特集 2022年7月13日

都会の地下で植物が勝手にはえている

ある日、千代田線から日比谷線に乗り換える地下通路で、私は不思議な光景を目にした。

「葉っぱ?」

道端で見かければ何も思わないような小さな葉っぱ。しかしどうだろう?こんな薄暗い地下道で不意にそれが目に入った瞬間、私の心は揺れた。どうやって種が届いたのか?太陽が届かないこの場所で生育できるのか?日々、沢山の人々が行き交うこの場所で、誰にも気付かれることなく懸命に根を張る緑。

「お前はどうなんだい?」

そう問われた気がする。私の頬を涙が伝った。

1980年、東京生まれ。片手袋研究家。町中で見かける片方だけの手袋を研究し続けた結果、この世の中のことがすべて分からなくなってしまった。著書に『片手袋研究入門』(実業之日本社)。


> 個人サイト 片手袋大全

他にも目撃談があった!

この話を友人である路上園芸学会の村田あやこさんにしてみた。村田さんは道端の植木鉢や町中の植物を愛でる専門家だ。

「あ、私もそういうの別の場所で見たことあります」

なんと、日比谷のあの通路だけではなかった!俄然興味が湧いてきた。私は早速、村田さんが目撃した場所に案内してもらうことにした。

新橋駅の地下へ

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新橋の改札で待ち合わせ

村田さんがそれを目撃したのはJR新橋駅の地下、横須賀線のホームだという。そこは思いのほか地下深く、そして何とも言えない趣があった。

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恥ずかしながらこのホームには初めて足を踏み入れた

「あ、あそこです!」

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あった!確かに線路脇に小さな葉っぱが見える

しかもここだけでなく、線路脇の広範囲に群生しているぞ!果たして何の植物だろう?望遠レンズで撮影した写真を村田さんに見てもらう。

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「正確には分からないけど、石井さんが日比谷で見たのは恐らくチドメグサだと思うんです。でもここのはチドメグサとホウライシダが混ざってるように見えます」

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町中で見るチドメグサとホウライシダはこんな感じ(写真提供:村田さん)

種類はともかく「なぜ地下に葉っぱが…」と思ってしまうが、ホームを端から端まで観察してみると、意外に生育環境が整っているのかもしれない。まず豊富な水。いたるところで漏水対策がされていることから分かるように、ホーム全体がジメジメと湿度が高い。

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ホームだけでなく線路脇もはっきりと水が流れる音が聞こえた

太陽とまではいかないがLED灯の明かりが煌々と照っているし、堆積したほこりや土は根を張る為の土台として機能しているようだ。

種はどこから来るのだろう?横須賀線が地上駅から地下に入る際、種などが付着している可能性も考えられる。

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しかし上りの線路脇の方が圧倒的に量が少ないので、それだと辻褄が合わない気も…

3,40mにわたり群生している様子を見ると、日比谷で目撃した葉っぱとは少し違い逞しい印象を受ける。これは面白い。もっと色んな場所で見てみたいぞ。

「他にも生育地があるのか探してみません?」

我々は地下の植物探索に出発した。

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続々発見!発生しやすい場所が段々見えてきた

とはいうものの、東京の広大な地下空間のどこに葉っぱが生えてるかなんて見当もつかない。ビルの地下なども含めると際限がないので、とりあえず地下鉄のホームや地下道に絞って歩くことにした。

新橋からほど近い銀座、日比谷、有楽町周辺は地下道が長いのでその辺りから探索を始め、次は新宿辺りに移動しようと計画を立ててみたが…なんと銀座周辺だけで幾つも発見してしまったのだ。

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見つけるたびに歓声が上がる。なんか凄く嬉しい。しゃがみこんですぐに撮影だ!
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ここなんて私は頻繁に通る場所なのに、全然気付かなかった

探索と発見を繰り返すうちに、葉っぱが発生しやすい場所が分かるようになってきた。キーワードは「経年変化」「水の気配」「境目、繋ぎ目」だ。

まずは「経年変化」。東京の地下はあちこち改修工事の真只中であるが、やはりある程度の古さを感じさせる場所を探したい。

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こういうところは望み薄

次に「水の気配」。今回探索していて、東京の地下は本当にどこでも水漏れしていると感じた。

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年齢的に私もそろそろ気を付けたい

途中、駅員さんに

「これってどこから漏れてくるんですか?」

と聞いてみたが、

「分からないんですよ。地下水脈があちこちにあるから、特定出来なくて」

とのこと。というか災害時の対策か水漏れ対策かは分からないが、そもそも地下空間は最初から水が流れる前提で作られているのが分かる。

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壁や扉も水の流れを遮らないよう設計されている

こういった状況が地下空間に独特の“湿り気”を生み出すが、それを感じる場所では一旦立ち止まってみよう。

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良い雰囲気!

最後に「境目、繋ぎ目」。例えば地上に繋がる階段の周辺などは外から水や種子が入り込む可能性が高い。出入口は要注意だ。

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葉っぱが群生している場所から振り返ると地上への階段が。湿り気と同時に風も感じる

また、今回発見した地下植物の周辺には高い確率で必ず「これ」があった。

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恐らく水害時などにゲートを下ろすレール、あるいは壁と壁の繋ぎ目?

どこからか流れてきた水が染みだしやすいらしく、ここに藻やコケが生えているのを度々目にした。

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「ここは今後に期待ですね」と村田さん。いつの間にか「今後に期待枠」というのが生まれていた

「経年変化」「水の気配」「境目、繋ぎ目」。地下植物探索をする際には、この3つのポイントを押さえておこう。

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重要なのは植物だけではない。新概念「地下清水」誕生!

さて、観察を続けるうちに我々の意識に大きな変革が起こった。地下にひっそりと生息する植物を求めて始まったこの探索だが、重要なのはそこじゃない!

地下植物が発生している場所にはあるのだ。キラキラと目に優しい水の流れ、サラサラと耳に嬉しい水音、地下でもフワッと感じる風、が。

この日の屋外は長時間の散歩など絶対に不可能な暑さ。なのにどうだい?先ほどから我々が味わっているのは、暑さどころか爽やかな清涼感じゃないか。

そう。地下植物を探す醍醐味は、大都会に居ながらにして山奥に流れる清流や尾瀬の遊歩道気分を味わえる清涼感にあった。地下植物、いやさ「地下清水(ちかしみず)」という概念の誕生である!

その観点から皆様に、この夏絶対におすすめの地下清水を3つご紹介したい。「緑」「水の流れや音」「風」を評価軸に、3段階で採点した結果絞り込んだ3か所。避暑地気分を存分にお楽しみいただければ幸いである。

①日比谷線日比谷駅改札そばの通路、電気ビル下

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緑☆☆
水☆☆☆
風☆☆

「ザザー」という音が聞こえるほど圧倒的な水の流れ。我々が『ミクロの決死圏』サイズだったらここで天竜川ばりの川下りが楽しめるほど。豊富な水量のおかげか、緑もたくさん!出口が近い為、心地良い風も感じられた。

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側溝を凄い量の水が流れている
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水の流れを追って階段を上っていくと、ここが水源?電気ビルの地下出口付近だった

②新橋駅前ビル2号館地下

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緑☆☆☆
水☆☆
風☆☆

ここはなんといっても豊富な緑の種類が魅力。他の場所で見かけたのは主にチドメグサだったが、こちらはイノモトソウやオニヤブソテツ、ホウライシダなど数種類のシダ植物を観察することができた。

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すぐそばの階段付近にもホウライシダの群生地がある夢のような場所

 ③千代田線日比谷駅改札前、ナチュラルローソン脇

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緑☆
水☆
風☆

苔は豊富だが、緑はほんのちょぴり。正直、地下清水としての魅力は乏しい。ではなぜ選んだのか?それは様々な形で地下空間に存在する植物が一堂に会しているから。

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地下通路に設置されたモンステラやサンセベリアの鉢植え、プリントされた樹木、地下清水

人工物で覆われた地下空間であっても(いや、だからこそ)、何故か人間は緑を求めてしまう。それはもはや本物でなくても良い。そういう気持ちが具現化された空間に、本物の植物が芽吹き始めている。この対比の強烈さ。


事前に場所を特定することも可能?

元々は誰に相手されずとも生長する緑の健気さに胸打たれたのだが、探索を終えて心に残ったのはそう生易しいものばかりでもなかった。地下空間に漏れ出る水に、ひび割れた壁。そこから生える緑たち。勿論、爽やかさを味わえると同時に、地下清水は自然現象をコントロールする困難さの象徴でもあったのだ。やがて飲み込まれていくのは私たちの方ではないだろうか?

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足ふきマットを土台に芽生えたホウライシダ。日比谷線のホームにて

また今回の地下清水探索は適当に決めた場所で発見できてしまった。が、植物や地下鉄や地下水脈や高低差のスペシャリストが集えば「事前に場所を特定する」なんてことも可能かもしれない。

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今回、植物の同定の為に使用した本。『散歩で出会うみちくさ入門』(佐々木知幸著)『シダハンドブック』(北川淑子 著)『身近な草花300〈街中〉』(亀田龍吉 著)

東京、いや、日本にはまだまだたくさんの地下清水が存在している筈。都会で出来る酷暑に最適のレジャーは、まだ始まったばかり。見つけたら是非「#地下清水」でSNS投稿してみて欲しい。

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避暑地に見立ててたらこんなペナント欲しくなってきた
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