあって。1ビットあたりがいくら、というのが。
ですから記憶容量が多くてビットあたりのコストってものが安くて、それとアクセスタイムが早い。そういったものが主流になってくるんですね」
平松室長「そういう意味ではCD-Rがビットコストが安かったんです。それがそのままDVDにつながっていって。
MOはビットコストが非常に高かったのでヒットしなかったのでしょうね」
お店でも円盤系はこちらの主力商品
容量あたりの価格というのは確かに一般のユーザとして当時は常々切実に気にしていた。
平松室長「アクセスタイムが早いというのは、(テープメディアのように)巻いてあると引っ張り出してデータ読まないといけない。でも円盤だとそこが早いんですね。ビットコストもアクセスタイムもスピードが速い。そういうのが一つありますね」
一口に円盤系と言ってますが、DVDだけで5種類の規格がある。さらに大きさにも種類が。中央はカメラ用、8cmと小径のDVD-RW
名刺代わりにこういうの配る文化、あった…
ドライブがいらないメディアでたー
とにかく盛りだくさんのメディア業界戦国時代の話である、一足飛びにうかがっていくしかない。武将で言うなら武田信玄クラスのメディア以下はカットの勢いで話を進めさせていただくこと、どうかご了承いただきたい(そしてこの例えが合ってるかどうかもまた超不安である)。
で、ここまでくると専用ドライブの要らないメディアがいよいよ登場する。
みっちりした陳列させたらフラッシュ系の記録メディアの右に出る商材ないのでは
平松室長「フロッピーからMO,CD,DVDっていうのは記録させる媒体が機械的だったんですよね。何かヘッドが要って読む必要がある。
それと平行して半導体、電気的な記録媒体があったんですけれども、最初はビットコストが高かった。それがIC、半導体技術の発展でコストがいつのまにか近くなってきたんですよね。
ある容量によってはディスクよりも使いやすいってんで、クローズアップされてきた、というのが最近のはなしで」
いわゆるフラッシュ系、USBフラッシュ、SD、SSDのことだ。
たしかに10年くらい前はこの手のメディアは高かった。メモリースティックが高かったころ旅先のベトナムで安く売っていて喜び勇んでお土産にした覚えがある。
これがベトナム土産という時代があったのだ(私にとって)
SDカードは最近はSDとマイクロSDにはさまれたミニSDの存続が気になるところ(まだちゃんと売れてるそうです)
「最高」の記録メディアは今のところまだないのかもしれない
平松室長「記録媒体って今はいろんな分類があってざっと5種類くらいあるんですね。
CDみたいに回転するもの。磁気テープみたいに長く連続して記録するもの、昔からありますし今もあります。それからSDカードのように半導体で記録させるもの。USBメモリもそうですね。それと回転しているけれどもハードディスクとして記録するもの。それからクラウド。
だいたい5種類くらいあると思うんですけれども。それぞれいいところと悪いところがあって」
こちらはデータテープのDDS。現用しているものをカブリ数物連携宇宙研究機構の下農さんからご提供いただいた
平松室長「データというものは、保管しないといけないんですよね。だから一番理想、これがいいというのはないんですよね。そういうこともあって、うちでは全てを用意できてる。
たとえば半導体のメモリっていうのはだんだん放電してしまう。そんなに長く使えるものではないですよね」
確かに今やSDカードのようなものがかなり便利に使われがちで、とはいえ長期のデータ保存を考えると危ないという話はよく聞く(聞くというか、Facebookで定期的にアルバム代わりにしないでください、的な投稿がシェアされてるのを見かける)。
斉藤社長「便利は便利なんですよね。フラッシュ系はね。いい面とわるい面で。用途によって分かれてくる」
ちなみに私は考えられないくらい雑にSDカードを扱ってるのでわりとすぐ壊す(バックアップはちゃんとまめにとってます!)
じゃあ、なんで淘汰されたメディアを扱い続けるのか
記憶メディアには良し悪しがある。なるほどなとひげをなぜて、では、そんな良しも悪しも身に染みて感じている記録メディアの専門店が、時代的に「悪し」になってしまったメディアを扱い続けるんだろう。
斉藤社長「どうしてこの会社でレガシーメディアとか古いメディアを扱い続けてるのかっていいますとね、時代のスピードっていうのが非常に早くて。
次これ次これといろんなものがどんどん出てきて。一般のお客様がそういうことを知らずに便利だからと買って、でもスピードが速いから時代の流れとともにメーカーはどんどん新しいものを作っていく。
気づくとメディアを買えなくなっちゃうんですよね。それでお困りの方が結構いる。そういう方のために記録メディアのニッチな世界ですけど、必要とされるかぎり記録メディアを在庫して、メーカーが作らなくなっても在庫から提供していけたらというのをこの会社のひとつの特徴としてるんですね」
実店舗にはこんなものも。これ昔の留守番テープに入ってたテープだ!
ワープロの話がまさにそうだ
斉藤さん「ネットショップをはじめた最初のころは一般的に売れてるメディアだけがうちでも売れていたのですが、レガシーメディア系、こんなの注文来るのかというのを載せたら実は注文が来た、というのがあるんですよね。
頻繁にではないですけれども、定期的に買ってくださる方もいらっしゃいますし、実際3.5インチフロッピーなんかでは今でもワープロを使ってる方が結構いらして。特に年配の方ですとか。そうするとフロッピーを使うんですよね。
フロッピーありませんかと、ネットショップなのでネットで注文していただきたいんですけれども、電話が来て。パソコン持ってないからと。今日もそういうお客様からお電話いただきましたね」
そうなんだ、ワープロだ。メーカーがサポートを終了して困ったワープロの愛用者の方々がワープロ修理の専門店に押し寄せているといったようなことはテレビのニュースでも何度か見たことがある。
フロッピーはもちろん、MOからZIPからJAZからDDSからDATから
心意気で在庫されているメディアたち
生産が終わっているメディアを在庫として持っておく。単純にどうやって在庫するんだろう。
斉藤社長「お作りになっているメーカーさんからご連絡がある場合もあります。もちろん我々の方からメーカーさんにおうかがいすることもあります」
あ! メーカー側から打診があるのか。これ、もしかして介護に近いことをやっているのではないか。記録媒体の介護である。
MDの入荷がめでたすぎる
MOにレンズクリーナーなんてあったのか
クリーニングテープといえば、カブリ数物連携宇宙研究機構の下農さんからはDLTクリーニングテープのご提供も。これかっこいいなあ!
記憶メディア温故知新
古きものをいつくしむ心、というのはデジタルの世界にはあまりそぐわないもののような印象だ。新しいものこそが至上という。
でもそうじゃなかった。古いメディアを使命感を持って流通させ続ける。これはデジタル社会のわびさびなのではないか。
そう思うと店内に趣さえ感じてくる
餅は餅屋、メディア屋はメディア屋
斉藤社長「この会社、名前が『磁気研究所』なんですけれども、研究もなにもしていないんですよ(笑)。
研究所という名前をつけたのは、記録媒体だけの世界で生きていこう、餅は餅屋というという気持ちなんです。それが会社の発端でもあったんですね。時代が変わっても記録媒体だけを扱い続けていこうと」
斉藤社長と平松室長に「好きな記憶メディア」聞き忘れてしまった。お店を案内してくださった斉藤さんは入社当時売っていたDVDが好き。「当時は1枚100円台だったのが数年で数十円になって。そういうなかで頑張って売ったからやっぱり思いいれは強いですよね」
倉庫はもっとすごいことになってます
平松室長「実際倉庫に行くと、いろんな見たこともない相当古い媒体が大きなスペースにいつ出る(売れる)か分からないようなものがいっぱいあるんですよ」
趣味でマニアで集めているのではなく、企業が商売としてやっているというのがすごい。いいのか、とも思う。
斉藤社長「売れるものだけを売るというのもひとつですよね。ですけども、マーケットがシュリンクして小さくなったものを扱っていくというのもまた商売ですから」
職人が技術を受け継ぐような感じでメディアを守っている感覚だ。しかしここで斉藤社長の本音が出た。
斉藤社長「あれなんだよね、ばかなんだよね」
きたー! である。ばか正直に商売をやる。どデジタルな仕事なのに江戸の商人みたいだ。
平松室長「社長の度量だと思いますよ。あれだけ集めるというのは」
斉藤社長「あまり儲かる仕事でもないんですよ。でもやりはじめたから前も後ろもやりましょうということでやってます」
記録メディアの進化図のようなものがあった(一番奥)のだが、在庫の影にかくれてしまっていた!
「いい話」というのではなくて
斉藤社長の心意気もありうっかり「いい話」のように書いてしまったが、お話を聞いてじんわりと感じたのは「世の中、だいたいそういうことになっている」んじゃないかということだ。
斉藤社長もしきりに「はじめちゃったことだから」と行きがかり上こうなっただけ、ということを強調していた。こういうことが、きっと世の中というものなのだろう。
うまいことバランスとってなりたっている世の中の一端に、まさか記録メディアの歴史からふれるとは思わなかった。感じ入る。
と、最後に「今後扱う」とジャーナリスト向けのiPhoneを使った中継ツールをご紹介いただいた。記録ディア関係ない! でも超欲しいわこれ!
で、なんで古いメディア集めてるの? といいますと
ページ中でも提供してもらった記録メディア各種の写真をご紹介したが、なんでまた集めているのか、というとこちらのイベントで使うからなのです。
WEB系エンジニア向けの勉強会であるこのイベントで、端休めコーナー的にデイリーポータルZが「なつかしメディア射的」で登場するのだ。
各種並べられたメディアを、ぜひとも射的で打ち落としてください。
倒したメディアはもちろんお持ち帰りいただけますぞ。3.5インチフロッピーをゲットされた方には中になんかしらデータも入れておくのでどっかからドライブ探して読んでみてください!
お待ちしています。
(当日は「ミニヘボコン」も実施! 詳しくは
CROSS公式サイトへどうぞ)