女子で音が外れてるのは前田と加藤
まず、向かったのは江戸川区の西葛西駅。東京ディズニーランドが近い。
後ろから読んでも「西葛西」
時刻は午後7時。仕事を終えた皆さんが改札口から出てくる。
線路下のショッピングモール
このメトロセンターがやたらと長い。1番街から4番街まであり、全長400mぐらいはあるんじゃないだろうか。
1週間ほど前から腰が痛いので、前かがみで歩く。人生初の腰痛とあって行く末が不安である。
「サンタさん(もどき)」と正直
ところで、インド人街というだけあって、インド人っぽい人々が多い。目に入るのは50人に1人ぐらいのイメージだ。
東京都の調べでは、江戸川区だけで都内全体の25%にあたる、約2000人が住んでいるとのこと。なかでも、ここ西葛西は最密集エリアなのだろう。
おしゃれに母を待つインド人少女
前を歩く女子中学生二人の会話が、すれ違いざまに耳に入ってきた。「合唱コンクールもうすぐだね」「女子で音が外れてるのは前田と加藤だよね」。
クラス全体がなかなか仕上がらないのが、もどかしいようだ。人間は、おのおの大小の悩みを抱えて暮らしている。
駅前の地下駐輪場
この地下では、絶えずガチャンガチャンという機械音が鳴っていた。いま調べてみたところ、これは日本一の収容台数を誇るハイテク駐輪場らしい。詳しくはわからないが、ハイテクが奏でる音なのだろう。
雨が降ってきた。
インドのモスクにも思えてくる
事前リサーチによると、駅から徒歩5分の西葛西クリーンタウンという団地群にインド人コミュニティがあるという。ちょっと行ってみよう。
歩道橋の下は清砂大橋通り
歩道橋から見えた団地群は、なんだか真っ白で非現実的だった。
80年代に建てられたとは思えない白さ
見ようによっては、インドのモスクにも思えてくる。敷地内のスーパーをのぞいてみた。
カレーコーナーが充実しすぎている
これは予想通りだった。インド人の姿も多く見かける。さて、駅前に戻ってバーを探そう。
「立ち飲み 待夢(たいむ)」
ふだんなら、絶対に立ち寄っている。特製シャーベットホッピー(320円)も気になる。しかし、ここに「インド」はなさそうだ。
やがて、マスターレーダーが反応する店を見つけた。
「レストランバー CAL CAL」
インドの人は基本的に外食をしない
店頭の看板には、「リクエストに応じ、オリジナルカクテルも作ります」とある。
果たして、「インド」はあるのか
BGMはピアノジャズ
取材趣旨を告げると、「インドのお酒?」と首を傾げながらもOKしてくれた。創作無国籍料理の店だという。
スタッフの住吉章男さん
店名の由来は、カリフォルニア市民は自分たちのことを「カル」と呼び、カリフォルニアもこの店も魚料理が美味しいから。
毎週末にピアノの生演奏が入り、月に1、2回はジャズバンドによる本格的なライブも行われるという。
ちなみに、住吉さんの趣味はスノボで得意技は「バックグラブ」。スノボのことはまったくわからないが、知人が「180(ワンエイティ)」ができるようになったと喜んでいたことを伝え、どちらが難しいのかと聞くと、「トリックのやり方が違うんで」とのお答え。うむ。
カクテルメニューだけで13ページあった
インド人との交流は、意外にもほとんどないらしい。コミュニティ内で事足りているということか。
「インドの人って基本的に外食しないんですよ。食べちゃいけないものもあるし。するとしても、駅周辺に何軒かあるインド料理店に行っちゃいますからね」
では、さっそくですが「インド」ください。
スタッフの生沢さんが作ってくれた
西葛西は日本のシリコンバレー
待つこと数分。「インド」が運ばれてきた。
しかも、2つも。ダブルインドだ
左がインド発祥のラムにオレンジジュースを加えた「マハラジャ」。右が2種類の強めのラムにレモンジュースやパイナップルジュースを混ぜたもの。各840円。
「『マハラジャ』はインド人をイメージして作ったオリジナルカクテル。『ゾンビ』は死人が生き返るほど強烈で、スパイシーな料理に負けないパンチの効いたお酒です」
「ゾンビ」をひと口飲むと…
うん、おいしい。アルコール度数が高いのに飲みやすいので危険なお酒だ。さらに、「マハラジャ」でインドに浸る。
ところで、後ろにある名車と呼ばれるホンダVB400Four(ヨンフォア)が気になっていたが、社長の私物だった。
僕は同じくホンダのVTZに乗っていた
と、そこへ社長が登場。「写真はいいよ」とのことなので、話だけ聞く。なぜ、西葛西にインド人コミュニティができたんですか?
「ここにIT関係のインド人ボスが住んでいたんだけど、コンピュータが誤作動する『2000年問題』が起きた時、人手が足りないからって彼が優秀なIT技術者をインドから大勢呼び寄せたんだよ」
おお、なるほど。西葛西は、いわば日本のシリコンバレーというわけだ。ここでも、カリフォルニアがつながった。
アルバイトの優奈さん
「男ばっかりじゃ、むさ苦しいでしょ」という住吉さんの気遣いから、女性スタッフも紹介してもらった
彼女は、専門学校でイラストの勉強をしていて、BLも読む“腐女子”だという。思いつきで、「じゃあ、さらっと描いたイラストを後で送ってください」と頼んでみたところ、翌朝、すごい一枚が届いた。
徹夜で描いたのだろうか
というわけで、大満足の半ゾンビ状態で「CAL CAL」を後にする。
唐辛子粉のサイズがダイナミック
次に向かったのは、新大久保。
言わずと知れたコリアンタウン
久しぶりに来てみたが、街の韓流化はますます進んでいるように見えた。
訳は英語ではなくハングル
道を歩いている人の半分以上が韓国人じゃないかと思うほど、日本語が聞こえない。
「満車」のハングル文字がかわいい
そして、そこかしこから漂ってくる様々な種類のいい匂いが鼻腔をくすぐる。
色彩も他の街より派手な気がする
ここでも、スーパーをチェックしてみると、キムチ試食コーナーの充実ぶりに驚かされると共に、自家製キムチ用の唐辛子粉のサイズがダイナミックだった。
下のビッグサイズで800円ぐらい
「悪魔がいなくなる」という意味
すると、再びマスターレーダーが反応した。
「Lose devil」
一瞬、ガールズバーかと思ったが、そうではないようだ。階段を降りてみる。
期待できそうなボトル棚
「『韓国』というイメージでお酒を作ってもらいたくて」。取材趣旨を説明する。
オーナーの長縄将太さん
「うち、どっちかというと中国なんですよね。このスタッフが中国人で、お客さんも中国人と日本人が半々ぐらい、あと観光客が少し」
と、指差す先にはーー。
福建省出身のヒロさん
長縄さんは長い間、芸能プロダクションを経営していたが、思い切ってそれを辞め、バーで知り合ったビジネスパートナーのヒロさんと、今年7月にこの店をオープンしたそうだ。
ちなみに、「Lose devil」は「悪魔がいなくなる」という意味で、中国で人気のある店名なんだとか。そして、ヒロさんは福建省出身ながら烏龍茶は嫌いで、コーヒーばかり飲んでいるという。
長縄さんから面白いことを教わった。2015年現在、新大久保駅から左はコリアンタウンで、右は中国、ベトナム、タイエリア。さらに、その下にマレーシアなど、住み分けができているという。
さらに、バックパッカーが泊まる安宿も増えているので、完全に無国籍タウンとなっているんだとか。こういう情報は内部の人でないと、なかなかわからない。
「中国」はイエガーのレッドブル割り
さて、では「中国」をください。
慣れた手つきで作り始めるヒロさん
ちなみに、このあたりに韓国人バーはあるが、中国人がやっているバーはまったくないという。ここは、かなりレアな店なのだ。
数分後、出てきたのはーー。
こちらが「中国」(600円)だ
イエガーマイスターというドイツ産のリキュールをレッドブルで割ったもので、中国人が大好きなお酒なんだそうだ。
一方、韓国人は昔の有名な大統領が愛していたお酒ということで、ジャックダニエルのコーラ割りが定番になっているとのこと。
ひと口飲むと…
あ、僕が好きなオロナミンCみたいな味だ。イエガーはアルコール度数35%ながら、ごくごくいける。
しかし、中国人の常連たちはボトル1本とレッドブル5本のセットを一晩で飲み切るのが常だというからすごい。
飲み会用のルーレット
なお、日本人が「とりあえず、生!」といって注文する生ビールも置いてあるが、外国人は瓶ビールしか飲まないそうだ。
中国人なら誰でも知っているサイコロの数当てゲーム
ヒロさんが「わたし、プロよー」という通り、長縄さんは3回連続で負けていた。
中国語の「美しい神話」を聴く
そこへ、大久保と新宿で「BOCA」というスパニッシュバルを経営する日本人の常連から、国産ラム肉の差し入れが。
肉に飛びつくヒロさん
「ただ炙っただけだけど、そこらの肉より絶対うまいっすよ」という言葉通り、これが本当においしかった。
味付けは塩のみ
なお、この店には無料のカラオケもあるため、地元のおじさんおばさんが、オープンから歌いに来るそうだ。
周辺では3軒だけという中国カラオケも
古老が何かする?
肉筆フェチにはたまらない
日本語で「美しい神話」。飛び込み取材にもかかわらず、様々な出会いがあった今夜こそ、美しい神話だと思った。
「インド」と「中国」にあらためて乾杯
西葛西では「2000年問題」に思いを馳せ、新大久保では「美しい神話」を聴けた夜。インドと中国は60年代に中印国境紛争などもあったが、友好関係の継続に日本がひと役買えればーー。前かがみで、そう思った。
ごちそうさまでした。