どれがどの国のスタンプかわからない
知人で、パスポートを気軽に見せてくれそうなひと、まずは、デイリーポータルZ編集部の安藤さんと、ライターの地主くんだ。
安藤さんは、若いころ、アフリカや中東など、気軽な気分ではなかなか行けないような国にいくつも行っている。
地主くんは、東欧、中東、南米など、こちらも気合を入れなければなかなか行くことがないような国にいくつも行っている。
ふたりに印象に残ったスタンプの国はどこか聞いてみた。
安藤・地主「……」
いきなりの沈黙。
いや、沈黙というか、彼らはそれぞれのパスポートをめくってくれているのだけれど、どのスタンプがどこの国のスタンプなのか、あまり覚えていないのだという。
もしかして、パスポートのスタンプが気になっているのはぼくだけだったのか。
ふたりがスタンプのことを思い出すまで、ぼくがみたスタンプでおもしろいと思ったポイントをすこしだけ紹介しておきたい。
最近、パスポートにスタンプを押してくれる国はすこしずつ減っているらしい。香港はずいぶん前にスタンプを押してくれなくなり、スタンプの代わりにいつまで滞在していいのかの日付が書いてある小さな感熱紙の紙片をくれる。
ぼくが初めて香港に行ったのはスタンプが廃止されてからだったので、香港のスタンプは持っていない。
韓国もスタンプを廃止しているところが増えている。しかし、廃止されるまえに行ったことがあるので、かろうじてスタンプがある。
注目したいのは、スタンプのすみに小さくえがかれた飛行機。入国の方はスタンプの枠に入ってくるようになっており、出国の方はスタンプから飛び出すというスタイルになっている。わかりやすい。
昔の韓国のスタンプは、単純に四角形と楕円(と色)で入国、出国のスタンプを分けていたけれど、途中でデザインが変わったらしい。
昨年、大阪から釜山までフェリーで行ったとき、釜山のフェリーターミナルで押してもらった入国スタンプはこちらだ。
船でやってきたから、アイコンが船。これはかわいい。出入国の手段が何かによってアイコンがかわるのがおもしろい。
もし、将来的に朝鮮半島の様々な問題が解決し、陸路によって韓国から中国に抜けられる日がくれば、列車や自動車のスタンプができるかもしれない……と思ったが、スタンプは廃止傾向なのだった。
台湾のスタンプもよい。
すみにある飛行機をよく見てほしい。シルエットがまったく同じだが、窓の位置が上付きか下付きかで、飛行機の向きが違っているのがわかるだろうか。つまり、入国の方の飛行機はこちらを向いており、出国の方の飛行機は後ろを向いている。
韓国も台湾もスタンプがなかなかおしゃれでおもしろい。それでは、我が国はどうだろう。
韓国、台湾のスタンプをみたあとだと、わりとそっけないと感じるかもしれない。色も一色だし。しかし、よく見てみると気づくことがある。韓国も台湾も入国(国に人が入る)はスタンプが四角形で、出国(国から人が出る)は円形だった。しかし、日本の場合は逆だ。
これは、日本国籍を持っている人のスタンプがこうなのか、たまたま(またはわざと?)逆なのか、ほかのものとは違うのか、いろいろ見比べてみなければわからない。
日本の出入国スタンプでおもしろがるならば、レアな場所のスタンプを集めることだろうか。ぼくのスタンプはほとんどが成田か羽田のものだけれど、かろうじてOSAKAのスタンプがある。大阪港からフェリーにのって出国したときのものだ。
安藤さんが、博多から釜山まで船で行ったときの博多港のスタンプをもっていた。
地方空港から海外に行く機会というのはかなり限られているので、そんな地方の空港名のスタンプがあればそれはかなりレアだし、さらに国際線が撤退した地方空港だと、もっと貴重なもののはずだ。
うっかり、話が長くなってしまった。
イスラエルのスタンプはどれだ
安藤さんが「たしか、イスラエルのスタンプがあるはずなんだけど」といいはじめた。
西村「え、見たい! イスラエルってたしか別紙にスタンプ押されるんですよね?」
安藤「別紙にスタンプ押される場合と、押されない場合があるんです。空路だとパスポートにスタンプが押されて、陸路だと別紙でもOKだった(※0)ようなきがします」(※0 記憶に基づいて話をしています、現在の状況とは違う可能性があります)
古賀「イスラエルのスタンプが押されると、どこの国に入れなくなるんでしたっけ?」
安藤「イスラム教の国(※1)に入れなくなるんですよ……ただ、僕はそのまま(陸路で)ヨルダンとシリアに行ってイスラエルに行んですけど、ぜんぜん入れましたよ」(※1 全てではない)
古賀「入れたんですか?」
安藤「(入れないというのは)噂でしたね、ゲートが開く、開かないとか、今年は入れる入れないというのがあって、僕は入れました(※2)……イスラエルのスタンプどれだっけかな……」(※2 安藤さんがイスラエルに行ったのは今から20年ほどまえで、今とは状況が全く違うので、現在の状況とは異なる可能性があります)
結局、どれがイスラエルのスタンプなのか、よく分からなかったものの、多分これかな? というものは見つかった。ヘブライ文字が書いてあるから、おそらくこれがイスラエルのスタンプだ。
安藤さん自身の記憶があいまいなので、確証はもてないけれど、スタンプの状況をみると、このとき、イスラエルとヨルダン、シリアにいったのは確実なようだ。
念の為、中東の地図をリンクしておきます。
安藤「イスラエルは、空港で日本赤軍が銃乱射した事件(※3)があったから、日本人とかアジア人は(空港の検査は)気をつけろ、空港は2時間前には行けって言われてたんだけど、ちょっと遅れて行っちゃって、するともう別室でほぼ全裸(パンツ一丁)で検査されて、手を頭の上にして膝立ちで……」(※3 1972年のテルアビブ空港乱射事件)
古賀「えー」
安藤「で、そのときシリアに行って、シリアってイスラエルの敵国なんですけど、シリアで大統領のポスターを買ったんですよ、めっちゃかっこよかったから。大統領の家族全員で写ってるポスター、部屋にはろうと思って買っていったら、それは取られましたね、イスラエルの空港で」
西村「きびしいなー」
安藤「あと……時計も買っていったんですよ、どこで買ったんだっけな……」
地主「あれですか、アザーン(※4)クロックですか」(※4 イスラム教の礼拝を呼びかける掛け声。イスラム教の国では、時間がくると録音されたアザーンが鳴る時計を売っている)
安藤「そう、アザーンの時計、それが爆弾に見えたらしいんですよ。コーランの形をしてるんだけど、中をあけると時計が入ってて、もうヤバいじゃないですかそれ、本開けるとカチカチいってるわけだから、それは、バラバラにされて戻ってきましたね」
西村「分解されたんだ、でも没収はされなかったんですね……」
安藤「これは、ジンバブエのスタンプですよ」
西村「アルファベットのクセがすごいな……ジンバブエはザンベジ川でバンジージャンプするために行った(※5)んですよね」(※5 こちらの記事参照)
安藤「そう、これ、アフリカの中を車借りてぐるぐる回ったんですよ」
西村「アフリカでレンタカー借りたことがあるひと、なかなかいないとおもいますけど」
安藤「南アフリカでレンタカー借りて、ナミビアまで行きたくて、レソトとかそのへんまわって、で国境を出たり入ったりするから、スタンプいっぱいもらったような気がするんだけど……」
とにかく、20年近く前の話なので、記憶が曖昧で、正確な旅程がなかなか出てこないのは仕方がない。
スタンプもらうのに6時間かかった国
地主くんのスタンプもみせてもらいたい。地主くんは、ここ最近、南米の国に頻繁に行っており、それらの国のスタンプがけっこうたまっている。
ペルーのスタンプよく見ると、右側にナスカの地上絵、が入っていてかわいい。あと、月の表記がスペイン語なのもたまらない。
枠のないスタンプはちょっとめずらしいメキシコのスタンプ。飛行機が内側を向いているので多分入国スタンプとおもわれる。
地主「この、アルゼンチンのスタンプめちゃめちゃ苦労して手に入れたんですけど、スタンプ押してもらうのに6時間かかりましたから」
地主「チリから陸路でアルゼンチンに行って、国境が山の上にあるんですよ、そこで6時間待たされて、アコンカグア(※6)とかが見えるぐらいの場所で、めちゃくちゃ寒いんですけど、なんで6時間もかかるかというと、アルゼンチンの職員がぜんっぜん仕事しなくて、ずーっと職員同士でイチャついてるんですよ、マテ茶かなんか飲みながら」(※6 南米最高峰の山6960メートル、アジア以外の最高峰、こちらの記事参照)
西村「なんか、職員が緊張感ない国ありますよね」
安藤「まえに飛行機が遅れて、めちゃくちゃ待って、何時間も待って、これ以上待ったら飢えそうってぐらいになったとき、機長がゴルフバッグころがしながら女性パーサー引き連れてさっそうとやってきたことがあって、コノヤローって思ったことはあったな」
地主「アルゼンチンですけど、結局6時間待ってやっと入国して、引き返してチリに入国するんですけど、チリのイミグレーションはめっちゃ仕事早いんですよ」
安藤「その差ってなんなんだろうね」
地主「チリは先進国なんですけど、アルゼンチンはそうでもないんですよね」
西村「アルゼンチンは、第二次世界大戦に巻き込まれずに経済発展してとっても裕福な国だったんですけど、放漫財政で何回もデフォルトして、経済的にかなり厳しい状況なんですよね……」
地主「僕が行ってるときがまさにそれでした」
西村「しかし、南米よく行くよね、治安が悪って聞くからなかなか足が向かないんだよね」
地主「楽しいですよ! でも、エクアドルで行ったところ、今年のコロナのニュースみてたら、まさに行った場所に死体がころがってましたよ」
古賀「あー」
地主「エクアドルそんなに治安悪くないなと思ってたんだけど、疫病はまた大変ですよね……」
西村「南米はアメリカでトランジットしなきゃいけなくて、気軽に……というわけにはなかなかいかないよね」
地主「メキシコは直行便ありますよ、中南米ですけど。でも、アメリカの空港行くと、南米行きの待合室とかはたいてい端っこなんですよ、で、雰囲気もだんだん独特なものになってくるんです、トイレのグレードもラグジュアリーじゃなくなってくるし」
西村「ほー」
地主「でも行ったら、すごく陽気で親切でいい人ばっかりなんですよ、カメラ出して歩いてたら危ないよって教えてくれるし」
西村「教えてくれるのはすごく親切でありがたいね。でも治安はまあ、それなりなんだろうな……」
ロシアはトランジットで閉じ込められる
西村「このビザはロシアのビザとスタンプかな」
地主「そうですね」
古賀「ロシアのビザはかっこいいですね」
地主「ロシアは、ビザを申請するためにバウチャーというのが必要なんですけど、場所によってはバウチャーが必要なくなるという話ですね」
ロシアに行くためにはビザが必ず必要で、トランジットでも空港の外に出るならば、ビザの申請が必要だ。
安藤「ロシアの空港、ビザ持ってなかったら空港内にいなきゃいけないんだけど、トランジットの宿泊所みたいな待合室が、ガラス張りの部屋で、ご飯が下から出てくるんですよ」
西村「食事の出し方が監獄!」
地主「ロシアはビザの申請がめちゃめちゃめんどくさいんですよ……わりとダメって言われる可能性もあるらしくて……」
西村「外国の人、けっこう気分で仕事してること多くて勘弁してくれーって思うことありますよね……」
珍しいパスポートを持つX氏
さて、安藤さん地主くんの他に、ぼくの知人で、デイリーポータルZ関係者のX氏という方が、たいへん珍しいパスポートを持っているというので、見せてもらうことにした。
皆様おなじみの、菊の御紋入りの赤いパスポートのほかに、X氏は、水色の「レセパセ」と呼ばれる国連の発行するパスポートをお持ちだ。このパスポートは、国際機関などで仕事をするときにもらえるパスポートだという。
いきなり、ラスボスみたいなパスポートが登場してしまった。X氏は仕事の関係でレセパセを手に入れ、使っていたという。
X氏「レセパセは、基本的に任がなくなったときは、没収されちゃうんですよ、勝手にもって帰られちゃうと、身分を偽って私用で使われちゃう可能性があるから、だから基本的にだめなんです、ダメなんだけれど、お土産という制度があって、ジュネーブにこれ(レセパセ)を管理してるところがあるから、そこに送って、無効化の手続きを行えば、もって帰っていいんです」
古賀「たしかにこれ、記念品としてほしいもんな、親に見せたい!」
X氏「このパスポートを持ってるときはこれを使うんですけど、特典はほぼなくて、空港のイミグレーションでDiplomat(外交官用)の列に並べるぐらい……ですかね」
西村「そんなに特典がないんですね」
X氏「むしろ不便なこともあって、レセパセはただたんにUN(国連)に勤めているひとですよ、国籍はどこですよって言っているだけですから、このレセパセだけだと入れてくれない国があるんですね」
西村「国連が身分を保証しているのにですか?」
X氏「いわゆるインテリジェンス機関出身のひとが、国際機関に雇用されるケースもあるのです。そういう場合は、本当に国際的に中立的な立場か疑義を呈される場合がありますので、このレセパセだけでは通らないケースもありますね」
西村「なるほど、威光だけはあるけど、あんまり役に立たない、足利義昭のころの室町幕府みたいだな」
X氏「だから、レセパセと、ナショナルパスポート(その人の国籍がある国のパスポート)2枚刺しで行かなきゃいけない」
古賀「へー」
X氏「で、ぼくはその忠告を忘れてて『いいかな〜』なんて思ってレセパセだけ持って一人でロシアに入ろうとしたら、いきなり『これじゃダメだ!』なんて言われて、めちゃくちゃ大事な仕事あるのに、ここで終わりかよって思って」
西村「で、どうやって入ったんですか?」
X氏「交渉ですよ、交渉!」
西村・古賀「交渉?」
X氏「そう『おれはとっても大切な人物なんだ』と『ロシアの国営企業からも招待されているんだ』『あなたがここで通さないということは、後々レスポンシビリティ(責任問題)が生じることをあなたは覚悟しているのか』とかなんとかいったら『ちょっとお待ち下さい』とか言って、1時間ぐらいかかりましたけどね」
西村「1時間ぐらいで入れたんですね」
X氏「でもめっちゃ危なかった!」
古賀「海外って、そういう『交渉すればなんとかなるかもしれない』という部分ってありますよね……」
西村「それぐらいの英語が、下手でもいいからスルスル出るようになると、ビビらずに海外旅行できるんでしょうけど」
詐欺師のテクニックでイミグレーションをのりきる
X氏「レセパセとナショナルパスポートを使ってると、たまにスタンプの繋がりがわかりづらくなって、僕が突然ウィーンに存在することになってたりして、イミグレーションで詰められたりすることがあるんです」
X氏「でも、スタンプがだんだん増えてくると、みんないい加減だから『んー……、OK』みたいになるんです。でも、よく見ると自分が量子力学的テレポートで突然そこに存在してるみたいにみえるんですけど」
西村「パスポートって、その人がどこの国にどれだけいたのかってのが、前後のつながりから明らかになってわからないとだめなんですよね、だから、入国日が欠けたりしてると、パスポート上ではその人が、ある日ある場所に突然発生した……ようにみえる」
X氏「イミグレーションもいろいろテクニックがあって、子供とかだと、赤ん坊なんかはかわいさで『お〜OK!』なんてなったりしますけどね」
西村「まあ、子供を別室に連れて行ってもしょうがないですからね」
X氏「うちの息子なんか、赤ん坊のときにパスポート取ったから、顔がぜんぜん違うんですよ、イミグレーションの人が『あら、顔が全然違うわね(ニッコリ)』なんつって和やかな雰囲気になって気持ちをほぐしておいてから、すかさず自分のパスポート出すんです、すると『おじさん、なんかあやしいし、スタンプも多いけど、いいわ!』なんて通してもらえたりしますね」
古賀「ゆるゆるだな〜」
X氏「そういう子供がいないときなんかは、スタンプが多いとイミグレーションの人に『おまえは直近の入国はどれだよ』なんて聞かれるんですよ、そこで、あわあわとあわててしまうようだと、あ、こいつヤバい、となってしまうんで、そういうときは事前に付箋かなんかつけといて『ははっ、ここでございます』ってすぐ出せるようにしとくんですよ」
西村「段取り力だ〜」
X氏「ただし、パスポートに直接書き込んだり勝手に自分のハンコ押したりしちゃうと無効になっちゃうので、それは気をつけてください」
X氏「(イミグレーションは)リラックスするのが大事なんです」
西村「まあ、別に後ろめたいことしてるわけじゃないですから」
X氏「……そうです、はい……してないですからね。自分に言い聞かせるんです、怪しいものじゃないと、詐欺師のテクニックですね」
出入国スタンプ、残ってくれ
IT化の波はここ数年でドラスティック進んでいる。「インパク」とか「イット革命」なんて言ってバカにして笑っていた時代とはもう全く違う次元にいる。
こと、パスポートにおいてもそれは顕著で、今後スタンプを廃止する国はどんどん出てくることだろう。
ただ、やはり、自分専用のパスポートに、どの国に行ったのかをスタンプを押してわざわざ記録してくれるサービスは、代替の効かない唯一無二のサービスだとぼくは思う。
せめて、スタンプを押したい者は押してやるぜ! というのも、サービスだとおもって残しておいてほしい……。