竣工は東京オリンピック直後の1966年
まず、降り立ったのは新橋。烏森口のSL広場は、テレビ番組の街頭アンケートなどで有名なスポットだ。
日曜日というのが、やや心配だが
新橋といえば、細い路地に無数の飲み屋が軒を連ねる。また、ニュー新橋ビルなどのレトロでカオスな商業ビルもランドマークのひとつ。
ウルトラマンスタンプラリーは「ウルトラセブン」
しかし、目星をつけていたのは駅に直結する新橋駅前ビルだ。竣工は東京オリンピック直後の1966年。ニュー新橋ビルの開業は1971年なので、それよりも古い。
こちらが地下1階の入口。さらにディープな2号館もある
新橋一帯には長く通っているが、こんな場所があるということは最近知った。そして、駅の地下は迷路のようになっているので、いまだに一発でたどり着けない。
「ザ・新橋」といった風情である
電車系ガールズバー?
お兄さん、女子アナで誰が好き?
両サイドに小さな飲み屋がびっしりと並ぶ通路を歩いていると、気になる店が目に入った。
「波打」と書いて「なみだ」
店名がよい。開放的な雰囲気もよい。中はカウンター席、外は立ち飲みスペースだ。ここにしよう。
「いらっしゃいませ」
生ハム越しのこの方がマスターの砂川さん(30歳)。店は2年前にオープンしたそうだ。店名についても聞いてみるとーー。
「サーファーのオーナーが付けたんですよ。嬉しい涙も悲しい涙も共有しようっていう意味もあって」
本格的なフードメニュー
「こっちに来てからは、ずっと料理人をやってます」というマスターは宮古島の出身。悩みは朝に弱いこと。アラームが鳴っても1時間は起きられないそうだ。
ここで、隣のおじさんが話しかけてきた。
選手のサイン付き帽子をかぶる阪神ファン
「お兄さん、女子アナで誰が好き?」
初対面における最初の質問としては、往年の江夏並みの変化球である。
「えー、誰ですかね。江藤愛ちゃんとか好きですけど」
「(聞いていない)ほら、あの大江アナの後に入った…阪神のキャッチャーと同じ名前の」
「ああ、『モヤさま』の狩野アナですか?」
「そうそう、あの子が一番かわいいよ」
ハブ酒はショットで500円
ダブルのちょっと多目ぐらいまでは同じ料金
狩野アナが一番かわいいと決まったところで、本題を切り出した。
「マスター、『新橋』ください」
それはすぐに出てきた。
山崎のハイボール超濃いめ700円
「うちはハイボールがよく出るんですよ。言ってもらえれば、ダブルのちょっと多目ぐらいまでは同じ料金なんで」
かなり特殊な料金設定である。
そして、美味しい
カウンターに置いである僕のスマホを見て、隣のおじさんが再び話しかけてきた。
「こういうのは何でも調べられちゃうんでしょ? でも、知らない方がいいこともあるよな」
おっしゃる通りです。
お通しはマスター作のサバ味噌煮
自分の仕事内容を説明する流れで「酔っ払いのオモシロ失敗談を集めた本も作ってるんですよ」と言うと、女性店員さん(顔出しNG)が「あ、それ持ってます!」。
彼女も豪胆な酔っ払いぶりで、しょっちゅう転ぶため、全身に生傷が絶えないそうだ。
昨年夏の傷が消えない
「新橋にはひどい酔っ払いもいるでしょう」とマスターに聞くと、「いやあ、このあたりは皆さんきれいな飲み方ですよ」とのこと。
店同士のつながりが強く、情報はすぐに広まるので、ひどい客はビル全体を出禁になるそうだ。ずいぶんとスケールの大きな出禁だ。
「鰓(えら)呼吸」に「村役場」、でも何か違う
続いて訪れたのは巣鴨。いわゆる「バー」はほとんどないことは知っている。さて、どうなるのか。
皆さんお帰りになるところ
巣鴨の夜は早そうだ。すでに21時近い。急がないと。
ウルトラマンスタンプラリーは「ケムール人」
駅を出て歩くと、居酒屋はそこそこある。さっそく、店名が気になる店を2つ見つけた。
息苦しそうな「鰓(えら)呼吸」
定時きっかりに終わりそうな「村役場」
しかし、「巣鴨」を飲みたいのはここではない。街のメインストリートともいえる「地蔵通商店街」に向かう。
人がいない
歌の前口上を手書きでメモ
しかし、奥に進むといくつかのカラオケスナック的な店から賑やかな歌声が聞こえてきた。巣鴨の夜、人はカラオケスナックにいる。そう確信したところで、気になる店を発見。
「カラオケの店 たろう」
なんというか、ちょうどいい「巣鴨感」である。少々ハードルは高いかもしれないが、ここを当たってみよう。
ママのトミヱさん
趣旨を説明すると、予想以上のフレンドリーさでOKが出た。
「うちはオープンして8年ぐらい。その前は上野でミニクラブをやっていたの」
紳士が演歌を歌い上げる
「クラブってお客さんのグループごとに応対しなきゃいけないでしょ。それがけっこう大変で。でも歌の店ならみんな一緒になるからラクかなと思って」
ふたを開けてみればこちらはこちらで苦労はあった。しかし、お客さんに支えられて毎日楽しく営業しているという。
曲の節々で必ず拍手を贈る
さっきの紳士が歌い終わって自席に戻った。あちこちから感想が伝えられる。
ところで、気になったのは彼が持っている紙片だ。見せてもらうと、歌の前口上を手書きでメモしたものだった。
ジップロックに入れて防水対策も万全
歌い終わったマイクをおしぼりで拭く
さて、ママ、「巣鴨」をいただきたいんですが。
「それなら、これを召し上がりなさいな」と言って出されたのは、ビールのトマト割。いわゆる「レッドアイ」だが、ここ巣鴨ではそんな小洒落た名称は似合わない。
「トマトは無塩。次の日残らないお酒なの」とママ
おお、たしかに美味しいうえに飲みやすい。
ちなみに、料金は夜の部(17時~23時)のセットで2000円。ドリンクは別料金だが、たくさん歌えばカラオケボックスより、だいぶおトクである。中には、昼の部で入店し、追加料金を払ってラストまで歌う強者も。
この日は、福島からママの歌を聴きに来たという男性客がいた。
リクエストにお応えして美空ひばりの『人生一路』
なお、今回一番で感動したのは、皆さん歌い終わったマイクをおしぼりで拭いてから席に戻ること。他のお客さんへの気遣いであるとともに、歌の神への礼儀のようにも見えた。
10cmの段差が此岸と彼岸を分ける
「せっかくだから歌わないと」と言われ、恐縮しつつ尾形大作の『無錫旅情』を入れた。
照れています(撮影:ママ)
歌い終わると、あたたかい拍手。ママからは「お店によって選曲を変えているんでしょ」という艶っぽいツッコミが入った。
ちなみに、この店での人気ナンバーワンは『お富さん』『別れの一本杉』などの代表曲を持つ春日八郎だそうだ。
「はい、100万円」で取材終了
というわけで、新橋と巣鴨それぞれの街らしさを堪能した一夜となった。巣鴨ではお礼を言ってお勘定すると、ママが「はい、おつり100万円」という完ぺきな返し。店を出るとき、前口上の紳士は座ってウトウトしていたが、夢の中でも歌っているのもしれない。