特集 2015年6月17日

マスター、「北浦和」ください

武蔵浦和のアート中華店にて
武蔵浦和のアート中華店にて
浦和が多すぎるのである。「〇〇浦和」という駅の名称のことだ。各駅の住民は、これについてどのように考えているのだろうか。今回は「武蔵浦和」と「北浦和」を訪れ、店のマスターにその街をイメージしたお酒を作ってもらうとともに、「〇〇浦和問題」についても聞いてみた。
ライター。たき火。俳句。酒。『酔って記憶をなくします』『ますます酔って記憶をなくします』発売中。デイリー道場担当です。押忍!(動画インタビュー)

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タワーマンションが立ち並ぶ

下の地図を見るとわかるように、さいたま市には「浦和」に始まり、「北浦和」、「南浦和」、「東浦和」、「西浦和」、「中浦和」、「武蔵浦和」、そして地図に収まりきらなかった「浦和美園」という計8つの〇〇浦和駅がある。
浦和が多すぎる件
浦和が多すぎる件
まず向かったのは「武蔵浦和」。1985年に開業した新しい駅だ。埼京線と武蔵野線が止まる。
新宿駅から埼京線で約30分
新宿駅から埼京線で約30分
駅を出ると、そこにはタワーマンションが立ち並ぶ未来感あふれる街並みがあった。
再開発が進んでいるらしい
再開発が進んでいるらしい
花と緑の散歩道
花と緑の散歩道
しかし、飲食店があまりない。時間も早いし、取材先を見つけるのは難しいか。そう思った瞬間、オブジェのようなものが視界に飛び込んできた。
顔とネコ
顔とネコ
「中華 富士」。飲み屋ではないが、入るしかないだろう。

上の歯は飛車と角、下の歯は王将

大阪生まれのマスター、城 和宣さん(71歳)
大阪生まれのマスター、城 和宣さん(71歳)
単刀直入に聞いた。外のオブジェは何ですか?

「向かいに高いビルがたくさん建ったやろ。みんなそっちばっかり見よるから、何とかしてこっちに注目してもらおうと思って作ったんよ」
たしかに高層ビルの存在感はすごい
たしかに高層ビルの存在感はすごい
マスターいわく、オブジェを飾り始めたのは2年前。写真はよく撮られるが、なかなか店に入ってきてくれないのが悩みだという。
ベニア板やセメントなどでできている
ベニア板やセメントなどでできている
歯にも注目してほしい。
将棋のコマなのだ
将棋のコマなのだ
「上の歯は飛車と角、下の歯は王将。形がちょうどええやん」

とくにタイトルはないとおっしゃるので、付けましょうよと提案。しばし考えたのち、「じゃあ、『イケイケ』にしよっか」とのお答え。『イケイケ』誕生の瞬間である。
文字はパイプを切って組み合わせる
文字はパイプを切って組み合わせる
アートを学んだ経験はなく、絵も自己流。こうしたものを作るのは人生で初めてだったというからすごい。

「前はもっと大きな顔があったんやけど、目玉が薄気味悪いって近所から言われて。しょうがないから外しちゃった」
読みやすさよりアート性を重視
読みやすさよりアート性を重視
ひととおり説明を聞いたのち、あらためて店内へ。メニューを見ると、ところどころローマ字表記になっている。

「いま区役所の8階のパソコン教室に通っててな。ローマ字を覚えたのが嬉しくて、さっそくメニューに取り入れたんや」

全体的には俺が一番面白かった

外国に来た気分を味わえる
外国に来た気分を味わえる
ではマスター、「武蔵浦和」ください。
はい、「武蔵浦和」ね
はい、「武蔵浦和」ね
数分後、出てきたのは「豚ロースのしょうが焼き定食」だった。この店の一番人気だそうで、お値段も580円と安い。
これが「武蔵浦和」だ!
これが「武蔵浦和」だ!
おお、肉がジューシーでかなり美味しい。

「再開発でどこも工事しよるから、建設業の人がたくさん来るんや。その人たちに人気のメニューやね」

外のオブジェはやはり目立つようで、テレビの取材も何度か受けたという。
「モヤさま」も来たばかり
「モヤさま」も来たばかり

さまぁ~ずはどうでした?と聞くと、「面白くやってくれて、さすがやと思ったね。録画したやつも見たけど、全体的には俺が一番面白かった」。ポジティブなのである。

ちなみに、いま製作中の作品は「モヤさま」の番組ロゴをモチーフにしたものだという。
このへんに雲のモクモクを貼って
このへんに雲のモクモクを貼って
ところで、武蔵浦和はどんな街なんだろうか。

「ずいぶん人が増えたね。もう長いこと住んどるけど、昔はのどかで何にもないとこやった。外を歩いとるとヘビを踏んづけるぐらいの田舎。玄関のドアを開けっ放しにして出かけても、泥棒は入らんかったからね」
新作が完成した頃にまた来ます!
新作が完成した頃にまた来ます!
「もう歳やから引退したいけど、働いとった方が逆に体も元気なんかもな」。そうつぶやくマスターにお礼を言って、武蔵浦和の街を後にした。
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どちらも初めて訪れる街

次に向かうのは「北浦和」。直感で決めた。武蔵野線の南浦和で乗り換えて、京浜東北線でふた駅だ。
こちらの駅は1936年開業と古い
こちらの駅は1936年開業と古い
先の武蔵浦和もそうだが、どちらも初めて訪れる街だ。そんな街を散策するのは非常に楽しい。
なかなかの都会である
なかなかの都会である
落ち着いた街並み
落ち着いた街並み
家賃相場はこんなかんじです
家賃相場はこんなかんじです
浦和といえばサッカー
浦和といえばサッカー
駅周辺を歩くこと30分。マスターセンサーが「ここしかない!」と告げる店を発見した。

覆面レスラーみたいな人生がよかった

すばらしい
すばらしい
店の名前は「ペントハウス」。この雰囲気には似つかわしくないが、その理由はのちに明らかになる。
マスターの望月秀行さん(65歳)
マスターの望月秀行さん(65歳)

「取材をさせていただけませんか」と言って企画書と名刺を渡すと、おもむろにルーペを取り出した。
ルーペで名刺を観察するマスター
ルーペで名刺を観察するマスター
「これがないと読めねえんだよ」。そう言うマスターに、まずは生ビールを注文。この店は来年で創業40年だという。
大相撲とサッカーが共存
大相撲とサッカーが共存
「店を始めたのは26歳ぐらいの時かな。それ以外も、写真屋とかべっ甲の輸入とか同時にいろいろやったよ。春画を描いてアメリカで売ろうとしたり。北斎はいろんな名前で描いてたって知ってるか? ああいう覆面レスラーみたいな人生がよかったんだよな」
メニューの下には日本酒の蔵元マップ
メニューの下には日本酒の蔵元マップ

本物のハイボールはトリスだけ

生ビールを飲み干した。一向に取材OKとは言われないが、この展開なら大丈夫だろう。マスター、「北浦和」ください。

それは、すぐに出てきた。
これが「北浦和」だ!
これが「北浦和」だ!
おお、ハイボールだ
おお、ハイボールだ
「トリスハイボールね。本物のハイボールはトリスだけ。それ以外はウイスキーソーダって言うんだ」

常連客は、みんなウイスキーが好きなんだという。ここで、マスターの「俺はG3だから。ギャンブル、ゴルフ、碁ね」というトークから、前日の競馬で100円で2億円を当てたひとがいるという話題になった。

「じゃあ、1000円賭けてたら20億円ですね」と言うと、「違うんだよ。みんながそうしたら割り当てが減っちゃうんだよ。キミはギャンブルの本質を知らないな」と怒られた。

さらに、「うちはカラオケも置いてある」と言うのでキョロキョロ探していると、「ほら、カラのオケ」とカウンターの端を指差す。
秋田の名酒「新政」のカラオケ
秋田の名酒「新政」のカラオケ
ところで、つながっている隣の店が気になる。
カウンターから見える階段
カウンターから見える階段
「あれもうち。俺んちは基本的にジャズ屋だから。毎週火曜にプロの生ライブをやってるんだよ。こっちのカウンターは歌が好きな人の集まりね」
これぞ「ペントハウス」だった
これぞ「ペントハウス」だった
「ハイボールが出回りだした60年代はジャズが人気でさ。でも、ジャズ好きは『飲まない』『食わない』『帰らない』で有名。じゃあ、フードで釣ってやろうってことで、こっちを始めたんだよ」

ここは『さいたま市北浦和区』だから

カウンターの外にいる方が長いマスター
カウンターの外にいる方が長いマスター
「俺が好きなのはナイトクラブのジャズ。アダルトオンリーね。ぜいたくな音楽なんだよ」

「〇〇浦和」問題についても聞いてみた。

「役人が勝手に付けたからな。さいたま市は公募だったかな。どこの浦和がいいかって? 北浦和に決まってんじゃねえか。歴史も古いし、役場が多いからもともとは官官接待で栄えた街。言っとくけど、ここは『さいたま市北浦和区』だから。『浦和区』なんていうと、みんな浦和駅で降りちゃうだろ」
名物だという「牛もつ煮込み」(350円)もいただく
名物だという「牛もつ煮込み」(350円)もいただく
ルーペでもつ煮込みを観察するマスター
ルーペでもつ煮込みを観察するマスター
「キミたちはインターネットの時代だけど、これからはロボットの時代」というマスターの話を聞きながら、とろっとろのもつ煮込みを食べた。
ごちそうさまでした
ごちそうさまでした

他の「〇〇浦和」も気になる

「武蔵浦和」と「北浦和」。奇しくも正反対の街だった。しかし、強烈な個性を持ったマスターがいるという点では共通している。これでいくと、他の「〇〇浦和」も訪れてみた方がよいのかもしれない。そういえば、北浦和駅で押したスタンプの絵柄は「県立近代美術館」だった。駅のスタンプで街の顔を知るという手法も使えそうだ。
北浦和駅で押したスタンプ
北浦和駅で押したスタンプ
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