特集 2015年5月20日

マスター、「下北沢」ください

「はい、『下北沢』です」
「はい、『下北沢』です」
その街をイメージしたお酒を作ってもらうシリーズ。今回訪れたのは「上北沢」と「下北沢」。字義どおりに解釈すれば北沢の上側と下側となり、一見隣接しているように思える。しかし、じつは距離的にかなり離れているのだ。今回は、そんな2つの街でお酒を作ってもらい、ついでに互いのイメージも聞いてみた。
ライター。たき火。俳句。酒。『酔って記憶をなくします』『ますます酔って記憶をなくします』発売中。デイリー道場担当です。押忍!(動画インタビュー)

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落ち着いた住宅街といった風情

「上北沢」と「下北沢」は、どちらも同じ世田谷区内。名称的には隣町のようだが、地図で見るとわかるように、かなり離れている。
(C)2015 Google,ZENRIN
(C)2015 Google,ZENRIN
まず、向かったのは「上北沢」。「下北沢」ほどの知名度はないが、どんな街なんだろうか。
新宿駅から京王線で14分
新宿駅から京王線で14分
駅を降りると、そこは落ち着いた住宅街といった風情。週末ともなれば若者でごった返す「下北沢」とは、かなり雰囲気が異なる。
土曜の夕方でこんなかんじ
土曜の夕方でこんなかんじ
藤子・F・不二雄的なダンススタジオ
藤子・F・不二雄的なダンススタジオ
都心に比べると家賃相場もお安い
都心に比べると家賃相場もお安い
踏切の向こうに商店街が伸びていた
踏切の向こうに商店街が伸びていた

ジョッキで300円という立ち飲み価格

駅周辺を歩くこと数分。さっそく気になる店を見つけた。まだ18時前なのに絶賛営業中である。
風に吹かれながら飲める嬉しい仕様
風に吹かれながら飲める嬉しい仕様
店の名前は「狸穴(まみあな)」。麻布の方にそういう地名があったはずだが、由来はなんだろう。
地元の名店なのである
地元の名店なのである
一番高いフードメニューが350円
一番高いフードメニューが350円
カウンターの中にいたマスターにご挨拶。聞けば、この店がオープンしたのは5年前。営業時間は17時から23時ぐらいという男気あふれる設定だ。「狸穴」という店名は「なんとなく語感が気に入って」とのこと。
マスターの舟崎英義さん(68歳)
マスターの舟崎英義さん(68歳)
「調布で『フルール』っていう名前のカラオケスナックを長いことやってるんだけど、たまたま友達がこの物件を見つけて。最初はオール立ち飲み席の店だったんだよ。でも、最近俺もお客さんも疲れてきちゃって、カウンター席だけ椅子を入れた」

では、さっそくですがマスター、「上北沢」ください。
「はいよ、『上北沢』」
「はいよ、『上北沢』」

出てきたのはバイスサワーだった。ジョッキで300円という立ち飲み価格。

「しそ梅エキス入りの炭酸飲料を焼酎で割ったやつね。いつもはしその葉っぱを添えるんだけど、今日はないからほうれんそうにしといた」

ずいぶん肩の力の抜けたアレンジだが、妙な説得力がある。
ひとくち飲むと…
ひとくち飲むと…
おお、これはおいしい。しそ梅エキスが想像以上に濃厚。しかも、さっぱりしている。クセになる味だ。この店では夏の一番人気なんだとか。

毒入りのオロナミンCが見つかって大騒ぎになった

ここで、隣のお客さんが「マスター、今日まぐろある?」と質問。マスターは「ないよ。買っといでよ」。お客さん、ふらっと出て行った。近所のスーパーに行くらしい。
自由すぎる
自由すぎる
「ここは、みんなの店だから。お客さんが洗い物もしてくれるし、俺が都合悪くても誰かが開けてくれるから年中無休。こう見えて客層は、医者、弁護士、中小企業の社長という具合にインテリゲンチャの集まり。でも、みんな歳をとってインチキゲンチャになっちゃった」

ところで、「下北沢」についてどう思っているのだろうか。マスターに振ると、「ほら、そこの人が商店会の会長だから」と指をさす。
向かいの八百屋さんの店主でもある
向かいの八百屋さんの店主でもある
会長いわく、「ここは住宅街だけど、あっちは商売の街だよね。全然違うから」。さらに別のお客さんからも、様々なコメントが。

「ここは、現役時代の長嶋や政治家の中曽根が住んでたんだよ。あとは、中尾ミエがしょっちゅうジャージで歩いてる」

「決定的にリードしてるのは、『上北沢』っていう住所はあるけど『下北沢』はないということ。あっちは北沢とか代田になっちゃうからね」

「昔、そこの薬局の自販機から毒入りのオロナミンCが見つかって大騒ぎになったんだよ」

最後のはあまり関係ないが、やはり同じ「北沢」同士、意識はしているようだ。
八百屋さんのシャッター
八百屋さんのシャッター
ところで、この絵が気になる。会長に聞くと、「デザイン学校の生徒さんが描いてくれたんだよ。25年ぐらい前かな」。
運転席には25年前の会長
運転席には25年前の会長
そんな話を聞いていると、別のお客さんが会長に「焼き芋まだある?」と尋ねた。「あるよ」と言って店から焼き芋を持ってくる会長。
ふだんは店頭で売っている焼き芋
ふだんは店頭で売っている焼き芋
蜜がトロトロ、紅はるかという品種で作った絶品焼き芋である。1本150円のことだが、さっきのお客さんが「気にしないでいいから」と代金を払ってくれた。
テラス席(?)で楽しそうに飲む常連さん
テラス席(?)で楽しそうに飲む常連さん
マスターによれば、一見さんもけっこう入ってくるそうだ。繁盛のコツを聞いてみたところ、「一生懸命やらないことかな」と冗談めかして答えてくれた。

帰り際に常連さんが、耳元で「いい酒飲んで、いいもん食って、幸せでしょ。人生こんなもんだよ」と囁いた。
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漏れ聞こえる「チュウ チュウ チュチュ」

後ろ髪を引かれながら、次の「下北沢」へ。明大前で井の頭線に乗り換えて、10数分で到着した。
2013年に地下化した下北沢駅
2013年に地下化した下北沢駅
改札を出ると、やはり賑やかだ。
南口の王将へと続く道
南口の王将へと続く道
家賃相場も少々お高くなります
家賃相場も少々お高くなります
マクドナルドの左側の道を下ると、「ここだ!」という店がすぐに見つかった。
「バー キタザワ」
「バー キタザワ」
上北沢でも下北沢でもない。北沢である。まさに今回のテーマと合致する。
漏れ聞こえる「チュウ チュウ チュチュ」
漏れ聞こえる「チュウ チュウ チュチュ」
1978年にヒットした榊原郁恵の「夏のお嬢さん」。「アイスクリーム ユースクリーム」だ。
昭和の懐かしテイストを前面に押し出す
昭和の懐かしテイストを前面に押し出す

ところで、リリーさんに似てますよね?

階段を上り、店内に入るとーー。
スナックのような佇まい
スナックのような佇まい
おお、いいではないか。カウンターの中にリリー・フランキーがいたので声をかけると、マスターだった。
田近正章さん(41歳)
田近正章さん(41歳)
オープンは12年前。田近さんは9年前から働き始め、途中から店長を任されている。ところで、リリーさんに似てますよね?

「新規のお客様には、3人に1人の確率で言われますね。常連さんはみんな『リリー』と呼びます」

口に出さない人もいるだろうから、要するにほぼ全員が似ていると思っているはずだ。
価格は良心的。ハイボールがイチ押しらしい
価格は良心的。ハイボールがイチ押しらしい
お腹が空いたらチキンラーメン
お腹が空いたらチキンラーメン
飲みすぎたら翌ケロ
飲みすぎたら翌ケロ
トイレの壁も扇情的
トイレの壁も扇情的
ちなみに、カウンターの中にはもう一人男性がいた。アルバイトの高橋卓郎さん(30歳)だ。俳優をやりながらここでも働いているという。
「趣味は読書で河合隼雄とかよく読みます」
「趣味は読書で河合隼雄とかよく読みます」

歴史の重みが氷に溶けて

どんなお店かは大体わかった。さてマスター、「下北沢」ください。
トリスである
トリスである
「はい、『下北沢』です」
「はい、『下北沢』です」
数分後、出てきたのはいわゆるトリスハイボール。しかし、ただのトリハイではない。今は一般流通していない昔ながらのトリスウィスキーを特別なルートで仕入れて作っているのだ。
いま、昭和を飲んでいる
いま、昭和を飲んでいる
歴史の重みが氷に溶けてカランと鳴れば懐かしや。思わず都々逸を詠んでしまうぐらい、おいしい。

「いま流通しているのは『トリス エクストラ』という名前で、やっぱり味が違うんです。瓶も手に入らないので、業者からリッター単位で仕入れて昔の瓶に詰め替えています」
左から超昔、昔、今のトリス
左から超昔、昔、今のトリス
ちなみに上北沢の印象について聞いてみると、「ああ、友達が住んでいたので1回だけ行ったことがありますね」とのこと。やはり、隣町という意識はなさそうだ。BGMはちあきなおみの「喝采」に変わっていた。

かつての北沢川の名残

「上北沢」と「下北沢」。あらためて調べてみると、世田谷にはかつて目黒川の支流、北沢川が流れており、水源地が「上北沢」で下流が「下北沢」となったらしい。今は暗渠化されているため、地名だけにその名残が残っているのだ。ごちそうさまでした。
この階段の上に「下北沢」が待っている
この階段の上に「下北沢」が待っている
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