新幹線から見えるあの三角屋根住宅
まずはあの三角屋根の住宅群。あれは日向岡という住宅地で、平塚駅からバスで訪れることができる。
新幹線車窓からの風景。E席を予約して、待ち構えて連写しました。
上の写真とほぼ同じ位置で、路上から見ると、こんなだ!
実際目にすると感動する。思わず「おー!」って声が出た。なんでしょうこの感動。
近づいて、住宅地の中を見回すと、こんな。こういう街だったのかー。
新幹線を挟んで反対側は畑が広がっていました。ときおり通り過ぎる新幹線に「あの窓から見てたんだよなあ」と思うとちょっと不思議な気分。
詳しい顛末は以前別のサイトでレポートしたことがあるので(→
こちら)、興味ある方はそちらをご覧ください。
で、実はここへ行ってみたら、より惹かれるものを発見したのだ。それが調節池だ。
三角屋根住宅地から少し北東に行った場所に現れる、コンクリートで囲われた涸れ池のようなもの。
実はここ数年ずっと調節池が気になっている。この大きさ、無骨な感じ、入って遊びたい感じ(たいてい立ち入り禁止なのがくやしい)。うまく言えないのだけれど、すごくいい。いつか「調節池写真集」とか出したい。
調節池とは何か
「調節池が気になってる」とか、さっそくマニアックな感じになっているがお付き合いください。
調節池とは何か。以前萩原さんが「
あの水のない川は何だ」で紹介していたが、要するに大雨が降ったときに川や水路が溢れて洪水にならないように、一時的に大量の水を貯めておく施設のことだ。
すぐそばにこのような立て看板が(ここには「遊水池」とありますが、本稿では統一して「調節池」と表記します。この言い方が好きなので)。
つまりダムなどはその親玉みたいなものだが、その詳細についてはそれこそ専門の萩原さんにゆずりたい。
ぼくらの街の表面は舗装によってウォータープルーフ仕様になっているので、こういう施設が必要というわけだ。
で、その調節池とやらのどこに惹かれるのか。結論からいうと「街や施設を開発しようとするともれなく付いてくるのに、"見えない"」という点と「我々は"ピーク"に支配されているということが示されている」という点だ。うん、分かりづらいな。
分かりづらいので、とりあえずぼくが今まで見てきたすてきな調節池を紹介することにする。そのうち分かりやすく説明できる日が来るかもしれない。
ところでこの斜面住宅すごい
そのまえに、この斜面住宅すごい。調節池ばかりに気をとられてはいけない。
さきほどの反対側、上から見たところ。
かっこいい。
こういう斜面に張り付いた集合住宅は日本にけっこうあって、有名なものに安藤忠雄設計の「六甲の集合住宅」などがある。
他には、はまれぽ.com の吉岡まちこさんが書いた
ルネ上星川とか。あれはいつか中に入ってみたいんだよなー。
あと、小倉のモノレール徳力公団前駅から見えるものもすごい。
小倉の斜面住宅。ここもいつか中におじゃましてみたい。場所は
ここ。
このような斜面住宅のそばに調節池があるのは偶然ではない。丘陵というのは中に水が通っているスポンジのようなもので、そこを削って開発すると必ず水が出るのだ。
丘陵地開発に調節池はつきもの。覚えておきたい。
東京は調節池だらけ
しかし、調節池は丘陵地名物というわけではない。都市にもある。というか、日本の都市は調節池だらけだ。
もちろん東京にもたくさんある。しかし、見えない。
港区の地下にある巨大調節池。工事中の様子。そろそろ完成のはず。
以前「
都心の地下に巨大な水溜めトンネル」という記事を書いた。東京都さんのはからいで工事中の様子を見せてもらったものだ。
東京のど真ん中、古川の地下30m~40mに直径7.5m、長さ3.3kmというトンネル状の「池」を作っているのだ(くわしいことは
東京都建設局のページからどうぞ)
おじゃましたのは今から3年前の2012年。今年度で完成のはずだ。
さきほどの池然としたものと違って、シールドマシンで掘るという完全なトンネル仕様なので、こういう立坑と呼ばれるかっこいい縦穴がつくられます。これは麻布十番駅前にあったもの。すてき。
すこし上流側の養老橋というところ付近にもこのような立坑。つくづくかっこいい。大雨の時には、川からここを通って水が地下トンネルに貯められる。
上から見下ろすと、こんな。こわい。向こう側のスリットのようになっている穴から川からの水が流れてきて、この立坑に入っていく。このスリットの形状によって、水はこの立坑の内壁にそってぐるぐると渦を巻くように落ちていくのだそうだ。そうやって勢いを殺すわけだ。なるほど。
ちなみにこの古川の上流が渋谷川。渋谷駅前の明治通りに沿って川があるじゃないですか、あれの下流が古川。河口は浜松町の近く。以前「
くぐれ!たいやきくん」という記事で、ぼくはこの川をさかのぼったことがある。
この古川は暴れ川として昔から有名で、記憶に新しいところでは2004年の台風22号で地下鉄麻布十番駅が冠水してしまったことがあった。
こういう地下調節池はここだけではなくて、有名なものでは環七の地下に延長4.5kmの「神田川・環状七号地下調節池」というものがある(詳しくは
こちら[PDFです])。
高圧線や鉄道が都心に入ると地下化するように(例えば千葉方向から入ってくる高圧電線と東西線は、荒川を渡った同じところで共に地下に姿を消す。都心に鉄塔はない)、調節池もまた都心では見えなくなるのだ。
かっこいいけど、惜しいなあ、とも思う。調節池の姿っていいのに。
カバーする範囲が目に見えるという面白さ
そして地下の調節池で最も有名なものといえばあれだ。みんなだいすき首都圏外郭放水路だ。
例のこれな!
埼玉県春日部市にある首都圏外郭放水路は、地下50mにあって、周辺の川が溢れそうになったらここにいったん貯め、頃合いを見計らって江戸川に流す、というものだ。
DPZでも今から5年前に訪れた様子を記事にした(→「
500トンの柱が59本!」)
かっこよすぎて震えた。(大きな画像は
こちら←横9000ピクセルありますので注意)
埼玉県のこのあたり、中川・綾瀬川の流域は大雨で浸水しやすい。さきほどの古川と同様、地形図を見てもそれがよく分かる。
この土地自体が大小の河川による氾濫原で、おそらく古くから水害に悩まされてきたであろうことがよくわかる。
しかし、引いて見ると、古川とはスケールが全然違う。
ぼくが面白いと思うのは、この氾濫原のでかさが調節池のでかさとなって表れているという点だ。
ぼくらは地形とその規模を見ることはできないが、それが調節池という「翻訳装置」を通して理解することができるというわけだ。
見えるほうがやっぱりいいな
どんどんマニアックになっていくがだいじょうぶだろうか。
さて、こういう地下調節池もいいが、ぼくは地上にあって見えるもののほうが好みだ。
地上物件で巨大なものといえば「大相模調節池」だろう。この名前を聞いてもピンと来ないかもしれないが「越谷レイクタウン」と聞けば分かる方も多いのではないか。
そう、あの「レイク」は実は人工のものなのだ。調節池だ。
隣にある巨大モール「イオンレイクタウン」の案内図にも描かれている調節池。「風と森と湖のエコ」とあるが、ようするにこれは調節池なのだ。「調節池タウン」のほうがいいと思う。
モールの向こうに見える魅惑の調節池。
調節池とモール。すてき。
これまで見てきた調節池と違い、ふだんから水を湛えているが、いざというときはこの状態よりもっと水を貯めることができるようになっている。
ちょうど川が集まる位置にあって見るからに氾濫しそう。
上の地図と同じ範囲の1947年の様子。レイクタウンが影も形もないのは当然として、この川筋のぐにゃぐにゃっぷりはどうだ。すごい。(国土地理院「
地図・空中写真閲覧サービス」より・コース番号・M399/写真番号・24/撮影年月日・1947/08/11(昭22))
ここも作るべくして調節池を作った、という感じだ。そしてやっぱり地形図がすごい。
実は街の特徴的な部分に出現する
大相模調節池もいいけど、やっぱりぼくがいいな、と思うのは本記事冒頭の平塚のように、ふだんは水もなく、「なんだこれ?」って感じの、ぽっかりした立ち入り禁止の穴のものだ。
思えばそういう「ぽっかり調節池」で子供の頃遊んだ記憶がある。行田団地というすてきな団地(この団地の敷地自体がおもしろいのだが、説明すると長くなるので割愛)に大きなぽっかり調節池があって、当時は中には入れちゃったのだ。
「街を作ると調節池ができる」と書いたが、その点団地にはかなりの確率で出現する。それもまた団地の魅力だったのかもしれない、といま気がついた。
団地と調節池の組み合わせでいちばんすてきなのは、なんといっても横浜市の竹山団地だ。
団地敷地の中央にある調節池と、その脇にある脚で持ち上げられた、たまらなくキュートな棟! これほんとかわいい。
緒形昭義さんという建築家によって、1971年にできたこの団地、横浜らしい丘陵地に位置していて、造成前はここには池などはなかった。
緒形昭義さんによれば「以前の地形が谷戸・水田であったことから、その環境が尊重され、開発に伴う雨水の調整機能も兼ね備えて造成された」という(以前あったホームページに記載されていた。そのサイトなくなっちゃった。ざんねん)。つまり調節池だ。
平塚の斜面住宅もよかったが、この竹山団地の「調節池ビュー」はほんとうにすばらしい。住みたい。
で、ぼくがもっとも好みとする「ぽっかり調節池」でいうと、同じ横浜市にこんな物件があった。
これこれ! こういうの! ぽっかり!
ちゃんと立て看板に「調節池」とある。西田Bの「B」っていうのがいい。Aもどこかにあるはずだ。こんどちゃんと見に行こう。
日本にたくさんある調節池の中には、ふだんは公園になっていたりするものもあるが、ここはいかにも「施設です!」って感じの立ち入り禁止ぽっかり。これがいい。入りたいけど。
この調節池に出会ったのは「
GPS地上絵」をやっているときだった。
これまで何回か記事にしている、GPSロガーを持って、あらかじめ絵になるように設計されたルートの通りに歩いて描く、という趣味だ。
この時描いたのは「サムアップ熊」だった。
自信ありげな後ろ姿。お嬢さんに白い貝殻の小さなイヤリングを渡して一緒に歌ったあと「じゃあな!今後気をつけろよ!」っていう感じか。
これを描いた顛末は
こちらでどうぞ。とにかくこの絵は、道中のアップダウンがたいへんだった。
このような階段や坂をいったりきたりした。
つまりこれは、平塚もそうだったが、元丘陵地を大規模に造成すると調節池が必要になる、というパターンだ。
で、ぼくが感動したのは、さきほどの写真の調節池は、まさにこの熊の親指の部分だったのだ。
親指部分の凹みがまさに調節池!(「
東京地形地図」をGoogle earthで表示したものをキャプチャ)
GPS地上絵をやっていると「設計時に気になった部位が、その土地の特徴的な部分に一致する」という現象がよく起こる。
つまり、絵心をくすぐる街の道筋やそれを規定する特徴的な地形は、調節池を設置するのにうってつけの場所だったりする、ということだ。調節池がある場所は、その街のユニークな地形の場所なのだ。
ぼくが調節池に惹かれた理由の一端がここにあるかもしれない。散歩していて、面白そうな方へ向かうと高確率で調節池に出会うのはそういうことか。
「ピーク」に支配されるわれわれ
さて、だいぶみなさんをおいてけぼりにして一人で悦に入ってしまっているが、最後にもうひとつ。
さきほどから「ぽっかり」と書いて、ふと気づいた。以前DPZで「
ぽっかりスペース」という記事を書いたことがある。
こういう、急にひらけた空間。伝わるかなー。
地下鉄構内に出現する、なぞのぽっかりとした広い空間のことだ。通路が急に広くなったり、曲がり角の部分が不思議な感じで広々したりしていることがあるだろう。わかるかなー、つたわるかなー。
あれが子供の頃から好きだった。で、聞くところによると、これは緊急避難時に人がたまることができるようにするスペースという意味合いがあるそうだ。バッファだ。
なんと! つまりそれ「調節池」じゃないか!
おそらく「災害」とは「ピーク」のことなのだろうと思う。非常時への対策というのはピークを見積もって、それを一時的に受け止められる仕組みを日常の中に配置しておく、ということなのだろう。
調節池とは、そういうピークの存在と、われわれがそういうままならなさに支配されているということを、ぽっかりした空間で表現している。
お、なんか良いこと言って締めくくったぞ。
あなたの街にも調節池
今回紹介したものだけではなくて、日本中に大小様々な調節池がある。そのうちそれらをめぐってしみじみと愛でる「調節池ツアー」を開催したい。本気で。
たとえばうちの近所にあるなんてことないこのマンション
ある面積以上の開発の際には調節池を儲けることが各自治体で義務づけられているようです。つまりそれは個々の規模ではなく分散型でピークに対応しよう、ということだな。それもまたかっこいい。
あと学校のグラウンドとかもいざというときは調節池になるようですね。
全部見て回りたいぞ。
【告知】2015年7月4日・大阪でトークイベントやります
ひさしぶりの大阪でのトークイベントです。タイトル通りテーマは2つ。 ひとつはもはやライフワークになってる「
マンションポエム」について。
もうひとつは「ショッピングモール論」! 昨年、東浩紀さんとシリーズでモールをテーマに対談して、その内容を電子書籍にまとめ
出版もしたんですが、その後、
香港のモールをじっくり見て回ったりして、いろいろと思うところもあるので、それについて語ろうかと思います。
関西のみなさまにお会いできるのを楽しみにしております。ぜひお越しくださいませ。イベントについての詳細は→
こちら