灯りの奥に人生の陰陽が見え隠れする
まず、向かったのは恵比寿。いい飲み屋がたくさんあるので、好きな街だ。
駅ビルからすでにメリー度高し
クリスマスイルミネーションのメッカ、恵比寿ガーデンプレイスは世界最大級を誇るバカラのシャンデリアが人々を引き寄せる。
着きましたよ
なるほど、寒風吹きすさぶ中、カップルでごった返していた。「Baccarat ETERNAL LIGHTS -歓びのかたち-」と題されたこのクリスマスイベントは、今年で16回目を迎えるそうだ。10万球のイルミネーションが周囲を彩る。
巨大なツリー
16年前といえば、僕がリクルートを退社して、失業保険をもらいながら、ぼんやりと暮らしていた時期。きらびやかな灯りの奥に人生の陰陽が見え隠れする。
まぜそばおじさんもクリスマス仕様
シャンデリアもちらっと横目で確認しつつ、さてバーを探そう。
店は今年の5月にオープンしたばかり
歩くこと20分。渋谷橋交差点の角を曲がったところに、気になる店を発見した。
右奥はリキッドルーム
クリスマスっぽいラインナップ
意を決して中に入ると、気さくな男性二人組が迎え入れてくれた。店名は「Ebisu Diner Olive」。
左・宮入圭史さん(31歳)と右・信田敏弘さん(35歳)
店は今年の5月にオープンしたばかり。宮入さんがマネージャーで、信田さんが裏番とのこと。取材趣旨を説明すると、二つ返事で「あっ、いいですよ」。
好きです、恵比寿。
温かそうなものがコップに注がれる
「クリスマスのイメージといえばホットワインでしょう。うちでもよく出るんです」(信田さん、以下同)
これが恵比寿の「クリスマス」(700円)だ!
「僕、もともとフレンチレストランでソムリエをやっていたんですが、これはその時の同僚のフランス人から教わったレシピ。フランスでは甘酒感覚で飲むみたいですね」
ひと口飲むと…
おお、スパイスが効いていておいしい。そして、体が温まる。
「宮入の実家が板橋にある『三光堂』という老舗パン屋さんで、そこのパンを使ったホットドッグもどうですか?」
もちろん、いただきます。
こちらが創業64年、三光堂の無添加パン
地域の保育園、病院、福祉センターなどにも卸していて、カレーパンが有名な店だそうだ。
ホットドック(500円)
ああ、いいですね。シンプルゆえの説得力がある。
「恵比寿で一番のホットドックを目指しています。ライバルはサブウェイ(笑)。あそこは専門店なので、なかなかあなどれないんですよ」
すぐお隣がリキッドルーム
二人はもともと共通の先輩の紹介で知り合い、お互いに飲食店をやりたいという話で意気投合し、今回の出店に至ったという。
ところで、すぐお隣がリキッドルームなんですね。
「ライブを見に来たお客さんが時間調整で寄ってくれます。レゲエイベントの時はここでもレゲエをかけたりして、なるべく気持ちよく過ごしてもらえたらと」
貸切パーティーにも使える2階スペース
1階と2階を合わせて9坪と狭い店なので、お客さん同士の距離も近い。
春には表の桜並木がピンクに染まる
ではマスター、最後に「今年の漢字」を教えてください。
迷った末に書いたのは…
「恩」
「飲食店勤務やサラリーマンを経て、いまに至るんです。この店を始めたことによって、人とのつながりがいっぱいできて、それにひたすら感謝する年でしたね」
かくして、恵比寿のクリスマスは「ホットワイン」と「恩」で締めくくられた。
東京タワーに浮かぶハートを見たら幸せになれる
続いて向かったのは六本木。恵比寿ほどは頻繁に訪れない、かなりアウェーの街だ。
客引きがたむろする六本木交差点
とにもかくにも、イルミネーションを求めて六本木ヒルズへと向かう。
ヒルズ玄関口のオリジナルツリー
このツリーは時間の経過とともに、ホワイト、レッド、キャンドル、アンバーと色を変えるのが特徴。デザインテーマは「風光」だという。
東京タワーがきれいに見えるスポットも
すぐそばの女性が連れの女性に向かって、「東京タワーに浮かぶハートを見たら幸せになれるんだって。私は信じてないけどね」と言っていた。
さて、バーを探そう。
かっこいい中学校名
坂の多い街なので、歩く分には楽しい。しかし、土地勘がないのが不安だ。酔狂なお願いを受けてくれるマスターはいるのだろうか。
関塚さんはバーテンダー歴17年
六本木ヒルズをぐるりと囲むように歩く。
阿部寛meetsクリスマス
すると、芋洗坂の途中でよさそうな飲み屋ビルが目に入った。
チェス盤のようなテナント図
この中の「Y BAR」という店に入ってみることにした。明朗料金を記した看板があったからだ。
扉を開けると…
オーセンティックなナイスバーである。しかも、マスターがにこやかに迎えてくれた。
関塚大和さん(36歳)
ここはオープンして3年。国立生まれ、築地育ちの関塚さんはバーテンダー歴17年だという。
ではマスター、「クリスマス」をください。
同時にくわえて吸ってみるとスムーズ
「メニューにないものでいいですか?」と言いながら、なにやら本格的にカクテルを作り始めた。
仕上げのシェイクも様になる
これが六本木の「クリスマス」(1500円)だ!
ウオッカ、ヨーグルトリキュール、メロンリキュール、ブルーキュラソー、ジンジャーエールを混ぜて、上にはすり潰したフレッシュ苺。写真ではわかりづらいが、底の部分はクリアな青色だ。
「色のイメージで作りました。メロンリキュールとブルーキュラソーを合わせることで、きれいな青が出るんです」
当然おいしい
苺の果肉を余すところなく食べたいが、ストローではなかなか吸い上げてくれない。
「そのために2本付いているんです。同時にくわえて吸ってみるとスムーズですよ」
おお、吸いやすい! 今の今までカップルがいちゃいちゃするための仕掛けだと思っていました!
実用的なサービスだった
これはいいことを知った。2015年末にあたり、心が少し広くなったようだ。
もともとは芸術家になりたかったんです
話を聞くと、関塚さんはトップクラスのバーテンダーで、国内外の店舗の立ち上げや後進の技術指導にも関わってきたという。
わかる人にはわかるマッカランのビンテージもの(各10万円!)
「でも、もともとは芸術家になりたかったんです。あと、海外でも働きたい。こうした要素を考慮すると、バーテンダーがいいかなと。世界共通の仕事だし、とくに日本の技術は高く評価されているんですよ」
常連さんがくれて狂喜したというロベルト・カルロスのサイン入りユニフォーム
また、彼は5歳と3歳の男の子の父親で、趣味はトレーニングだ。
「坂ダッシュ、腹筋、腕立てなど、多いときで週4ペースでやっています。目的? 幼稚園の父兄リレーで勝つため(笑)。父ちゃんがかっこいい方がいいじゃないですか」
和んだついでに、もうひとつお願いをした。では、「今年の漢字」をお願いします。
「うーん」と悩むマスター
聞けば、小学生の頃から書道で東京代表に選ばれるほどの腕前。芸術家になるために中学卒業後に渡仏しようとしたところ、担任教師からの"書道推薦"で都内の高校に進学したそうだ。
そして、書いてくれた文字は…。
「尊」
「タケルっていう次男の名前なんですよ。健康でよく育ってくれたなと。あとは、お客さんを尊ぶ気持ちが常にあるので、その意味も込めました」
六本木という街が、少し身近に感じられたひとときだった。
計23名のマスターに乾杯
このシリーズで毎回思うのは、人の半生が面白いということ。恵比寿の信田さんも、六本木の関塚さんも、小さな決断の集積のうえで、いまの店でお酒を出している。そこに飛び込みで入って出会えた縁に何度でも乾杯したい。
計23名のマスター、ごちそうさまでした。そして、1年間読んでくれた皆さま、ありがとうございました。