貴族の趣味のように
寝台列車も近年だんだんと種類が少なくなっているが、東京発着の寝台列車(定期列車)は現在4(5)種類ある。上野駅から「カシオペア」が16時20分(日・火・金)に、「北斗星」が19時03分に、「あけぼの」が21時15分に出発。東京駅から「サンライズ出雲(・瀬戸)」が22時ちょうどに出発する。
今日はこれらの寝台列車を順次見送り、“乗りたい欲”への せめてもの慰めにしたい。うなぎを煙で食うような話だと思ってくれていい。
できるだけ、自分が出発するかのように思いたいので、それらしく旅装を整え、「乗らない」ということ以外は普段の寝台列車の旅と同じようにして、家を出た。


まず今日の1本目、16時20分発のカシオペアに間に合わせるべく、早めに上野駅に着いた。帰宅ラッシュまでは間があり、出発ホームは閑散としている。
(乗らないけど)列車の中で飲み食いするものでも買っておこう。ああ、これから寝台列車に一晩乗ってどこかへ行くのだ、という気分が高まる(行かないけど)。


…そうやって気分を高めているんだが、そして実際になぜか気分も高まったりしているんだが、やはり襲ってくる「自分、関係ないじゃん…」というどうしようもない気持ち。いや、でも出発前の気分だけでも味わえてるじゃないか、という気持ち。その2つの気持ちがせめぎあって仕方がない。さっきから同じ思いを行ったり来たり。
果たして私は、入線してきた列車を見て、冷静でいられるのだろうか?!

冷から熱へ転換の一瞬とは
売店で用足ししている間に、列車がホームに入ってきていた。平日、しかも気安く乗れないような豪華列車ということもあってか、お客は多くはない。カートをゴロゴロ引いた年配の方が中心。




…うん、カシオペアだ。全車がA寝台、スイートにいたっては寝台料金だけで5万を超える(運賃と特急料金は別!)、あの憧れの寝台列車…。
と、もっと感動していいはずなんだけど、妙に自分が冷静であることに気付く。ほら、寝台だよ、札幌行きだよ、ほらほら。


なんというか、自分には遠い存在なのだ。乗ったことがなく、でもいつかは乗りたい!の「いつか」が、全然近い将来じゃない気がする。親孝行向け、という頭になっているのだ。
だから、自分がひとりこれに乗って、北の地へとひた走る、おっとビールを一杯・・・その良き夜を、いまいち想像できない。
このままお見送りはするけど、ねえ。
と、16時18分までは、思っていた。


お!食堂だ食堂だ!とカメラを取り出し、2階の食堂に居並ぶアテンダントさんらを含めて自分撮りしよう・・・と思ったところへ、サラリーマン風の男性がつつと近くまで寄ってきて、立ち止まって車両を見上げる。
ひとりで作り笑顔をして写したかったのに、なかなか通り過ぎようとしない。なんだ、恥ずかしいがまあ、しょうがないな・・・と思ってまた2階を見上げたら、やっと意味がわかった。発車の合図のあと―


うっかり感動してしまったじゃないか。この男性がもしここにいなかったとしても、彼女らはこうしてホームに一礼して発っていくのだろう。がぜん「次はこれ乗りたい!すぐ!」と、思ってしまったじゃないか。
こういう無言のやりとり、もし今日自分が乗客だったら気付かなかっただろう(と負け惜しみ)。非常にいいものを見た。

16時20分、私を残してカシオペアは行ってしまった。次の「北斗星」が同じホームから出て行くまで、2時間半。いったん駅の外に出て、買い物などで時間をつぶしてからまたここに戻ることにした。こういう悠長さも、たまにはいいものだ。