会場は慶応大学SFC
今回の会場は慶応大学の湘南藤沢キャンパス(SFC)で行われた。
ゲスト講師はアーティストの鈴木康広さんだ。
鈴木さんがゲストと聞いて学生は沸いたそうだ。ぼくも沸いた(ファンなので)。
役に立たない機械とはなにか
「役に立たない機械」とは、早稲田大学の建築学科の一年生に対する名物課題で、役に立たない機械を作りなさい、というものだ。中谷礼仁先生による課題で、以前はタモリ倶楽部でも取り上げられていた。
そして慶応大学にも「役に立たない機械」というお題が使われている授業がある。早稲田で授業を担当していた先生の一人である石川初先生が慶応大学で中西泰人先生と一緒にやっているものだ。
そこで2021年に初の「役に立たない機械」早慶戦が行われた。今回は2回目で、初の対面開催である。
これは役に立たない機械の例。貯金箱とはいうものの前後はがら空きで、これで貯金できているとみなすかどうかはほぼ自分の気持ち次第である。
早慶戦のルール
ルールはこんなふうだ。まずは早稲田から作品を発表し、次に慶応が発表という順序で、交互に20人が発表する。最後に、ゲスト講師である鈴木さんと(恐れ多いことに)私の二人で、どちらの大学が勝者かを発表する。
野球に例えると、早稲田を先攻として10回裏までを戦うという感じだ。
なお、開催は6月1日で、この日は奇しくも野球の早慶戦も同時に開催されていたのだった。
それぞれの大学での課題の趣旨についておさらい
早稲田と慶応で同じ「役に立たない機械」を題材にしているといっても、その狙いや趣旨はすこし違う。
まずは早稲田から。
早稲田の「役に立たない機械」は、「何かの役には立っていそうなのだが、それが何かは決して分からない機械」である。
対象は1年生であり、「設計演習A」という講義のテーマの一つとして本格的に建築を学ぶ前にその周辺への視座を獲得してもらう意図がある。
次に慶応。
慶応の授業では、「ブリコラージュ・ティンカリング」という授業の一環として「役に立たない機械」を取り入れている。ものの名前を一回忘れて働きだけを考えて別のものに使い、何かを作るということをやっている。
1回表:早稲田「割りばし割り機」
最初は早稲田の佐口幸太郎さんの「割りばし割り機」からだ。
「割り箸というのは素手で割れるというのが長所であり特徴だと思うんですが・・」 と佐口さんが説明を始める。
「こういう形で割り箸をセットしまして・・」
「軽く握ると・・」
「バキャッ!」 と音がして割り箸が二つに弾け飛び、そのまま机に落ちる。
「おお〜」という歓声と拍手が鳴る。
「先生にいただいたお寿司を食べたいと思います」
と、いま割ったお箸を机から拾って使う。
鈴木先生による講評はこんなふうだった。
・お箸を割ったら確実に下に落ちるところがいい
・落としたものは普通もう食べられない、なのに拾って使うというところが未知の領域
今回、じつはぼくも講評に参加したのだが、並べて書くのは恐れ多いので感想をふつうに地の文に書くことにする。この作品で好きなのは割れる時の音だ。箸を手で直接持っていない分なのか、あたりに響くいい音がするのだ。
1回裏:慶応「ハンディギア」
つづいて慶応の森本結暉ルークさんによる作品。
「歯車をいろんな重さの回し方ができるようにものです」と森本さん。
「歯車はその日その日によって回したいギア比が変わると思うんです」 (会場笑)
「たとえば一番大きな歯車を交換してやって・・」
「軸をカバーで押さえてやれば・・」
「こうやっていろんな重さで回すことができます。歯車は半径4mmごとの大きさではまるようにデータ化してあります。」
ようするに、歯車を自分の好みの重さで組み合わせて手で回すものだ。実際に触らせてもらったのだが、想像よりも高級感があった。持ってみると重みがあり、回した感じも重い。いいもの感がある。
講評は次のとおり:
・ずっと遊んでられそう。歯車の組み合わせはものすごいパターンがあるはず
2回表:早稲田「本音」
大石幸次郎さんの作品は、機械の見た目とタイトルからでは、なにをするものなのかよく分からない。
「本を眺めてたら、これレコードの溝とおんなじじゃんと思って」
見えづらくて恐縮だが、後ろのスライドのコントラストを上げてみた。本のページとページのすきまがレコードの溝に見えたということだ。
「なので、本を再生する機械です」
機械に本をセットして、マイクを近づける。
ハラリ、ハラリハラリとページがめくれ、マイクが拾うかすかな音が会場に響く。見てるほうも緊張感が走るが、ページのめくれが止まったところで、
「以上です」
となり、会場に笑いが広がった。
講評は次のとおり:
・役に立たない機械は不思議な状態を作り出せる。これはそれがシンプルに表れていていい。
本の音で本音というタイトルもいい。
2回裏:慶応「ひとり車内時間」
「私がつくったのは『ひとり車内時間』というものです」と鈴木理愛さん。
「こんなふうに掲げて使います。電車のなかでぼんやりと考えたりするのって、そこにしかない時間だと思って。列に並んでるときとか。」
バス停に並んでるときとかに、吊り革をかかげて使うということのようだ。
鈴木先生が実際に使ってみたいと言って横に並ぶ。
軽いものを持ち上げる感覚、繋がってるはずのものが繋がってない感覚が面白いと鈴木先生。
電車で吊り革につかまってるときって、ただぼーっとして10分も20分も立ってる。でも電車以外でそれってなかなか耐えられない。吊り革につかまって電車の中にいると思い込むことで、ぼーっと過ごすことができる、というのは確かにそうかもしれない。
3回表:早稲田「寝起木」
つづいて早稲田の小賀美瑛さん。
「早稲田の建築は寝不足の人が多いです。」
ということで「ちょっと寝てた」感が出る機械を作ったということのようだ。
「こうやって静電気を起こして・・」
「機械を上げると、寝起きになります」(会場笑)
みごとな効果だ。鈴木先生も「ぼくの髪型だとあまり効果がないかなー」といいつつ、やってみるとのこと。
講評は次のとおり:
・目的がわかってしまうので「何に使うか分からないが何かの役には立っていそう」という「役に立たない機械」の定義には若干当てはまらない
・ただ完成度が異様に高くて美しい
機械としては、輪っかの中に針葉樹の葉と、プラスチックの下敷きを刺したものだ。最初見たとき何に使うのか、個人的にはさっぱり分からなかった。でもきれいで、呪いの道具っぽいと思った。
3回裏:慶応「スマホ散歩ハーネス」
「こちらが、スマホ散歩ハーネスというものです」と西郷真菜さん。
機械の見た目としては、紐につながったケース(ハーネス)の中にスマホが入っている。
こんなに風にスマホを散歩させると、ちょっとした衝撃でスマホのシャッターが切られる仕組みになっている。
説明のために歩かせてみると最初はなかなかうまくいかなかったが、揺らしたりするうちにカシャーカシャーとカメラが鳴るようになった。
「少しの衝撃で写真が撮られるので、スマホをちょっと乱暴に扱うと証拠写真が撮られて鳴き声がする、という装置です」
コメントはこんなふう:
・日本のiPhoneだから成立している面がある(シャッター音が大きいから)
・最初、すんなりうまくいかなかったのがよかった。見る人が集中する。微妙な調整が必要と言い切っちゃってもいい。
なかにはボタンが入っていて、スマホがボタンを押すとネットワーク経由でスマホが写真を撮るという仕組み。ハイテク。